- 作成日 : 2024年12月13日
医療法人の事業承継とは?出資持分あり・なしの違いや手続き、税金の注意点
医療法人の事業承継とは、医療法人の経営権を引き継ぐことです。出資持分あり・出資持分なしによって、事業承継にかかる税金が異なることがあります。
また、医療法人の事業承継では、相続税・贈与税の納税を猶予する制度があることも理解しておくことが大切です。本記事では、医療法人の事業承継手続きや税金のポイントについて解説します。
目次
医療法人が事業承継を行うケース
医療法人の事業承継とは、医療法人の経営者が後継者に経営権を引き継ぐことです。現在の経営者が高齢になり経営を続けることが困難な場合や、経営難にさらされて医療法人の存続が危ぶまれている場合などに、事業承継を検討することがあります。
一方で、医療業界では後継者不在の問題が深刻です。日本で少子高齢化が進んでいることや、子どもが医師を目指していない(医師以外の職についている)ことなどが主な理由として考えられます。
2023年の帝国データバンクの調査によると、「医療業」における後継者不在率は65.3%でした。全体の後継者不在率(53.9%)を上回っており、業種別(中分類)では「自動車・自動車小売」(66.4%)についで高い数字です。
参考:株式会社帝国データバンク 特別企画:全国「後継者不在率」動向調査(2023 年)
医療法人の出資持分あり・なしの違い
医療法人の事業承継は、「出資持分」の「あり」「なし」によって違いが生じることがあります。
そもそも医療法人とは、医師・歯科医師が常時勤務する診療所や介護老人保健施設、病院を開設することを目的に医療法に則って設立される法人のことです。医療法人は非営利の団体のため、株式会社を始めとする営利法人と異なり、剰余金の配当が禁じられています。
「出資持分あり」の医療法人とは、出資者が財産権を持つことを定款で決めている医療法人です。医療法人が解散する場合には、残っている財産が出資割合に応じて出資者に戻されます。
それに対して「出資持分なし」の医療法人とは、定款に財産権に関する定めが設けられていない医療法人のことです。医療法人が解散する場合にも、財産は原則として出資者に返還されません。
なお、2007年施行の医療法改正に伴い、新たに設立する医療法人はすべて「出資持分なし」であることが求められるようになりました。ただし、すでに設立されている場合は、「出資持分あり」の医療法人として存続している場合があります。
医療法人を事業承継する方法
医療法人を事業承継する方法は、主に以下のとおりです。
- 親族への承継
- 第三者への譲渡(M&A)
それぞれ解説します。
親族への承継
親族への承継(親族内承継)とは、経営者が子ども・甥(おい)・孫などの親族に経営を引き継ぐことです。
個人経営のクリニックを親族内承継する場合は、現経営者の廃業・親族の開業・事業用資産の譲渡などの手続きを踏みます。一方、医療法人で親族へ承継する場合は、持分を親族に譲渡する(出資持分あり)、事業譲渡や基金拠出者の地位の譲渡(出資持分なし)などが必要です。
親族内承継を活用すれば、あらかじめ後継者を決めておくことで、早くから事業承継の準備を進められます。また、出資持分ありの医療法人の場合は相続で持分を移転させられる点もメリットです。
一方で、親族に後継者がいるとは限らない点がデメリットとして挙げられます。親族に候補がいない場合は、従業員から探すケースもあるでしょう。
第三者への譲渡(M&A)
第三者への譲渡(M&A)とは、現経営者の親族や従業員以外の第三者に経営を引き継ぐことです。
個人経営のクリニックをM&Aする場合は、事業用資産の売却や現経営者の廃業、新経営者による開業などの手続きを踏みます。医療法人の場合は、持分を親族に譲渡する(出資持分あり)、事業譲渡や基金拠出者の地位の譲渡(出資持分なし)、合併するなどが具体的な方法です。
M&Aを活用すれば、幅広い候補のなかから選べるため、後継者不在の課題を解消する点がメリットとして挙げられます。一方で、持分ありの医療法人をM&Aする場合に、相続を活用できない分、後継者の税負担が重くなりやすい点がデメリットです。
医療法人を承継する流れや手続き
親族へ承継するケースと第三者へ譲渡するケースに分けて、主に出資持分ありの医療法人を承継する際の手続きについて解説します。
親族への承継の場合
出資持分ありの医療法人を親族へ承継する際の一般的な流れは、以下のとおりです。
- 後継者を決める
- 相続や贈与で出資持分を親族に移転させる
- 親族が社員総会で理事、理事会で理事長に選任される
また、出資持分を直接親族に譲渡せずに、現経営者が出資持分を払戻しするケースもあるでしょう。その場合は、相続や贈与で出資持分の額を受け取った親族が、対象の医療法人に対して新たに出資します。
第三者への譲渡の場合
出資持分ありの医療法人を第三者へ譲渡する際の主な流れは、以下のとおりです。
- 専門家に相談して承継先を見つける
- 現経営者が所有する出資持分を第三者に売却する
- 後継者が社員総会で理事、理事会で理事長に選任される
第三者へ譲渡する場合も、出資持分を直接譲渡せずに、現経営者が出資持分の払戻しをすることがあります。また、相手が医療法人の場合は、都道府県知事からの認可を得て合併することも承継方法のひとつです。
なお、持分なしの医療法人を承継する場合は、現社員(構成員)・理事・監事などに退職金を支払ったうえで人員を入れ替える、事業を譲渡する、合併・分割するなどの手法を用います。
医療法人の事業承継時の税金について
相続や贈与を活用して持分ありの医療法人を承継する場合は、承継する人に相続税や贈与税がかかる可能性があります。出資持分の額が大きければ、その分高額な税金がかかるでしょう。
相続した場合は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税を申告しなければなりません。また、贈与を受けた場合は、その翌年2月1日から3月15日までに贈与税の申告が必要です。
なお、認定医療法人へ移行することで、かかる税金の猶予もしくは免除を受けられることがあります。認定医療法人とは、「持分あり」から「持分なし」へ移行することを決め、厚生労働大臣の認可を受けた医療法人のことです。認定医療法人に移行することで軽減される税金については、後ほど詳しく解説します。
医業継続に関する相続税・贈与税の納税猶予とは?
相続税・贈与税の納税猶予とは、医療法人の持分を相続・遺贈で受けた場合にかかる相続税や、出資者が持分を放棄したことでほかの出資者にかかる贈与税の納付を猶予できる制度です。法人版事業承継税制とは異なります。
医療法人が認定医療法人に該当する場合に、条件を満たせば認定移行計画に記載された期限まで納税を猶予可能です。また、移行期限までに対象の出資持分を放棄した場合は、猶予中の相続税・贈与税が免除されます。
ただし、適用を受けるためには厚生労働大臣の認定を受けなければならないうえ、認定には期限が設けられている点に注意が必要です。当初、2023年12月31日までが期限でしたが、2023年度税制改正で2026年12月31日まで延長されました。
参考:国税庁 No.4150 医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例、国税庁 No.4440 医療法人の持分に係る経済的利益についての贈与税の納税猶予の特例
医療法人の事業承継における注意点
医療法人の事業承継を進めるにあたって、以下の点に注意が必要です。
- 後継者候補が限定される
- 患者や職員にも配慮が必要
各注意点について、詳しく解説します。
後継者候補が限定される
医療法人の事業承継では、後継者候補が限定される点に注意が必要です。
本来、事業承継の手段として第三者への譲渡(M&A)を検討すれば、幅広い候補のなかから後継者を探せます。しかし医療法人の場合は、一部の例外を除き医師または歯科医師である理事のなかから理事長を選出しなければなりません(医療法第46条の6)。
患者や職員にも配慮が必要
医療法人の事業承継を進めるにあたっては、患者や職員にも配慮が必要です。
まだ事業承継が確定していない段階で患者や職員に知られると、院内で動揺が広がる可能性があります。場合によっては、患者がほかの病院に通うようになったり、職員が退職したりする事態にもなりかねません。
患者離れや職員の離職が続くことで、まとまりかけていたM&Aが破談になることもあるでしょう。医療法人の事業承継を進める際には、情報を伝えるタイミングに注意すること、伝える際には丁寧に説明することなどが重要です。
医療法人の事業承継にかかる費用の相場
医療法人の事業承継にかかる費用の相場は、どのくらいの規模の医療法人を承継するか・収益はどれくらいか・どのスキームを用いるかなど、さまざまな条件によっても異なります。また、M&Aの場合は企業価値評価の結果や交渉によっても大きく左右されるでしょう。
一般的には、最低でも数千万円が医療法人の事業承継にかかります。
医療法人の事業承継は税金に注意する
現在の経営者が高齢で経営を続けることが困難な場合や、経営難にさらされて医療法人の存続が危ぶまれている場合などに、医療法人の事業承継を検討することがあります。具体的な方法は、親族への承継や第三者への譲渡(M&A)などです。
とくに出資持分ありの医療法人を事業承継する場合は、一般的に後継者に相続税や贈与税といった税金がかかります。多額の税金がかかることもあるため、すぐに納付が難しそうな場合は認定医療法人へ移行する手法も検討しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
名古屋で事業承継について相談するには?支援制度・補助金も紹介
名古屋市を拠点とする中小企業や個人事業主が事業承継について相談する場所としては、商工会議所や愛知県事業承継ネットワーク構成機関などがあります。適切な相談窓口や支援制度を活用することで、スムーズな事業承継が可能になるでしょう。 本記事では、名…
詳しくみる事業承継とは?種類や流れ、支援制度まで解説
事業承継とは、経営者が企業の経営権や資産、経営理念等を次世代へと引継ぐことです。日本の後継者問題は深刻であり、黒字廃業する企業も少なくありません。本記事では、事業承継の種類や一般的な流れ、補助金制度について詳しく解説します。 事業承継とは?…
詳しくみる大阪府で事業承継するには?相談先の選び方、補助金、支援制度を解説
大阪府で事業承継を検討している、会社経営者の方や個人事業主の方もいるでしょう。本記事では、大阪府で事業承継する際の相談先や相談内容、大阪府が支援する制度・補助金などについて解説します。 大阪府で事業承継するには? 大阪シティ信用金庫の実施し…
詳しくみるクリニックの事業承継の方法は?手続き流れや税金の仕組み、費用相場を解説
事業承継とは、後継者に事業を継承することです。クリニックや医院でも、親族もしくは第三者への承継が実施されています。 今回の記事では、クリニックの事業承継がどのようなものなのか、その2通りの方法、流れや手続きなどを解説します。医業継続に関する…
詳しくみる事業承継の相談先ガイド!無料支援や法律相談など相手や選び方を解説
事業承継の相談先には、事業承継・引継ぎ支援センターや商工会・商工会議所などの公的な機関のほか、専門家なども考えられます。事業承継は誰に相談するのがベストなのでしょうか。事業承継の相談ができる機関別の特徴や選び方などを紹介します。 事業承継の…
詳しくみる中小企業の事業承継の課題とは?現状や解決策の具体例、2025年問題を解説
事業承継は中小企業にとって避けられない課題であり、経営者の高齢化や後継者不足などが問題を深刻化させています。2025年に向けて事業承継問題が急務となる中、本記事では具体的な解決策や支援策を含め、現状と今後の展望について詳しく解説します。 事…
詳しくみる