• 作成日 : 2024年9月6日

農業の法人化とは?個人農家との違いや年収の目安、法人設立の手順

農業で法人化すると法人税の適用や制度融資活用など、税制面や経営面において多数のメリットを得られますが、手続きが複雑なので入念な下準備が必要です。

この記事では、農業の法人化のメリット・デメリット、法人成りに必要な手続き、失敗しないためのポイントなどを解説します。

農業の法人化とは?

農業の法人化とは、農業を営む形態を個人事業主から法人化することです。一般的に農業を営む法人を「農業法人」、個人事業主として農業を営む人を「農家」と呼びます。

個人事業主として農業を行う場合、全ての経営責任や資金調達が個人にかかります。法人化することで、株式会社や合同会社として運営することが可能になり、経営の効率化やリスク分散が図れます。

また農業法人は個人よりも社会的信用力が高まり、融資や補助金制度を活用した資金調達や従業員の雇用が容易になります。

農業法人と個人農家の違い

農業法人と個人事業主の違いは、経営や税制面で多岐にわたります。

以下に主な違いをまとめました。

項目個人事業主農業法人
経営責任個人に全ての責任がある法人として経営責任を分担
税金所得税が適用される法人税が適用される
相続個人の遺産として相続が発生法人の資産はそのまま引き継がれる
保険個人の農業保険が適用される法人の事業保険が適用される
経費個人の経費として認められる法人の経費として認められる
繰り越し損失繰り越しは3年間可能損失繰り越しは9年間可能

このように、法人化することで税務的に有利になり、経営の安定性が向上する可能性もあります。

農業を法人化するメリット

農業を法人化することには多くのメリットがあります。以下で詳しく見ていきましょう。

事業拡大や効率化につながる

農業を法人化することで事業拡大や経営の効率化が図れます。経営の透明性が向上することで取引先や金融機関からの信頼を得やすくなり、事業拡大のための資金調達がスムーズに進むことが期待できます。

また、法人として組織的に農業の運営をしていくことで、従業員の役割分担や業務プロセスの整備が進み、経営効率の効率化、農業経営の規模拡大や生産性の向上につながります。

制度融資が利用しやすくなる

法人化することで個人事業主よりも制度融資の利用がしやすくなります。特に認定農業者となれば制度資金の限度額上限が個人よりも大きくなるメリットがあります。例えばスーパーL資金の円滑化貸付では無担保無保証の貸付制度が利用可能となり、資金調達の面で大きな利点があります。

個人事業主が多い農業において法人化して制度融資を受ければ、事業の安定化、設備拡充による作業の効率化、事業拡大が実現でき、ビジネスとしての成長や差別化にもつながります。

社会保障制度への加入

法人化すると社会保険の加入が義務付けられます。社会保険には、健康保険、厚生年金保険、労災保険、雇用保険などが含まれ、従業員の福利厚生が充実し、生活の安定が図られます。

従業員の健康管理や老後の生活支援が強化され、モチベーションアップや離職率の低下、優秀な人材の確保につながります。法人化による社会保障制度への加入は、農業経営の持続可能性を高める重要な要素です。

農地取得の費用負担が軽減できる

農業を法人化することで、農地取得の費用負担が軽減される制度を利用できます。例えば農業生産法人出資育成事業という農地取得にかかる費用を軽減するための支援が行われています。

こうした制度を活用することにより農地取得の初期費用が抑えられ、経営の安定性が向上します。個人では利用できない支援制度もあり、これらをうまく活用することで農地取得の負担が大幅に軽減され、農業経営の規模拡大と生産性向上が期待できます。

農業を法人化するデメリット・リスク

農業を法人化することで多くのメリットが得られますが、一方でデメリットやリスクも存在します。以下の点も考慮して法人化するかどうかを判断しましょう。

法人手続きに手間がかかる

まず農業を法人化する際に、設立手続きが複雑で時間がかかることがデメリットとして挙げられます。法人設立には定款の作成、認証、登記申請など、多くの法的手続きが必要です。また、設立後も定期的な税務申告や各種報告書の提出が求められます。

これらの手続きには専門的な知識が必要となるため、自分で行う場合その煩雑さから経営者に大きな負担がかかります。

初期費用と経営コストがかかる

農業法人の設立前後には初期費用と継続的な経営コストが発生します。例えば株式会社の場合、会社設立には登録免許税や定款認証費用などで20万円以上の出費が必要です。さらに、法人化後の税務や事務手続きを専門家に依頼する場合、その報酬も経費としてかかります。

社会保険料など運用コストも継続して発生します。そのため個人事業主として経営していたときに比べて経費が大幅に増加する可能性もあり、まとまった資金の確保が課題となります。

農地所有適格法人の要件を満たすのが難しいことがある

農業法人が農地を所有するためには、以下のような農地所有適格法人の要件を満たす必要があります。

  • 農地所有適格法人の要件
法人の種類
  • 農事組合法人
  • 株式会社(公開会社でないものに限る)
  • 合名会社
  • 合資会社
  • 合同会社
事業の限定主な事業が農業(関連事業を含む)であること

※総売り上げの半分までは農業以外の事業実施可能

法人の構成員【農業関係者】

農地の権利を法人に提供した個人

法人農業に常時従事する者(年間150日以上)

法人に農作業を委託している個人 など

役員に関する要件役員の過半数は法人の農業に常時従事する構成員であること など

これらの要件を満たすことが難しい場合、農地の所有が制限されることがあります。特に農地を取得する場合、地域の農業振興計画との整合性や、地域農業に対する貢献度が求められるため、適格要件をクリアするために入念な事前準備が必要です、

廃業時は個人事業主よりも手続きが煩雑

農業法人を廃業する際の手続きに関しても個人事業主のそれよりも煩雑で時間がかかります。法人の解散には株主総会での決議や解散登記が必要な上に、清算手続きとして債務の整理や財産の分配が求められます。また、税務申告や各種報告書の提出も必要となり、これらの手続きには専門的な知識が不可欠です。

法人の廃業手続きは多岐にわたり、費用もかかるため、廃業を決断する際にも慎重な計画が求められます。

農業を法人化する年収の目安・判断基準

ケースバイケースですが、一般的に農業で法人化を検討する所得の目安は500~600万円を超えたタイミングとされています。この金額を超えると法人化による税制上のメリットが大きくなり、法人税の方が有利になる場合が多くなります。また、従業員数や経営規模の拡大を見込んでいる場合も法人化を検討する基準となります。

ただし、法人化に伴うコストやリスクを考慮し、事業計画や将来のビジョンを明確にすることが重要です。

農業を法人化する手順

農業の法人化は複雑な手続きが必要ですが、順を追って着実に進めれば問題ありません。以下に主要な手順を説明します。

会社の形態を決める(株式会社・合同会社)

まず、設立する会社の形態を決めます。一般的に農業法人は株式会社または合同会社として設立されます。株式会社は株主が出資し、取締役会を設置することで経営の透明性を確保できます。

一方、合同会社は出資者全員が経営に参加できる柔軟な運営が特徴です。各形態にはメリットとデメリットがあるため、事業の規模や運営方針に応じて最適な形態を選択することが重要です。

定款の作成

次に定款を作成します。定款とは会社の基本ルールや事業内容を定めた重要な文書です。会社名、所在地、目的、株式の内容、役員の任期、取締役の選任方法など会社の基本情報を記載します。

株式会社の場合、定款は創業者である発起人が作成し公証人の認証が必要ですが、合同会社の場合は認証が不要です。定款の内容は会社の今後の運営を大きく左右するため、慎重に作成しましょう。

銀行口座の開設

定款を作成した後、会社名義の銀行口座を開設します。これは設立後の資本金の払い込みや経営資金の管理に必要です。

法人の銀行口座の開設には、定款、印鑑証明書、設立趣意書などの書類の提出が求められます。銀行によっては法人設立直後の口座開設には厳しい審査が実施されることもあるため、必要な書類や手続きを事前に確認しておくことが重要です。

法務局への登記

銀行口座を開設し資本金を払い込んだ後、法務局に会社設立の登記申請を行います。登記申請には定款、払込証明書、取締役会議事録、設立登記申請書などの書類が必要です。登記が完了すると、正式に法人としての活動が可能になります。

登記手続きは複雑で専門的な知識が必要なため、司法書士や行政書士などの専門家に依頼することが一般的です。

個人事業の廃業手続き

法人設立後は個人事業主の廃業手続きを行います。廃業手続きには、税務署、市区町村役場、年金事務所などへの届け出が必要です。具体的な手続き内容としては廃業届の提出、所得税の青色申告承認申請書の取り下げ、事業用資産の売却、譲渡に関する手続きなどが含まれます。

廃業手続きが終わったら個人事業主としての税務・社会保険の手続きが終了し、法人としての経営に専念できます。

農業を法人化した後に必要な手続き

まず、法人設立後には税務署へ法人設立届出書を提出しましょう。定款の写しや設立登記事項証明書などが必要となります。また、都道府県税事務所、市役所にも同様に法人設立届出書(呼び名は都道府県によって変わります)を提出します。

次に、社会保険への加入手続きを行います。健康保険や厚生年金保険の新規適用届を年金事務所に提出し、労働保険(労災保険と雇用保険)の手続きを労働基準監督署とハローワークで行います。

他にも法人としての銀行口座を開設し、法人名義の契約書類(リース契約、農地賃貸借契約など)の更新も必要です。必要な手続きが数多くあるので、リストアップして漏れのないように計画的に手続きを行いましょう。

農業の法人化に役立つテンプレート

法人化するためには定款や事業計画書の作成が必須となります。しかし特にはじめて法人を設立される方にとってはどのように作っていいか戸惑われるかと思います。そこで、当サイトでは定款や事業計画書のテンプレートをご用意しています。

農業の定款(事業目的)テンプレート

定款は登記手続きや融資を受ける際に必要となります。農業の定款のテンプレートについては以下のページからダウンロード可能です。

農業の定款(事業目的)テンプレート

また、定款の作り方や盛り込むべき内容を知りたい方は、以下の記事が参考になります。

定款の作り方を簡単に解説!無料テンプレ30種類以上も紹介

農業の事業計画書のテンプレート

事業計画書についても融資や出資を受ける際には必須となります。また、事業計画がしっかりしていないと経営に失敗するリスクも高くなります。ぜひテンプレートを参考にして、一度事業計画を立ててみましょう。

農業の事業計画書のひな形、テンプレート

農業の法人化に失敗しないコツ

農業を法人化する際には、いくつかの重要なポイントを押さえて失敗のリスクを低減しましょう。

  • 情報収集と計画立案

まず、事前に十分な情報収集と計画立案を行うことが大切です。法人形態には株式会社、合同会社、合資会社などさまざまな種類がありますが、法人化のメリットとデメリットを理解し、自分の経営に最適な法人形態を選びましょう。

  • 専門家に依頼

次に、専門家のアドバイスを受けることが重要です。税理士や司法書士、農業経営のコンサルタントなどの専門家に相談することで、複雑な手続きや経営の問題をスムーズに解決できます。

社会保険や労働保険などの手続きを適切に行う際にも、社会保険労務士などの専門家に依頼するのが一般的です。

  • 事業計画と余裕を持ったリソースの確保

事業計画を明確にして必要な資金や従業員など会社経営や農作業に必要なリソースを確保することで、法人化後の経営を円滑に進めることができます。

農業法人化で安定した経営を目指そう

この記事では、農業を法人化するメリットやデメリット、法人化する際の手順、法人化後に必要な手続き、失敗しないためのコツについて解説しました。

農業を法人化することで会社設立による事業拡大や制度融資の活用のしやすさといった資金的な点や、社会保険加入による雇用の安定化といったメリットがあることが分かりました。

一方で、諸手続きの手間やコストといったデメリットも存在します。農業の法人化を成功させるためには十分な情報収集と実現可能な計画を立てた上で、必要に応じて専門家へのアウトソーシングなども活用しましょう。


※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。

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