- 作成日 : 2025年8月28日
一人会社とは?個人事業主との違いやメリット、手続きを解説
近年、働き方の多様化に伴い、一人会社という選択肢に注目が集まっています。個人事業主としてスタートした事業を法人化したい方や、最初から法人として事業を始めたい方にとって、一人会社は魅力的な選択肢となります。
この記事では、一人会社の基本的な仕組みから個人事業主との違い、設立手続きまで、知っておくべき重要なポイントを詳しく解説します。
目次
一人会社とは?
一人会社とは、株主が一人だけの株式会社のことを指します。正式には「一人株式会社」と呼ばれ、2006年の会社法改正により設立が可能になりました。従来は株式会社を設立するには複数の発起人が必要でしたが、現在は一人でも株式会社を設立できるようになっています。
一人会社では、設立者が唯一の株主となり、同時に代表取締役を務めることが一般的です。つまり、所有と経営が完全に一致した状態となります。これにより、迅速な意思決定と柔軟な事業運営が可能になります。
一人会社の特徴
法人格を取得することにより、個人とは別の法的主体として扱われます。契約の締結、銀行口座の開設、不動産の所有なども会社名義で行うことができ、事業の信頼性向上につながります。
有限責任制が適用されるため、事業で負債が発生した場合でも、原則として出資額の範囲内でのみ責任を負います。個人の財産が事業の債務によって直接影響を受けるリスクを軽減できます。
永続性も重要な特徴です。一人会社の場合は適切な手続きを行うことで事業を継続させることができます。
資本金の設定において、最低資本金制度が廃止されているため、1円からでも会社設立が可能です。ただし、実際の事業運営を考慮すると、ある程度の資本金を設定することが現実的です。
一人会社と個人事業主の違い
一人会社と個人事業主は、どちらも一人で事業を行う形態ですが、法的な位置づけや税制面で大きな違いがあります。
法的地位の違い
個人事業主は、個人が事業を行う形態であり、法人格を持ちません。個人と事業主個人は法的に同一の存在として扱われます。一方、一人会社は法人格を有するため、個人と会社は明確に分離された別々の法的主体となります。
この違いにより、契約関係においても大きな差が生じます。個人事業主の場合、すべての契約は個人名義となりますが、一人会社では会社名義での契約が可能です。これは取引先との信頼関係構築において重要な要素となります。
責任の範囲
個人事業主の責任は無限責任となります。事業で発生した債務について、個人の全財産をもって弁済する責任があります。事業用の資産だけでなく、個人的な財産も債務の担保となる可能性があります。
一人会社の責任は有限責任が原則です。会社の債務について、株主である個人は出資額の範囲内でのみ責任を負います。ただし、代表取締役として個人保証を求められる場合があり、その場合は実質的に個人責任が発生することもあります。
税制上の取り扱い
個人事業主の税制では、事業所得として所得税が課税されます。累進税率が適用されるため、所得が増加するほど税率も上昇します。最高税率は住民税と合わせて55%となります。
一人会社の税制では、法人税が適用されます。中小企業の場合、年800万円以下の所得については軽減税率が適用され、法人住民税と合わせて実効税率は約23%程度となります。また、代表取締役への役員報酬は給与所得として給与所得控除の対象となるため、税負担の軽減効果が期待できます。
社会保険の取り扱い
個人事業主における社会保険は、国民健康保険および国民年金への加入が基本です。厚生年金や健康保険組合への加入はできません。
一人会社の社会保険では、代表取締役も従業員と同様に厚生年金と健康保険への加入が義務付けられます。将来の年金受給額が国民年金より多くなる可能性があり、医療保険の給付内容も充実しています。
一人会社のメリット
一人会社には、個人事業主と比較して多くのメリットがあります。
- 税制面では、役員報酬を活用して所得を分散させたり、個人では経費にしにくい社宅費や退職金を計上したりすることで、税負担を大きく軽減できる可能性があります。また、赤字(欠損金)を10年間繰り越せる点も、長期的な経営で大きな強みとなります。
- 信用力の面では、法人格を持つことで金融機関や取引先からの信頼性が格段に向上し、融資の選択肢やビジネスチャンスが広がります。株式の譲渡によって、将来の事業承継をスムーズに進められる点も魅力です。
- 社会保険も充実します。厚生年金への加入で将来の年金受給額が手厚くなるほか、健康保険からは病気やケガで働けない場合に傷病手当金が給付されるなど、もしもの時の保障が手厚くなります。
さらに、事業の繁忙期を避けて決算期を自由に設定できるなど、事業運営の柔軟性が高いこともメリットと言えるでしょう。
一人会社のデメリット
一人会社にはメリットがある一方で、注意すべきデメリットも存在します。これらを十分に理解した上で設立を検討することが重要です。
- 株式会社の設立には、定款認証や登録免許税などで約25万円の初期費用が必要です。設立後も、たとえ赤字でも毎年支払う義務がある法人住民税の均等割(資本金によるが、最低年間7万円)や、複雑化する会計処理を依頼するための税理士費用といった維持コストが継続的に発生します。
- 決算申告や登記変更、社会保険関連など、個人事業主にはない多くの事務手続きが求められます。社会保険料の負担は、収入によっては国民健康保険料などより重くなる可能性があります。また、事業をやめる際も、簡単な廃業届で済む個人事業主とは違い、法人は時間と費用を要する解散・清算手続きを踏まなければなりません。
- たとえ実質一人で経営していても、株主総会議事録の作成といった形式的な意思決定手続きが求められます。また、会社の利益を個人的に自由に使用することはできず、「役員報酬」として受け取る必要があります。しかし、この役員報酬は原則として事業年度の途中で自由に変更できないため、業績に応じた柔軟な資金計画が立てにくいという側面もあります。
これらのデメリットを事前に把握し、メリットと十分に比較検討した上で、ご自身の事業に最適な形態を選択することが賢明です。
一人会社の設立手続きと必要な費用
一人会社の設立には、法定の手続きを踏む必要があります。手続きの流れと必要な費用を理解することで、計画的な設立準備が可能になります。
1. 設立前の準備
会社の基本事項決定から始めます。会社設立にあたり、商号(会社名)、事業の目的、本店所在地、出資財産の価額またはその最低額、発起人等を決定します。商号は他社との重複を避けるため、法務局での事前調査が必要です。
印鑑の作成
代表者印、銀行印、角印の3点セットを作成します。代表者印は法務局への届出が必要で、重要な契約書類に使用します。
定款の作成
設立手続きの中核となります。定款には会社の基本的なルールを記載し、公証人による認証を受ける必要があります。電子定款を利用することで印紙税4万円を節約できます。
2. 具体的な設立手続き
定款認証では、公証役場で公証人による定款の認証を受けます。認証手数料として3~5万円、謄本代として約2千円が必要です。
資本金の払込み
定款認証後に発起人の個人口座に支払いを行います。通帳のコピーを取り、払込証明書を作成します。
設立登記申請
法務局に会社設立の登記申請を行います。申請日が会社の設立日となります。登録免許税として15万円が必要です。
設立後の手続き
税務署、都道府県税事務所、市町村への法人設立届出書を提出します。また、年金事務所への健康保険・厚生年金保険新規適用届、労働基準監督署への労働保険関係成立届も必要に応じて提出します。
3. 設立費用の詳細
法定費用定款認証手数料が3~5万円、定款謄本代が約2千円、登録免許税が15万円で、合計約18万2千円が最低限必要な法定費用となります。
任意費用
専門家への依頼費用や各種準備費用が発生します。司法書士への設立代行費用は5万円から15万円程度、税理士への相談費用、印鑑作成費用(1万円から3万円程度)、印紙代(電子定款を利用しない場合は4万円)などがあります。
総設立費用
すべて自分で手続きを行う場合で20万円程度、専門家に依頼する場合で30万円から40万円程度が目安となります。
4. 設立後の初期費用
運転資金の準備として、設立後数ヶ月分の運営費用を確保しておく必要があります。家賃、光熱費、通信費、保険料などの固定費に加えて、仕入れ代金や営業活動費も考慮しましょう。
会計システムの導入
法人会計に対応した会計ソフトの導入費用が発生します。クラウド型の会計ソフトであれば月額数千円から利用可能です。
税理士の契約
税理士との顧問契約を検討する場合は、月額3万円から5万円程度の費用が一般的です。決算申告のみの依頼であれば、年額15万円から25万円程度で対応してもらえることもあります。
一人会社か個人事業主かの選び方
自身の状況に最適な選択をするためにはどのような判断が必要でしょうか?ここでは選択に必要な判断基準について解説します。
年間売上による判断基準
年間売上が1,000万円未満の場合、個人事業主として開始することが一般的です。法人化による節税効果よりも、維持コストの方が上回る可能性が高いためです。ただし、取引先の要望や将来の事業計画によっては、売上規模に関係なく法人化が必要な場合もあります。
年間売上が1,000万円を超える水準では、法人化による節税効果が明確に現れ始めます。特に継続的にこの水準を維持できる見込みがある場合は、一人会社への移行を検討する価値があります。
事業の性質による考慮点
設備投資が多額になる製造業や、顧客からの預り金を扱う業種では、有限責任の恩恵を受けやすいため法人化が適しています。一方、在庫を持たないコンサルティング業や、初期投資が少ないサービス業では、個人事業主でも十分な場合が多いです。
将来の事業計画
従業員の雇用を予定している場合、法人の方が人材確保において有利です。また、将来的な事業承継や投資家からの資金調達を考えている場合も、法人格を持つことが前提となります。
個人的な価値観とリスク許容度
安定性を重視し、万が一の際のリスクを限定したい方は法人化を、自由度を重視し、コストを抑えたい方は個人事業主を選ぶ傾向があります。また、社会的な信用を重視するかどうかも重要な判断要素です。
段階的なアプローチ
多くの成功事例では、まず個人事業主として事業を開始し、軌道に乗った段階で法人化する「段階的アプローチ」を採用しています。これにより、初期リスクを抑えながら、最適なタイミングで法人化の恩恵を受けることができます。
法人化の適切なタイミングは、年間売上が1,000万円を超えた時点、消費税の課税事業者になるタイミング、大口取引先から法人格を求められた時点などが一般的です。
タイミングを見極めて一人会社の設立へ
一人会社設立は、適切な準備と継続的な努力により、個人事業主では実現できない多くのメリットを享受できる事業形態です。
設立タイミングの見極めが成功の鍵となります。売上が安定し、税制上のメリットを享受できる水準に達した時点での法人化が理想的です。
専門家との連携により、適切な設立手続きと運営が可能になります。司法書士、税理士、社会保険労務士などの専門家のサポートを受けることで、法的な要件を満たしながら効率的な事業運営を実現できます。
継続的な学習と改善を通じて、法人としてのメリットを最大化しましょう。税制改正や会社法の変更に対応し、常に最適な運営方法を模索することが重要です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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