• 作成日 : 2025年7月3日

訪問介護を開業するには?必要な要件や手続きの流れを解説

日本の急速な高齢化に伴い、住み慣れた自宅での生活継続を支援する「訪問介護(ホームヘルプサービス)」の需要はますます高まっています。利用者の方々の尊厳を守り、質の高いケアを提供することで、地域社会に貢献できる訪問介護事業は、非常にやりがいのある仕事です。

この記事では、その概要から、指定を受けるための具体的な要件、必要な資金、開業までの流れ、メリット・デメリット、そして成功のための注意点まで解説します。

訪問介護とは?

訪問介護は、介護保険法に基づく居宅サービスの一つです。要介護認定を受けた利用者(主に高齢者)の自宅を訪問介護員(ホームヘルパー)が訪れ、日常生活のサポートを行います。

主なサービス内容

訪問介護のサービスは、大きく以下の二つに分類されます。

身体介護

利用者の身体に直接触れて行う介助。

食事介助、入浴介助(清拭含む)、排泄介助(おむつ交換含む)、体位変換、移乗・移動介助、着替えの介助、服薬介助など。

生活援助

利用者の日常生活を援助するサービス。

調理、掃除、洗濯、買い物代行、薬の受け取りなど。

注意点

訪問介護は、利用者が自立した日常生活を送るために必要な支援を提供するものです。そのため、利用者本人以外のための家事、日常的な家事の範囲を超える行為(大掃除、庭の手入れなど)、医療行為などはサービスの対象外となります。

対象者

主に、市区町村から要介護1~5の認定を受けた方が対象となります。(要支援1・2の方は、市町村が実施する「介護予防・日常生活支援総合事業」の対象となる場合があります。)

訪問介護事業所の「指定」を受けるための要件

訪問介護事業を開始し、介護保険からの給付(介護報酬)を受けるためには、事業所所在地を管轄する都道府県知事または指定都市の市長から「指定事業者」としての指定を受ける必要があります。指定を受けるためには、以下の基準(指定基準)を全て満たさなければなりません。

1. 法人格

訪問介護の指定を受けるためには、原則として法人である必要があります。

  • 株式会社、合同会社、NPO法人、社会福祉法人、医療法人などが該当します。
  • 個人事業主では、基本的に指定を受けることはできません。まず法人を設立することが第一歩となります。

2. 人員基準

定められた職種の有資格者を、必要な人数で配置する必要があります。

管理者

  • 原則として常勤専従(※兼務可能な場合あり)。
  • 特別な資格要件は定められていないことが多いですが、事業所全体の管理能力が求められます。

サービス提供責任者

非常に重要な役職です。利用者の状況把握、訪問介護計画の作成、ヘルパーへの指示・指導、関係機関との連携などを担います。

  • 資格要件: 介護福祉士、または実務者研修修了者+一定の実務経験など、定められた資格が必要です。
  • 配置基準: 利用者の数に応じて、常勤で一定数以上の配置が義務付けられています(例: 利用者40人までごとに1人以上)。

訪問介護員

  • 資格要件: 介護福祉士、実務者研修修了者、介護職員初任者研修修了者(旧ヘルパー2級等)等の資格が必要です。
  • 配置基準: 常勤換算で2.5人以上(サービス提供責任者を含む)の配置が必要です。

これらの人員基準は、指定申請時だけでなく、事業継続中も常に満たしている必要があります。

3. 設備基準

事業運営に必要な設備や備品を整える必要があります。

事務室

事務作業を行うスペース。利用者情報や書類を安全に保管できる書庫(鍵付き)等が必要です。

相談室

利用者やその家族との面談時にプライバシーが確保できる空間(事務室とパーテーション等で区切るなど)が必要です。

衛生設備

手指消毒用の設備(洗面台、消毒液など)、感染症対策に必要な備品(マスク、手袋など)を整備・保管するスペースが必要です。

その他の設備

電話、トイレ等

自宅の一部を事務所とすることも可能ですが、事務室と生活スペースが明確に区分され、上記の設備基準を満たす必要があります。

4. 運営基準

適切な事業運営を行うためのルール(運営基準)を設け、守る必要があります。

  • 利用申込時の説明・同意、契約締結
  • サービス提供に関する具体的な計画(訪問介護計画)の作成・説明・同意
  • サービス提供記録の作成・保管
  • 従業者の研修実施
  • 緊急時対応マニュアル、事故処理対応マニュアルの整備、連携体制
  • 苦情処理体制の整備
  • 秘密保持、個人情報保護に関する規定
  • 衛生管理体制 (感染症予防方針等)など

これらの基準は、運営規程(事業所のルールブック)として文書化し、それに沿った運営を行うことが求められます。

訪問介護事業所開業に必要な資金

訪問介護事業所の開業には、まとまった資金が必要です。

主な初期投資

  • 法人設立費用: 定款認証、登記費用など(株式会社で25万円程度~)。
  • 物件取得費: 事務所の敷金、礼金、保証金、仲介手数料など。
  • 内装・設備費: 事務室・相談室の整備、電話・FAX・PC・プリンター・鍵付き書庫・机・椅子などの購入費。介護報酬請求や記録管理のための介護ソフトや業務システムの導入費用。
  • 車両費(必要な場合): ヘルパーの移動用車両の購入費やリース費用。
  • 採用・研修費: 求人広告費、従業員の研修費用。
  • 指定申請関連費用: 申請手数料(自治体による)、専門家(行政書士など)への依頼費用。
  • 各種保険料(初回分): 損害賠償責任保険など。
  • その他:洗面台や手洗い場の整備費など。

初期投資の目安: 事務所の規模や形態にもよりますが、一般的に数百万円程度は見込んでおく必要があるでしょう。

主な運転資金

開業後、介護報酬が入金されるまでには通常2ヶ月程度のタイムラグがあります。その間の運転資金を確保しておくことが極めて重要です。

  • 人件費: 給与、社会保険料(法人負担分)。最も大きな割合を占めます。
  • 家賃: 事務所の賃料。
  • 水道光熱費通信費
  • 消耗品費: 事務用品、衛生用品(マスク、手袋、消毒液など)。
  • 車両維持費(必要な場合): ガソリン代、駐車場代、保険料、メンテナンス費。
  • その他: 研修費、交通費広告宣伝費など。

運転資金の目安: 最低でも3ヶ月分、できれば半年分程度の運転資金を準備しておくことが望ましいです。

資金調達方法

  • 自己資金
    まずは自己資金を準備します。
  • 融資
    日本政策金融公庫の創業融資、民間金融機関(銀行・信用金庫)からの融資等の利用。事業計画書が重要になります。
  • 補助金・助成金
    国や地方自治体が提供する、介護分野や雇用関連の補助金・助成金が利用できる場合があります。情報収集が鍵です。

訪問介護事業所を開業する流れ

開業までの大まかな流れは以下の通りです。各ステップを計画的に進める必要があります。

  1. 法人設立
    事業主体となる法人を設立します(株式会社、合同会社、NPO法人など)。
  2. 事業計画策定と資金調達
    事業内容やサービス提供エリアを明確にした上、詳細な事業計画を作成し、必要な資金を確保します。
  3. 物件確保と環境整備
    自治体によって基準や必要書類が異なるため、必ず最新の指定基準を事前に確認し、指定基準を満たす事務所物件を探し、契約します。内装や設備を整えます。
  4. 人材採用と研修
    管理者、サービス提供責任者、訪問介護員を採用し、必要な研修を実施します。人員基準を満たすことが最優先です。また、労働保険・社会保険の加入、給与計算体制の整備も開業前がよいでしょう。
  5. 指定申請書類の作成・提出
    都道府県または指定都市の担当窓口(介護保険課など)に事前相談の上、指定のための各種申請書類を作成し、提出します。申請時期(受付期間)が定められていることが多いため、注意が必要です。
  6. 自治体による審査・実地調査
    提出書類の審査と、事務所での実地調査(人員・設備・運営体制の確認)が行われます。
  7. 指定通知書の受領
    審査・調査で基準を満たしていると判断されれば、「指定通知書」が交付されます。これで介護保険サービスを提供できるようになります。
  8. 事業開始
    国保連(国民健康保険団体連合会)への請求準備などを行い、利用者との契約、サービス提供を開始します。

ポイント: 指定申請は非常に専門的で複雑なため、介護事業専門の行政書士などの専門家にサポートを依頼することも有効な選択肢です。

訪問介護事業所の開業に必要な書類

指定申請には、非常に多くの書類が必要です。ここでは主なものを挙げますが、必ず申請先の自治体の手引き等で詳細を確認し、最新の書類を提出してください。

  • 指定(許可)申請書
  • 付表(訪問介護事業所の指定に係る記載事項)
  • 申請者の定款または寄付行為、登記簿謄本(履歴事項全部証明書)
  • 従業者の勤務体制及び勤務形態一覧表(職種、常勤/非常勤、保有資格、勤務時間などを記載)
  • 管理者、サービス提供責任者、訪問介護員の資格証の写し
  • 組織体制図
  • サービス提供責任者の経歴書
  • 事務所の平面図、外観・内部の写真
  • 事務所の賃貸借契約書の写し(自己所有の場合は不要)
  • 運営規程(事業の目的、運営方針、営業時間、利用料、虐待防止措置、秘密保持などを規定)
  • 利用者からの苦情を処理するために講ずる措置の概要
  • 資産状況がわかる書類(決算書資本金を確認できる書類など)
  • 損害賠償責任保険の証書の写し
  • 介護給付費算定に係る体制等に関する届出書
  • 役員等名簿
  • 欠格事由に該当しない旨の誓約書

これらの書類を、不備なく正確に作成・提出することが求められます。

訪問介護事業所を開業するメリット・デメリット

訪問介護事業の開業には、以下のようなメリット・デメリットが考えられます。

メリット

  • 高い社会的貢献度
    高齢者やその家族の在宅生活を直接支え、地域福祉に貢献できる。
  • 市場の成長性
    高齢化により、訪問介護サービスの需要は今後も増加が見込まれる。
  • 比較的少ない設備投資
    入所施設などに比べ、初期の設備投資額を抑えられる可能性がある。
  • 利用者との深い関係構築
    利用者や家族と密接に関わり、信頼関係を築ける。
  • 安定収入の可能性
    介護保険制度に基づく事業のため、適切に運営すれば比較的安定した収入が見込める(ただし、報酬改定の影響あり)。
  • 事業拡大の柔軟性・多角化が容易
    利用者数や人員数に合わせて無理なく事業拡大が可能。

デメリット

  • 規制が多く手続きが複雑
    指定基準の遵守、指定申請、各種届出、実地指導(監査)対応など、法令遵守の負担が大きい。
  • 人材確保・定着の困難さ
    介護業界全体の人手不足は深刻であり、有資格者の採用・定着が大きな課題。
  • 人件費の負担が大きい
    労働集約型のサービスであり、売上に対する人件費の割合が高い。
  • 労務管理の複雑さ
    ヘルパーのシフト管理、移動時間、緊急時対応など、労務管理が煩雑。
  • 収益性の課題
    介護報酬単価が定められており、利益率を上げにくい構造。報酬改定による影響も受ける。また、開業初期における資金繰りリスクや法改正や報酬改定による経営への影響が考えられる。
  • 精神的な負担
    利用者の状態変化への対応、クレーム対応、緊急時対応など、精神的な負担を感じる場面もある。

訪問介護事業所を開業・運営する上での注意点

訪問介護事業を成功させ、継続していくためには、以下の点に特に留意する必要があります。

1. 法令遵守(コンプライアンス)の徹底

指定基準(人員・設備・運営)を常に満たし続けることが大前提です。介護保険法や関連法規の改正情報を常に把握し、適切に対応する必要があります。不正請求などは絶対に許されません。サービス開始前の重要事項説明・同意取得等を徹底して行い、定期的な実地指導(監査)にも誠実に対応しましょう。

2. 人材確保と定着への最優先の取り組み

事業の質は「人」で決まります。魅力ある労働条件(給与、福利厚生、休暇)、働きがいのある職場環境、キャリアアップ支援、丁寧な研修制度などを整備し、人材の採用と定着に全力を注ぐ必要があります。

3. 質の高いサービス提供と利用者満足度の追求

マニュアル通りのケアだけでなく、利用者一人ひとりの意向や尊厳を尊重した個別性のあるケアプランを作成し、質の高いサービスを提供することが重要です。利用者や家族とのコミュニケーションを密にし、満足度向上に努めましょう。

4. 多職種・他機関との連携強化

ケアマネジャー、医師、看護師、地域の他の介護サービス事業所などとの円滑な連携体制を構築することが、利用者に適切なサービスを提供するために不可欠です。

5. 健全な財務管理と経営感覚

介護報酬の請求事務を正確に行い、収入と支出を適切に管理し、健全な財務状況を維持することが重要です。コスト意識を持ちつつ、必要な投資(人材育成、ICT化など)を行う経営感覚が求められます。特に開業初期の運転資金不足に注意が必要です。

6. リスク管理体制の構築

利用者の急変、事故、感染症、自然災害など、様々なリスクに備えたマニュアルを整備し、従業員に周知徹底するとともに、必要な訓練を実施します。損害賠償責任保険への加入も必須です。

必要要件を元に訪問介護事業所の開業を成功させよう

訪問介護事業の開業は、社会貢献への高い志を実現できる、大きな可能性を秘めた挑戦です。しかし、その道のりは決して平坦ではなく、介護保険制度下の厳格なルールを遵守し、質の高いサービスを提供し続けるための努力、そして何よりも「人」を大切にする姿勢が求められます。

綿密な事業計画、法令・基準の深い理解、安定した経営基盤の構築、そして共に働く仲間との協力体制。これらを着実に準備・実行していくことで、地域に必要とされ、利用者や家族から信頼される訪問介護事業所を築けるでしょう。


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