- 作成日 : 2025年9月16日
法人化のメリット・デメリット|後悔しないタイミングと年収の目安を解説
事業が軌道に乗り始めると、「個人事業主と法人化、どちらが得?」という疑問に直面します。法人化には税金面の恩恵や社会的信用の向上といった大きな魅力がある一方で、設立や運営のコスト、事務的な負担が増えるという側面も存在します。
この記事では、法人化によって得られる具体的なメリットと、事前に知っておくべきデメリットや注意点を詳しく解説します。
目次
個人事業主が法人化するメリット
ここでは、法人化によって得られる代表的なメリットを解説します。
1. 節税効果の拡大が期待できる
法人化による最大のメリットは、節税の選択肢が広がることです。
個人事業主の所得税は、所得が増えるほど税率が高くなる累進課税(最大45%)です。一方、法人税は原則として一定の税率です。そのため、所得が一定額を超えると、法人化した方が税負担を軽減できる可能性があります。
また、自身への給与を役員報酬として経費計上し、給与所得控除を受けられるのも大きな違いです。
2. 家族への役員報酬で所得を分散できる
生計を共にする家族を役員に就任させ、業務内容に見合った役員報酬を支払うことで、世帯全体の所得を分散できます。これにより、一人に所得が集中する場合と比べて、適用される所得税率を低く抑えることが可能になります。結果として、世帯全体での手取り額を増やせるケースがあります。ただし、業務実態のない名ばかりの役員への報酬は認められないため注意が必要です。
3. 経費として認められる範囲が広がる
法人化することで、経費として認められる項目の幅が広がります。例えば、経営者自身の生命保険料や、出張時の日当、社宅の家賃の一部などを会社の経費にできます。個人事業主では事業経費として認められにくいものも、法人の福利厚生費などとして計上できる場合があるため、これも節税につながる重要な要素です。適切な会計処理を行うことで、会社の資金を有効に活用できます。
4. 消費税の納税が最大2年間免除される
資本金1,000万円未満で新たに法人を設立した場合、原則として設立から2事業年度は消費税の納税が免除されます。個人事業主としてすでに課税事業者になっていても、法人化することで再度免税事業者になれる可能性があります。ただし、インボイス制度の導入により、取引先の意向で適格請求書発行事業者への登録を選択する場合もあるため、慎重な判断が求められます。
5. 社会的な信用が高まる
法人格を持つことで、個人事業主よりも社会的な信用が高まります。金融機関からの融資審査で有利に働いたり、大企業との取引口座を開設しやすくなったりします。ウェブサイトや名刺に「株式会社」と記載されているだけで、しっかりとした組織であるという印象を与え、ビジネスチャンスの拡大につながります。採用活動においても、求職者に安心感を与えやすいでしょう。
6. 資金調達の選択肢が増える
社会的信用が高まることに伴い、資金調達の方法も多様化します。金融機関からの融資(プロパー融資など)に加えて、新株発行による増資(出資)といった、法人でなければ選択できない手段で資金を集めることが可能です。これにより、大規模な設備投資や事業拡大を計画する際に、より柔軟な資金計画を立てることができます。
7. 事業承継が円滑に進む
個人事業主が事業を誰かに引き継ぐ場合、資産の贈与や売買といった複雑な手続きが必要です。一方、法人であれば、会社の株式を後継者に譲渡(贈与・売買)することで事業承継が完了します。会社の資産や許認可、契約関係も会社に帰属したまま引き継がれるため、個人事業主よりもスムーズに次世代へバトンタッチできます。
8. 決算月を自由に決められる
個人事業主の会計期間は1月1日から12月31日までと決まっていますが、法人は事業年度の決算月を自由に設定できます。例えば、繁忙期を避けて決算業務に集中できる月を選んだり、資金繰りに余裕がある月を決算月にしたりと、事業の特性に合わせた柔軟な運営が可能です。
9. 経営者の責任が有限になる(有限責任)
株式会社や合同会社を設立した場合、経営者は「有限責任」となります。これは、万が一会社が倒産して負債を抱えても、経営者は自身の出資額の範囲内でのみ責任を負うという原則です。個人事業主は「無限責任」であり、事業の負債はすべて個人の資産で返済しなくてはなりません。法人化は、こうした事業上のリスクから個人資産を守る防波堤の役割も果たします。
個人事業主が法人化するデメリット
メリットの多い法人化ですが、デメリットも存在します。法人化後に後悔する事態を避けるためには、事前にコストや義務、手続きの負担を正確に理解しておくことが大切です。
設立・運営にコストがかかる
法人を設立するには、定款認証や登記のための費用(株式会社で約20万円〜、合同会社で約6万円〜)が必要です。さらに、法人を維持していくためには、たとえ赤字であっても毎年支払う義務のある法人住民税の均等割(最低でも年間7万円程度)が発生します。税理士と契約すれば、その顧問料も継続的に必要となるなど、個人事業主時代にはなかったコストを考慮しなくてはなりません。
社会保険への加入が義務化される
法人化すると、たとえ社長一人だけの会社であっても社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が法律で義務付けられています。保険料は会社と個人で折半して負担するため、会社としての支出が増加します。また、経営者個人の手取り額も、国民健康保険や国民年金に加入していた頃と比較して減少する場合があります。
会計・事務処理の負担が増加する
法人の会計処理は、個人事業主の確定申告よりも格段に複雑になります。会計帳簿の作成や決算書の作成、法人税の申告など、専門的な知識が求められる作業が増えます。これらの事務手続きを自分で行うのは大きな負担となるため、多くの企業が税理士などの専門家に依頼しており、そのための費用が発生します。
交際費の損金算入に上限がある
個人事業主の場合、事業に関連する交際費は全額を経費として計上できます。しかし、法人になると、資本金の額に応じて交際費として経費計上(損金算入)できる金額に上限が設けられます。接待や贈答の機会が多い業種の場合は、この点が経営上の制約となる可能性があります。
自由度が低下する
会社のお金と個人のお金を明確に区別しなくてはならず、事業で得た利益を経営者が自由に使うことはできません。利益を個人に移すには、役員報酬や配当といった手続きを踏む必要があり、その金額も事業年度の途中で自由に変更することは困難です。このような資金使途の制約が、「法人化しない理由」の一つとして挙げられることもあります。
個人事業主が法人化を検討すべきタイミング
「いつ法人化するのが最適なのか?」これは非常に重要な問題です。早すぎればコスト倒れになり、遅すぎれば節税の機会を逃すかもしれません。ここでは、法人化を判断するための具体的なタイミングや年収の目安について掘り下げていきます。
売上よりも所得で判断する
法人化を検討する際、売上高の大きさだけで判断するのは適切ではありません。見るべきは、売上から経費を差し引いた課税所得の金額です。所得税と法人税のどちらが有利になるかが、税負担の観点からは重要な判断材料となります。同じ売上でも、経費の多い業種と少ない業種では所得が大きく異なるため、自身の所得額を正確に把握することが第一歩です。
目安は所得800万円超
一般的に、法人化を検討する所得の目安は800万円から1,000万円程度と言われています。これは、個人事業主の所得税・住民税・事業税を合わせた税率が、法人の実効税率を上回るのがこのあたりの所得金額だからです。所得が800万円を超えてくると、法人化による節税メリットが、設立・維持コストを上回る可能性が高まります。
消費税の課税事業者になる時
個人事業主として、課税売上高が1,000万円を超えた翌々年から消費税の課税事業者になります。このタイミングで法人化すると、設立から最大2年間は消費税の納税が免除されるため、大きな資金的メリットが生まれます。そのため、課税事業者になるタイミングは、法人化を検討する絶好の機会の一つです。
大きな融資や設備投資を検討する時
事業拡大のために金融機関から大規模な融資を受けたい場合や、多額の設備投資を計画している場合も、法人化を検討すべきタイミングです。前述の通り、法人は個人事業主よりも社会的信用力が高く、融資審査において有利に働く傾向があります。事業の成長を加速させたい局面では、法人化がそのための土台となります。
個人事業主が法人化する手続きと注意点
法人化を決断した場合、どのような手続きが必要になるのでしょうか。また、法人化できない人は存在するのでしょうか。ここでは、設立手続きの概要と注意点について解説します。
法人設立の基本的な流れ
法人設立は、一般的に以下の流れで進みます。
- 基本事項の決定
商号(会社名)、事業目的、本店所在地、資本金などを決定します。 - 定款の作成・認証
会社のルールである定款を作成し、株式会社の場合は公証役場で認証を受けます。 - 資本金の払込み
発起人個人の銀行口座に資本金を払い込みます。 - 登記書類の作成・申請
法務局へ設立登記申請を行います。会社の設立日は、この申請日が基準となります。
手続きは複雑なため、通常は司法書士などの専門家へ依頼するケースが多く見られます。
株式会社と合同会社の違い
日本の法人の形態として代表的なのが、株式会社と合同会社です。株式会社は社会的信用度が最も高いですが、設立費用が高く、役員の任期があり、決算公告の義務もあります。一方、合同会社は設立費用が安く、経営の自由度が高いですが、株式会社に比べると知名度や信用度が若干劣る場合があります。事業の目的や規模に応じて、どちらの形態が適しているかを選択します。
法人化できない人は基本的にいない
法律上、特定の職業や資格がなければ法人化できないということはありません。未成年者でも法定代理人の同意があれば代表取締役になれます。ただし、会社法で定められた欠格事由に該当する場合、例えば過去に特定の法律で罪を犯し、刑の執行が終わってから2年を経過しない者などは、役員になることができません。基本的には、誰でも法人を設立することは可能です。
あえて法人化しないという選択肢
すべての事業者が法人化を目指すべきというわけではありません。一般消費者向けの小規模な事業で、大きな融資や取引先からの信用をそれほど必要としない場合は、法人化の必要性は低いかもしれません。例えば、フリーランスのデザイナーやライター、小規模な飲食店や小売店などで、所得が安定して800万円を超えない水準であれば、個人事業主のままでも十分と言えるでしょう。
個人事業主が法人化するべきか十分に検討しましょう
ここまで、法人化のメリットや判断のタイミングを詳しく見てきました。法人化は、所得800万円超を目安とした節税効果や、社会的信用の向上による事業拡大の機会など、多くの魅力を持っています。その一方で、社会保険への加入義務や設立・維持コストの発生、事務負担の増加といった、事前に理解しておくべき側面も存在します。法人化して後悔する事態は、これらのデメリットの検討が不十分な場合に起こりがちです。
「個人事業主と法人化のどちらが得か」という問いに、絶対の答えはありません。あなたの事業の現在の所得水準、今後の成長性、そしてどのような事業運営を望むかによって、最適な選択は異なります。この記事で得た情報をもとに、ご自身の状況を客観的に分析し、必要であれば税理士などの専門家の意見も聞きながら最良の判断をしてください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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