- 更新日 : 2025年3月5日
有給休暇の前借りとは?企業の義務や対策、想定されるトラブルについて解説
有給休暇は労働者の大切な権利ですが、付与前や使い切ったのちに「前借り」を求められるケースもあります。
企業としては対応に悩むことも多いでしょう。 法律上、有給前借りに応じる義務はありませんが、認めた場合にトラブルになる可能性があります。
本記事では、有給休暇の前借りについて、企業の義務や応じた場合のリスクについて、解説します。
また記事の最後では、前借りを依頼された場合の対処法についても解説していますので、ご参考ください。
目次
有給休暇の付与の原則
有給は一定期間働いた労働者の生活を保障しつつ、心身を休める目的で付与される休暇です。
労働基準法39条にもとづき、企業は要件を満たす労働者に有給を付与する義務があります。
労働者は有給を自由意思で取得でき、企業側は原則拒否できません。 なお、業務に支障がある場合は「時季変更権」を使って、取得日の変更ができます。
時季変更権とは、労働者が希望した有給取得日を、一定の条件下で変更できる権利です。ただし、この権利を行使するには、代替要員の確保が困難であるなどの要件を踏まえて慎重に進めましょう。
また 2019年の法改正により、年10日以上の有給休暇が付与される労働者について、年5日の取得が義務化されたことにより、未取得者がいる企業に罰則が科されることに注意が必要です。
参考:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「年5日の年次有給休暇の確実な取得」
厚生労働省「年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています」
有給休暇については、以下の記事でも詳しく解説していますので、ご参考ください。
関連記事:有給休暇とは?付与日数・タイミングは?法律上の定義を解説!
原則となる付与日数
有給休暇の付与は企業の義務ですが、付与には以下の要件が定められています。
- 雇い入れ日から6ヶ月経過していること
- 上記の期間、全労働日数の8割以上出勤したこと
要件を満たした労働者には、10日の有給休暇が付与され、最初の有給が付与された日から1年経過した日に、同様の要件で11日の有給を付与します。
有給付与日数は雇用年月日から起算して勤続年数に応じて増え、対象は雇用形態の区分なく付与が必要です。
パートやアルバイトの付与日数
パートやアルバイトでも、有給休暇が付与されますが、所定労働日数が少ない場合は、比例付与が適用されます。
比例付与では、所定労働日数に応じて付与日数が決まります。
比例付与は、以下の要件をいずれも満たす労働者が対象です。
- 所定労働時間が週30時間未満
- 週の所定労働日数が4日以下または年間の所定労働日数が216日以下
比例付与で付与された有給休暇は、通常の有給休暇と同様に、労働者の自由意思で取得でき、年5日の取得義務も適用されます。
有給の前借りとは?
有給の前借りとは、有給を使い切った、もしくはまだ有給が付与されていない労働者が付与予定分から前もって有給を取得することを企業に依頼し、企業が応じることです。
原則、有給の前借りに法律上の定めはないため、企業の裁量に委ねられています。また有給休暇を使い切ったのち、やむを得ない事情で出勤できない労働者がいた場合でも、有給休暇の前借りを強制することはできません。
次項でさらに詳しく解説します。
有給の前借りは違法ではないが応じる義務もない
有給の付与は労働基準法で定められたルールであるため、企業は要件を満たした労働者に所定の日数を付与する義務があります。
なお、労働者には有給の前借りを請求する権利はありません。しかしながら、労働者の事情を考慮して企業が任意で前借りに応じたい場合もあるでしょう。このようなケースにおいて任意で有給の前借りに応じられるのは、法定付与日数を上回る日数の有給を付与している場合に限ります。
10日が法定付与日数の労働者の場合、企業の裁量で12日年休が付与されているケースなどが、「法定付与日数を上回る日数の有給を付与している場合」に該当します。
法定日数しか付与していない企業が、前借りに対応しようとすると、法律違反になる可能性があるので、注意が必要です。
有給の前借りは会社都合で強制できない
有給は労働者の権利であり、取得のタイミングは自由です。そのため、企業の都合で強制的に前借りさせることは認められていません。
ただ、企業によっては有給取得の推奨日などを設けている場合があるでしょう。そういった場合、すでに有給を使い切った労働者や、まだ付与されていない新入社員には、前借り以外の対応が必要です。
一般的には出勤扱いとするか、特別休暇として対応するケースが多いでしょう。
法定日数を上回る有給休暇を付与している場合に限り、有給の前借りは企業の判断に委ねられますが、労働者との合意のうえで柔軟な対応が必要です。
有給を前借りさせて法律違反になるケース
労働基準法第39条で「法律で定めた日数を付与しなけらばならない」と定められています。
企業が有給の前借りに応じた場合、次年度の有給休暇から前借りした分を差し引いて付与することが想定されます。
入社6ヶ月未満で有給なし。有給2日を前借り。6ヶ月経過した時点で付与予定の有給は10日。付与予定10日‐前借り2日=6ヶ月経過時点の付与日数が8日
しかしながら、上記の例は法定日数を上回る有給休暇を付与しているケースに該当しません。上記の計算通り新たに付与される有給を8日としてしまうと、法定付与日数を下回っており、労働基準法違反となります。
そのため企業が前借りに応じたとしても、新たに付与すべき有給休暇の日数は変わりません。
結論、法定付与日数しか付与していない企業は、前借りに対応したとしても、その日数を差し引くことはできません。そのため、特別休暇と同様に取り扱い、欠勤控除を免除するだけになる点に留意しましょう。
法定付与日数よりも上回る日数を付与している場合、最低基準を下回らない日数に関しては、前借り分を控除できますが、リスクやトラブルにつながる可能性があります。
次項で詳しく解説します。
法定日数を上回る日数について前借りに応じた場合のリスクやトラブル
法定日数以上の付与をしている企業であれば、法定日数を上回る日数に限っては前借りに応じたうえで、新たに付与する有給から差し引くことができます。
ただし以下のようなリスクやトラブルが想定されるため、前借りへの対応は慎重に行いましょう。
- 有給を前借りした労働者が退職
- 新卒や新入社員から有給の前借りを依頼される
- 有給の前借り希望者増加によって管理が大変になる
次項で詳しく解説します。
有給を前借りした労働者が退職
有給を前借りした労働者が、付与基準日を迎える前に退職する場合があります。
この場合、一度付与した有給を欠勤扱いに変更し、支払った給与の返還を求めたり、給与から控除したりするのはトラブルになる可能性があるため、避けるべきです。
そのため、前借りをした労働者が退職した場合、特別休暇を付与したとして処理するのが望ましいです。
新卒や新入社員から有給の前借りを依頼される
入社から6ヶ月以内でも、風邪や病気になる可能性は十分にあるでしょう。そのため、有給の前借りを依頼してくるのは、新卒や新入社員が多い傾向にあります。
とはいえ、企業が前借りに対応してしまうと、予定より早く有給を消化してしまうため、将来的に休暇が取れないリスクが生じます。
結論、やむを得ない事情の場合でも、有給の前借りではなく、特別休暇を活用するのが賢明です。
有給の前借り希望者増加によって管理が大変になる
有給休暇前借りを一度認めると、前例ができて希望者が増える可能性があります。
希望者が増えると、勤怠管理者の負担が増え、休暇の調整や管理が適切に行えないリスクが考えられるでしょう。
また有給休暇を本来の付与期間内で計画的に取得している社員との間で、公平性に問題が発生します。
このようなトラブルを避けるためには、前借りで対処するのではなく、特別休暇の活用を検討しましょう。
有給の前借りを依頼された場合の対処法
前述のとおり、有給の前借りは、トラブルやリスクが想定されます。ただし労働者の事情を汲んで前借りに応じたい場合もあるでしょう。
そのような場合は、有給の前借りではなく、特別休暇や分割付与制度で対応するのが望ましいです。
以下で詳しく解説します。
特別休暇を設ける
有給の前借りを依頼された場合は、有給休暇ではなく特別休暇で対応するのが望ましいでしょう。
労働基準法で付与や取得が義務付けられているのは、有給休暇だけです。一方で企業独自で就業規則に定めている、リフレッシュ休暇や病気休暇などの特別休暇に法的な縛りはありません。
そのため、有給休暇の前借りよりも柔軟な対応が可能です。
ただし、上限なしに特別休暇の取得を認めてしまうと本来の目的にそぐわない運用となりかねません。特別休暇に上限を設けるにあたっては、就業規則に定めて労働者に周知のうえ、労働基準監督署に提出しておきましょう。
有給休暇の分割付与
有給休暇の分割付与は、入社初年度の有給休暇に限って、入社後6ヶ月後の法定の基準日に付与すべき日数の一部を前もって付与できる制度です。
有給休暇の分割付与を行う場合、次の要件を満たす必要があります。
- 対象になるのは入社した初年度に発生する有給休暇のみ
- 分割して付与したあとの残りの有給休暇は、入社後6ヶ月を経過するまでにすべて与える
- 2回目の有給休暇は、初回の付与日から1年以内に与える
- 出勤率の算定では、基準日の繰り上げにより短縮された期間はすべて出勤したものとみなす
ただし、分割付与した場合、入社日を同じくする他の労働者と異なる起算日で有給管理が必要になります。結果、付与漏れや計算ミスが生じやすくなり、労働者との間でトラブルになる可能性が考えられます。
有給休暇の分割付与制度を活用するには、事前に管理体制を整えることが重要です。
有給休暇の前借りは企業にとってリスクが高い
法定付与日数のみを付与している企業でも前借りに応じられますが、前借分を控除した結果、最低付与日数を下回ると法律違反になります。そのため、前借分を有給休暇から控除するのではなく、欠勤を免除する形になるため、企業の想像している有給の前借りにはならない点に留意しましょう。
なお法定付与日数以上を付与している企業は、前借に応じることは可能ですが、前借りした労働者が付与基準日以前に退職したり、有給管理が複雑になるリスクがあります。
したがって、有給休暇の前借りを希望する労働者がいる場合、前借ではなく、特別休暇などで対処することを検討しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
人事労務の知識をさらに深めるなら
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
残業とは?定義、法定内残業と時間外労働の違いも解説!
残業とは、一般的には企業が定めた所定労働時間を超えて働くことです。ただし、労働基準法には労働時間の上限時間の定めがあり、法定労働時間を超えて働いた時間と残業時間が一致するとは限りません。 正しい労務管理のためには残業の意味や定義を理解し、割…
詳しくみる労働基準法第34条とは?休憩時間をわかりやすく解説
労働基準法第34条は、労働者に与える「休憩時間」について定めた規定です。簡単に言えば、一定時間以上働く労働者には途中で休憩を与えなければならないと法律で義務付けています。働きすぎによる疲労や事故を防ぐため、休憩を確保するルールが設けられてい…
詳しくみる36協定の特別条項について、上限時間や注意点を解説
従業員の時間外労働は労働基準法で厳格に制限されています。時間外労働を課す場合はいわゆる36協定を締結し、労働基準監督署に提出しなければなりません。上限時間は労働基準法に規定されており、業務量増加等で上限を超えて残業を課す場合は特別条項付き3…
詳しくみる新型コロナで働く妊婦の在宅勤務や休暇 企業に義務づけるガイドラインとは?
新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえ、妊娠中の女性労働者の健康管理上の措置として、厚生労働省より「新型コロナウイルス感染症に関する措置」が新たに規定されました。 そこで今回は、新型コロナウイルス感染症に関するガイドラインを解説します。 従…
詳しくみる裁量労働制とは?対象業務やメリット・デメリットについて解説
裁量労働制とは、働き方について労働者の裁量に委ねる制度です。実際に働いた時間とは関係なく、一定時間が労働時間とみなされます。 専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があり、それぞれ定められた対象業務にしか適用されません。 今回は…
詳しくみるシフト管理をペーパーレス化するには?電子化の進め方や成功事例を解説
シフト制を採用すれば、従業員は自分の生活スタイルに合わせて、希望する日時に働くことが可能となります。しかし、シフト制を採用した場合には、通常の勤務体制よりも複雑な勤怠管理が必要です。紙の管理では、管理ミスも発生しやすいでしょう。当記事を参考…
詳しくみる