- 作成日 : 2025年11月13日
繰延節税とは?仕組み・リスク・活用できる制度を解説
税金の負担を減らしたいと考えたとき、「繰延節税」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは、税額を減らすのではなく、納税のタイミングを将来にずらすことで、今ある資金を有効活用する節税の考え方です。企業はもちろん、個人でもiDeCoや共済制度を通じて実践でき、適切に使えば資金繰りを安定させる強力な手段となります。
本記事では、繰延節税の仕組みから活用方法、注意点などを解説します。
繰延節税は節税になる?
繰延節税とは、課税そのものを免れるのではなく、税金の支払い時期を将来にずらすことによって資金繰りを柔軟にする手法です。企業や個人が利益を得たタイミングで適切な経費計上や制度活用を行うことで、その年度の税負担を軽減し、税金を後日に支払うことが可能になります。以下では、繰延節税の仕組みについて見ていきます。
繰延節税により税金の支払いを後回しにする
繰延節税とは、納税義務を将来に先送りすることで、当期の税金を抑える方法です。あくまで一時的な効果であり、最終的には納税義務が生じます。
この手法では、例えば当期に大きな利益が出た際に、損金算入できる支出を増やしたり、税制優遇制度を活用することで、課税所得を圧縮します。こうすることで、その年度に本来支払うべき税金の額を減らし、翌年以降に納税時期を繰り延べることができます。税額の削減ではなく、税のタイミングを調整するという点がこの方法の特徴です。
繰延節税は税負担のタイミングを設計する仕組み
課税の繰り延べは、経費計上や控除制度の利用により、税金発生の時期を意図的に遅らせる仕組みに基づいています。
中小企業が経営セーフティ共済に加入して掛金を支払えば、その金額が当期の損金となり課税所得が減少します。将来的にその掛金を解約した際に返戻金を受け取れば、その分が益金として課税対象になります。このように、節税効果は一時的であっても、支出の時期と益金の発生をコントロールすることで、税の支払タイミングを柔軟に設計できます。
結果として、繰延節税は「どの年度に税金を払うか」をコントロールし、資金の最適配分を行うための戦略的手法といえます。
繰延節税のメリットと注意点は?
繰延節税は、一時的に税金の支払いを遅らせることで資金繰りを改善し、経営や家計の安定を図る方法です。効果的に使えばキャッシュを守りつつ将来の投資に活かせますが、誤った運用は資金悪化の原因にもなります。ここでは利点と注意点を整理します。
メリットは資金繰りの改善
繰延節税の最も大きな利点は、納税を先送りすることで手元資金を維持し、事業や生活の自由度を高められることです。納税を一時的に遅らせることで、浮いた資金を設備投資、人件費、研究開発、または生活防衛資金として活用できます。利益が急増した年に活用すれば、税負担を平準化し、年度ごとの資金流出の偏りを抑える効果があります。
企業にとっては、税金を払うタイミングを調整することが「資金を守る戦略」になり得ます。現金を確保できれば、金融機関からの借入依存を減らし、自社の成長投資に充てられる余裕が生まれます。個人にとっても、繰延制度を上手に使えば老後資金の積立や教育費準備において税負担を抑えつつ長期的な資産形成が可能です。
将来の納税負担や支出リスクも伴う点に注意
繰延節税はあくまで「税金を後に払う」仕組みであり、節税効果は一時的です。繰り延べた税金は将来必ず支払う必要があるため、将来の利益や資金状況を見越した計画が欠かせません。
また、繰延節税を行うには多くの場合、支出を伴います。法人税率30%の会社が100万円の経費を計上すれば約30万円の税負担を先送りできますが、そのために100万円の現金が出ていくことになります。過剰な支出を伴う繰延は本末転倒であり、キャッシュフローを圧迫する危険があります。さらに、共済や保険などの繰延商品では、解約時に利益が発生して一度に多額の課税が生じるケースもあります。
したがって繰延節税は、短期的な税金の軽減効果だけでなく、将来の納税・支出スケジュールを踏まえた長期的計画の中で慎重に実施することが重要です。
法人が活用できる繰延節税の手法は?
法人、特に中小企業にとって、税金の支払いを後ろ倒しにできる「繰延節税」は重要な資金繰り対策です。ここでは、法令に基づいて合法的に活用できる代表的な繰延節税の方法を紹介します。
中小企業倒産防止共済
「経営セーフティ共済」とも呼ばれるこの制度は、掛金を全額損金として計上できるため、利益が出た年度に積極的に拠出することで課税所得を圧縮できます。年間240万円までの掛金を支出すれば、その年の税負担を大幅に軽減できます。将来、業績が悪化したときに解約し共済金を受け取れば、その際に益金として課税されますが、赤字なら実質的な税負担は発生しません。最大800万円まで積立可能で、柔軟性の高い繰延節税策です。
法人向け節税保険
全額または一部を損金算入できる法人保険では、保険料支払い時に経費計上し、解約時に返戻金が益金となる仕組みによって税金を先送りすることが可能です。ただし、2019年の税制改正により高返戻率の保険商品に対する制限が厳しくなっており、損金にできる割合は商品ごとに異なります。節税目的で導入する場合は、事前に税理士の助言を受けることが重要です。
少額減価償却資産の特例
30万円未満の資産については、年間合計300万円まで即時償却が可能です。PCや事務備品を購入した場合、本来は数年に分けて償却するところを、その年度で全額を損金処理できるため、税金の支払いを後にずらす効果があります。2025年度もこの制度は継続されており、中小企業にとって実行しやすい節税策のひとつです。
中古資産の購入
中古車や中古設備などは、法定耐用年数が短縮されるため、新品よりも短期間で償却できます。これにより、初年度から多くの減価償却費を計上でき、税負担を減らすことが可能です。また、家賃などの前払費用も条件を満たせば当期の経費に計上でき、課税の繰り延べに使えることがあります。ただし、前払い費用の扱いには会計基準に則る必要があり、過剰な活用は税務否認のリスクを伴います。
繰延資産の任意償却
創立費や開業費などの繰延資産は、任意に償却時期を選べるため、利益が大きい年にまとめて償却して課税所得を減らすことが可能です。逆に、利益が少ない年には償却を行わず、将来の節税余地を温存する戦略も取れます。対象となる費用には制限があるため、繰延資産として適切に計上するには専門家の判断が必要です。
固定資産の買換え特例
事業用資産を売却し、代わりに新たな資産を取得した場合、一定の条件を満たせば売却益に対する課税を新資産に移転(圧縮記帳)することができます。この特例により、売却時に即時課税されずに済み、再投資に必要な資金が手元に残る形となります。資産を売却して新しい設備や不動産を取得するような場面では、税負担を先送りする強力な手法です。
参考:No.3405 事業用の資産を買い換えたときの特例|国税庁
個人が活用できる繰延節税の手法は?
個人でも、税金の支払い時期を遅らせることによって資金効率を高める「繰延節税」を実践することができます。以下に、代表的な手法を解説します。
iDeCo
iDeCo(個人型確定拠出年金)は、掛金が全額所得控除の対象となり、当年の所得税・住民税を減らすことができます。さらに、運用益が非課税で再投資されるため、税金が差し引かれずに資産が増えやすいのも特長です。受取時も一時金なら退職所得控除、年金形式なら公的年金等控除が適用され、全体として長期にわたる税の繰り延べ効果があります。
2025年度税制改正(施行は2027年1月から)により、企業年金がない会社員でも月額6万2000円まで掛金を拠出できるようになり、節税余地が拡大しました。一方、受取に関する「5年ルール」は「10年ルール」へ変更され、退職所得控除を最大限活用するには受取時期をより慎重に調整する必要があります。老後資金を準備しながら、課税の繰り延べと優遇を受けられる制度です。
参考:iDeCo公式サイト
小規模企業共済
個人事業主や小規模法人の経営者に向けた共済制度で、掛金(月額1,000円〜7万円)を支払うと全額が「小規模企業共済等掛金控除」として所得から差し引かれます。これにより、現役時代の所得税・住民税の負担が軽くなり、税の支払いを将来に繰り延べることが可能です。
共済金の受取は退職・廃業時が基本で、一括なら退職所得扱い、分割なら公的年金等の雑所得扱いとなり、いずれも税制優遇を受けられます。途中解約には課税が生じますが、長期積立(20年以上)を行えば元本割れせず、計画的に活用することで節税効果が得られます。
参考:小規模企業共済とは|独立行政法人 中小企業基盤整備機構
居住用財産の買換え特例
マイホームを売却し、一定期間内に新しい住宅を取得した場合、譲渡益に対する課税を将来に繰り延べることができる制度です。具体的には、売却益分を新居の取得価額から控除(圧縮)することで、その年の所得税・住民税の支払いを回避し、次回の売却時まで納税を先送りできます。
この制度は、特別控除(3,000万円特別控除)と併用できないため、どちらが有利かを慎重に選ぶ必要があります。また、将来その新居を売却する際には、繰り延べた売却益について課税されるため、長期的な資金計画と併せて活用することが望まれます。
参考:No.3355 特定のマイホームを買い換えたときの特例|国税庁
事業承継税制
個人事業主や中小企業オーナーが、事業用資産や不動産を子や後継者に引き継ぐ際に、相続税や贈与税の納税を猶予できる制度です。個人版事業承継税制では、2028年末までの特例措置として、対象となる資産の100%について納税猶予が可能となっており、一定の条件を満たせば猶予税額の免除も受けられます。
この制度により、承継時に多額の納税が発生せず、事業継続の資金を守ることができます。法人にも同様の制度がありますが、個人事業主でも条件を満たせば大きな税負担を繰り延べることが可能です。
参考:事業承継税制特集|国税庁
繰延節税は税務調査の対象になる?
繰延節税は合法的な節税手法ですが、内容や使い方によっては税務署から調査対象とされるケースがあります。過度な経費計上や実態の乏しい支出によって納税額を意図的に減らしていると判断されれば、税務署は否認や修正申告を求める可能性があります。ここでは、繰延節税が税務調査の対象になり得る理由と、適切に対処するためのポイントを整理します。
実態を伴わない繰延節税は税務調査の対象になりやすい
繰延節税は合法な手段ですが、実態が乏しい場合、税務署に不自然とみなされ調査対象になる可能性があります。必要性のない高額な保険料の支払い、売上規模に対して過剰な共済掛金、または帳簿上だけの費用操作などが該当します。これらは「節税のためだけに行った取引」と見なされることがあり、形式だけ整えていても、経済的実質がないと判断されると、否認されるリスクが高まります。
また、過去の税務調査事例でも、損金算入の適否が争点になることは珍しくありません。法人保険については、2019年の税制改正以前に加入した高返戻率型の保険について、節税目的が明確な場合に遡って調査される事例も見られています。
税務調査を避けるためには形式と実質の両立が必要
税務調査のリスクを最小限に抑えるためには、税法上の形式を満たすだけでなく、取引の「実質的な合理性」を証明できる状態にしておくことが重要です。保険契約を利用する場合には「事業継続に必要な保障であること」「契約目的が明確であること」「金額が妥当であること」を社内資料や議事録で裏付けておくと安心です。
また、中小企業倒産防止共済や小規模企業共済などの制度活用においても、定期的に加入目的や事業の状況を文書化しておくことで、後に税務署から意図を問われた場合に備えられます。加えて、税理士や会計士などの専門家と相談しながら進めることで、制度適用の可否やリスクを事前に確認できるのも有効な手段です。
繰延節税を活用するなら計画的に進めよう
繰延節税は、税金の支払い時期を意図的にずらすことで、今ある資金を有効に使えるようにする戦略的な節税手法です。法人・個人を問わず、共済制度や確定拠出年金制度、資産の償却・買換え特例などを活用すれば、課税タイミングを調整しながら経営や生活にゆとりを持たせることができます。
一方で、繰延効果は一時的であり、将来的には税の支払いが発生することを見越した設計が不可欠です。節税の実効性を高めるためには、制度の仕組みを理解し、税理士などの専門家と連携しながら長期的視点で取り組みましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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