- 更新日 : 2025年11月25日
法人化で貸付金が発生するのはリスク?原因や解消方法を解説
法人化(法人成り)する際に、会計上で特に注意したいのが「役員貸付金」の発生です。個人事業からの法人化では、会計上の帳尻合わせや個人事業主時代の感覚が抜けずに、意図せずこの役員貸付金が計上されてしまうケースが少なくありません。役員貸付金は会社資金が事業外へ滞留していると評価されやすく、融資審査でもマイナス材料になり得ます。
この記事では、なぜ法人化で役員貸付金が発生するのか、その具体的なパターンと経営リスク、そして発生してしまった場合の解消法まで、仕訳例を交えて詳しく解説します。また、役員借入金の扱いや個人事業時代の借入金の引継ぎについても補足します。
目次
個人事業主からの法人化で貸付金が発生する理由は?
個人事業から法人へ移行(法人成り)する際に発生する「貸付金」とは、多くの場合「役員貸付金」を指します。これは会社から役員(主に社長)への金銭貸付を示す勘定で会社の資産に計上されますが、事業に使えない滞留資金と評価されやすく、融資審査で不利に働く傾向があります。
役員貸付金が意図せず発生してしまう主因は、移行時の資産・負債の引継ぎ設計や、日常の公私混同です。貸借のバランス調整の結果として差額が役員貸付金で立つ処理はあり得ますが、あくまで一例で、設計次第で役員借入金(負債)や追加出資等の選択肢も取り得ます。
具体的にどのようなときに発生するのか、代表的な4つのパターンを見ていきましょう。
会社と役員のお金の貸し借りについて
法人化の文脈で出てくる「貸付金」を理解するために、まず2つの言葉を区別しておきましょう。お金の「向き」が逆になります。
- 役員貸付金:会社 → 役員へお金を貸すこと。(会社の資産)
- 役員借入金:会社 ← 役員からお金を借りること。(会社の負債)
今回問題になるのは、前者の「役員貸付金」です。
個人事業が「債務超過」の状態で法人成りしたとき
個人事業の資産よりも負債が多い、いわゆる「債務超過」の状態で法人成りすると、帳簿上は「役員貸付金」が計上されることがあります。
これは、会社の資産と負債のバランス(貸借)を取るために生じる帳簿上の差額で、実質的には「会社が社長個人に立替をしている状態」に近い扱いになります。
【前提となる個人事業の財産状況】
以下は、法人化前の最終的な個人事業の財産状態を単純化した例です。
| 資産の部 | 金額 | 負債・純資産の部 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金 | 50万円 | 借入金 | 300万円 |
| 元入金(純資産) | △250万円 | ||
| 資産合計 | 50万円 | 負債・純資産合計 | 50万円 |
この時点では「資産=負債+純資産」のバランスが取れており、役員貸付金は存在しません。
【法人設立時の会計処理イメージ】
この状態で、資本金100万円を出資して法人を設立し、個人事業の資産(現金50万円)と負債(借入金300万円)をすべて引き継いだと仮定します。
| 勘定科目 (借方:資産) | 金額 | 勘定科目 (貸方:負債・純資産) | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金 | 50万円 | 借入金 | 300万円 |
| 役員貸付金 | 350万円 | 資本金 | 100万円 |
| 合計 | 400万円 | 合計 | 400万円 |
なぜ個人事業の時にはなかった「役員貸付金」が突然出てきたのでしょうか。それは、法人の帳簿の左右の合計金額を一致させるためです。
帳簿の右側(貸方)には「借入金300万円」と「資本金100万円」があり、合計400万円です。一方、左側(借方)には引き継いだ現金50万円しかありません。このままでは左右が不一致のため、差額350万円を役員貸付金として計上し、バランスを合わせます。
ただし、上記のように個人の借入金を法人が「引き継ぐ」ためには、債権者(金融機関など)の承諾が必要です。民法上、これは「免責的債務引受」に該当し、承諾なしに債務を移転することはできません。したがって、金融機関が法人への債務引受を承諾していない場合は、この仕訳自体が成立しません。
土地や建物を引き継がず、関連の借入金だけ引き継いだとき
個人名義の不動産を法人名義に移すと、登録免許税・不動産取得税・譲渡所得税などが発生するため、不動産はそのまま個人名義にして法人化するケースがよくあります。
しかし、その不動産を購入するための住宅ローンや事業性借入金のみを会社に引き継ぐと、会計上の貸借バランスが崩れ、「役員貸付金」が発生することになります。
会社から見れば、「担保になる資産を受け取らず、負債だけ引き受けた状態」であり、この差額が会社から役員への貸付(役員貸付金)として計上されるのです。
【仕訳例】
不動産は個人のまま、関連する借入金1,500万円だけを法人に引き継いだケース
| 勘定科目(借方:資産) | 金額 | 勘定科目(貸方:負債・純資産) | 金額 |
|---|---|---|---|
| 役員貸付金 | 1,500万円 | 借入金 | 1,500万円 |
| 合計 | 1,500万円 | 合計 | 1,500万円 |
法人の視点では、「借入金という負債」が増えたが、「対応する資産(不動産)」は受け取っていないため、バランスを取るために役員貸付金(資産)が発生します。
【違法】設立時の資本金に一時的な借入金を使ったとき
事業の許認可などで、設立時にまとまった資本金が必要な場合があります。その際、一時的に他人からお金を借りて資本金があるように見せかけ、設立後にすぐ返す行為(いわゆる「見せ金」)があります。これは法律で認められていませんが、会計上も役員貸付金を生む原因になります。
この「見せ金」による払い込みは、形式上は資本金として入金されていても、実質的には他人資金の一時滞留にすぎません。設立後、会社の口座からその資金を借入元へ返済することで、帳簿上「会社→社長への貸付」が発生します。そのため、結果的に役員貸付金が計上される構造になります。
【具体例】
一時的に他人から300万円を借りて資本金の払い込みに充て、設立後すぐに会社の口座からその300万円を返済したケース
| 勘定科目(借方) | 金額 | 勘定科目(貸方) | 金額 |
|---|---|---|---|
| 役員貸付金 | 300万円 | 現金預金 | 300万円 |
この取引は、会社の資金300万円が社外に支出されていますが、その支出先は事業に関係のない「社長個人の借入金返済」であり、会社の経費ではありません。したがって、会計上は「会社が社長個人に300万円を貸し付けた」と判断され、この金額を役員貸付金として資産に計上します。
役員個人の支出を法人の口座から支払ったとき
法人化した直後にもっとも多く発生するミスの一つが、 個人事業主時代の感覚で法人の資金を私的支出に使ってしまうことです。
法人の預金口座やクレジットカードは、会社の財産(法人格の資金)です。 この資金を使って社長個人の生活費やプライベートな支払いを行うと、 会社の立場では「事業とは無関係な支出」をしたことになります。
そのため、会計上はすべて社長個人への金銭貸付(役員貸付金)として処理する必要があります。
【具体例】
法人の口座から、社長個人のクレジットカードの引き落とし(10万円)が支払われたケース
| 勘定科目(借方) | 金額 | 勘定科目(貸方) | 金額 |
|---|---|---|---|
| 役員貸付金 | 10万円 | 現金預金 | 10万円 |
会社の資金(10万円)が社外に支出されていますが、その支出先は社長個人のクレジットカード利用分であり、事業活動とは無関係です。したがって、会計上は「会社が社長個人に10万円を貸し付けた」とみなし、役員貸付金として資産に計上します。この時、会社の現金預金が減少し、同時に「社長への債権(貸付金)」が発生する構造になります。
法人化後に放置は危険?役員貸付金がもたらす経営リスク
法人化の過程で発生した役員貸付金を「帳簿上の記録だから」と軽く考え、そのまま放置しておくと、会社の経営にさまざまな悪影響を及ぼします。特に、設立間もない法人の信用力は、その財務内容に大きく左右されます。
① 金融機関からの融資が受けにくくなる
融資審査では、役員貸付金は事業に回っていない滞留資金と捉えられ、ガバナンスや財務の健全性の観点からマイナス評価になりやすい傾向があります。資金が事業以外へ流出していると、返済原資の弱さや公私区分の不明確さが懸念されます。実務上は、貸付金の解消計画を示すことが重要です。
② 税務調査で指摘を受ける
税務署も役員貸付金を厳しくチェックします。単なる帳簿上の記録では済まされず、追加の税負担が発生するリスクがあります。
1. 認定利息の計上
会社が役員に無利息または低利で資金を貸すと、国税庁公表の利率(例:令和4~7年は年0.9%)との差額が給与課税の対象になり得ます。会社側は受取利息相当を益金算入、役員側は給与課税のリスクが生じます。
2. 役員賞与(給与)の認定
貸付金の返済見込みが乏しい、返済計画が曖昧、実質返済の実体がないといった場合には、貸付ではなく実質的な役員賞与と認定され、会社では損金不算入、役員個人には課税となる可能性があります。役員給与が損金算入されるのは、定期同額給与・事前確定届出給与・一定の業績連動給与に限定されるのが原則です。
③ 会社の資金繰りを悪化させる
役員貸付金は貸借対照表上は「資産」でも、事業に使えない資金です。本来、仕入・投資・運転資金に回せた資金が拘束されるため、キャッシュフローは確実に圧迫されます。放置せず、返済・相殺・増資等で早期に圧縮するのが安全です。
法人化による役員貸付金を解消するには?
法人化の過程やその直後に役員貸付金が発生してしまったら、速やかに解消しなければなりません。主な解消方法は以下のとおりです。
役員個人が会社に現金で返済する
役員個人の資産から、会社に貸付金相当額を返済します。これにより、役員貸付金という資産と現金が相殺され、帳簿上からきれいに消すことができます。会社の財務内容を健全化する上で最も直接的な解決策です。
役員報酬や役員退職金と相殺する
役員が会社から受け取る役員報酬や賞与と、役員貸付金を相殺する方法です。例えば、月々の役員報酬から一定額を天引きする形で返済に充てます。ただし、相殺しても給与課税の対象は原則、支給総額ベースのため、源泉所得税や社会保険の計算上は手取りが減る点には注意が必要です。
役員給与は定期同額・事前確定届出・一定の業績連動のいずれかに該当しない部分は損金不算入となる点に注意してください。
役員退職金と相殺する
退任時の退職金と貸付金を相殺する方法です。退職所得は給与より税負担が軽くなりやすい一方、適正額超は損金不算入、かつ株主総会等の適正な決議・手続きが必要です。形式だけの退職や過大額は否認リスクがあります。
役員貸付金を発生させないための法人化のポイント
役員貸付金の発生を防ぐには、法人化の計画段階から税理士に相談すること、会社と個人の資金を厳格に分けること、そして万が一貸し借りが発生した場合は金銭消費貸借契約書を作成することが不可欠です。
金銭消費貸借契約書を必ず作成する
たとえ社長個人と会社との間のお金の貸し借りであっても、必ず「金銭消費貸借契約書」を作成しましょう。これは、その資金移動が正式な貸借契約に基づくものであることを第三者(特に税務署)に対して客観的に証明するための重要な書類です。
- 契約書の重要性:
契約書がないと、税務調査の際に「実質的な給与(役員賞与)ではないか」と指摘されるリスクが高まります。そうなると、会社側では経費にできず、役員個人には所得税が課される可能性があります。 - 記載すべき項目:
貸付金額/貸付日/返済期間/返済方法(分割・一括)/担保・期限の利益喪失条項等に加え、利率を明記します。 - 利率の設定:
無利息・著しい低利は認定利息の指摘対象となり得ます。国税庁公表利率(例:令和4〜7年は年0.9%)を目安にするのも良いでしょう。
公私混同を徹底的に避ける
個人事業主時代の感覚が抜けず、法人の口座から個人の支出を行ってしまうことが、役員貸付金の直接的な原因となります。「会社のサイフ」と「個人のサイフ」は、完全に別物であると強く認識し、厳格に管理しなければなりません。
この公私混同は、役員貸付金を生むだけでなく、金融機関からの信用を著しく損なう原因にもなります。
計画段階から税理士などの専門家に相談する
法人化のプロセス、とくに資産・負債の引継ぎ設計や資本金の設定、開業初期の会計処理方針は、税務・法務・会計の三分野が密接に関わる高度な判断領域です。 自己判断で手続きを進めた結果、法人設立後に思わぬ「役員貸付金」や「見せ金」が発生していたというケースは少なくありません。
したがって、最も重要なのは 「法人化を具体的に検討し始めた計画段階」から、税理士などの専門家に相談することです。 設立後に修正しようとすると、既に仕訳・税務処理が確定しており、取り得る対策が限定されます。
専門家に相談するメリット
① 財産・負債の全体像を踏まえたシミュレーションができる
個人事業の資産・負債・元入金のバランスを精査し、法人に引き継ぐ範囲を設計することで、 「債務超過」や「資産の抜け落ち」による役員貸付金の発生リスクを事前に防げます。 また、引継ぎ対象外とする資産(例:自宅・個人名義不動産)と関連借入の扱いなど、 実務上の整理も明確にできます。
② 資本金設計・負債引継ぎの調整ができる
資本金の金額設定や資産の時価評価、個人事業主から法人への債権債務移行をどのように仕訳するかで、 法人の貸借対照表(BS)の初期構造が決まります。専門家は、論点を整理し、役員貸付金が発生しない仕組みを設計します。
③ 設立後の会計・税務を一貫サポート
法人化後も、専門家は次のような継続支援を行います。
これにより、創業初期の会計・税務・融資対応を一貫して管理でき、 透明性の高い決算書を早期に整備することが可能になります。
法人化の貸付金・借入金は専門家と正しく処理しよう
法人化に伴うお金の移動は、会社の将来を左右する重要なプロセスです。意図せず発生した役員貸付金は、融資や税務面で大きなリスクとなるため、発生させない設計と発生時の早期解消が不可欠です。
加えて、個人事業主時代の借入金を法人に移すには、原則として金融機関の承諾を得た「債務者変更(免責的債務引受)」等の正式手続きが必要です。承諾がなければ、個人が引き続き債務者のまま(併存的債務引受・内部処理にとどまる等)となり、想定と異なる責任関係が残るおそれがあります。
これらの手続きや会計処理は専門的な判断を要します。自己判断で進めると、貸借対照表に役員貸付金が残る/借入の名義が変わっていないなど、後から是正が難しい問題につながりがちです。
スムーズで健全な法人運営をスタートさせるために、法人化を検討する段階から税理士等の専門家に相談し、資産・負債の引継ぎ設計/資本金設計/金融機関との手続きまで一貫して進め、自社に合った最適な方法を選択しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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