- 更新日 : 2025年4月18日
人材版伊藤レポートとは?人的資本経営との関係やポイントを解説
人的資本経営における伊藤レポートは、企業が持続的成長を実現するための戦略的な指針として、人的資本の活用方法やサステナビリティ達成のための重要な指針です。
経済産業省が提唱した伊藤レポートは、企業がどのように人的資本を活用し、持続可能な成長を遂げるかに焦点を当てています。本記事では、伊藤レポートの概要と背景をわかりやすく解説します。
目次
人的資本経営とは|従業員の能力を活用して企業の持続的成長を目指す手法
人的資本経営は、従業員を単なる労働力ではなく、企業の成長や競争力を支える「資本」として捉える経営手法です。
従来の経営では、従業員はコストと見なされることもありました。しかし、人的資本経営では、研修や経験の機会を提供することで従業員を成長させる「投資対象」と考えています。
従業員の知識・スキル・経験・ネットワークを企業の戦略に活用することで、組織のパフォーマンス向上につながります。そのため、企業の持続的成長には、人的資本の最大化が必要です。
人的資本経営については、こちらの記事で詳しく解説しています。
人的資本経営の課題
人的資本経営にはいくつかの課題があります。従業員を資本として活用するには、適切な投資や環境整備が必要です。事前に課題を把握し、対策することで、効果的な人的資本経営が可能になります。以下では、具体的な課題について解説します。
1. 取締役会での人的資本に関する議論不足
取締役会における人的資本の議論は十分とはいえません。
調査によると、約47.3%の企業が人的資本について毎回または定期的に議論を行っている一方で、半数以上の企業では十分な議論がされていない可能性があると報告しています。
人的資本は企業成長の重要な要素であり、取締役会での積極的な議論が必要です。経営戦略と連携し、従業員の成長や活用方法について深く議論することで、持続的な企業価値の向上につながるでしょう。
2. 必要人材ポートフォリオの明確化不足
多くの企業では、経営戦略に必要な人材ポートフォリオの明確化が不十分です。
調査によると、必要な人材ポートフォリオを定義している企業は約4割、自社にとって重要な人的資本情報を特定できている企業は約5割弱にとどまっているという結果となりました。そのため、企業が目指すべき姿(To be)を十分に描けていない可能性があるといえます。
戦略的な人的資本経営を実現するには、必要な人材像を明確にし、適切な採用や育成を行うことが重要です。
3. 人事部門のケイパビリティ向上施策の実施不足
多くの企業は「人材情報基盤の整備」「人員の増強」「組織体制の改変」などに取り組んでいますが、人事部門のケイパビリティ向上には十分な施策が実施されていません。
「事業・人事両部門間の人材交流」や「HRBP(人事ビジネスパートナー)の設置」に取り組む企業は4割以下にとどまっていることが報告されています。さらに、「CHRO(最高人事責任者)の設置」や「人事と事業部門の役割分担の見直し、権限移譲」などの施策も十分に進んでいないことが現状です。
人事の戦略的機能を強化するには、施策の積極的な導入が重要です。
伊藤レポートとは|経済産業省による企業の持続的成長に関する報告書
伊藤レポートは、2014年8月に経済産業省が発表した企業の持続的成長と投資家との関係構築に関する報告書です。
正式名称は「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」であり、プロジェクトの最終報告書として、座長である伊藤邦雄氏が作成しました。そのため、「伊藤レポート」と呼ばれています。
本報告書は、企業が持続的成長を遂げるために、投資家との関係をどう構築すべきかを示しており、日本企業の経営改革や人的資本経営の重要性を提言しています。
伊藤レポートが掲げるメッセージ
伊藤レポートは、日本企業の競争力強化と持続的成長を促すため、6つのメッセージを掲げています。6つのメッセージは以下のとおりです。
- 持続的成長の障害となる慣習やレガシーとの決別を
- イノベーション創出と高収益性を同時実現するモデル国家を
- 企業と投資家の「協創」による持続的価値創造を
- 資本コストを上回る ROE を、そして資本効率革命を
- 企業と投資家による「高質の対話」を追求する「対話先進国」へ
- 全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革を
引用:「持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト|伊藤レポート
上記のメッセージは、かつては革新的だった日本企業が、長期にわたる低収入状態から脱却するための考え方が込められています。
伊藤レポートと人的資本経営の関係性
伊藤レポートは、経営者やビジネスパーソンに「人的資本経営の重要性」を訴えた報告書です。企業が価値を高めるためには、設備投資や技術開発だけでなく「人への投資」が重要であると指摘しています。
伊藤レポートでは、人的資本の重要性を強調し、実現に向けた具体的な指針を示しています。人的資本経営とは、人材を重要な資産と捉え、教育や能力開発を通じて企業の競争力や価値を高める経営手法です。
伊藤レポートが目指す「企業価値の向上」を実現するには、人的資本経営の推進が必要であり、実践することがレポートの提言を具現化することにつながります。
伊藤レポート2.0とは
伊藤レポート2.0は、2022年5月に公表された、伊藤邦雄氏が取りまとめた報告書です。経済産業省が主導する「人的資本経営の実現に向けた検討会」によって作成されました。
伊藤レポート2.0は、2020年9月に発表された「人材版伊藤レポート」をさらに具体化し、実践的なアイデアや企業事例を追加しています。人材版伊藤レポートで提示した「人的資本経営」の重要性を踏まえ、企業が実際に行動に移せる取り組みや工夫を具体的なアイデアとして提示している点が特徴です。
伊藤レポート2.0の作成により、企業は人的資本を経営戦略に組み込みやすくなり、企業価値の向上につながります。
伊藤レポート2.0が作成された背景
伊藤レポート2.0は、企業を取り巻く社会環境の変化に対応するために作成されました。2020年に作成された人材版伊藤レポートでは、企業の成長における人材戦略の重要性が指摘されていましたが、急速な社会環境の変化により対応が難しくなったことが背景にあります。
デジタル化や脱炭素化の進展、さらにコロナ禍を経た人々の意識変化が企業に影響を与えました。社会環境の変化を受けて、企業が持続的に成長するためには新たな人材戦略が必要とされ、より具体的で実践的な指針を示す伊藤レポート2.0が作成されました。
伊藤レポート2.0の目的
伊藤レポート2.0の目的は、各企業が人的資本経営の変革を具体化し、実践に移すための指針を提示することです。
企業はレポートに示されたすべての内容に取り組む必要はなく、事業内容や置かれた環境に応じて選択できます。レポートでは、人的資本の重要性を認識させるとともに、人的資本経営を実践するための有用なアイデアを示しています。
伊藤レポート2.0の作成により、企業が自社に合った人的資本戦略を構築し、企業価値の向上を目指せるようになるでしょう。
伊藤レポート2.0で重要なポイント
伊藤レポート2.0では、企業が人的資本経営を具体的に実践するための重要なポイントが記載されています。各企業が自社を柔軟に取り入れるためにも重要な文書です。以下では、伊藤レポート2.0で重要とされているポイントを解説します。
3つの視点(3P)
伊藤レポート2.0では、人的資本経営を実践するために重要な「3つの視点(3P)」が示されています。
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is-To beギャップの定量把握
- 企業文化への定着
まず、一つ目の視点は「経営戦略と人材戦略の連動」です。企業価値を向上させるには、経営戦略・ビジネスモデルと人材戦略が一体となって機能することが求められます。
二つ目の視点は「As is-To beギャップの定量把握」です。現在の姿(As is)と目指す姿(To be)のギャップを定量的に把握し、人的資本や人材戦略に関する情報を、ステークホルダーに対して明確に提示・発信する必要があります。また、PDCAサイクルを活用し、人材戦略を定期的に見直しも必要なポイントです。
三つ目は「企業文化への定着」です。持続的な企業価値の向上につながる企業文化を定義し、従業員に明確に周知して定着を図る必要があります。企業文化の目標を明確にし、全社的に共有・実践することが求められます。
5つの共通要素(5F)
伊藤レポート2.0では、人的資本経営を効果的に実践するために「5つの共通要素(5F)」が示されています。
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキル・学び直し
- 従業員エンゲージメント
- 時間や場所にとらわれない働き方
「動的なポートフォリオ」とは、社内にどのような職種やスキルを持つ人材がいるかを、動的に把握するための人材ポートフォリオが作成されているかという要素です。企業の成長戦略に合わせて必要な人材のタイプや配置を柔軟に見直し、最適化することが求められます。
「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」は従業員が持っている経験や価値観、専門性などの多様な知識やスキルを認め、企業の中で活用できているかという要素です。多様な価値観や専門性がある人材を受け入れ、活かすことでイノベーションの創出を促します。
「リスキル・学び直し」は、事業環境の変化に対応するため、従業員が新たなスキルを習得し、継続的に学び直せる機会を提供します。個人のスキルシフトを支援し、専門性の向上を促進することが重要です。
「従業員エンゲージメント」は、従業員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組める環境を整える要素です。従業員が組織に対して高いモチベーションとコミットメントを持ち、自発的に業務に取り組む状態を促進します
「時間や場所にとらわれない働き方」については、時間や場所にとらわれず、安全で安心に働ける環境を整える要素です。リモートワークやフレックスタイム制などを導入し、従業員のライフスタイルや個人の事情に応じた柔軟な労働環境を整備します。
伊藤レポート3.0とは
伊藤レポート3.0は、2022年8月30日に経済産業省が発表した報告書です。
伊藤レポート3.0では、日本企業の成長に不可欠なSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を主軸に据えています。SXとは、企業が持続可能性を確保しながら経営や事業を変革する取り組みです。
さらに、企業価値の向上に向けた具体的な戦略や指針が示されており、持続可能な経営の重要性が強調されています。日本企業がグローバル競争で成長を続けるための方向性を示す重要な文書といえます。
伊藤レポート3.0が作成された背景
近年、サステナビリティの課題が企業の持続的な成長に大きな影響を与えています。国際的にも、サステナビリティへの対応が企業経営の根幹をなす要素となりつつあり、長期的な価値創造のためにも不可欠です。
そこで、経済産業省は2021年5月に「SX研究会」を設立し、企業の持続可能な成長を実現するための議論を進めました。議論の結果、企業と投資家がSXを具体化し、競争力を強化するための指針として「伊藤レポート3.0」が誕生しました。
伊藤レポート3.0の目的
伊藤レポート3.0の目的は、企業がサステナビリティ課題を成長の機会と捉え、社会と企業の持続可能性を同期化する「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」を推進することです。
上記により、企業の長期的かつ持続的な価値創造を実現し、競争力の向上を目指します。
具体的には、企業が投資家などと建設的な対話を行い、従来の延長線上にはない非連続的な変革を加速させることなどです。伊藤レポート3.0の提示により、新たな経営戦略の実践を促し、企業の成長を支援しています。
伊藤レポート2.0と伊藤レポート3.0の違い
伊藤レポート2.0と3.0は、目的とテーマが異なります。
項目 | 伊藤レポート2.0 | 伊藤レポート3.0 |
---|---|---|
目的 | 企業の「稼ぐ力」を高める | 社会と企業の持続的な成長を実現する |
テーマ | 人的資本経営の初期モデルの提示 | サステナビリティと経営の一体化 |
ポイント | 企業と従業員の成長の両立 | 従業員の能力開発や働きがいの創出 |
伊藤レポート2.0は企業の「稼ぐ力」を高めることを目的に、人的資本経営の初期モデルを提示しました。従業員と企業の成長を両立させることに重点を置いています。
一方、伊藤レポート3.0は「サステナビリティと経営の一体化」をテーマとし、社会と企業の持続的成長を目指しています。人的資本経営をさらに深掘りし、従業員の能力開発や働きがいの向上を重視している点が大きなポイントです。
また、環境問題や社会課題を成長の機会と捉える視点を取り入れている点も、伊藤レポート3.0の特徴です。
人的資本経営において人事が意識すべきこと
人的資本経営では、従業員の成長が企業価値の向上につながるため、人事の役割が重要になります。企業が持続的に成長するためには、従業員の能力を最大限に引き出し、適切な環境の整備が必要です。以下では、人事が意識すべきポイントを解説します。
人的資本経営のビジョンや目標を明確にする
人的資本経営を成功させるには、ビジョンや目標を明確にすることが重要です。目標が不明確なままでは、効果的な取り組みが難しくなり、戦略の質も低下する可能性があります。
明確な目標を設定することで、従業員が共通の方向を理解し、一丸となって取り組めるようになります。また、目標に基づいて必要なスキルや人材育成を計画できるため、企業の成長に貢献する人材を育てやすくなるでしょう。
人的資本経営を強化するためには、ビジョンと目標の具体化が欠かせません。
企業内でコミュニケーションを促進させる
企業内でのコミュニケーション促進は、人的資本経営において重要な要素の一つです。
伊藤レポート2.0に示されている「3つの視点(3P)」にも記載されているように、円滑なコミュニケーションは組織の成長に直結します。情報が速やかに従業員に共有されることで、全員が同じ認識を持ち、一貫した行動を取ることが可能です。
さらに、オープンな対話が活発になると、部門間やチーム内での協力が促進され、組織全体の生産性が向上します。人事は中立的な立場として、経営層と従業員の橋渡し役を担い、双方の意思疎通を円滑にすることが大切です。
コミュニケーション促進に役立つツールについては、下記の記事で紹介しているため、ぜひあわせてご覧ください。
人的資本経営に関するデータを収集・分析する
人的資本経営を推進するには、社内に散在するデータを収集・分析することが重要です。
人事部門だけでなく、他部門からも売上データや人・組織に関わるデータを幅広く集める必要があります。ただし、収集したデータが適切に分析できるかを確認し、整理・整備することが求められます。
分析の精度を高めるためには、すべてのデータを扱うのではなく、目的に応じて必要なデータを厳選することが重要です。データ活用の精度が向上すれば、より効果的な人的資本経営が実現できるでしょう。
伊藤レポートを参考に人的資本経営を実践しよう
伊藤レポートは、人的資本経営を実践するための重要な指針を提供しています。
企業が持続的成長を実現するためには、人的資本を戦略的に活用し、サステナビリティに向けた取り組みを強化することが不可欠です。伊藤レポートを参考に具体的な施策を導入し、効果的に人的資本経営を実践していきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
人事労務の知識をさらに深めるなら
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