- 作成日 : 2025年6月26日
経済産業省のグループガバナンスに関する実務指針とは?企業の取り組みを解説
グループガバナンスとは、親会社が子会社を含む企業グループ全体を統制・支援し、戦略的な成長とリスク管理を実現する仕組みです。経済産業省はこの考え方を企業経営に浸透させるため、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」を公表し、持続的な企業価値向上に向けた取り組みを促しています。
この記事では、経済産業省の実務指針の内容をもとに、グループガバナンスの基本的な考え方やコーポレートガバナンスとの違い、企業が実際に取り組むべきポイントをわかりやすく解説します。
目次
グループガバナンスとは
企業グループを運営する上で、親会社が子会社を適切に管理し、グループ全体として共通の目標達成を目指すための仕組みをグループガバナンスと呼びます。これは、単に法令違反を防ぐだけでなく、グループ全体の力を合わせて持続的に成長するための経営体制を築くことを含みます。
複雑化した企業グループでは、各社の自律性を尊重しつつ、グループ全体として一貫した戦略を実行し、効率的に経営資源を使い、発生しうるさまざまなリスクを適切に管理する体制が求められます。
グループガバナンスとコーポレートガバナンスとの違い
グループガバナンスとコーポレートガバナンスは、対象とする範囲や目的が異なります。
コーポレートガバナンスは、個々の会社単体を対象とします。その会社の経営陣が、株主の権利や平等性を確保し、株主を含むステークホルダーの利益を最大化するために、適切かつ効率的に経営を行っているかを監督する仕組みや体制を指します。具体的には、取締役会による監督、監査役や監査委員会による監査などが中心です。
一方、グループガバナンスは、親会社と子会社から構成されるグループ全体を対象とします。グループ全体の経営戦略を実行し、グループ内の各会社が連携してグループ全体としての価値を高めるための統制の仕組みです。親会社が子会社をどのように管理し、グループ全体としてリスクをどのように把握し対応するか、グループ内での最適な資源配分をどう行うかといった点が中心となります。
コーポレートガバナンスが「個々の会社」の適切な経営を見るのに対し、グループガバナンスは「グループ全体」の最適な運営を見ます。グループガバナンスは、個々の会社のコーポレートガバナンスが適切に行われていることを前提としつつ、グループ全体の経営を最適化することを目指すものです。
経済産業省のグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針とは?
経済産業省は、企業グループにおける実効的なグループガバナンスの実現を目指し、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を公表しました(2019年6月)。この指針は、企業がグループガバナンスのあり方を検討する際の参考となる考え方や、望ましい実践例を示しています。
基本的な考え方として、グループガバナンスとは、企業グループが一体となって企業価値向上と持続的成長を図るための経営システムであるとしています。単に管理・統制を強化するだけでなく、グループ全体の成長戦略実行を支え、経営を後押しする「攻め」の側面と、グループ経営における子会社管理の実効性の確保という「守り」の側面、この「攻め」と「守り」両面で経営を最適化することを重視しています。
この指針は、特に多様な事業を展開し、多数の子会社を有する上場企業の企業グループを主な対象としていますが、その考え方は、他の企業グループにも幅広く参考になります。グループガバナンスの実効性を確保する上で企業はこの指針の内容も踏まえながら、自社の状況に合わせてどのようにグループガバナンスを強化していくかを考える際の出発点を提供します。
グループガバナンス強化の背景と目的
なぜ経済産業省がグループガバナンスの実務指針をまとめたのでしょうか。その背景にある考えを解説します。
この指針が策定された背景には、日本企業全体の競争力を高めたいという国の考えがあります。グローバル化や事業の多角化が進む中で、企業グループの運営はますます複雑になっています。
親会社と子会社の間の関係性が不明確であったり、子会社管理が十分に機能していなかったりすると、グループ全体の力が十分に発揮できません。たとえば、グループ内で資金や人材が非効率に使われたり、子会社で発生した問題がグループ全体に波及したりすることが起こり得ます。
グループを取り巻く経営環境の変化に素早く対応し、最適な経営判断を行うためには、グループ全体として一貫した意思決定プロセスと情報共有の仕組みが必要です。また、積極的な事業投資や事業の再編成を進める上でも、グループ全体を俯瞰したガバナンス体制が求められます。
この指針は、企業がこれらの課題を乗り越え、グループ全体として効率的かつ戦略的な経営を進められる体制を整えることを目指しています。それにより、グループの収益性や生産性を高め、持続的な企業価値の向上を実現することに繋がると考えられています。株主や他のステークホルダーからの信頼を得る上でも、透明性の高いグループガバナンス体制を示すことは有効です。
参照:コーポレートガバナンスに関する各種ガイドラインについて|経済産業省
グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針の詳細
経済産業省のグループガイドラインが具体的にどのような点に言及しているかを、より分かりやすく解説します。
グループ設計
グループ全体の経営戦略を実現するために、グループ内の各会社や部門の役割分担を明確にすることを強く推奨しています。これにより、誰が何を決定し、どのような責任を持つかが明確になり、経営判断が速やかになります。
グループ全体の経営を親会社に集約する部分と、子会社に権限を委譲して任せる部分のバランスをとることが必要です。親会社は、グループの事業内容や規模、目指す戦略に応じて、このバランスを検討します。これにより、グループ全体の一貫性を保ちつつ、市場の変化への対応力も高まります。
事業ポートフォリオマネジメント
企業グループが持つ様々な事業を定期的に見直し、グループ全体の価値を最大化するために、経営資源をどこに重点的に投入するかを決めることの重要性を挙げています。これは、グループ全体の収益性を高め、将来にわたる成長の基盤を作る上で中心的な取り組みです。
自社にとって今後成長が期待できる「コア事業」を見極め、その強化のために必要な事業の買収(M&A)や、研究開発への資金投入を検討します。逆に、グループ全体の戦略との整合性が低くなった事業や、継続的な収益が見込みにくい事業については売却や撤退を考えます。
このプロセスを通じて、グループ全体の経営資源を最も効果が見込める分野に集中させ、相乗効果(シナジー)を生み出し、グループ全体の収益性や競争力を高めます。事業ポートフォリオの見直しは、市場環境の変化に応じて継続的に行います。
内部統制システム
グループ全体としての内部統制システムの構築と運用が、企業価値を高める上で不可欠であることを示しています。これは、グループが円滑に事業活動を行い、目標を達成するための土台となります。
内部統制システムは、法令遵守や不正行為の防止といった「守り」だけでなく、経営方針や事業計画がグループ全体で確実に実行されるように管理する「攻め」の機能も持ち合わせます。
親会社の取締役会は、グループ全体の内部統制に関する基本方針や運用方法を定め、それが子会社を含む各社で適切に実施されているかを監督する責任を負います。
グループ内の情報伝達ルールを整備し、子会社から親会社へ経営情報やリスク情報が適切に報告される仕組みを作ることは、グループ全体の状況を親会社が把握し、適切な意思決定を行う上で不可欠です。
子会社経営陣の指名・報酬への関与
グループ全体の戦略を実行するためには、それぞれの事業を担う子会社の経営を任せる人材の選定が非常に重要になります。子会社の経営者がグループ全体の目標を理解し、その達成に向けて適切に経営を進めることが、グループ全体の成長に直結します。
親会社が主要な子会社の経営陣の選任や解任に適切に関与することを推奨しています。これは、子会社の経営判断がグループ全体の戦略と整合していることを確実にするためです。子会社の経営陣が、グループ全体の経営方針や戦略を理解し、それを踏まえた子会社経営を行っているかを定期的に評価します。
子会社の業績評価や報酬体系を、グループ全体の業績や戦略と連動させることで、グループとしての目標達成に向けた一体感を高められます。
上場子会社に関するガバナンス
上場している子会社がある場合、親会社と子会社の間に利益相反の可能性が生じやすい点に特別な注意が必要です。親会社と上場子会社の間での取引条件や、親会社が関わる事業再編において、上場子会社の少数株主の利益が不当に損なわれないよう配慮することが求められます。
上場子会社に、親会社から独立した立場で判断できる社外取締役を十分に配置することは、公正なガバナンスを確保する上で非常に有効な手段です。社外取締役が、親会社と子会社の間の取引の妥当性などをチェックする役割を担います。
親会社は、こうした子会社のガバナンス体制整備を支援し、独立性が保たれた意思決定プロセスが機能するよう配慮します。グループ内の取引に関するルールの明確化も、透明性を高めます。
企業が取るべきグループガバナンス
経済産業省の実務指針を踏まえ、企業は具体的にどのような取り組みを進めれば良いのでしょうか。
自社グループの現状を把握する
まず、自社の企業グループが現在どのような状況にあるのか、正確に知ることから始めます。どのような子会社があり、それぞれの会社がどのような事業を展開し、どのような役割を担っているかなどを明確にします。
グループ全体の強みや弱み、そして潜んでいるリスクを洗い出すことで、どこからグループガバナンスの強化に着手すべきかが見えてきます。
グループ全体の目標と方針を定める
次に、企業グループとして将来何を目指すのか、具体的な目標とそれを達成するための方針を明確に設定します。そして、その目標と方針をグループ各社がしっかりと共有する仕組みを作ります。
グループとして目指す方向性が明確になれば、各子会社が取るべき行動の方向性が定まり、グループ全体として一体感を持って動けるようになります。
意思決定と資源配分の仕組みを整える
グループ全体の目標達成のために、限りある経営資源(ヒト・モノ・カネ)をどのように配分するか、そして重要な経営判断はどのレベル(親会社か子会社か)で行うかといったルールを見直します。親会社と子会社の間での権限と責任を明確に定義し、誰が何を決められるのかをはっきりさせます。
これにより、迅速かつ効率的な意思決定が可能になり、無駄のない経営を進められます。
情報共有とリスク管理を強化する
グループ内の情報共有をスムーズにする仕組みを作ります。親会社が子会社の経営状況や事業に関する情報を正確かつタイムリーに把握できる体制は、適切な経営判断を行う上で欠かせません。
また、グループ全体のリスク管理体制を強化します。子会社で発生しうるさまざまなリスクを洗い出し、それらをどのように把握し、親会社へ報告するか、そしてどのように対応するかを定めた規程やマニュアルを整備します。
上場子会社がある場合は、親会社との取引における利益相反リスク管理に特に注意を払い、透明性や客観性を確保するように努めます。
体制を継続的に見直し改善する
グループガバナンスの体制は、一度整えれば終わりではありません。経営環境の変化(市場動向、技術革新、法改正など)や、グループ内部の状況の変化に合わせて、継続的に見直し、改善を続けることが必要です。
定期的にグループガバナンス体制が適切に機能しているかを確認し、必要に応じてルールや仕組みを変更することで、常に実効性のあるグループガバナンスを維持できます。
自社に合ったグループガバナンス体制を構築しよう
経済産業省が示す「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」は、企業グループが全体の力を発揮し、成長していくための考え方を示しています。この指針を参考に、自社に合ったグループガバナンス体制を構築し、継続的に改善することは、経営の効率を高め、リスクへの対応力を強化し、最終的に企業グループ全体の持続的な成長と企業価値の向上を実現することに繋がります。
こうした取り組みを積み重ねることで、企業は社会の信頼を得ながら、将来にわたって安定した発展を目指すことができます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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