- 作成日 : 2024年12月9日
移転価格税制とは?海外子会社との取引の注意点、課税リスクを解説
海外子会社とのグループ間取引では、税務調査により移転価格税制が指摘される可能性があります。移転価格税制は、どのような状況や取引で問題となりやすいのでしょうか。移転価格税制の対象取引や適正な取引価格の算定方法などについてわかりやすく解説します。
目次
移転価格税制とは?
移転価格税制とは、海外にある関連会社との取引において、独立企業間価格(通常の取引価格)以外での取引を規制する制度です。
例えば、グループ企業間で取引価格に制限がないと、法人の所得などにかかる税率が低い国にある子会社に、容易に利益を移転できるようになってしまいます。国内で生じた所得を海外に移転することを防止することを目的に、移転価格税制が創設されました。
移転価格税制の仕組み
移転価格税制に関係する独立企業間価格とは、独立した第三者の間で行われる合理的な取引価格のことです。(独立企業間価格の算定方法は後述します。)移転価格税制は、海外子会社などの海外の関連企業との取引が独立企業間価格で行われなかったとき、独立企業間価格で取引が行われたものとして課税する仕組みです。
海外のグループ企業などと取引のある企業のうち、一定の企業については文書化が義務付けられています。多国籍企業グループの連結総収入金額1,000億円以上の場合は、国別報告事項(CbCレポート)と事業概況報告事項(マスターファイル)、最終親会社等届出事項を提出しなければなりません。また、一の国外関連者との前事業年度の取引合計額が50億円以上または前事業年度の無形資産取引額が3億円以上になる法人は、ローカルファイルを作成しなければなりません。
作成義務のある法人が、正当な理由なしにCbCレポートやマスターファイルを提出しない場合には、30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。また、作成義務のある法人がローカルファイルを提出しない場合には、推定課税により課税される可能性があります。
移転価格税制の対象法人
移転価格税制の対象になるのは、国外関連者間の取引です。外国法人との間に、持株関係または実質的支配関係、あるいは持株関係と実質的支配関係がそれぞれ連鎖する関係がある場合に、移転価格税制の対象法人となります。
持株関係とは、親子関係や兄弟関係のある法人間の関係のことです。実質的支配関係とは、一方の法人がもう一方の法人の事業方針を実質的に決定できる関係をいいます。
海外子会社との取引で移転価格税制が問題となるケース
海外子会社との取引で移転価格税制が問題となりやすい主なケースを3つ説明します。
利益の移転
海外子会社に対して、通常の取引価格よりも低い価格で商品を販売した場合、設立したばかりの海外事業を軌道に乗せる目的があったとしても、移転価格税制の適用対象となります。
第三者と行う通常の取引価格よりも低い価格で商品を提供した場合、国内にある親会社が本来受けるはずだった対価を得られないためです。実際の取引額と通常の取引価格の差額は海外子会社への利益の移転とみなされ、移転価格税制が問題となります。
海外子会社への支援
海外子会社への経済的支援を理由とした取引にも注意が必要です。例えば、海外子会社に設備を帳簿価額と比較して著しく低い価格で譲渡したり、本来は海外子会社で負担すべき業務のコストを親会社が負担したりしていると、移転価格税制の問題が生じることがあります。
海外子会社への金銭の貸付
海外子会社への金銭の貸付も問題になりやすい部分です。貸付により、第三者であれば得られる利息を海外子会社から受けていない場合は、海外へ利益が移転しているとみなされ、移転価格税制が問題になる可能性があります。
移転価格税制に関する申告漏れは増加傾向
国税庁の「令和4事務年度 法人税等の調査事績の概要」によると、令和4事業年度の海外取引に関わる所得の申告漏れは、総額2,259億円に上ることがわかりました。
海外取引に関わる所得の申告漏れの主な内訳は、以下の通りです。
- 独立企業間価格よりも低い取引価格による利益移転によるもの…約58億円
- 国外関連法人への利益の付け替えなどによるもの…約15億円
- 貸付金利息や技術支援料などの利益供与によるもの…約4億円
前年の令和3事業年度の海外取引に関わる所得の申告漏れは総額1,611億円であることから、移転価格税制に関連する海外取引の申告漏れの指摘は増加傾向にあることがわかります。
移転価格税制の対象となる海外子会社との取引
移転価格税制について、どのような取引が問題になる可能性があるのでしょうか。海外子会社などとの取引で、移転価格税制の対象となる取引範囲を解説します。
輸出入価格など有形資産の取引
有形資産の取引として代表的なのが、商品や製品などの棚卸資産の取引です。海外子会社のある現地国において商品を販売するために、海外子会社に商品を譲渡(販売)した場合について、移転価格税制が適用される可能性があります。
ほかにも、海外子会社への積極的な設備投資のために、国内の親会社から海外子会社に機械装置などの設備を譲渡(販売)するケースもあります。
ロイヤルティ料率など無形資産の取引
無形資産とは、有形資産のように物として存在していないものの、資産的な価値があるものをいいます。特許やブランドの使用料、ライセンス契約料、ノウハウの提供、ソフトウェアなどが無形資産の例です。
無形資産の提供で生じる対価も移転価格税制の適用範囲になります。無形資産の提供で問題になるのは、資産の実在性や使用の事実、無形資産により得られる利益、対価の妥当性などです。
業務支援など役務提供の取引
役務提供(サービスの提供)も移転価格税制の適用範囲に含まれます。役務提供の取引とは、営業支援や経営管理支援などのことです。移転価格の調査では、対価性や対価の妥当性、実質的な贈与の可能性などが問題になります。
資金の貸借など金融取引
金融取引とは、金銭のやり取りに関する取引のことです。グループ間での金銭の貸付や債務保証などの金融取引も移転価格税制の適用範囲に含まれます。移転価格の調査で問題になりやすいのは、グループ内ローンの金利設定の妥当性や債務保証料の妥当性、キャッシュ・プーリング(グループ全体で財務管理体制を一元化すること)のプーリング・ベネフィット(優遇金利など)の妥当性などです。
移転価格税制で企業が押さえるべきポイント
移転価格税制に関して、企業が海外子会社との取引で不適切な移転価格があったとされないために押さえておくべきポイントを3つ紹介します。
算定方法を明確にする
移転価格税制で問題になる要素のひとつが、有形資産や無形資産などの提供が妥当な対価と引き換えに行われたかどうかです。妥当な対価とは、第三者間の取引で用いられる独立企業間価格のことです。独立企業間価格の算定方法については後述しますが、OECD移転価格ガイドラインや日本の移転価格税制で定められています。海外子会社などの国外関連者と取引をする際には、算定方法を明確にしておくことが重要です。
文書化する
平成28年度税制改正により、マスターファイルやローカルファイルなどの移転価格文書化制度が強化されました。しかし、対象となるのは、先述したように規模の大きい多国籍グループ企業や国外関連者との間に多額の取引がある企業に限られます。
文書化は移転価格リスクの対応策として有効であるため、文書化の義務がない企業においても文書として海外取引に関する情報を残しておくことは重要です。移転価格税制が問題になりそうな取引について、独立企業間価格を算定するのに必要なローカルファイルに相当する文書を作成することで、取引の透明性を確保につながります。
事前確認制度を活用する
独立企業間価格の算定は困難な部分もあることから、企業の算定方法等と税務当局が妥当と考える算定方法等では相違が生じる可能性もあります。企業と税務当局との独立企業間価格に対する相違をあらかじめなくそうとするのが、事前確認制度(APA)です。
企業は、税務当局に対して独立企業間価格の算定方法などの申し出を行い、税務当局が合理性を検証します。対象期間中において、企業が確認されている内容で取引や申告を行う限り、税務当局が移転価格の更正を行わない制度です。将来の国外関連者との取引について、移転価格の更正による課税リスクを回避できるメリットがあります。
基本的には将来の事業年度に対しての制度ですが、相互協議により合意があれば、過去の事業年度にさかのぼって適用することが可能です。
独立企業間価格の算定方法
移転価格税制に関係のある独立企業間価格の算定方法には、以下の方法があります。
独立価格比準法
独立価格比準法は、独立企業間価格の算定方法のうち、基本三法のひとつです。Comparable Uncontrolled Price methodの英語表記から、CUP法ともいわれます。同種の棚卸資産の取引額をもとに独立企業間価格を算定する方法です。
すでに第三者との間で取引がある商品または製品について、国外関連者向けにも同じ契約条件で販売する場合に有効な方法となります。第三者との間で行われている取引価格を基準としているため、比較可能性の厳密さが高いとされる方法です。
再販売価格基準法
再販売価格基準法は、英語表記のResale Price methodから、RP法ともいわれる算定方法です。基本三法のひとつに位置付けられています。第三者に販売する場合の売上高から、適正な利益額を検証して独立企業間価格を算定する方法です。
再販売価格基準法では、比較対象となる取引(会社)を選定する必要があります。比較対象が有価証券報告書などの豊富な資料があり、かつ類似性の高い取引である場合に有効な算定方法です。
原価基準法
原価基準法は、英語表記のCost Plus methodから、CP法ともいわれる算定方法です。原価基準法も基本三法のひとつに位置付けられています。製品の製造原価に、第三者に販売する場合と同程度の利益を加算して、適正な販売価格を求める方法です。
製品原価の計算がベースとなっているため、原材料や部品を仕入れて製造加工を行い、国外関連会社に販売するような場合に有効な方法です。
利益分割法
利益分割法は、合算した営業利益を分割することで独立企業間価格を求める方法です。Profit Split methodの英語表記から、PS法ともいわれます。
利益分割法には、寄与度利益分割法、比較利益分割法、残余利益分割法があります。寄与度利益分割法は、人件費や研究開発費などの費用をもとに、対象法人と国外関連者の合算営業利益を分割して独立企業間価格を算定する方法です。
比較利益分割法は、比較対象となる法人の利益配分をもとに、対象法人と国外関連者の合算営業利益を分割する方法です。比較できる類似の取引を行っている会社がある場合などに用いられます。
残余利益分割法は、販売機能などに基づいて計算した通常の利益を超過する部分の利益を、対象法人と国外関連者の寄与度に応じて分割する方法です。複雑な計算が必要になる反面、利益分割法や比較利益分割法よりも客観的な計算ができるメリットがあります。
取引単位営業利益法
取引単位営業利益法は、Transactional Net Margin Methodの頭文字をとって、TNMMともいわれる算定方法です。比較対象となる企業の営業利益率を、対象法人と国外関連会社でそれぞれ比較して算定します。比較対象の会社の資料を有価証券報告書などで確認できる場合に有効な方法です。
DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法
DCF法は、独立企業間価格の算定方法として、令和元年の税制改正で追加された新しい算定方法です。対象法人と国外関連者との間で予測される将来の利益を現在価値に割り引いて独立企業間価格を算出します。特許権やノウハウの提供など、無形資産の取引の算定などで用いられます。
海外子会社との移転価格税制で指摘されやすいケース
税務当局から移転価格税制について指摘されやすい主なケースを解説します。
独立企業間価格と異なる価格での資産の取引
独立価格比準法や再販売価格基準法などの独立企業間価格とは異なる価格で国外関連者と取引をした場合、税務当局から指摘される可能性があります。正当な理由がない場合は、実際の取引価格と独立企業間価格との差額は、損金不算入となります。
独立企業間価格に定められている方法で算定している場合にも注意しなければなりません。算定方法の適用は、最も適切な方法によることとされているためです。税務当局の調査により適した方法が用いられていないとされたときは、移転価格税制の指摘を受ける可能性があります。
ロイヤルティが著しく低いケース
国内にある親会社が特許権などの無形資産の開発費用やリスクを負担している場合、海外子会社から相応のロイヤルティを受け取るのが適切です。ロイヤルティにより、海外子会社は無形資産を利用する権利を得られ、適正な利益配分がされるものと考えるためです。
ロイヤルティの料金設定に根拠がなく、一般的な取引などと比べて著しく低く設定されている場合は、利益の移転とみなされて移転価格税制を指摘される可能性があります。
移転価格税制に関する申告漏れを防ぐには?
移転価格税制に関する所得の申告漏れを防止するための主な対策を紹介します。
税務コンプライアンスを強化する
移転価格税制に関する所得の申告漏れを防ぐには、税務コンプライアンスの強化が有効です。具体的に、以下のような方法が考えられます。
- 国際税務の専門家をチームに加える
- 企業としてのタックスポリシーを公表する
- 情報の周知により税務コンプライアンスの意識を高める
など
内部監査を強化する
移転価格税制の対応が税務部門のみに偏ってしまうと、海外子会社との取引価格の見直しなどが円滑に進まない可能性があります。内部監査を取り入れて、税務部門だけで対応しない体制を構築することが重要です。内部監査が強化されることで、税務部門では判明しなかった問題が見つかる可能性があるほか、他部署との連携も図りやすくなるメリットがあります。
詳細に文書化する
ローカルファイルなどの文書の提出義務がある法人は、必要な文書を提出期限までに作成して提出することが求められます。提出義務のない法人も文書化により記録を残しておくことが重要です。取引の詳細や契約内容、対象法人と国外関連者それぞれの負担リスク、適用した独立企業間価格の算定方法、取引対価の算定額の根拠などを詳細に記載して文書として残しておきます。
海外子会社との取引では移転価格税制の問題がある
海外子会社との取引では、商品を安く販売した場合や著しく低いロイヤルティを受け取る場合などに移転価格税制が問題になる可能性があります。移転価格税制に適切に対応するには、税務コンプライアンスの強化や取引詳細の文書化などが有効です。海外子会社との取引を適切に管理するには、グループ単位で管理できる適切な会計システムの利用も役立ちます。グループ企業の経営状況をリアルタイムで管理できる「マネーフォワード クラウド連結会計」が便利です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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