- 更新日 : 2025年7月11日
就業規則の退職金規定のポイントは?支給条件から計算方法、トラブル対処法まで解説
退職金は、長年勤続した従業員にとって将来の生活を支える大切な資金であり、企業にとっては従業員のモチベーションや定着率に関わる重要な人事制度の一つです。しかし、「自分の退職金はどうなっているのか?」「就業規則のどこを見ればいいのかわからない」「そもそも退職金規定を見せてもらえない」といった悩みを抱える方も少なくありません。
本記事では、労働者の方にも、企業の人事労務担当者の方にも役立つよう、就業規則と退職金に関するあらゆる疑問に答え、退職金規定がない場合や「就業規則を見せてもらえない」といったトラブル対処法まで、わかりやすく解説します。
目次
そもそも退職金とは
退職金とは、一般的に、従業員が退職する際に、その長年の勤務や会社への貢献に対して企業から支払われる金銭のことを指します。その支給形態や内容は企業によってさまざまで、主に以下のような種類があります。
- 退職一時金制度
退職時に一括で金銭が支払われる、最も一般的な制度です。 - 企業年金制度
退職金を年金の形で分割して受け取る制度です。- 確定給付企業年金(DB)
将来受け取る年金額があらかじめ約束されている制度です。運用リスクは主に企業が負います。 - 企業型確定拠出年金(企業型DC)
企業が拠出する掛金を従業員自身が運用し、その運用結果によって将来の受取額が変動する制度です。運用リスクは従業員が負います。
- 確定給付企業年金(DB)
- 中小企業退職金共済制度(中退共)
国がサポートする中小企業向けの退職金制度で、企業が掛金を納付し、従業員が退職した際に勤労者退職金共済機構から直接退職金が支払われます。 - ポイント制退職金
勤続年数、役職、貢献度などをポイント化し、退職時の累計ポイントにポイント単価を乗じて退職金を計算する、比較的新しい制度です。
自社がどの制度を採用しているか、あるいは複数の制度を併用しているかは、就業規則で確認できます。
就業規則における退職金規定の法的効力
労働基準法では、常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成し、労働基準監督署長に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。退職に関する事項(解雇の事由を含む)は就業規則の絶対的必要記載事項です。
さらに、企業が退職手当(退職金)の定めをする場合には、以下の事項を就業規則に記載しなければなりません(相対的必要記載事項)。
- 適用される労働者の範囲
- 退職手当の決定、計算及び支払の方法
- 退職手当の支払の時期
つまり、企業が退職金制度を設けるのであれば、その詳細を就業規則に明記する義務があり、その規定は労働契約の内容として労使双方を法的に拘束します。
就業規則の退職金規定が重要な理由
労働者にとっては、将来設計の基盤となり、自身の権利を明確に把握し、退職時のトラブルを避けるために重要です。一方、企業にとっては、従業員のモチベーション維持、優秀な人材の確保・定着、労務リスクの回避、そして法令遵守の観点から不可欠なものです。明確な規定は、労使双方にとって安定した関係を築くための基盤となります。
【労働者向け】就業規則で退職金規定を確認するポイント
ご自身の退職金について正確に知るためには、まず就業規則を確認することがスタートラインです。口頭での説明や曖昧な記憶ではなく、書面で規定内容をしっかりと押さえましょう。
1. 退職金規定の有無と適用範囲
まず「そもそも自社に退職金制度があるのか」「自分はその対象者なのか」を確認します。
- 規定の場所
就業規則の目次で「退職に関する事項」「退職金(または退職手当)規程」といった章や条項を探しましょう。 - 適用対象者
「正社員のみ」「勤続〇年以上」「パートタイマー・契約社員は除く」など、適用範囲が定められています。ご自身の雇用形態や勤続期間が該当するか確認してください。 - 記載なしの場合
就業規則に退職金に関する記述が一切ない場合、原則として企業に退職金の支払義務はありません。ただし、後述する「退職金規定がない場合の退職金」のケースも確認しましょう。 - 別に定める場合
就業規則本体には概要のみを記載し「退職金に関する詳細は、退職金規程に別に定める」とされている場合もあります。 この場合は、その別途規程の開示を会社に求める必要があります。
2. 退職金の支給条件
次にどのような場合に退職金が支給されるか、その条件を確認します。一般的に「勤続〇年以上」といった最低勤続年数の条件が設けられています。また、退職理由(自己都合、会社都合、定年、死亡など)によって支給の可否や金額が変わることがあります。多くの場合、会社都合退職の方が自己都合退職よりも有利に算定される傾向にあります。
3. 退職金の計算方法
最も重要な「退職金がいくらもらえるのか」を知るための計算方法です。主な計算方法には以下のようなものがあります。
- 基本給連動型
退職時の基本給に、勤続年数に応じた支給率を乗じて計算します。
例:退職金額 = 退職時基本給 × 勤続年数別支給率 - 勤続年数別定額型
勤続年数に応じて、あらかじめ決められた固定額を支給します。 - ポイント制
勤続年数、役職、会社への貢献度などをポイント化し、累計ポイントにポイント単価を乗じて計算します。 - 別テーブル型
退職時の基本給とは別に、役職や等級に応じた「算定基礎額」を設定し、これに勤続年数に応じた支給率を乗じます。
就業規則には、これらの計算式のほか、具体的な支給率テーブルやポイント単価などが明記されているはずです。ご自身の状況と照らし合わせ、試算してみましょう。
4. 退職金の減額・不支給事由
退職金が減額されたり、全く支給されなかったりするケースも規定されています。代表的なのは懲戒解雇の場合ですが、常に全額不支給とは限りません。自己都合退職による減額や、最低勤続年数未達による不支給なども一般的です。その他、企業独自の服務規律違反などが定められている場合もあるため、注意深く確認しましょう。
5. 退職金の支払時期と支払方法
退職金がいつ、どのように支払われるかも重要です。「退職後1ヶ月以内」などと支払時期が定められているのが一般的で、支払方法は銀行振込が多いでしょう。また、税負担軽減のため、会社から「退職所得の受給に関する申告書」の提出を求められます。これを提出しないと20.42%の税率により源泉徴収されるため、必ず提出しましょう。
6. 退職金規定の変更(不利益変更)について
在職中に就業規則が変更され、退職金規定が以前より不利になる「不利益変更」が行われることがあります。これが有効となるには、労働者との個別合意、または変更内容が合理的で周知されていることが必要です(労働契約法第9条、10条)。変更があった場合は、適用時期や経過措置などを確認し、納得いかない場合は専門家への相談も検討しましょう。
【企業担当者向け】就業規則における退職金規定の作成・見直しのポイント
企業が退職金制度を導入・運用していく上で、就業規則の規定整備は極めて重要です。曖昧な規定は将来の労使トラブルの火種となりかねません。
1. 退職金制度設計の検討
まず、どのような退職金制度を導入・運用するのか、企業の経営状況や人事戦略に基づいて慎重に検討する必要があります。
- 導入目的の明確化
従業員のモチベーション向上、人材確保・定着、福利厚生の充実などの目的を明確化します。 - 原資の確保と積立方法
将来の支払いに備え、無理のない原資計画を立て、必要に応じて外部積立(中退共、企業年金など)を検討します。 - 制度の種類選択
退職一時金、企業年金(DB・DC)、中退共など、各制度のメリット・デメリットを比較し、自社に最適な制度を選びます。 - 公平性と納得性
従業員構成(年齢、勤続年数、雇用形態など)を考慮し、公平で納得感のある制度設計を目指します。
2. 就業規則への具体的な記載事項
制度設計に基づき、就業規則へ具体的に記載します。主な記載ポイントは、以下の通りです。
- 適用対象者の範囲(正社員、パートなど)
- 支給条件(最低勤続年数、退職理由別)
- 計算方法(算定基礎額、支給率)
- 減額・不支給事由(懲戒解雇時など客観的・合理的理由に基づく)
- 支払時期・方法
退職金規程を設ける場合は、その旨を明記し、整合性を保ちましょう。
3. 退職金規定の不利益変更を行う場合の注意点
経営状況等で退職金規定を不利に変更する場合、原則として労働者の個別合意が必要です(労働契約法第9条)。合意がない場合でも、変更内容の合理性(不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、交渉状況等)があり、周知されていれば有効となる可能性があります(同法第10条)。影響緩和のための経過措置や、専門家への相談も重要です。
4. 周知義務の徹底
作成または変更した就業規則(退職金規定を含む)は、労働基準法第106条に基づき、常時各作業場の見やすい場所への掲示、書面の交付、イントラネットへの掲載などにより、労働者に周知させなければなりません。周知を怠ると、就業規則の効力が認められない可能性があります。
退職金の計算方法と相場
退職金の具体的な金額は、多くの労働者にとって最大の関心事の一つです。ここでは、代表的な計算方法の例と、一般的な相場観について触れます。
代表的な退職金の計算例
基本給連動型の場合、退職時基本給30万円、勤続20年、就業規則の支給率が15.0ヶ月分なら、30万円×15.0=450万円と試算できます。
ポイント制の場合、勤続・役職・貢献度等で得た累計ポイントにポイント単価を乗じ、累計400ポイント×単価1万円=400万円などと計算できます。
これらは単純化した例で、退職理由等で変動します。必ず自社の就業規則を確認しましょう。
退職金の相場
退職金の相場は企業規模、業種、勤続年数、学歴、退職理由等で大きく変動します。厚生労働省の「就労条件総合調査」などが参考になりますが、たとえば令和5年調査では管理・事務・技術職の大学、大学院卒・勤続20年以上・45歳以上の定年退職者平均は約1,900万円でした。しかしこれは平均値で、中央値は異なります。中小企業では中退共のモデル額も目安になります。あくまで一般的な傾向であり、自社の規定が最優先です。
退職金がもらえないケースと対処法
「退職金が支払われない」「就業規則を見せてもらえない」といったトラブルに直面した場合、どうすればよいのでしょうか。ここでは、考えられるケースとその対処法について解説します。
退職金が支給されない・減額される主なケース
退職金が支払われない、または減額される主なケースには、
- 就業規則に退職金規定がない、または自身が適用対象外
- 規定された最低勤続年数に満たない
- 懲戒解雇で不支給・減額規定に該当
- 自己都合退職による規定上の大幅減額
- 会社の経営悪化(ただし義務免除ではない)
- 会社側の計算ミスや労使間の解釈の相違
などが考えられます。
就業規則に退職金規定がない場合の退職金請求
就業規則に退職金に関する規定が一切記載なしの場合、原則として従業員が企業に退職金を請求することは困難です。しかし、以下のような例外的なケースでは、請求できる可能性も残されています。
- 個別の労働契約書での約束
- 求人票での記載
- 長年の支払実績による労使慣行の成立
- 会社からの説明資料
これらの証拠がないか確認しましょう。「功労金」や「慰労金」といった名目で支払われる金銭と、法的な退職金を混同しないよう注意も必要です。退職金規定がない場合の退職金請求は専門的な判断を要するため、不明な点は労働基準監督署や弁護士などに相談しましょう。
就業規則や退職金規定を見せてもらえない場合の対処法
会社には就業規則を労働者に周知する義務があります(労働基準法第106条)。したがって、正当な理由なく就業規則を見せてもらえないのは法令違反の可能性が高いです。
- 書面での開示請求
まずは、会社に対して就業規則(及び退職金規程)の開示を書面で請求しましょう。記録が残る形で行うことが望ましいです。 - 労働基準監督署への相談
会社が開示に応じない場合、管轄の労働基準監督署に相談し、会社への行政指導を促すことができます。労働基準監督署は、企業が法令を遵守しているか監督する機関です。 - 専門家への相談
弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談し、代理交渉や法的手続き(労働審判、訴訟など)を依頼することも有効な手段です。
退職金トラブルが発生した場合の一般的な対処方法
退職金に関するトラブルが発生してしまった場合、以下の手順で対処することを検討しましょう。
- 証拠収集
就業規則、労働契約書、給与明細、会社とのやり取りの記録(メール、書面など)といった証拠を集めます。 - 会社との交渉
収集した証拠に基づき、会社に対して書面で説明を求め、交渉を行います。 - 外部機関への相談
交渉で解決しない場合は、労働局のあっせん制度の利用や、弁護士、特定社会保険労務士などの専門家への相談を検討しましょう。 - 法的手段
最終的な手段として、労働審判や民事訴訟も視野に入れます。 退職金請求権には消滅時効(5年)があるため、早めの行動が重要です。
就業規則で退職金について規定し、より良い職場環境づくりを
本記事では、就業規則と退職金に関する基本知識、労働者・企業それぞれの立場での確認ポイントや注意点、トラブル対処法、そしてQ&Aを通じてさまざまな疑問にお答えしてきました。労働者の皆様は、本記事を参考にまずは自社の就業規則を確認し、ご自身の権利を正しく把握してください。企業の人事労務担当者の皆様は、適法かつ従業員の納得感を得られる制度設計・運用の重要性を再認識いただけたことと思います。退職金は労使双方にとって重要なテーマです。本記事が、皆様の疑問解消と円満な解決、そしてより良い職場環境づくりに向けた次の一歩を後押しできれば幸いです。不明な点は専門家への相談もご検討ください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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