• 作成日 : 2024年12月19日

病院の事業承継とは?個人・法人のやり方や手続き、税金について解説

病院の事業承継とは、病院や医療法人の経営権を後継者に引き継ぐことを指します。事業承継には複雑な手続きが必要であり、特に医療法人では出資持分や税務上の課題も絡むため、専門家のサポートが欠かせません。

本記事では、病院事業承継の方法や手続き、税金対策について詳しく解説します。

病院を事業承継するケース

病院の事業承継は、後継者の不在や経営者の高齢化による引き継ぎが必要な場合に行われます。特に個人開業医において後継者がいないケースが増加しており、地域医療への影響も懸念されているのが現状です。帝国データバンクの調査によれば、病院・診療所(クリニック)などの医療業における後継者不在率は61.8%と高く、多くの病院が事業承継の課題に直面しています。

また、医療法人の場合は「持分あり」と「持分なし」の法人形態によって承継方法が異なります。持分あり医療法人では出資持分が財産権として扱われるため、その移転や相続が課題となりがちです。一方で、持分なしの医療法人では出資持分が存在せず、退職金などを活用した承継が一般的です。

さらに、病院は地域医療を支える重要なインフラであるため、患者や地域住民への配慮も求められます。こうした背景から、病院の事業承継は単なる経営権移転ではなく、地域医療を守るために重要な行為であるといえるでしょう。

参考:帝国データバンク 全国「後継者不在率」動向調査(2024年)

病院を事業承継する方法

病院承継の方法には、親族への承継、従業員への承継(MBO)、第三者の譲渡(M&A)、他の医療法人との合併などがあります。病院の規模や経営状況、後継者の有無、地域医療のニーズによって適した手段が異なるため、それぞれの特徴を正しく把握しなければなりません。

以下で、詳しく紹介します。

親族への承継

親族への承継は、医師免許を持つ子や孫などの親族を後継者として承継する方法を指します。中小規模の病院やクリニックでよく見られる、一般的な手法です。親族への承継においては、相続税や贈与税など税負担の大きさ、また経営能力の継承が課題となりがちです。

そのため、医業承継資産に係る「相続税・贈与税の納税猶予制度」を活用することも検討するといいでしょう。

従業員への承継(MBO)

従業員への承継(MBO)は、現在の経営陣や現場スタッフが経営権を取得する方法であり、事業の継続性を高く保てるメリットがあります。また、従業員のモチベーション維持にも有効な承継方法といえるでしょう。

ただし、高額な資金調達が必要であり、金融機関からの融資やファンド活用が求められます。また、MBOの実施においては企業価値の算定や資金計画策定、株主との調整など、専門家のサポートが欠かせません。

第三者への譲渡(M&A)

第三者への譲渡(M&A)は親族や従業員以外の第三者に譲渡する方法です。後継者がいない場合に有効ですが、新たな経営者候補との条件交渉や契約内容に注意が必要です。

また医療法人の場合、「持分あり」か「持分なし」かによって譲渡方法や税務上の取り扱いが異なるため慎重な対応が求められます。

他の医療法人との合併

他の医療法人との合併は、2つ以上の医療法人が1つの法人となる組織再編方法です。「新設合併」と「吸収合併」の2種類があり、新設合併ではすべての法人が解散し、新たな法人を設立します。

一方、吸収合併では1つの法人が存続し、他の法人を吸収します。合併により、消滅する法人の権利義務を包括的に承継できるため、資産や負債、契約関係をスムーズに引き継ぐことが可能です。

この方法は規模拡大や経営効率化を図る際にも有効ですが、地域医療への影響や職員の雇用維持などへの配慮が求められます。

病院を承継する流れや手続き

病院承継は、計画立案、評価、契約手続き、税務対応など複数のステップがあります。また、医療法人の場合、社員総会や理事会の決議、定款変更など法人特有の手続きも必要です。

以下で、一般的な病院の承継の流れを解説します。

事前準備と評価

専門家と相談しながら病院の資産評価や経営状況分析を実施し、同時に、承継先(後継者)の選定、譲渡にあたっての交渉なども進めます。

特に病院の場合、不動産や設備など固定資産だけでなく営業権(のれん代)の評価も重要です。また、この段階で承継方法(親族内承継・従業員承継・MBO・M&Aなど)を選定することになります。

契約締結と手続き

基本合意書締結後、デューデリジェンス(精査)を行い、最終契約書を作成するなど法的手続きをすすめます。

また診療所開設届、保険医療機関指定申請書など医療機関特有の認可、届出などにも注意が必要です。

引き継ぎとクロージング

法的手続きを終えたら、従業員や患者への説明、新体制構築など移行準備を進めます。最終的に譲渡価格の支払いと経営権の移転を完了させ、新しい経営体制へ移行します。なお、医療機関の場合は、特に患者への影響を最小限に抑えることを重視しなければなりません。

事業承継に伴う新体制について丁寧に説明し、信頼関係を維持することが大切です。

病院の事業承継時の税金について

病院承継に伴う税金は経営者や後継者にとって負担が大きく、税負担の軽減策や優遇措置を活用することが重要になってきます。

ここでは、病院の事業承継時の税金について、個人病院と医療法人に分けて紹介します。

個人病院を承継する時の税金

個人病院を承継する際には、主に相続税や贈与税が課されます。特に、土地や建物、医療機器などの事業用資産は相続財産として評価されるため、高額な課税対象になるケースが多く、事前に納税計画を立てることが重要です。

また、個人版事業承継税制の活用によって、一定の条件下で相続税や贈与税の納税猶予が受けられます。この制度では、後継者が特定事業用資産(営業権や不動産など)を引き継ぐ際に課される課税額を猶予し、一定期間経過後には免除される場合もあります。さらに、「小規模宅地等の評価減」などの特例も利用でき、不動産評価額を最大80%減額できるケースもあるため、有効活用しましょう。

参考:国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)

医療法人を承継する時の税金

医療法人の場合、出資持分の評価額に基づき相続税や贈与税が課されます。出資持分は株式会社の株式に類似した概念であり、法人解散時には残余財産を分配する権利として評価されます。この評価額は医療法人の内部留保や資産規模によって高額になることが多く、多大な課税負担が発生する可能性が否定できません。

対策として、「認定医療法人制度」を活用する方法があります。これは持分あり医療法人から持分なし医療法人へ移行する際に出資持分にかかる相続税・贈与税を猶予し、最終的には免除される仕組みです。ただし、この制度を利用するには厚生労働大臣による認定と一定条件(移行計画の提出や5年以内の移行完了など)を満たす必要があります。

参考:厚生労働省 「持分なし医療法人」への移行促進策(延長・拡充)のご案内について

医業継続に関する相続税・贈与税の納税猶予とは?

医業継続を支援するための、相続税や贈与税の納税猶予制度が設けられています。この制度は持分あり医療法人が持分なし医療法人へ移行する際に、出資持分の相続や贈与にかかる課税を猶予し、一定の条件を満たすことで最終的に免除される仕組みです。2023年度税制改正により、この特例措置の適用期限は2026年12月31日まで延長されました。

相続人が被相続人から引き継いだ医療法人の出資持分を放棄し、認定移行計画に基づいて法人が持分なし医療法人へ移行した場合、猶予されていた相続税・贈与税は免除されます。ただし、この制度を利用するには厚生労働大臣による「認定医療法人」の認定を受ける必要があります。

また、制度適用には複数の条件が課されており、たとえば認定移行計画の日から5年以内に持分放棄を完了させることや、担保の提供が必要です。条件を満たさない場合、猶予されていた税額が即時課税されるため、注意しましょう。納税猶予制度は医療法人の事業承継における大きな負担軽減策になりますが、専門家と連携して計画的に進めることが求められます。

参考:国税庁 No.4150 医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例

病院の事業承継のポイント

病院の事業承継には、承継時の法的手続きや後継者の選定、税金対策が不可欠です。医療法人の場合、出資持分の評価や移転方法、持分なし医療法人への移行なども重要なポイントです。

以下では、病院承継を成功させるために必要な具体的な注意点をみていきましょう。

後継者の選定と育成

適切な後継者を見つけ、その育成を進めることは病院承継において重要な課題のひとつです。後継者候補としては、家族(親族)、従業員、第三者などが考えられます。親族内で後継者を選ぶ場合は、医師免許を持つかどうかが大きな前提になるでしょう。一方で従業員や第三者への承継では、経営能力や地域医療への理解が求められます。

また、後継者が医療機関経営に必要なスキルを身につけられるよう、早期から育成計画を立てることが重要です。現経営者との共同経営期間を設けることで、経営ノウハウや地域医療における課題解決能力を引き継ぐことができるでしょう。

財務状況の把握と改善

病院の財務状況を正確に把握し、必要に応じて改善することは、事業承継を円滑に進めるために不可欠です。財務状況の健全性は、後継者や譲渡先からの信頼にも直結します。特に債務超過や収益性の低下が見られる場合には、事前に改善策を講じる必要があるでしょう。

不採算部門の整理や収益性向上策の導入はもちろん、資産評価を適切に行い、不動産や設備など固定資産の価値も明確にしておくことが求められます。税理士や公認会計士といった専門家と連携しながら財務分析を進め、承継後の安定経営を目指す方向で進めましょう。

従業員と患者へのコミュニケーション

病院の事業承継では、従業員や患者との良好な関係維持も欠かせません。多くの患者や地域住民との信頼関係が経営基盤となっているため、この点への十分な配慮が必要です。従業員には早い段階で承継計画について説明し、不安感を払拭することが求められます。また、新しい経営体制への移行時には従業員から意見を吸い上げる仕組みを作り、一体感を醸成することも重要です。

患者への対応については、新体制について丁寧な説明を行い、不安感を与えないよう努めましょう。また、「これまで通り質の高い医療サービスを提供する」というメッセージを発信することで、新体制への信頼感を高めることもできます。コミュニケーションを大切にし、地域とも積極的にかかわる姿勢を持つことが、スムーズな事業承継と地域医療への貢献につながります。

病院の事業承継にかかる費用の相場

病院の事業承継にかかる費用は、承継方法や病院の規模、経営状況によって異なりますが、一般的には2,000万~4,000万円が相場とされています。この金額には譲渡価格や仲介手数料、専門家への報酬などが含まれます。新規開業と比較すると、建物や医療機器をそのまま引き継ぐため、初期費用が大幅に抑えられます。

この他、施設改修費用なども発生する可能性があるため、事前に十分な資金計画を立てることが大切です。

病院の事業承継を成功させるために

病院の事業承継は、経営の引き継ぎだけでなく、地域医療の継続に直結する重要な取り組みといえます。

後継者の選定や育成、税金対策、法的手続きなど、多岐にわたる課題に対応するためには、早期から計画を立てることが不可欠です。専門家のサポートを受けながら、地域や患者との信頼関係を大切にし、円滑な承継と病院の安定運営を実現しましょう。


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