- 作成日 : 2024年11月15日
個人事業主が事業承継を行う方法を解説!手続きの流れやサポート制度まで説明
個人事業主の事業承継の方法には、売買・贈与・相続があります。いずれも、現経営者が廃業手続きを、後継者が開業手続きを行う必要があり、法人に比べると複雑です。業種によっては、事業に必要な許認可を引き継げるかを把握しておく必要があります。本記事では、個人事業主の事業承継における手続きや課題、税金の制度やサポートを紹介します。
目次
個人事業主が事業承継をする方法
個人事業主が事業承継をする主な方法は、次の通りです。
- 売買
- 贈与
- 相続
それぞれの方法について、以下で詳しくみていきましょう。
売買
売買は、従業員やほかの個人事業主・企業など、親族以外の第三者への承継方法です。
誰に売却するかを選択できるため、優秀な後継者を見つけられる可能性があります。また、事業を売却することで利益を得られれば、売却後の生活や新たな事業に役立てられるでしょう。
ただし、売却益に所得税がかかるため、事業を譲渡した経営者が納税しなければなりません。買い手探しがスムーズに進まない場合もあります。
贈与
贈与は、主に親族の後継者に事業用の資産を無償で承継することです。
売買のように、売却金額を交渉する必要はありません。後継者の親族に対して、あらかじめ時間をかけて準備や引継ぎなどが可能です。
後継者は原則として贈与税を納付する必要があります。しかし、後述する「個人版事業承継税制」の活用で、納税が免除される場合もあります。
相続
相続は、個人事業主の死亡によって、親族などの相続人が事業用の資産を引き継ぐことです。
贈与と同様に、後継者に引き継ぐことを見据えて準備が可能です。相続税の納付も、後述する「個人版事業承継税制」の活用によって免除される可能性があります。
一方で、相続人が複数であれば、遺産分割がスムーズに進まないことも考えられます。相続によって承継する場合は、生前の対策が必要です。
個人事業主が事業承継をする流れ
個人事業主が個人へ事業承継をする際には、現経営者と後継者は以下の流れで動きます。
現経営者 | 後継者 |
---|---|
後継者探し・決定 | 承継の承諾 |
引継ぎ・教育 | |
廃業手続き | 開業手続き |
以下では、現経営者と後継者の手続きについて、具体的に紹介します。
現経営者が行う手続き
現経営者が行う主な手続きは次の通りです。
手続きの名称 | 提出先 |
---|---|
個人事業の廃業等届出書(廃業届) | 税務署 |
青色申告の取りやめ届出書(青色申告事業者のみ) | |
事業廃止届出書(消費税の課税事業者のみ) | |
事業廃止の申告書 | 都道府県事務所 |
許認可事業の廃業届 | 警察署・保健所・都道府県など (職種によって異なる) |
廃業届には「事業の引継ぎ」に関する欄があるため、誰に承継するのかを記入しましょう。現経営者が青色申告を行っていた場合は、青色申告の取りやめ届出書を提出します。また、消費税の課税事業者であった場合は、事業廃止届出書の提出も必要です。
都道府県税事務所にも、事業廃止の申告書を提出する必要があります。提出先によって様式が異なるため、適切なものを使いましょう。
許認可を必要とする事業についての取り扱い
個人事業主の事業承継で、配偶者や子どもが後継者として相続するのであれば、簡易的な方法で許認可を引き継ぐことができます。しかし、ほかの親族や第三者が後継者の場合は、許認可を取り直さなければなりません。売買や贈与の場合は、後継者が誰であっても、新たに許認可の取得が必要です。
中には、許認可を引き継ぐ条件として、事業用資産の一部ではなく全部の相続を必要とする業種もあります。また、中小企業経営強化法に沿って、経営力向上計画を提出して認定を受ければ、許認可の承継が可能です。
許認可を承継できなければ、都道府県や警察署、保健所など許認可を受けた機関に、廃業の旨を届け出る必要があります。
参考:中小企業庁「個人事業主を巡る状況と事業承継に係る課題について」
後継者が行う手続き
後継者が行う主な手続きは次の通りです。
手続きの名称 | 提出先 |
---|---|
個人事業の開業届出書(開業届) | 税務署 |
青色申告承認申請書(税務署) | |
青色事業専従者給与に関する届出書(税務署) | |
事業開始の申告書 | 都道府県税事務所 |
開業届も廃業届と同じ様式であり、「事業の引継ぎ」に関する欄に記入します。青色申告を行う場合は、青色申告承認申請書を提出します。配偶者や子どもへ支払う給与を経費に計上する場合には、専従者給与に関する届出書も提出しましょう。
前経営者から事業に必要な許認可を引き継げなかった場合は、新たに許認可を取得する手続きも必要です。
参考:中小企業庁「個人事業主を巡る状況と事業承継に係る課題について」
個人事業主の事業承継で発生しやすい課題
中小企業庁が行った2014年の調査「個人事業主を巡る状況と事業承継に係る課題について」によると、個人事業主の事業承継における主な課題は以下の通りです。
【親族間承継の場合】
- 経営者としての資質・能力の不足
- 相続税・贈与税の負担
【親族以外への承継の場合】
- 事業用資産の買い取り困難
- 取引先との関係
親族内外ともに、後継者に関する課題が挙げられています。税負担が必要であることも、事業承継のハードルといえるでしょう。
以下では、上記の課題を中心に、個人事業主の事業承継で発生しうる課題を5つ紹介します。
後継者が見つからない
後継者が見つからなければ、事業を承継できません。
現経営者に子や孫がいない場合や、後継者候補本人にその意思がない場合、資質や能力に不安のある場合などが挙げられます。第三者への売却も1つの方法ですが、買い手が見つからない可能性はあります。事業の規模が小さい場合や負債が多い場合などは、とくに難しくなるでしょう。
こうした場合には、後継者を探せる公的なサービスを利用するのがおすすめです。詳細については後述します。
税負担が重くなる
事業承継のいずれの方法でも、税負担が発生します。売買の場合は、現経営者が事業を売却して得た利益に所得税が課せられます。相続・贈与の場合は、後継者が相続税・贈与税を負担しなければなりません。
これに対して、主に相続税と贈与税を対象とした税制などがあります。詳細については後述します。
取引先や顧客と信頼関係を再構築する必要がある
取引先や顧客との新たな信頼関係の構築も、個人事業主の事業承継における課題です。個人事業主の場合は、経営者自身が個人的かつ直接的に信頼関係を構築していることが多くあります。
法人が経営者を交代する場合と異なり、個人事業主の事業承継では、それまで積み上げられてきた信頼関係まで引き継がれるわけではありません。信頼関係を構築し直す必要性は、事業承継のハードルの1つと考えられます。
資金が不足する
事業承継以後の事業資金が不足することもあります。相続や贈与の場合は、後継者に税金が課せられます。売買では後継者の税負担はないものの、事業を買収する資金が必要です。
金融機関からの借入も選択肢の1つではありますが、経営者の交代によって信用力が低下していると難しいでしょう。
対策として、日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」が挙げられます。事業承継をしようとしている事業者に向けた融資制度です。
個人保証(経営者保証)の引継ぎを考えなければならない
現経営者が融資を受けており、個人保証(経営者保証)を契約している場合は、対処が必要です。個人保証とは、経営者個人が融資の連帯保証人となることです。こうした個人保証の引継ぎを嫌がる後継者も少なくありません。
2014年に適用が開始された「経営者保証に関するガイドライン」では、個人保証なしで融資を受ける条件として、以下の点を挙げています。
- 法人と経営者との関係の明確な区分・分離
- 財務基盤の強化
- 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保
ガイドラインに法的な拘束力はないものの、以上の要件を満たすことで個人保証を外せたケースも多くあるため、金融機関と交渉することも検討しましょう。
個人事業主が事業承継の際に活用できる制度
個人事業主が事業承継で使える制度には、以下のものがあります。
- 個人版事業承継税制
- 小規模宅地等の特例
- 相続時精算課税制度
それぞれについて、以下で詳しく解説します。
個人版事業承継税制
個人版事業承継税制とは、特定事業用資産を贈与・相続した場合に一定の要件を満たすことで、贈与税や相続税が猶予される制度です。さらに、猶予された状態で一定の要件を満たせば、全部または一部の納税義務が免除されます。特定事業用資産には、宅地や建物(面積の制限あり)、一定の減価償却資産などが含まれます。
個人版事業承継税制は、2019年1月1日から2028年12月31日までに行われた贈与・相続が対象です。加えて、現経営者が青色申告をしていること、後継者は18歳以上であり、特定事業用資産のすべての贈与を受けていることなどが必要です。両者について、都道府県知事による「円滑化法の認定」を受けるなど、多くの要件を満たさなければなりません。
申請後も、3年ごとに税務署へ「継続届出書」を提出します。先代経営者が死亡した場合など一定の条件により、猶予された税金の全部または一部が免除されます。
参考:国税庁「個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(個人版事業承継税制)のあらまし」
小規模宅地等の特例
小規模宅地の特例とは、相続などによって取得した宅地について一定の要件を満たすことで、相続税評価額が最大80%軽減される特例です。
対象となる宅地は、亡くなった経営者が事業や住居のために使っていたもので、その種類や用途によって限度面積や減額の割合が異なります。
小規模宅地等の特例は、前述の個人版事業承継税制とは併用できないため、いずれが有利な条件になるのか検討することが必要です。また、個人版事業承継税制でメリットを得られるのは事業の後継者のみですが、小規模宅地等の特例では後継者以外の相続人もメリットを得られます。
参考:No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)|国税庁
相続時精算課税制度
相続時精算課税制度とは、財産の贈与を受けた時点では課税されず、贈与した人が亡くなったときに贈与財産を相続税の課税対象として精算する制度です。原則60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫へ贈与する場合に適用できます。
贈与税が免除されるわけではなく、ゆくゆくは相続税として納付する必要があります。しかし、贈与と納税のタイミングをずらしたい、経営者が元気なうちに事業承継をしたいという場合に役立つ制度です。
相続時精算課税制度の対象となるのは、特別控除額である累計2,500万円までの贈与財産であり、贈与の時点では非課税です。加えて、2024年1月からは年間110万円の基礎控除額が創設されており、特別控除の2,500万円には含まなくてよいことになっています。
個人事業主が後継者探しに利用できるサービス
親族以外に事業承継を行う場合には、後継者探しが必要です。後継者を探す際には、以下のサービスを利用できます。
- 事業承継マッチング支援
- 後継者人材バンク
それぞれ以下で詳しく紹介します。
事業承継マッチング支援
事業承継マッチング支援は、日本政策金融公庫による無料のサービスです。日本政策金融公庫の主な顧客である、小規模事業者に関する案件を多く取り扱っています。
第三者に事業を承継したい場合は、担当者によって希望に沿った相手探しのサポートを受けられます。利用するには、確定申告書や決算書の写しなど、必要書類を添えてインターネットから申し込みましょう。
後継者人材バンク
後継者人材バンクは、事業承継・引継ぎ支援センターによるサービスです。事業を譲り渡したい事業者と創業希望者をマッチングさせ、「起業」と「事業承継」を同時に実現させる支援が特徴です。
事業承継・引継ぎ支援センターへの相談は無料で、各都道府県に相談窓口が設置されています。各地域の専門家のサポートを受けられるほか、全国の支援センターとも情報共有しているため、離れた地域の事業者同士のマッチングも可能です。
個人事業主の事業承継における課題と対策を知っておこう
個人事業主が事業承継をする主な方法は、売買・贈与・相続の3つです。現経営者が廃業し、後継者が開業するなど、法人よりも煩雑な手続きが必要です。また、配偶者や子どもへの相続以外では、許認可を引き継げない場合があり、手続きはさらに複雑になります。このほか、後継者問題や税負担、取引先との関係構築などの課題を踏まえて、対策を練っておく必要があります。
贈与税や贈与税については、税制や特例による猶予や免除が認められる場合があるため、制度を知って活用しましょう。第三者との売買にこうした制度はないものの、事業を譲渡したい事業者と譲り受けたい人をつなぐ公的な支援があります。どのような制度や支援があるかを知って、できる限りスムーズに事業承継を進めましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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