• 作成日 : 2024年8月30日

士業が法人化すべきメリット・デメリットは?個人事業主との比較や注意点を解説

士業の法人化は弁護士や税理士、行政書士、社会保険労務士などが独立し開業する方法の1つです。その他の独立手段には、個人事業主での開業があげられます。この記事では士業が法人化するメリットおよびデメリット、個人事業主との相違点、会社設立の手続き方法と注意点を解説します。士業での独立を検討している方は、ぜひ参考にしてください。

士業は個人事業主と法人どちらを選ぶべき?

士業での独立には、個人事業主と法人の2つの選択肢があります。ここではまず、個人事業主と法人の違いおよび、法人化のメリット・デメリットを見ていきましょう。

個人事業主と法人の主な違い

個人事業主と法人の違いは、以下のとおりです。

個人事業主法人
開業方法管轄の税務署に開業届を提出定款を作成し管轄の法務局で登記する
設立費用不要必要
社会的信用力法人と比較して低い個人事業主と比較して高い
課される税金所得税:5~45%法人税:15~23.2%
代表者の給与の経費への組入れできないできる
退職金の取り扱い経費にできない

役員に支給する退職金は適正な範囲内で経費にできる

社会保険への加入

  • 原則として5名まで任意加入
  • 事業主自身は加入できない

社長1人の法人でも加入義務あり

士業は、小さなオフィスで一人でも開業できる業種です。個人事業主と法人のどちらを選ぶかはそれぞれのメリット・デメリット、独立のタイミングなどを考慮して決めましょう。

参考:国税庁 No.2260 所得税の税率
参考:国税庁 No.5759 法人税の税率

法人化のメリット

法人化の主なメリットには、以下があげられます。

  • 社会的信用力が向上する
  • 節税を図れる
  • 社会保険に加入できる
  • 欠損金(赤字)を10年間繰り越せる
  • 退職金を支払える

ここでは、それぞれのメリットを詳しく解説します。

社会的信用力が向上する

法人化で会社を構えることで、社会的信用力の向上が期待できます。法人化には定款の作成や設立登記が必要です。それにより企業規定や事業目的が明確化されるため、個人事業主よりも社会的信用力が高いといわれるのです。

社会的信用力が向上すれば、以下が期待できます。

  • 優秀な人材の確保
  • スムーズな資金調達
  • 幅広いクライアントの獲得

士業は個人情報を多く取り扱うため、第三者に実績を明示することが難しい業種の1つです。そのため独立直後は、新規顧客の獲得がうまくいかないケースもあります。スムーズな顧客獲得を目指すのであれば、法人化による社会的信用力の向上は効果的といえるでしょう。

節税を図れる

所得額によっては節税が図れる点も、法人化のメリットです。個人事業主の事業所得に適用される所得税は、所得額が増えるほど税率が上がる累進課税制度を採用しています。そのため所得額によっては、税率が一律である法人税で納めたほうが税額は少なくなるケースもあります。

そのうえ、法人は個人事業主よりも経費に計上できる範囲が広いことから、高い節税効果を期待できます。業績が拡大しており所得額の増加が見込まれるのであれば、ぜひ法人化も検討したいところです。

社会保険に加入できる

社会保険に加入できる点も、法人化のメリットとしてあげられます。個人事業主と法人が加入できる保険の概要は、以下のとおりです。

個人事業主法人
保険の種類概要保険の種類概要
国民年金
  • 保険料一律
  • 受給は基礎年金のみ
厚生年金
  • 報酬によって保険料が決まる
  • 受給は基礎年金と老齢厚生年金
国民健康保険
  • 所得や地域によって保険料が決まる
  • 傷病手当なし
  • 育休中保険料免除なし
健康保険
  • 報酬によって保険料が決まる
  • 傷病手当あり
  • 育休中保険料免除あり

法人化すれば、厚生年金と健康保険に加入できます。厚生年金に変わると報酬額によっては保険料が上がりますが、多く支払った分、年金受給額の増加も期待できます。

受け取れる年金額を増やし将来への備えを充実させたいと考えているのであれば、法人化も選択肢となるでしょう。

欠損金(赤字)を10年繰り越せる

欠損金(赤字)を10年繰り越せることも、法人化のメリットです。事業で発生した欠損金は、翌期以降に繰越しすることで将来の利益と相殺可能です。課税所得が減るため、節税を図れます。

欠損金の繰越しは期限があり、繰越可能期間は個人事業主と法人で以下のように異なります。

  • 個人事業主:3年
  • 法人:10年

法人は欠損金を繰り越せる期間が長いため、将来の法人税負担を少しでも抑えたいのであれば、法人化は有力な選択肢となるでしょう。
参考:国税庁 No.2070 青色申告制度
参考:国税庁 No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除

退職金を支払える

退職金を支払えることも、法人化のメリットとしてあげられます。法人は、適切な範囲内で退職金を役員に支払えますが、退職金額は損金に算入可能であり、損金に算入した金額は損益通算できて節税につながります。

会社の安定的な経営には、利益を増やすことと同じくらいコスト管理も重要です。税金は会社を経営するうえでコストとなります。業績の拡大により課税所得が増えてきたと感じるのであれば、法人化による節税は重要な経営戦略の1つとなるでしょう。

法人化のデメリット

法人化による主なデメリットには、以下の2つがあげられます。

  • 設立にコストがかかる
  • 社会保険料の支払いが必要

納得がいく起業を目指すのであれば、デメリットもしっかりと押さえたうえで法人化の判断をすることが重要です。

設立にコストがかかる

法人化をするには設立にコストがかかることは、知っておきたいポイントです。株式会社設立では、主に以下の費用がかかります。

コストの種類

※紙定款の場合

概要
定款認証の手数料
  • 資本金の額等が100万円未満:3万円
  •  資本金の額等が100万円以上300万円未満:4万円
  • 上記以外:5万円
定款の収入印紙代4万円
定款の謄本手数料1枚につき250円

※一般的に8枚で2,000円程度とされる

登録免許税資本金額の0.7%
ただし15万円に満たないときは、申請件数1件につき15万円

設立コストは会社の資本金額などによって変わりますが、一般的に25万円前後かかるといわれます。一方、個人事業の開業にこのような費用はかかりません。

法人での起業を目指すのであれば、設立手続きを確認するとともに計画的に開業資金を用意することが重要です。

参考:e-GOV法令検索 公証人手数料令第35条
参考:国税庁 印紙税額
参考:国税庁 No.7191 登録免許税の税額表

社会保険料の支払いが必要

法人化すれば社会保険に加入できるメリットがある一方で、保険料の支払いが発生するといった注意点もあります。なぜなら国民年金と国民健康保険の保険料は全額本人負担ですが、厚生年金および健康保険の保険料は本人と会社が折半で支払うためです。

特に従業員数が多くなると、保険料の支払いが会社の負担になる可能性があることは覚えておきましょう。

個人事業主として開業すべきケース

個人事業主として開業すべきなのは、以下のケースです。

  • コストや手間を抑えて開業したいとき
  • 所得額がそれほど多くないとき

士業がコストや手間をかけず小さな事務所で開業したいと考えているのであれば、個人事業主が選択肢です。所得額がそれほど大きくないうちは、個人事業主で開業しても税金面でのデメリットは少ないでしょう。

法人を設立すべきケース

法人として開業すべきなのは、以下のケースです。

  • 開業後にまとまった売上が期待できる
  • 積極的にビジネスを展開したい

開業後にまとまった売上が期待できるのであれば、会社を設立したほうが節税につながる可能性があります。また積極的にビジネスを展開したいのであれば、社会的信用力の向上や赤字の10年繰越が可能な法人が適しているでしょう。

個人事業主から法人化を検討すべきタイミング

会社の設立は、新規独立ではなく業績の拡大に伴い個人事業主から法人化するケースもあるでしょう。ここでは、個人事業主から法人化を検討するべき3つのタイミングを詳しく解説します。

年間所得が800万円前後に達したとき

年間所得が800万円前後に達したときは、法人化を検討するタイミングです。なぜなら、年間所得額800~900万円を境に、所得税よりも法人税のほうが税負担を軽減できる可能性があるからです。

所得別の所得税率および法人税率を以下で確認しましょう。

【法人税率(普通法人)】

  •  資本金1億円以下の法人等で所得額が年800万円以下の部分:15または19%
  • 資本金1億円以下の法人等で所得額が年800万円超の部分 :23.2%
  • 上記以外の普通法人                  :23.2%

【所得税率】

  • 所得額が年899万9,000円まで:所得により5~23%
  • 所得額が年900万円以上   :所得により33~45%

年間の所得が800万円を超えたときには、所得税と法人税で税額を比較し法人化を検討してもよいでしょう。税額の試算が難しいと感じるときは、税務署窓口や専門家に相談してください。

参考:国税庁 No.2260 所得税の税率
参考:国税庁 No.5759 法人税の税率

年間売上が1000万円を超えたとき

年間売上が1,000万円を超えたときも、法人化のタイミングの1つです。消費税は売上が1,000万を超えると個人事業主か法人かを問わず納税が必要となり、以下のような特徴があります。

  • 消費税は売上が1,000万円を超えた2年後に納税が必要となる
  • 資本金1,000万円未満で法人化した場合、第1期と第2期の消費税が免除される

ポイントは、消費税の課税事業者の判断は、2年前の課税売上高を基準として行われる点です。そのため、個人事業主としての売上が1,000万円を超えたときに資本金1,000万円未満で法人化すれば、消費税の納税義務が免除されます。個人事業主としての売上が1,000万円を超えそうなときは、法人化による節税も選択肢となるでしょう。

優秀な人材の確保や事業拡大を目指すとき

先述のとおり法人化すれば、社会的信用力の向上や福利厚生の充実などにより優秀な人材の確保やスムーズな資金調達が期待できます。

個人事業主から法人化を考えているときは、経営が順調で事業拡大が見込まれる局面といえます。優秀な社員を雇用し大きな資金で積極的なビジネスを展開したいと考えているのであれば、ぜひ法人化を検討しましょう。

士業が法人化する際に必要な手続き

士業が法人化する際に必要な手続きは、以下のとおりです。

  1. 会社の概要を決定
  2. 会社の実印作成
  3. 定款作成と認証
  4. 資本金の払込
  5. 設立登記申請書類の作成と申請

なお税理士法人の設立においては、最低でも社員となる2名以上の税理士が必要です。税理士が会社を設立するには、まずは信頼できるパートナー選びが重要になるでしょう。

士業の法人化手続きについてさらに詳しく知りたい方は、以下記事をご覧ください。

士業が法人化する際の注意点

士業が法人化する際の注意点には、以下があげられます。

  • 個人事業主の廃業届の提出と確定申告を忘れずに行う
  • 士業によっては「2名以上の士業」が必要
  • 法人から個人事業主に戻るにはコストと手間がかかる

個人事業主から法人化する場合、税務署に個人事業の廃業届の提出が必要です。また、個人事業主で得た所得の確定申告を忘れずに行いましょう。所得税の納付遅れは、ペナルティが課せられます。会社設立で忙しい方も、期限内に必ず申告と納税をしてください。

先述のとおり税理士法人の設立には、最低でも2名の税理士が必要です。税理士1人での会社設立はできないことは覚えておきましょう。

法人から個人事業主に戻すには、コストと手間がかかります。法人としてビジネスを継続できるかをしっかりと考えたうえで、法人化を進めることが重要です。

タイミングを押さえて納得がいく士業の法人化を目指そう

士業で法人化するメリットには社会的信用力の向上や高い節税効果、欠損金の10年間繰越などがあります。一方デメリットは、設立コストがかかる点や社会保険料の支払いが発生する点です。また士業ならではの注意点としては、税理士法人の設立には少なくとも2人の税理士が必要なことがあげられます。

個人事業主から法人化した後に再び個人事業主に戻すには、手間やコストがかかります。士業で独立するのであれば、想定する事業の規模や内容、予測される売上や所得額を考慮し、適切なタイミングで手続きを進めましょう。


※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。

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