- 作成日 : 2025年10月24日
退職金の節税対策は?賢い受け取り方を解説
退職金は人生で最大級のまとまった収入である一方、受け取り方次第で数十万円から数百万円もの税額差が生じることがあります。退職所得控除や1/2課税といった制度を正しく活用すれば、税負担を大きく抑えることが可能です。
本記事では、法改正をふまえた退職金の節税対策を解説します。
目次
退職金の税金はどう計算される?
退職金は、長年にわたる勤務の成果であり、老後の生活資金としての意味合いがあることから、税制上の優遇措置が設けられています。「退職所得控除」と「1/2課税」の制度により、他の所得と比べて軽い税負担となるのが特徴です。(短期勤続や特定役員の退職金では1/2課税が制限される場合があります。)
退職所得の計算式は「控除後の1/2」に課税される
退職金にかかる所得税は「退職所得」として分離課税され、給与や年金とは独立した扱いになります。計算式は以下の通りです。
このように、退職金はまず「退職所得控除」によって一定額が差し引かれ、その残額の半分だけが課税対象となります。
たとえば、勤続30年の場合には、退職所得控除の金額は下記算式により算定されます。
退職金が2,000万円の場合、退職所得控除額が1,500万円となるため、課税対象は(2,000万円 − 1,500万円) × 1/2=250万円となります。
また、退職所得は他の所得と合算されないため、高額な退職金であっても、他の収入(給与や年金)の税率に影響しません。さらに、所得税は退職金支給時に源泉徴収されるため、退職時に会社へ「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、原則として確定申告は不要です。
ただし、2026年1月1日以降に支払われる退職手当等については、過去にiDeCoや企業型DCなどの他の退職所得を一時金として受け取った履歴がある場合、勤続年数の重複が調整され、控除額が減額されます。この「控除調整」は、従来の5年ルールから10年ルールへと延長され、過去9年以内に退職所得の受給がある場合、調整対象となります。よって、複数回の一時金受給を予定している場合は、受け取りの時期を十分に検討する必要があります。
参考:令和7年度税制改正の大綱
退職所得控除は勤続年数によって決まる
退職金の非課税枠を決める「退職所得控除」は、勤続年数に応じて次のように定められています。
- 勤続20年以下:40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 勤続20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
たとえば、勤続10年であれば控除額は400万円、30年であれば1,500万円が非課税枠となります。また、1年未満の端数は切り上げて1年とされるため、「20年と1日」の場合でも21年として計算されます。
この切り上げ規定により退職日を1日遅らせることで勤続21年とみなされ、控除額が70万円増えるケースがあります。
20年を超えた部分については、1年あたりの控除が40万円から70万円へと増えるため、勤続年数が20年前後であれば、退職タイミングを調整することで節税効果が高まる可能性があります。
なお、2026年以降に退職金を受け取る方で、過去10年以内に確定拠出年金の一時金などを受け取っていた場合は、当該期間と重複する勤続年数分の控除が差し引かれます。つまり、iDeCoを60歳で受け取り、65歳で会社の退職金を受け取るといったケースでは、これまで満額使えた控除が、重複部分に対して調整されるようになります。
たとえば、60歳で12年分のiDeCo一時金を受給し、65歳で退職金を受け取ると、重複する12年分の控除額(例:20年超であれば70万円×12年=840万円)が退職金側から差し引かれ、課税対象額が増加します。この点は、従来の退職金戦略を見直すきっかけとなる重要な変更です。
退職金は一時金と年金どちらで受け取ると節税になる?
退職金の受け取り方法には「一時金」と「年金(分割)」があります。どちらを選ぶかによって税負担が大きく異なるため、節税を考える上では慎重な判断が求められます。
一時金での受け取りは最大限の税優遇を受けられる
退職金を「一時金」として一括で受け取る場合、最も大きな税制優遇を受けられるのが特長です。この方式では、退職金は「退職所得」として扱われ、退職所得控除額を差し引いた残額の1/2のみが課税対象となります。たとえば、勤続30年で退職金1,800万円を受け取る場合、控除額1,500万円が適用されると、残額300万円のうち150万円にのみ課税されます。
この「1/2課税」に加え、退職所得は他の所得とは別に扱われる「分離課税」となり、他の所得税率に影響を与えません。さらに、一時金で受け取った退職金は国民健康保険料・介護保険料などの社会保険料の算定対象外とされるため、翌年以降の保険料増加も抑制できます。
これらの点から、税金・保険料ともに負担が最も軽くなる方法が一時金での受け取りであり、特段の理由がない限り、節税を重視するなら一時金受け取りが基本方針になります。
年金形式で受け取ると総合課税で負担が増える可能性がある
退職金の一部または全部を「年金形式(分割)」で受け取る場合、税制面での優遇は一時金よりも小さくなります。この方法では退職金は「雑所得」として扱われ、他の収入(給与・公的年金等)と合算して総合課税の対象になります。たとえ年金収入に対して「公的年金等控除」が適用されても、一時金のような「1/2課税」や高額な非課税枠は使えません。
さらに、年金形式での受け取りは所得として毎年の保険料計算にも反映されるため、国民健康保険料や介護保険料が上昇する要因にもなります。これにより、長期間にわたって税・保険料の両面で負担が積み重なり、結果として一時金で受け取るよりも数百万円単位で手取りが減るケースもあります。
ただし、年金形式には「定期的な収入が確保される」「長生きすれば受取額が増える」といった安定性のメリットもあります。したがって、税金だけでなくライフプラン全体から受け取り方を検討することが重要です。
一時金と年金の併用で税控除を最大限に活かす方法もある
退職金制度によっては、「一時金+年金」の併用が可能な場合があります。この場合、まず退職所得控除の枠内に収まる金額を一時金で受け取り、その超過分を年金形式で受け取ることで、双方の控除制度を活用できる方法です。
一時金で受け取る部分は非課税または1/2課税の対象となり、年金部分については毎年の「公的年金等控除」が適用されます。この組み合わせにより、一度に全額を年金として受け取るよりも税負担が軽くなる可能性があります。
もっとも、この方法でも「全額を一時金で受け取る」ケースと比較すると、手取りが若干劣ることが多いため、節税効果を高めるには「控除枠内まで一時金に集中させる」選択が合理的です。ただし、併用の可否は企業の退職金制度によって異なるため、制度内容の確認と試算が必要です。
2025年税制改正で退職金の節税策はどう変わる?
令和7年度(2025年度)の税制改正では、退職金を受け取る際の節税方法に大きく影響する制度変更が行われました。改正内容と影響を整理します。
「10年ルール」の導入で退職所得控除の適用に制限がかかる
これまでの制度では、確定拠出年金(iDeCoや企業型DC)の一時金と会社の退職金を5年以上の間隔を空けて受け取れば、両方で退職所得控除を満額適用できる(5年ルール)とされていました。しかし、2025年の税制改正によりこの期間が「前年以前9年以内」=実質的に10年以内に拡大され、「10年ルール」へと変更されます。
60歳でDC一時金を受け取り、65歳で会社の退職金を受け取る場合、従来であれば両者の勤続期間が重複していてもそれぞれで控除を使えました。しかし新制度では、9年以内の受給歴があると控除が重複分調整され、後の退職金から控除が差し引かれることになります。
この新ルールは、2026年1月1日以降に退職手当等を受け取る場合に適用されます。したがって、退職金とDC一時金をそれぞれいつ受け取るかを、10年以上離す必要があるというのが今後の前提となります。これは、老後の資金計画や退職タイミングにおいて現実的に厳しい制限となる可能性があり、実質的な優遇縮小に等しい影響を持ちます。
対応策は退職・DC受給タイミングの見直しがポイント
新しい10年ルールのもとでは、退職金とDCの一時金の間隔を10年空ける必要があるため、次のような対策が考えられます。
- 会社の退職金の支給を繰下げ(例:70歳以降に延長勤務)
- DC一時金の受給を前倒しする
- DCを分割受取に切り替えて「一時金」扱いを回避する
- DC受給資金を新NISAなどの非課税制度で再運用して増税分を補う
ただし、いずれも勤務条件や受給可能年齢による制約があるため、事前の資金シミュレーションと制度理解が不可欠です。
今後は「受け取り時期の戦略」が節税の要
今回の税制改正により、これまで活用されていた退職金・確定拠出年金の受け取りによる節税策には明確な制限が設けられました。今後は「受け取るタイミング」の選定が節税効果に直結します。
退職金制度全体として優遇幅が徐々に縮小傾向にあることは否めません。早めの情報収集とライフプランに基づく受給戦略が、ますます重要になっていくといえるでしょう。
退職金の受取後にかかる社会保険料・住民税の影響は?
退職金自体には社会保険料はかからないものの、その受取方法や退職後の収入状況によって、翌年以降の住民税や国民健康保険料が大きく増加する場合があります。退職後に年金形式で受け取る場合や、再就職・アルバイトをする場合は注意が必要です。ここでは、退職金受取後の負担増リスクと対策について解説します。
一時金受取なら保険料への影響は小さい
退職金を一時金として受け取った場合、その金額は「退職所得」として特別な課税扱いを受けます。退職所得は国民健康保険料・介護保険料の所得算定に含まれないため、翌年度以降の保険料には基本的に反映されません。
たとえば、退職金2,000万円を一括受取しても、税制上は1/2課税+退職所得控除が適用されるだけであり、住民税や保険料には大きく影響しないというのが制度上のメリットです。退職所得は分離課税の対象であるため、他の所得とも切り離されて計算されます。結果として、保険料の急増リスクが抑えられ、手取りが安定しやすい方法といえます。
年金受取や再就職後は住民税・保険料が増える可能性がある
退職金を年金形式で分割受取する場合は、その年の雑所得として総合課税の対象になります。この雑所得は国民健康保険料の計算に含まれるため、毎年の保険料が上昇する要因になります。
たとえば、年金形式で年間300万円ずつ受け取る場合、それが継続的な所得とみなされ、翌年以降の国民健康保険料や住民税が高額になることがあります。また、退職後にパートやアルバイトで収入があると、さらに加算され、想定以上の負担増となるケースもあります。
また、住民税は前年の所得に基づいて翌年度に課税されるため、退職した翌年に一気に税・保険料が跳ね上がることがある点も見落とせません。
対策として有効なのは受取時期と金額のコントロール
こうした負担増を避けるための基本的な対策は、以下の2点です。
- 可能な限り一時金で受け取る
保険料算定から退職金を除外できる。 - 所得の分散や受取タイミングの調整
年金形式にする場合でも、年度をまたぐ受取や低額分割によって課税圧縮が可能。
また、退職年の年内に医療費控除や寄附金控除(ふるさと納税)を活用することで、住民税負担を軽減する手法もあります。退職後に再就職する予定がある場合は、年収を130万円未満に抑えて扶養に入るなど、保険料対策を兼ねた働き方の設計も検討するとよいでしょう。
なお、扶養に入るための年収基準は一般的に130万円未満とされますが、健保組合や制度によっては106万円や150万円など別の基準が適用される場合もありますので確認してください。
退職金の節税には制度理解と受け取り戦略が不可欠
退職金は、退職所得控除や1/2課税、分離課税などによって他の所得より有利な税制が適用されますが、受け取り方法や時期によっては課税対象が大きく変わります。2025年度の税制改正により、控除の重複を避けるための「10年ルール」も導入され、今後はiDeCoや企業型DCと退職金の受給タイミングが節税のポイントになります。制度の仕組みを正しく理解し、自分に合った受け取り方を計画的に選んで、手取りを最大化しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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