- 更新日 : 2025年1月10日
叱責とパワハラの違いは?適切な指導のポイントも解説
叱責とパワーハラスメントの線引きは非常に判断が難しいです。指導したつもりでも相手からパワハラと捉えられてしまうということもあり得ます。
この記事では指導の一環として行われる叱責とパワハラの違い、パワハラに該当する・しないケースについて解説し、パワハラだと言われないためのポイントについても紹介します。
目次
適法な叱責とパワハラの違いは?
厚生労働省では「パワーハラスメントとは以下の3つの要件をすべて満たしたものである」と定義しています。
1.優越的な関係を背景とした
「優越的な関係」とは、相手よりも立場が高い関係のことを指します。例えば、職務上の地位が高い人(経営者や上司、先輩)からの言動、同僚や部下であっても業務上必要な知識や経験を有している人からの言動、あるいは同僚や部下の集団からの言動で抵抗できない状態などが挙げられます。
2.業務上必要かつ相当な範囲を超えた
社会通念上業務上必要性がない言動、態様が妥当ではない言動が挙げられます。例えば、部下を指導するうえで明らかに発する必要性のない暴言や、業務を遂行する手段として不適当な行動、あるいは必要以上に何度も行為に及ぶ、大人数で行為に及ぶなどが例として挙げられます。
3.労働者の就業環境が害すること
行為者の言動によって労働者が身体的あるいは精神的な苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力を十分に発揮できないような状態を指します。
例えば、若干言葉はきつくなってしまったとしても、それが業務上必要な指導の一環であり、それによって職場環境が害されたとはいえない状態の場合、パワハラには該当しないと判断される可能性もあります。逆に暴言を言わなかったとしても必要以上にしつこく叱責をし続け、労働者が苦痛に感じたというケースではパワハラに該当する恐れも十分にあります。
叱責がパワハラに該当するケース
それではどのような叱責がパワハラにあたるのか、実際の判例をもとに考えてみましょう。
「あほ」「殺す」といった発言がパワハラに該当した事例(大津地方裁判所 2012(平成24)年10月30日判決)
派遣労働者として働いていたAさんは、業務を指示どおりにしていなかったことから、被告である派遣先企業の従業員Bさんから「あほ」「殺す」と言われました。これによってAさんは就労不能になったとして、被告企業に対して損害賠償を請求しました。
大津地裁は当該言動が派遣社員よりも明らかに優位にある派遣先企業の従業員によるものであり、「あほ」「殺す」という指導・監督の範囲を超えているような暴言を繰り返してAさんを就業不能な状態にまで追い詰めたことから、2012(平成24)年10月30日に慰謝料を支払う判決を出しました。
このように、明らかに立場が上の人が、その地位を利用して立場が下の者に対して暴言を吐いた場合、パワハラとみなされる可能性が高くなります。
上司が送ったメールが侮辱的内容だったため損害賠償が命じられた事例(東京高等裁判所平成17年4月20日判決)
被告となるAさんは原告である部下Bさんに対して「やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです」「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の実績を挙げますよ。……これ以上、当SCに迷惑をかけないで下さい」と書かれたメールをBさんとその同僚に送信し、Bさんはそれが不法行為にあたるとしてAさんを提訴しました。
指導の一環としてそのようなメールを送ったことは認められましたが、内容が退職勧告とも受け取れるものであり、さらにBさん本人のみならず同僚にも晒すように送信していること、侮辱的な表現箇所を強調するように赤文字で大きなフォントで表示させていたことから、東京高等裁判所はBさんの感情をいたずらに毀損し、指導の表現としては行き過ぎていると判断し、慰謝料を支払う判決を下しました。
叱咤激励のつもりで敬語や丁寧語でメールを送っていたとしても、その内容や表現方法が受け手にとって侮辱的なものであった場合、あるいは晒すような行き過ぎた行為をすれば、パワハラに該当する恐れは十分にあります。
叱責がパワハラに該当しないケース
以下ではパワハラとして訴えられたものの、それが認められなかった=指導の範疇であったケースについて見ていきましょう。
上司の叱責が業務上必要な範疇であると認められた事例(高松高判 2009(平成21)年4月23日判決)
Aさんは建設会社の営業所で所長として働いていました。Aさんの上司であるBさんが営業所を監査したところ、Aさんが不正経理を行っていたことと、必要な工事日報が作成されていなかったことが発覚。Bさんは是正を指示したものの1年近く改善されず、Bさんはたびたび電話でAさんを叱責するようになり、業績検討会において、「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」とAさんを非難。その3日後にAさんは自殺し、Aさんの遺族が会社に対して損害賠償請求をしました。
高松高裁はそもそもAさんが不正経理を働き1年程度是正されていなかったことに加え、必要な工事日報が作成されていなかったことを鑑みるとBさんがある程度厳しい指導をするのはやむを得ないことであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものであると認められないとして、遺族の訴えを退けました。
例えば、不正を働いていたなど部下にも問題がある場合、上司はある程度厳しく叱責をすることも想定されます。この判決のように、事態が発生した背景や訴えた側の落ち度も考慮されて叱責がパワハラに該当するかどうかが判断されます。
被告の行為が不当行為にあたらないとされた事例(静岡地裁 2014(平成26)年7月9日判決)
原告であるAさんはデイサービスセンターのセンター長を勤めており、上司にあたる社会福祉法人常務理事のBさんから以下のような行為を受け適応障害に陥ったとして、社会福祉法人に慰謝料請求をしました。
- 利用者を獲得するようAさんを含めた職員に対し、近隣住民にチラシを配るよう複数回指示した
- 会議において利用者増加のための対策を立てるようAさんに求めた
- Aさんが業務上必要な物品購入の許可を求めた際に、それを却下した
- Aさんが看護師を募集する文言をチラシに掲載したい旨をBさんに申し出た際に、「あなたが必死になって看護師を連れてきなさいよ」と叱責し、チラシに文言を掲載することを拒絶した
- 法人が受給していた助成金について、受給要件を満たしていないのにも関わらず満たしているように見せかけるために、BさんがAさんに看護師勤務表の作り直しを命じた
静岡地裁はBさんの叱責や指示はAさんに対する私怨などによるものではなく、発足したばかりのデイサービスの経営を軌道に乗せるために必要な指導であったこと、Bさんが職務上の立場を利用して日常的にAさんに対して威圧的な言動をしたり職務を強要したりしたような事実はないとして、Bさんの行為が不当なものではないという判決を出しました。
パワハラと言われない指導のポイント
業務上必要だと考えて部下をとがめたところ、それがパワハラと受け止められてしまうケースもあります。ここからは誤解を与えないよう指導するポイントについて見ていきましょう。
問題となる具体的な行動や内容に焦点を絞る
「しっかりしろ」「ダメじゃないか」という漠然とした叱責ではなく、まずは対象となる行動や内容を明らかにし、それを改善するよう指導しましょう。「何が悪いのか」「どこを改善すべきなのか」を明らかにすることで、相手の納得度も上がって改善につながり、パワハラと捉えられるリスクを軽減できます。
感情的にならない
管理職も人間である以上、部下が問題を起こしたりミスをしたりした場合、自分が思ったように動いてくれない場合、怒りの感情が湧いてくるのも致し方ありません。しかし、「あほ」「馬鹿」「殺す」などの暴言を吐く、机を叩く、暴力を振るうなどの行為をしてしまうとパワハラと捉えられてしまう恐れが極めて高くなります。また、暴行罪や脅迫罪などの犯罪行為とみなされる場合もあります。
まずは落ち着いて、冷静に部下と向き合うよう心がけましょう。そのうえで、前項のように改善すべき点を的確に伝えることが大切です。
人格や性格を否定しない
部下の行動やミスの内容によってはある程度厳しい指導を行うこともあり得ます。しかし、「お前は本当にダメな奴だな」「人間失格だ」などと相手の人格や性格までを否定するのは指導の範疇を超えていると言わざるを得ません。
「罪を憎んで人を憎まず」と言いますが、あくまで相手の仕事や行動に対する言及に留めるよう意識しましょう。
どのように改善すべきかを伝える
ただ単に「ここがダメなんだよ」「そんなやり方じゃうまくいかない」と、問題点だけ伝えても、部下としてはどうしていいかわからない場合があります。その結果、指導に納得できずパワハラだと誤解されてしまうという事態もあり得ます。「●●を改善するために○○を直したらいいんじゃないか」というように、どのように改善すべきなのかもしっかりと伝えましょう。
部下にどのように伝わったか確認する
指導や叱責をした後は、それがどのように伝わっているのかを確認しましょう。後から「あの時はきつい言い方をしたけど、●●を改善するためには必要なことだからね」「どこが問題でどう改善すればいいか理解できた?」というようなフォローを入れ、改善できたらそれを認めることで、部下はパワハラではなく必要な指導であることを理解してくれるようになります。
指導のつもりの叱責をパワハラだと訴えられてしまったら?
業務上必要な指導をしたと思っていても、パワハラと捉えられてしまう可能性もゼロではありません。もしも訴えられた場合はまずは会社に報告し、個人としてではなく会社として対応しましょう。自分自身だけで対応しようとして金銭で示談を申し込むと、かえってパワハラを隠蔽しようとしているのではないかと疑われて不利な状況になりかねません。
会社がパワハラだと疑われる案件を認知した後は、担当部門が当事者同士に事実確認を行うという流れになるのが一般的です。特に、パワハラ問題は双方の意見の食い違いが生じやすいです。メールやメッセージアプリの履歴は証拠となるので積極的に提出し、思い出せる範囲で構わないので時系列で自分自身の言動を整理して担当者に説明しましょう。
特にポイントとなるのは「対象となる言動が業務上必要な範囲の指導といえるか否か」です。指導の背景となった部下の行動を明らかにし、自分の言動が憎悪やいやがらせによるものではなく、部下を育成する、あるいは業績や勤務態度などを改善するために必要なものであったことを説明しましょう。
要注意!度を過ぎた叱責はパワハラになる可能性大
管理職は部下を管理指導する責任があります。時と場合によっては厳しい指導が必要になることもありますが、度を過ぎた叱責はパワハラに該当するリスクが高くなります。
今回ご紹介したポイントも踏まえ、部下を指導する際には冷静に、理路整然と問題点と改善方法を伝え、適切にフォローしましょう。そのような取り組みを日頃から意識すると、パワハラだと誤解されてしまうリスクを低減することができます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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