- 作成日 : 2024年12月13日
クリニックの事業承継の方法は?手続き流れや税金の仕組み、費用相場を解説
事業承継とは、後継者に事業を継承することです。クリニックや医院でも、親族もしくは第三者への承継が実施されています。
今回の記事では、クリニックの事業承継がどのようなものなのか、その2通りの方法、流れや手続きなどを解説します。医業継続に関する相続税・贈与税の納税猶予や承継のポイント、費用相場、起こりがちなトラブルも確認していきましょう。
目次
クリニックの事業承継とは
クリニックの事業承継とは、既存のクリニックの事業を譲り受けることです。
クリニックや医院の開業を検討する際に選べる方法は、新規開業だけではありません。事業を承継して、既存のクリニックや医院を引き継ぐ形で開業するケースもあります。
日本医師会の医業承継実態調査によると、近年では以前と比較して第三者承継(M&A)をするケースが増加傾向にあるようです。
クリニックの事業承継をするメリットは、以下のとおりです。
- 設備などにかかる初期投資を大幅に削減可能
- 来院している患者さんやそのカルテを引き継げる
- 前クリニックから従業員を引き継げる
ただし、新規開業をする場合と比べれば、開業時に自分の思うままの建物にできないでしょう。このように、多少の制約がでてくるというデメリットがあります。
一方、新規開業をする場合には自分で一から作り上げられることなどがメリットです。しかし、そのかわりに以下のようなデメリットがあります。
- 必要な初期投資の金額が大きい
- 患者さんが来てくれるかどうかが不安
- 医療従事者を探す必要があるが、採用する難易度が高い
もしも周辺に十分な医療機関がある状態で新規開業した場合には、患者さんの取り合いになってしまう可能性があります。
それぞれにメリットもデメリットもあるため、どちらを選ぶのが最適かを検討してみるといいでしょう。
クリニックを事業承継する方法
クリニックを事業承継する方法は、親族への承継と第三者への譲渡(M&A)などがあります。院長の親族へ承継する場合には、家業として引き継ぐようなイメージです。
以前は、クリニックや医院を事業承継するといえば、親族へ承継するケースが多くありました。しかし、先述のとおり近年では第三者への譲渡(M&A)をする割合が増えています。
なお、クリニックを「個人で事業承継」する場合には、後継者にも医師免許が必要です。「医療法人として事業承継」する場合は、理事長に原則として医師免許が求められます。
親族への承継
年齢や体調といったさまざまな理由で「クリニック・医院を続けられない」と考えたときに、院長の子どもや妻・兄弟など、親族へ事業承継する場合があります。親族への承継を選択した場合の特徴は、以下のとおりです。
- 院長の子どもや妻・兄弟などに家業として引き継ぐ
- 承継前に現院長と一緒に医院で働くことが多い
- 贈与・相続のことを計画的に対策できる
- 承継後も親・親族からの影響を受けやすい
以前からよく取られていた方法であるものの、後継者候補がメリットを感じないといった理由から、近年は承継を拒まれてしまうケースも増えています。
第三者への譲渡(M&A)
親族に後継者がいない場合などに、第三者への譲渡(M&A)も実施されています。第三者への譲渡(M&A)を選択した場合の特徴は、以下のとおりです。
- 自身で後継者を見つけられない場合でも事業承継が可能
- 後継者探しや譲渡方法などを仲介会社に相談できる
第三者への譲渡(M&A)などをせず、そのままクリニックを廃業しようかと検討している人も多いようです。しかし医院やクリニックは、地域に密着して医療を支えている施設です。そのまま廃業してしまうと、地域医療への影響が大きくなるかもしれません。
近年、開業医の高齢化が進んでいるといわれています。開業医には定年がありません。しかし、高齢の場合には引退を考えながらも担当する患者さんやスタッフの将来などを不安視してしまい、なかなかやめられない場合もあるでしょう。
第三者への譲渡(M&A)で事業を引き継いでもらえる相手を見つけられれば、引退の際に担当する患者さんやスタッフ、今後の地域医療の将来などへの不安を減らせます。
クリニックの事業承継をおこなうのに適した時期は、現院長の健康状態やライフプラン、承継者の有無など、さまざまな要素で異なります。ただし、急に健康状態が悪化し、廃業につながってしまうこともあるでしょう。リタイアする時期を計画的に考えておき、できるだけ早めに検討を始めることをおすすめします。
クリニックを承継する流れや手続き
ここからは、親族への承継の場合と第三者への譲渡(M&A)の場合、それぞれの流れや手続きを解説します。
なお、事業承継元が個人なのか医療法人なのかでも、事業承継の流れが異なることが一般的です。事業承継元が医療法人であれば、親族への承継や第三者への譲渡(M&A)以外にも、ほかの医療法人との合併という選択肢があります。
親族への承継の場合の流れや手続き
まずは、親族へ承継した場合の流れや手続きを見ていきましょう。
- 診療理念や経営方針を共有し、承継時期を決定する
- 税理士・専門家へ相談する
- 現状の資産や負債、経営状態などを把握する
- 承継後の経営方針や診療科を決定する
- 承継計画を策定する
- 実際に事業承継する
クリニックの事業を親族へ承継するためには、前院長と後継者の双方が行政手続きをおこなう必要があります。
親族へ承継する際、対象となるのが個人診療所の場合は、すべての事業用財産が課税の対象です。そのため、納税によって事業承継が困難になる可能性があります。事前に考えていたとおりに後継者へと事業承継するためには、生前贈与や遺言などの対策が必要です。
たとえば、土地や医療機器などであれば、承継者に貸し付けることで対策できます。また、譲渡や贈与をして承継者の名義に変えることも対策のひとつです。
第三者への譲渡(M&A)の場合の流れや手続き
第三者への譲渡(M&A)の場合は、以下のような手続きをおこないます。
- 専門家へ相談する
- 秘密保持契約やアドバイザリー契約などを締結する
- 譲渡側と譲受側の双方のニーズを踏まえてマッチングする
- トップ同士が面談し、基本合意をおこなう
- 譲受側がデューディリジェンスを実施する
- 最終合意し、事業を承継する
第三者へ譲渡(M&A)する場合には、合併する場合とは違って以下の手続きは不要です。
- 総社員の同意
- 知事の認可
- 債権者保護
なお、譲受側がおこなうデューディリジェンスとは「投資対象の価値やリスクを調査する適正評価手続き」のことを指します。
医業継続に関する相続税・贈与税の納税猶予とは?
先述のとおり、相続税・贈与税がかかることによって、考えていたとおりに後継者へと事業承継することが困難な場合があります。ただし、地域医療の担い手がいなくなっては問題です。
そこで、相続税・贈与税がかかる場合でも継続して地域医療の担い手となってもらえるように、「医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予等の特例措置」などが実施されています。
この特例措置は、持分あり医療法人を対象としたものです。相続税の申告期限において認定医療法人である場合、この特例措置を適用する持分の価額に対応する相続税は、認定移行計画に記載された移行期限まで納税が猶予されます。
また、移行期限までに認定医療法人の持分のすべてを放棄し、届出書を提出した場合などは、全部または一部に対する納税の免除が可能です。
特例措置を受けるには一定の要件を満たす必要があるため、検討する場合には適用の要件を確認しましょう。
参考:医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予等の特例措置の延長等、No.4150 医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例|国税庁
クリニックの事業承継のポイント
クリニックの事業承継のポイントや注意点は、以下のとおりです。
- 経営方針や理念、診療方針などを明確化する
- 閉院するクリニック側に対して、事前の調査を綿密におこなう
閉院するクリニック側から見た場合には、後継者に医師免許が求められるなど、後継者選定の難易度が高いことも注意点といえるでしょう。また、先述のとおり相続税や贈与税への対策もポイントです。
経営方針や理念、診療方針などを明確化する
クリニックの事業承継では、経営方針や理念、診療方針などの明確化が大切です。事業承継によって患者さんの引き継ぎができても、もしも診療方針の急激な変更などがあれば、ほかの医療機関に行ってしまう可能性があります。また、スタッフが変化に対応できず、離職してしまう可能性もあるでしょう。
その対策として、あらかじめクリニックの理念や診療方針などを明確にしておきます。そして、譲る側と引き継ぐ側の考え方ができる限り合致するよう、十分な意思疎通を実施してから継承するようにしましょう。
閉院するクリニック側に対して、事前の調査を綿密におこなう
クリニックの事業承継では、事前に閉院するクリニック側に対する調査を綿密におこなっておくことも大切なポイントです。
事業承継の場合に引き継ぐのは、以下の項目などがあります。
- 土地
- 建物
- 使用可能な医療機器
- 既存の患者さんやスタッフ
さらに、メリットになるものばかりではなく、閉院するクリニック側の法務上・財務上のリスクを含めて受け継ぐこととなる可能性もあります。そのため、閉院するクリニック側に対する事前の調査は、しっかりと実施しておくようにしましょう。
クリニックの事業承継にかかる費用の相場
クリニックの事業譲渡における企業価値とは、事業用資産と営業権を足したもので算出されます。
買い手の目線で相場を考えると、M&Aの費用として、ゼロからの新規開業費用よりも少なめの金額で検討していることが多いものです。
もしも売り手の希望価格と買い手の希望価格の折り合いがつかない場合には、以下のポイントを理解したうえで再度相場観を検討するといいでしょう。
<買い手側>
- 知名度を上げ、患者を集める難しさ
- 医療スタッフの採用難易度の高さ
- 経営課題の対策として将来的に発生しうるコスト
<売り手側>
- 閉院する場合にかかる手間と時間
- 廃業の際に設備や建物を撤収する費用
- 財務状況の悪化による退職金への影響
クリニックの事業承継で起こりがちなトラブル
クリニックの事業承継では、スムーズに事業を受け継げない場合があります。このようなときに起こりがちなトラブルは、以下のとおりです。
- 親族間での事業承継で、承継後も旧院長体制が継続されてしまう
- 診療や経営の方針が変化したことで、患者さんやスタッフが離れてしまう
親族間での事業承継では、承継してからも旧院長やその周りが後継者に介入し続けてしまうことがあります。この場合、事業承継後も後継者の思うように経営できず、やりにくくなる可能性があるでしょう。
また、事業承継によって診療や経営の方針が変わると、その変化を受け止められず患者離れが起きやすいです。スタッフも、診療方法の変化などが原因で離れてしまうことがあります。これでは、せっかく患者さんやスタッフを引き継いでも、また集患や医療人材の募集で頭を悩ませてしまいかねません。
患者さんやスタッフが離れてしまうのを防止するためには、患者さんの声をしっかりと聞き、もしも以前の体制から変化を求める場合は時間をかけて実施することが大切です。スタッフに対してはコミュニケーションを取り、承継後にどのようにしたいのかをしっかりと伝えることでトラブル防止につながるでしょう。
クリニックの事業承継を理解しニーズに合う選択をしよう
クリニックの事業承継は、親族へ承継する場合と第三者へ譲渡(M&A)する場合があります。事業承継した場合には、初期投資を大幅に削減できる・来院している患者さんやそのカルテを引き継げる・人材募集が楽になることなどがメリットです。
ただし、承継前のクリニックから診療や経営の方針などが変化してしまうと、患者さんやスタッフが離れてしまう可能性があります。クリニックの事業承継のメリットや方法、注意すべきポイントなどを理解したうえで、ニーズに合う選択をしましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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