• 作成日 : 2025年6月20日

法人化で従業員はどうなる?メリット・デメリットや手続き、タイミングの目安など解説

個人事業主として事業を拡大されてきた方、あるいはその事業を支える従業員の方にとって、法人化は大きな転換期です。特に従業員を雇用している場合、その影響は多岐にわたり、事前にしっかりと理解しておく必要があります。

この記事では、従業員を雇用している場合の法人化について、経営者と従業員双方の視点から、メリット・デメリット、具体的な手続き、そして法人化を検討する際の注意点まで、包括的に解説します。法人化で後悔しないために、ぜひ最後までお読みください。

目次

そもそも法人化とは?

法人化とは、個人で営んでいた事業を、法律で認められた「法人」という組織形態に変更することです。日本では、株式会社や合同会社といった形態が一般的です。

個人事業主と法人の違い

項目個人事業主法人(株式会社の例)
事業主の責任無限責任(事業の負債は全て個人で負う)有限責任(出資額の範囲内での責任が原則)
税金所得税(累進課税)、住民税、個人事業税など法人税、法人住民税、法人事業税など
社会保険国民健康保険、国民年金(従業員5人未満は任意適用も)健康保険、厚生年金保険(役員・従業員は原則強制加入)
会計・経理比較的簡易複雑(複式簿記が必須、決算公告の義務など)
信用力個人に依存組織としての信用力が高い傾向
資金調達個人の信用力や資産が中心多様な方法(増資、社債発行、融資など)
事業承継相続が基本株式譲渡などで比較的スムーズ

法人化することで、社会的信用度の向上や節税の可能性、有限責任によるリスク分散などのメリットが期待できます。しかし、設立費用や運営コストの増加、社会保険への強制加入といった側面も考慮しなければなりません。

法人化で従業員はどうなる?

個人事業主が法人化すると、従業員にはどのような変化があるのでしょうか。

社会保険

多くの場合、個人事業主の元で国民健康保険・国民年金に加入していた従業員は、法人化に伴い会社の健康保険・厚生年金保険に加入することになります。

  • 健康保険:一般的に、会社の健康保険の方が国民健康保険よりも保険料の自己負担が少なくなるケースがあります(扶養家族の保険料がないなど)。また、傷病手当金や出産手当金といった給付も充実しています。
  • 厚生年金保険:国民年金(基礎年金)に上乗せして厚生年金が支給されるため、将来の年金受給額が増えるという大きなメリットがあります。保険料は会社と折半になります。

雇用保険・労災保険

法人化すると、原則として全従業員が雇用保険・労災保険の適用対象となります(個人事業主でも従業員を雇用していれば加入義務があります)。

  • 雇用保険:失業した場合の給付や、育児休業給付、介護休業給付などを受けられます。
  • 労災保険:業務中や通勤中のケガ・病気に対して給付が受けられます。保険料は全額会社負担です。

給与・賞与・退職金

  • 給与:基本的に、法人化により、社会保険料の天引きが始まることで、手取り額が変わる可能性はあります。給与体系の見直しを検討している場合は、事前に十分な説明が必要です。
  • 賞与:法人化を機に賞与制度が導入・拡充されることもあります。
  • 退職金:法人が退職金制度を導入した場合、従業員もその対象となります。従業員にとって大きなメリットと言えるでしょう。

労働条件・就業規則

法人化を機に就業規則が作成・整備されるのが一般的です。これにより、労働時間、休日、休暇、賃金などが明確になり、従業員にとってより安心して働ける環境につながります。ただし、変更内容によっては、これまでの慣行と異なる部分が出てくる場合があります。その際は、会社から従業員に対し丁寧な説明と合意が重要です。

雇用契約の再締結

厳密には、個人事業主から法人への移行は、事業主体の変更を意味します。そのため、従業員との間で改めて雇用契約を締結し直す(あるいは、合意のもとで労働契約を承継する)手続きが必要になる場合があります。多くの場合、労働条件は維持または向上する方向で調整されると思いますが、事前に従業員へ丁寧な説明をしましょう。

従業員がいる場合の法人化のメリット

従業員を雇用している個人事業主が法人化する際には、特有のメリットが生まれます。

福利厚生の充実による採用力強化

法人化すると、健康保険や厚生年金保険といった社会保険への加入が義務付けられます。これは従業員にとって手厚い保障となり、福利厚生の充実につながります。結果として、従業員の満足度向上や定着率アップ、さらには優秀な人材の採用における競争力強化も期待できるでしょう。

退職金制度の導入による節税効果

法人であれば、役員や従業員に対して退職金を支払うことができ、これは損金として計上可能です。計画的な退職金制度を設計することで、将来の資金準備と節税の両立が図れます。個人事業主の場合、従業員への退職金は必要経費にはなりますが、法人ほど柔軟な制度設計は難しい場合があります。

事業承継の円滑化

個人事業の場合、事業主の死亡などにより事業の継続が困難になることがあります。法人であれば、株式の譲渡や相続によって事業をスムーズに次世代へ引き継ぐことが可能です。これは、長年事業を支えてくれた従業員の雇用を守ることにもつながります。

給与所得控除と役員報酬による節税

法人化すると、経営者自身も役員として法人から給与(役員報酬)を受け取ることになります。この役員報酬には給与所得控除が適用されるため、個人事業主時代の事業所得よりも税負担を軽減できる可能性があります。また、役員報酬の額を適切に設定することで、法人と個人のトータルでの税負担を最適化することも可能です。

従業員がいる場合の法人化のデメリット・注意点

メリットがある一方で、従業員を雇用したまま法人化する際には、デメリットや注意すべき点も存在します。これらを理解せず進めると、「法人化して後悔した」ということにもなりかねません。

社会保険料の負担増

法人化による最大の負担増の一つが社会保険料です。健康保険料と厚生年金保険料は、会社と従業員が折半で負担します。従業員数が多いほど、会社負担分の社会保険料は大きなコストとなります。事前にシミュレーションし、資金繰りに影響が出ないか確認が必要です。

事務手続きの煩雑化・コスト増

法人になると、会計処理が複雑になり、税務申告も個人事業主時代より手間がかかります。社会保険や労働保険の手続きも発生し、専門的な知識が必要となる場面が増えるでしょう。税理士や社会保険労務士といった専門家への依頼費用も考慮に入れる必要があります。

赤字でも発生する法人住民税の均等割

法人税は利益に対して課税されますが、法人住民税の均等割は、赤字であっても資本金や従業員数に応じて必ず支払わなければなりません。個人事業主にはない負担です。

従業員の労働条件の明確化と遵守義務

法人化を機に、就業規則の整備や労働に関する契約の再確認が求められます。労働基準法をはじめとする各種労働法規の遵守は当然ですが、法人格を持つことでより厳格な対応が求められる意識を持つべきです。曖昧だった労働時間管理や休暇制度なども、明確に定める必要があります。

従業員がいる場合の法人設立手続きの流れ

従業員を雇用している場合の法人設立手続きは、通常の法人設立手続きに加えて、従業員関連の手続きが必要になります。

1. 法人設立の準備・決定

  • 法人形態の選択:株式会社、合同会社など
  • 基本事項の決定:商号(会社名)、本店所在地、事業目的、資本金額、役員構成、事業年度など
  • 従業員の処遇に関する検討:法人化後の労働条件、社会保険、退職金制度など

2. 定款の作成・認証(株式会社の場合)

定款は会社の基本ルールを定めたもので、株式会社の場合は公証役場で認証を受ける必要があります。

3. 資本金の払込み

定款で定めた資本金を、発起人(設立時の株主)の個人口座に払い込みます。

4. 法人設立登記の申請

本店所在地を管轄する法務局に設立登記を申請します。この登記申請日が会社設立日となります。

5. 各種行政機関への届出

法人設立後、速やかに以下の届出が必要です。

  • 税務署:法人設立届出書青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書、源泉所得税の納金の特例の承認に関する申請書など
  • 都道府県税事務所・市町村役場:法人設立届出書
  • 年金事務所:健康保険・厚生年金保険新規適用届、被保険者資格取得届
  • 労働基準監督署:労働保険関係成立届、労働保険概算保険料申告書、適用事業報告、就業規則届(常時10人以上の場合)など
  • ハローワーク(公共職業安定所):雇用保険適用事業所設置届、雇用保険被保険者資格取得届、新規適用事業所現況届など

6. 従業員への説明と同意、労働契約の処理

法人化の目的、時期、従業員の待遇変更点(特に社会保険、給与体系など)について、従業員一人ひとりに丁寧に説明し、理解と協力を得ることが重要です。

必要に応じて、労働条件通知書を改めて交付したり、雇用契約を再締結したりします。個人事業主時代の未払い賃金や有給休暇の残日数なども、法人へ適切に引き継ぐ必要があります。

法人化を検討すべきタイミングや年収の目安

「いつ法人化するのがベストなの?」「年収がいくらになったら考えるべき?」という疑問を多くの方が抱いています。

所得が増加してきたとき

一般的に、個人事業の所得が一定額を超えると、所得税率よりも法人税率の方が低くなる可能性があります。一つの目安として、課税所得が800万円〜1000万円程度を超えてくると、法人化による節税メリットが出始めると言われています。ただし、これはあくまで目安であり、社会保険料の負担増なども考慮して総合的に判断する必要があります。

消費税の課税事業者になったとき

原則として、前々年の課税売上高が1000万円を超えると消費税の課税事業者となります。法人化すると、最初の2事業年度(条件あり)は消費税の免税事業者になれる可能性があるため、これを機に法人化を検討するケースもあります。ただし、インボイス制度の導入により、免税事業者のままでいることのデメリットも考慮が必要です。

対外的な信用度を高めたいとき

取引先や金融機関からの信用度は、一般的に個人事業主よりも法人の方が高いとされています。大きな取引や融資を検討している場合、法人化が有利に働くことがあります。

人材採用を強化したいとき

前述の通り、社会保険の完備は採用において有利に働きます。事業拡大に伴い、優秀な人材を確保したいと考えるなら、法人化は有効な手段の一つです。

あえて法人化しない・法人化できないケース

全ての個人事業主が法人化すべきとは限りません。「あえて法人化しない」という選択が賢明な場合もありますし、「法人化できない」ケースも存在します。

あえて法人化しないケース

  • 事業規模が小さく、利益が少ない:法人化による事務負担やコスト増に見合うメリットがない。
  • 赤字経営が続いている:赤字でも発生する法人住民税均等割が負担になる。
  • 手続きの煩雑さを避けたい:設立・運営の手間が負担になる。

法人化できないケース

  • 許認可の問題:個人で取得した許認可が法人では引き継がれない、または法人での取得が困難な場合。
  • 反社会的勢力との関わり:法人設立の際にチェックが入ります。
  • 事業目的の適法性:公序良俗に反する事業などは法人格を取得できません。

一人社長・一人親方が法人化するメリットと注意点

従業員を雇用せず、事業主一人のみで法人を設立するケースも増えています。これは「一人社長」や「マイクロ法人」と呼ばれます。

一人社長・マイクロ法人のメリット

  • 社会保険料の最適化:役員報酬の額を調整することで、個人事業主時代の国民健康保険料・国民年金よりも社会保険料の負担を軽減できる可能性があります。これが最大のメリットとして注目されます。
  • 給与所得控除の活用:役員報酬に給与所得控除が適用され、節税につながります。
  • 社会的信用の向上:個人事業主よりも信用度が高まる傾向があります。

一人社長・マイクロ法人の注意点

  • 事務負担の増加:一人であっても、法人としての会計処理や税務申告、社会保険手続きは必要です。
  • コストの発生:設立費用、税理士費用などがかかります。
  • プライベートと事業の区分の厳格化:個人のお金と会社のお金を明確に分ける必要があります。

法人化で後悔しないためのポイント

準備不足や見通しの甘さから、法人化後に思わぬ困難に直面するケースもあります。そうならないためのポイントを押さえておきましょう。

  1. 専門家への相談:税理士、司法書士、社会保険労務士など、各分野の専門家に相談し、アドバイスを受けることが重要です。特に従業員関連の手続きは複雑なため、社会保険労務士のサポートは心強いでしょう。
  2. 資金計画の徹底:法人設立費用、当面の運転資金、増加する社会保険料負担などを考慮した、無理のない資金計画を立てましょう。
  3. 従業員への丁寧な説明と合意形成:法人化は従業員の生活にも影響します。変更点やメリット・デメリットを丁寧に説明し、不安を取り除き、円満な移行を目指しましょう。
  4. タイミングの見極め:利益状況、事業の成長ステージ、経営者のライフプランなどを総合的に考慮し、最適なタイミングで法人化を実行します。焦りは禁物です。
  5. 法人化の目的を明確にする:「なぜ法人化するのか」という目的を明確にすることで、判断に迷ったときの道しるべになります。節税だけが目的だと、思わぬ落とし穴にはまることもあります。

従業員と共に成長する法人を目指して

法人化はゴールではなく、新たなスタートです。経営者にとっては、事業の成長と安定、そして従業員の生活を守るという責任がより明確になります。従業員にとっては、より安定した労働環境と手厚い福利厚生のもとで、安心して能力を発揮できる機会となります。この記事で解説したポイントを踏まえ、ご自身の事業と従業員にとって最良の道を選択してください。


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