- 更新日 : 2025年4月25日
個人成りとは?メリットや資産引継ぎ、手続きについて解説
個人成りは法人(会社)をやめて個人事業主に戻ることです。節税効果や事務負担の軽減などのメリットが得られますが、個人成りは慎重な検討が必要です。
この記事では、個人成りを考える法人代表の方に向けて、その理由やメリット、資産の引き継ぎ方法、そして具体的な手続きの流れをわかりやすく解説します。
個人成りとは?
個人成りとは法人(会社)を休眠または解散させ、個人事業主として事業を再開することです。
事業縮小や赤字傾向が続く場合に個人成りを検討することが多いです。
法人成りとの違い
「法人成り」が個人事業主から株式会社など法人を設立することを指すのに対し、個人成りはその反対で「法人から個人事業主に戻ること」を意味します。
以前は事業拡大や節税のために法人化したものの、現在は事情が変わり法人形態を維持するメリットが薄れた状況で検討されます。
たとえば法人としての所得が減少し、個人事業のほうが税負担が軽くなるような場合には、法人にしておく意味がなくなり個人成りを検討すべきといえます。
つまり、会社を続けるより個人事業主に戻ったほうが有利だと判断したときに選択されます。
個人成りを選ぶケース
個人成りが選ばれるケースとして典型的なのは、業績が落ち込んで法人である利点が少なくなったケースです。
法人化する最大の理由は利益増加に伴う節税ですが、売上が一定以下に落ちると個人事業主として所得税を払うほうが税金が安くなることがあります。
また、法人であることで得られる社会的信用や取引上のメリットよりも、法人維持コストの負担のほうが大きくなった場合も検討のタイミングです。
たとえば社会保険料負担や事務手続きの煩雑さに苦労している、小規模で信用度よりコスト削減を優先したいといった状況が挙げられます。
こうした状況で、「法人から個人に戻ったほうが得策だ」と判断すれば個人成りに踏み切ることになります。
個人成りのメリット
法人から個人事業主に戻ると何がどう良くなるのでしょうか。ここでは個人成りを選ぶ主なメリットを具体的に見ていきます。法人維持による負担を減らし、身軽になる利点を確認しましょう。
税負担が小さくなる可能性がある
法人の利益が少なくなると節税の効果が小さくなり、むしろ個人で所得税を払ったほうが税負担が少なくなるケースがあります。
たとえば年間の事業所得がそれほど大きくない状況が続くなら、節税や経費計上の幅の広さなど法人であり続けるメリットが小さくなり、個人成りしたほうがトータルの税金を抑えられる可能性が高いのです。
業績縮小や赤字傾向が続く場合は、法人形態を見直すタイミングといえるでしょう。
社会保険料の支払義務がなくなる
法人では、たとえ社長1人の会社でも厚生年金や健康保険への加入が義務付けられ、会社が保険料の半分を負担しなければなりません。
個人成りすれば社会保険の加入義務が緩和され、従業員が4名以下なら厚生年金・健康保険への加入は任意となります。
つまり社長1人(または家族数人)で事業をする場合、会社として支払っていた保険料負担が不要になり、その分コストを大幅に削減できます。個人事業主になった場合は、国民健康保険や国民年金への加入となります。
消費税の納税が2年間免除される
法人から個人事業主に戻ると消費税の負担が軽減されるというメリットもあります。
基準期間(前々年または前々事業年度)の課税売上高が1,000万円以下である場合は消費税の納税義務が免除されます。
つまり、法人から個人事業主に戻ると、新規に事業を始めた場合となり、前々年の課税売上高がないため、設立後最初の2年間は消費税の納税義務が免除されます。
ただし、消費税の免税だけを目的に法人成りと個人成りを繰り返すような行為は脱税とみなされる可能性が高いため注意しましょう。
また、法人でインボイスを登録をしており、個人成りした場合も当初からインボイスを登録するときは納税義務は免除されませんので、ご注意ください。
決算や申告など事務手続きが楽になる
事業運営で必要な事務手続きの負担が小さくなることもメリットの一つです。
法人では、毎年の決算書作成や税務申告手続きが煩雑で専門知識も必要なため、税理士への依頼に費用がかかったり、社内に経理を置くコストが発生します。
一方、個人事業主の確定申告は法人よりもシンプルで、自分で会計ソフトを使って対応することが可能です。
法人にかかる均等割がなくなる
法人では事業を継続している限り、たとえ利益が出なくても固定的にかかる税金があります。
それが「法人住民税の均等割」です。資本金等が1,000万円以下の中小法人は、赤字の場合でも毎年7万円(自治体によって多少異なる)の均等割を納めなければなりません。
個人事業主になればこの均等割の支払い義務はなくなり、事業が赤字の年は住民税も発生しません。
また、法人によっては年1回の事業年度終了ごとに決算公告や登記変更など行政上の義務もありますが、個人事業ではそうした手続きも不要です。
個人成りのデメリット
メリットの多い個人成りですが、一方で注意すべきデメリットも存在します。
個人で事業責任を負う必要がある
法人から個人になることで、有限責任から無限責任になる点には注意が必要です。
株式会社や合同会社であれば会社の負債は会社資産の範囲で責任を負いますが、個人事業主になると事業に関わる責任はすべて自分個人に及び、場合によっては自宅など個人資産まで債務返済に充てるリスクがあります。
社会的信用が下がる可能性がある
法人格を失うことで社会的信用度が下がり、取引先によっては「個人事業主になった=事業縮小」と受け取られて取引を断られたり、金融機関からの融資を受けにくくなったりする可能性もあります。
許認可を取得し直す必要がある
許認可が必要な事業では個人として改めて許可を取得し直す必要があります。
法人の赤字を引き継げない
法人時代に蓄積した繰越欠損金(過去の赤字)がある場合、繰越欠損金は個人事業には引き継ぐことができないので、これが税務上の不利になります。
従業員の理解を得る必要がある
従業員がいる場合は個人成りの決断について事前によく説明し、従業員の同意や協力が必要です。
法人の解散に伴って従業員を解雇する場合は、未払給与や退職金の支払いなど労務面の対応も発生します。
このようにデメリットも存在するため、メリット・デメリットの双方を踏まえて判断することが大切です。
個人成りで資産の引き継ぎはどうなる?
個人成りを進める場合は法人名義の預金や設備、不動産などをどのように整理し、個人事業に引き継ぐのかを事前に考えておく必要があります。
ここでは会社から個人への資産や負債の引き継ぎ方法について整理します。
会社の資産を売却し必要なものを個人で引き継ぐ
法人を解散する場合、会社が持つ全ての資産は原則現金化(売却)して清算しなければなりません。
しかし事業継続のために必要な設備や車両、不動産などは、個人成り後も引き続き使いたいものもあるでしょう。
そうした場合は、元経営者である自分自身がそれら資産を適正な価格(時価)で買い取る形で個人に移すのが一般的です。
具体的には、会社名義の物件や備品を市場の時価で自分個人が購入し、代金を会社に支払います。
会社側はその代金を債務の返済や清算費用に充て、残った資産があれば解散時に株主(自分)へ分配されます。
こうすることで、必要な資産を個人事業に引き継ぎつつ会社の資産清算も完了させることができます。
資産移転に伴う税金に注意する
法人から個人への資産移転には税金面の注意点もあります。
会社が資産を売却するとき、その売却益(簿価との差額)には法人税がかかりますし、清算時に株主へ分配した残余財産にも税務上の扱いがあります。
また、個人が資産を買い取る際に不当に安い金額で取得すると、みなし譲渡所得とみなされ追加課税される恐れもあります(売却額は原則として時価で決める必要があります)。
たとえば会社の車両をただ同然で個人に譲渡した場合、適正価格との差額について法人側で利益計上して税金を納めなければなりません。
さらに、不動産を移す場合は不動産取得税や登録免許税、車を移す場合は名義変更手数料なども発生します。
借入金など負債の扱いを確認する
会社に借入金などの負債がある場合も注意が必要です。
金融機関からの借入がある場合には、法人を解散・清算する前に事前に金融機関に個人成りの意向を伝えて相談しておくことが重要です。
個人が法人の債務を引き受けて個人成り後も毎月返済をしていくのか、法人の清算時に一括で返済をするのか、さまざまなパターンを検討する必要があるからです。
その場合の税務上のリスクも考える必要があります。
個人成りに必要な手続きと流れ
実際に個人成りを進めるには、会社を止める手続きと個人事業を始める手続きの両方が必要です。
全体として「法人側の処理」と「個人事業主としての届出」という2段階になります。ここでは個人成りの具体的な進め方の流れを順を追って確認しましょう。
会社を解散・清算する場合の手続き
解散・清算とは会社そのものを完全に終了させる方法です。
オーナー社長であれば自分一人の決断で会社の解散を決めることができますが、正式には株主総会で解散決議を行い、会社の事業活動を停止させます。
次に法務局で解散の登記と清算人の選任登記を行い、債権・債務を整理する清算業務に入ります。財産目録および貸借対照表の作成や債権者保護手続きを行い、解散日から2か月以内に税務署に解散確定申告書を提出します。
債務の処理や資産の売却・分配など清算が完了したら、最後に清算結了の登記を申請し、これによって法人格が消滅します。清算結了日から1か月以内に税務署に清算結了確定申告書を提出します。
解散・清算には一定の費用と手間もかかります。具体的には、解散関連の登記にかかる登録免許税が合計3万9,000円、官報公告費用4万円程度が必要です。
会社を休眠にする場合の手続き
次に、会社を残したまま事業活動だけ停止させる「休眠」という方法があります。
法人格自体は維持しつつ事業を休止状態にするため、将来的に再び会社を動かしたくなったときに復活させられるのがメリットです。
具体的な手続きとしては、所轄の税務署および都道府県税事務所、市区町村役場に対して事業を休止する旨の「異動届出書」を提出します。
従業員がいる場合には、給与支払事務所等の廃止届出書も税務署に提出し、給与の支払い(源泉徴収義務)が停止することを届け出ます。
休眠にすると登記上の解散手続きは不要なので登録免許税や公告費用もかかりません。
しかし注意点もあります。会社は存続しているため、休眠中も毎年法人住民税の均等割(約7万円)が課されます。市町村によって休眠している期間は均等割が課されない場合もあります。また売上がゼロでも税務署への確定申告書を出す必要があります。
事業再開したい場合は、休眠時と同様に税務署等に異動届を提出すれば再開できます。
必要な許認可を個人で取得できるか確認する
個人成りする前に忘れず確認したいのが、事業に必要な許認可や資格の扱いです。
業種によっては、法人名義で取っていた営業許可や免許を個人として改めて取得し直す必要があります。
たとえば建設業や古物商、飲食店営業などの許可は、法人から個人への主体変更に伴って新規申請が必要になる場合があります。
また、中には法人でないと許可が下りにくい業種もあるため注意が必要です。「個人事業主になった途端に営業許可が下りず、事業を続けられなくなった」という事態を避けるためにも、事前に監督官庁や許可発行元に確認しておきましょう。
個人事業の開業届と関連書類を提出する
法人側の処理が完了したら、いよいよ個人事業主として事業を開始する手続きを行います。
まず税務署に「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出します。これは個人で新たに事業を始める旨を届け出る書類です。
提出期限は事業開始から1ヶ月以内とされていますので、法人の解散登記完了日または休眠開始日から速やかに手続きを行いましょう。
さらに、個人事業で青色申告制度を利用したい場合は、同時に「青色申告承認申請書」を税務署に提出します。
他にも、従業員を雇う予定がある場合は、「給与支払事務所等の開設届出書」(個人事業として給与支払事務所を開設した届出)や、「源泉所得税の納期の特例の承認申請書」(給与から天引きする源泉所得税を年2回納付にできる制度)も忘れず提出します。
これらの書類はすべて所轄の税務署に提出する形になります。
なお、都道府県税や市町村民税に関しても、地域によっては事業開始等の届出が必要な場合がありますので、各自治体の定めに従って手続きを行いましょう。
開業届については以下の記事でも詳しく解説しているので、あわせて参考にしてください。
個人成りした後はどうなる?
法人から個人事業主へ切り替わると、税金や社会保険、経理や取引のルールが変わります。
事前に知っておくことで、移行後の生活や経営のイメージをつかみやすくなります。
税金の種類や計算方法が変わる
個人成り後は、税金の扱いが法人時代と大きく異なります。
まず法人税がなくなり、事業で得た利益はすべて事業所得として代表者個人の所得税の課税対象になります。所得税は累進課税(所得が多いほど税率が高くなる)なので、所得金額次第では法人時代より税率が高くなることもありえます。
一方で、個人事業主になることで赤字が出た場合は他の個人所得との損益通算が可能になります。
たとえば事業が赤字でも給与所得や不動産所得があれば、相殺して所得税を減らせます(法人の欠損金は個人には引き継げません)。
加えて、個人事業主になると毎年の決算期が暦年(1月1日~12月31日)に固定されます。法人のときのように自社の都合で事業年度を設定することはできず、翌年3月15日までに確定申告を行うスケジュールに変わります。
確定申告については以下の記事で解説しています。
加入する社会保険が変わる
個人成り後は、経営者本人および家族の社会保険の制度が変わります。
会社を畳むことで厚生年金・健康保険の資格は喪失するため、代わりに国民年金と国民健康保険へ加入することになります。
国民年金は日本国内の20~60歳の方全員が加入する基礎年金で、保険料は所得にかかわらず一律です。
国民健康保険は自治体運営の医療保険で、前年所得に応じて保険料が決まります。一般に、法人で社会保険に加入している場合と比べて、国民健康保険料や国民年金の自己負担額の合計は低くなることが多いです。
なぜなら法人時代は会社が半分負担していたとはいえ、実質的には事業収支から捻出していた社会保険料が、個人成り後は自分の所得に応じた保険料のみになるためです。
ただし家族を扶養している場合などは、扶養家族分も含めた保険料計算になる点に注意しましょう。
また、個人事業主になっても従業員を5人以上雇用する事業の場合は、一部業種を除いて引き続き厚生年金・健康保険の適用事業所となるため、この場合は個人成り後も社会保険加入義務が発生します。
事務作業や帳簿付けの負担が軽くなる
個人成り後は経理・事務作業の負担が軽減されます。
法人では複式簿記での厳密な帳簿作成や、株主総会議事録の作成、登記申請など数多くの事務作業が必要です。
個人事業主になると法人特有の事務は不要になり、会計帳簿も基本的には自分の裁量でシンプルにまとめることが可能です。
青色申告を行い、特別控除を受けるためには複式簿記による記帳が求められますが、それでも法人決算に比べれば必要書類は少なくなります。
経営者の責任範囲が広がることに留意する
前述のとおり、個人成りすると法的には経営者個人の責任範囲が広くなる点に注意が必要です。
法人は有限責任でしたが、個人事業主は事業に関する債務や損害賠償責任を無限に負う立場となります。
そのため、万一事業で大きな損失が出たり事故やトラブルが発生した場合、自宅や個人貯蓄といった事業外の個人資産にも影響が及ぶ可能性があります。
リスクに備えるため、個人成り後は事業用とプライベートの資産を明確に分け、万が一の場合に備えた準備(例えば事業保険への加入、契約書での責任範囲の明確化など)を検討しておくと安心です。
また、事業規模に見合った形態への再転換も選択肢です。もし将来的に事業が再び拡大し、リスクも増えてきたら、再度法人化(法人成り)することも可能です。
個人成りの検討は慎重に行おう
個人成りは、法人をやめて個人事業主に戻ることで経営上の負担を軽減できる手段です。
業績が伸び悩み法人形態のメリットが薄れたと感じたら、個人成りを検討する価値があります。
もちろんデメリットや注意点もありますが、正しい知識を持って準備すれば不安を減らし円滑に進められます。法人代表として培った経験を活かしつつ、必要な手続きを踏んで個人成りを実現させましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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