- 更新日 : 2024年9月6日
賃貸経営の法人化とは?メリット・デメリット、年収の目安や設立手順などを解説
賃貸経営の法人化とは、運営主体を個人事業主から会社へ変えることを意味します。法人化することで節税効果などのメリットを得られますが、一定以上の年収がなければデメリットの方が大きくなる可能性もあります。
このような人化の検討にあたって知っておきたいポイントを当記事にまとめましたので、悩んでいる方はぜひ参考にしてください。
目次
賃貸経営の法人化とは?
賃貸経営の法人化とは、個人事業主として行っていた賃貸経営を、会社組織としての運営に変えることをいいます。つまり、賃貸経営を行う株式会社や合同会社などの会社を設立し、経営者個人の名義ではなく、法人格を持つ組織を名義として事業を行うことを指します。
個人事業主だと事業主と事業が一体であり、事業で得た利益はそのまま事業主個人の所得にもなります。
一方の法人は、経営者個人とは別個の人格になりますので、事業で得た利益も法人のものとなります。そして経営者個人は法人からの役員報酬という形で収入を受け取るのです。
賃貸経営で使用する主な物件
賃貸経営でよく使用される物件の種類としては、以下のようなものがあります。
- アパート・マンション
→ 比較的少額の資金で始めることができ、安定した収入が見込める。 - 戸建て住宅
→ ファミリー層向けの物件で、家賃が高めに設定できる傾向にある。 - 事務所・店舗
→ 立地条件や周辺環境が収益に大きく影響するため事前の調査が重要。 - 駐車場
→ 初期投資が比較的少なくて済む傾向にある。 - 倉庫・工場
→ 特定の業種向けの物件で需要は限定されるが、長期的な契約が見込める。
実際の賃貸経営で多いとされるのは、アパートやマンションです。初期投資がそこまで大きくなく、安定した収入が見込めるメリットがあるためです。また、管理会社に委託することで物件管理の手間を軽減できる点も、選ばれる理由の1つといえるでしょう。
賃貸経営の法人化と個人との違い
法人と個人事業主には、税金や責任、社会的な信用力など、さまざまな面で違いがあります。
項目 | 個人事業主 | 法人 |
---|---|---|
所得にかかる税金 (税率) | 所得税 (5%~45%) | 法人税 (15%、19%、23.2%) |
青色申告特別控除の適用 | 最大65万円 | なし |
赤字の繰越可能期間 | 3年 | 10年 |
社会保険 | 国民健康保険・国民年金 | 健康保険・厚生年金 |
社会的信用力 | 比較的低い | 比較的高い |
最終的な意思決定 | 事業主個人の決断 | 株主総会での決議 |
責任の範囲 | 無限責任 | 有限責任※ |
※合名会社や合資会社であれば無限責任社員もいる。
それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらかが優れていると一概にはいえません。また、将来の展望なども加味して検討することが大事です。
賃貸経営を法人化するメリット
法人化して賃貸経営を行うことのメリットには大きく次の3点が挙げられます。
- 節税できる可能性がある
- 社会的に高い評価を得やすい
- 事業承継がしやすくなる
各メリットの詳細を見ていきます。
節税できる可能性がある
法人化の大きなメリットの1つが「節税効果が期待できる」という点です。
個人事業主だと超過累進課税を採用する「所得税」がかかり、所得が増えるほど税率も高くなります。
一方、法人の場合は比例税率を採用する「法人税」がかかり、所得が増えても基本的に一定の税率が適用されます。
そして所得税の最高税率は45%であるのに対し、法人税の税率は最大でも23.2%です。
よって、一定以上の所得があるときは法人化することで税負担を軽減できるのです。ただし、所得が少ない場合は、所得税の税率の方が法人税より低くなることには留意してください。
社会的に高い評価を得やすい
法人化のもう1つ大きなメリットとして「社会的な信用力が高まること」が挙げられます。
一般的に、法人は個人事業主よりも信用度が高いと認識されています。
その理由として、①法人設立には定款の作成や登記など厳格な手続きが必要とされる、②資本金の払い込みをしている、などが考えられます。登記をしていることで第三者は当該法人が公的に認められた存在であることを確認できますし、資本金が払い込まれていることでその額から運営元の資金力を読み取ることができます。
とはいえ、登記をされているだけで安全ということではありませんし、資本金=会社の財力ではないので、あくまで目安に過ぎません。個人事業主でも信用を得ることはできますし、明確な差があるとまではいえないでしょう。
しかしながら、世間的なイメージが評価に関わるのも確かです。特に大きな取引を行う可能性がある場合は、人化している方が無難でしょう。
事業承継がしやすくなる
もう1つ、「事業承継をやりやすくなる」というメリットも法人化により得られます。
例えば経営者が高齢になったり、病気になったり、亡くなったりした場合には、次の経営者にバトンタッチする必要があります。このとき個人事業主だと先代の個人名で各種契約や物件の名義が登録されていますので、これらを一つ一つ変更していかないといけません。
これには大きな手間がかかりますし、相続による事業承継だと後継者以外の相続人もいたりして遺産分割でもめることもあります。
一方の法人は、事業と経営者が別個の存在であり、各種名義も法人名です。そのため経営者に変更があってもそのまま契約関係などを引き継ぐことができ、事業承継も進めやすいでしょう。
賃貸経営を法人化するデメリット・リスク
法人化して賃貸経営を行うことのデメリットには大きく次の3点が挙げられます。
- 会社設立に費用がかかる
- 会社設立に手間がかかる
- 税の負担が増す可能性がある
各デメリットの詳細を見ていきます。
会社設立に費用がかかる
法人化のデメリットの1つは「会社設立に費用がかかること」です。
定款の認証手数料(株式会社の場合)や印紙代、設立登記にかかる登録免許税などさまざまな費用が発生します。これらは個人事業主だと不要な費用です。
《会社設立時の費用》
- 定款の認証手数料
→ 株式会社の場合に必須。資本金の額に応じて3万円~5万円かかる。 - 定款の印紙代
→ 書面で作成するときに必須で4万円かかる。電子定款なら不要。 - 登録免許税
→ 設立登記の申請時に必須。資本金の額に応じて定まり、最低額は、株式会社なら15万円、合同会社なら6万円。
ほかにも印鑑登録証明書の取得など、各手続きでの必要書類を集めるのに若干の発行手数料が発生しますし、設立手続きについて専門家に相談したり依頼したりしたときはその報酬も発生します。
会社設立に手間がかかる
「会社設立に手間がかかる」というデメリットも挙げられます。
個人事業主として開業するときは開業届を税務署に提出するだけでしたが、法人化するには定款作成から資本金の払い込み、登記申請などの手続きが必要で手間もかかります。
定款とは会社の基本的なルールを定めたもので、会社の目的や商号、本店所在地、資本金などの重要な事項が記載されます。法律にのっとって適切なルールを定める必要がありますし、一般的な社内規程と同等の感覚ではいけません。後で変更をする場合は株主総会での特別決議を要しますし、役員・従業員・社員(株主)の全員がもっとも厳守しないといけない存在が定款なのです。
そして法人化の手続きは関係者が増えるほどより複雑化します。一緒に立ち上げを行う起業者(株式会社の場合は「発起人」という)が数人いるときはその全員の合意がなければ定款は作成できませんし、一般投資家も参画するなら創立総会を開く必要があります。
税の負担が増す可能性がある
法人化のデメリットとして「場合によっては税負担が増えてしまうこと」も挙げられます。
上述の通り、法人税の税率は所得税より低くなることもあるのですが、その恩恵が得られるのは一定以上の所得がある場合です。所得が少額だと高い税率の適用によりかえって税負担が増してしまいます。
さらに所得がゼロの場合、個人事業主だと住民税も非課税となりますが、法人だと法人住民税の負担が避けられません。
法人住民税のうち「法人税割」は法人の所得に対応しますが、「均等割」については所得に関係なく均等に課税されます。具体的な額は地域や資本金の額によって異なりますが、年間数万円~数十万円程度の負担がかかる可能性があります。
賃貸経営を法人化する年収の目安・判断基準
法人化の判断においては、事業規模や経営者の数、将来の展望などを総合的に考慮することが重要です。そのため明確な線引きはできないのですが、賃貸経営による“年収”の大きさが1つの目安として機能します。
厳密には売上高から経費などを差し引いた“所得”の大きさが重要で、賃貸収入だけに着目してはいけません。その関係性、判断基準について簡略化したものを以下に示します。
法人化をした方がいいケース |
---|
事例:都心部や人気のエリアにて複数の物件を管理。家賃15万円程度、20室を所有しており、空室率はかなり低い。
このケースだと所得税が高額になり、法人化した方が節税できる。 |
法人化をしない方がいいケース |
事例:地方や郊外にて築年数の古い物件を複数所有。20室所有しているが家賃は5万円程度で空室率も比較的高い。
このケースだと適用される所得税の税率が低くなるため、法人化による節税効果はほとんど得られない。 |
賃貸経営を法人化する手順
賃貸経営を法人化するには、いくつかの手順を踏む必要があります。
- 設立会社を決める(株式会社・合同会社)
- 定款の作成
- 銀行口座への出資金の払い込み
- 法務局での登記
- 個人事業の廃業手続き
ここで法人化の基本的な流れと、各ステップで必要な手続きについて説明していきます。
設立会社の種類を決める(株式会社・合同会社)
法人化にあたって、まずは設立する会社の種類を決める必要があります。一般的に選ばれることが多いのは株式会社か合同会社です。
- 株式会社…最も立数が多くなじみもあるため社会的な信用力が少し高くなると考えられる。規模が大きくなっても運営しやすく、株式を使った資金調達も可能。
- 合同会社…近年設立数を伸ばしている会社。設立手続きが比較的簡単で費用も抑えられる。
会社形態を選ぶときは、事業規模や将来の展望などを考慮し、専門家の意見も参考にするとよいでしょう。
定款の作成
上述の通り定款の作成が欠かせません。
会社の種類に応じて必ず定めないといけない事項(定款の絶対的記載事項)があるため注意してください。例えば株式会社の場合は次の事項を定めないといけません。
- 商号(社名のこと)
- 目的(会社のする事業内容のこと)
- 本店の所在地(会社を置く住所)
- 設立に際して出資される財産の価額またはその最低額(出資の額について)
- 発起人の氏名または名称および住所
法的な問題が絡むため、定款の作成についても専門家をご活用ください。
銀行口座への出資金の払い込み
定めた資本金の額を、銀行口座に払い込みます。この時点では法人が成立していないため、代表者の個人名義で開設した口座を活用します。
また、設立登記の際には、その払い込みがなされたことの証明が必要です。通帳のコピーを取っておくなどして、払込証明書を作りましょう。
法務局での登記
法人化の仕上げとして設立登記の申請を行います。これは法務局にて行う手続きで、登記申請書を作成するほか、定款や資本金の払込証明書、発起人の印鑑登録証明書など、その他法務局が指定する数多くの書類を準備する必要があります。
また、登録免許税の納付も必要ですので費用の準備もしておきましょう。
登記申請の手続きに関しては司法書士の専門分野であるため相談や依頼については司法書士を活用してください。
個人事業の廃業手続き
以上の手続きで法人化自体は完了です。
ただ、個人事業主としての事業をすべて法人に移転させるときは、個人事業主の廃業手続きが必要です。事業の廃止から1か月以内に、廃業届を作成して税務署に提出しましょう。
※廃業届は開業届と同じフォーマットの用紙を使う。
もし青色申告で確定申告をしていたのならその青色申告の取り消し手続きも、従業員がいたときは給与支払事務所の廃止手続きも、併せて行いましょう。
賃貸経営を法人化した後に必要な手続き
法人化した後も、当該法人に関する税務・労務の届け出や、契約関係の引き継ぎなどに対応しなくてはなりません。
《法人化した後、税務・労務関連で提出する書類の例》
- 法人設立届出書
- 青色申告承認申請書
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書
- 健康保険・厚生年金保険新規適用届
- 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届
- 保険関係成立届
- 労働保険概算保険料申告書
- 雇用保険適用事業所設置届
- 雇用保険被保険者資格取得届 など
賃貸物件の名義変更や賃貸借契約の名義変更、不動産管理会社との契約をしていたときは、その変更手続きなども忘れないようにします。ほかにも、一つ一つ契約関係を見直してやるべきことがないかチェックしていきましょう。
賃貸経営の法人化に役立つテンプレート
賃貸経営の法人化をする際に作成すべき書類がいくつかあります。初めての作業だと戸惑うこともあるかと思いますが、テンプレートがあると完成イメージもつかみやすくなります。
定款のテンプレート
こちらのページから定款のテンプレートをダウンロードできます。そのまま流用することはできませんが、骨格部分を参考にしながら書き進めていけば効率的に完成させられるでしょう。
https://biz.moneyforward.com/establish/templates/373/
また、作成作業にあたってはこちらのページも参考にしていただければと思います。
https://biz.moneyforward.com/establish/basic/140/
事業計画書のテンプレート
資金調達をしたり創業メンバーを集めたり、あるいは大きな契約を交わしたりするとき、事業計画書の提示を求められることもあります。
事業計画書に関してもこちらからテンプレートをダウンロードできますので、ぜひチェックしてみてください。
https://biz.moneyforward.com/establish/templates/47/
賃貸経営の法人化に失敗しないコツ
「法人になって失敗した」と後悔しないためにも、事前にしっかりと準備し、注意点を押さえておきましょう。法人化で失敗しないためのコツを下表にまとめました。
専門家の活用 | 税理士や弁護士、司法書士などの専門家を積極的に活用すべき。各事業者個別の課題・問題点を把握でき、それを意識した対策を講ずることができる。 |
---|---|
事業計画書の作成 | 法人化した後の方針、収支の見込みなどを事業計画書にしっかりとまとめる。事業計画策定の過程で、現状の問題点や直すべきところ、お金をかけるべきところ、などが細かく見えてくる。 |
資金計画の策定 | 何にどれだけのお金がかかるのかを整理し、そのお金をどこから調達するのか検討する。 |
借り主への連絡 | 法人化によって入居者である借り主との関係性が変わる可能性がある。不要なもめ事を避けるためにも、法人化しようとしている旨、法人化による賃貸借への影響がないこと(変わることがあるならその旨)をしっかりと説明。良好な関係性の維持に努めるべき。 |
適切な税務・会計処理 | 法人化により経理業務の負担が増すこともある。この点についてまずは理解すること、そして適切な処理ができるように体制を整える必要がある。内部で経理担当を置くか、顧問税理士を付けて記帳から申告まで依頼するのも効果的。 |
賃貸経営の現状と将来を見据えて法人化を検討しよう
賃貸経営を法人化することには、節税や信用力向上などのメリットがあります。しかしながら、そのメリットも常には期待できませんし、会社設立時の費用や手続き面でのデメリットにも目を向ける必要があります。場合によっては税負担も増えてしまうので、特に所得の計算には注意してください。
そのほか、将来の展望なども考慮しつつ法人化すべきかどうかの検討を進めましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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