• 作成日 : 2025年7月24日

創業融資を成功させる役員報酬の決め方は?金額や審査のポイント、届出の流れも解説

創業融資の審査において、役員報酬の設定は非常に重要な要素です。単に経営者の生活費を決めるというだけでなく、融資の可否、借入可能額、さらには設立後のキャッシュフロー、税負担、そして経営者自身の生活設計にまで影響を及ぼします。

本記事では、創業融資と役員報酬の複雑な関係性を解き明かし、融資審査で評価される適切な設定方法、知っておくべき税務上のルール、そして融資実行後の注意点まで分かりやすく解説します。

創業融資と役員報酬の関係

まず、創業融資と役員報酬の基本的な定義と、両者がなぜ密接に関わっているのかを理解しましょう。

そもそも創業融資とは

創業融資とは、新たに事業を始める起業時や事業開始後間もない時期に、事業の立ち上げや運転に必要な資金を金融機関から借り入れることです。主なものとして、日本政策金融公庫の創業融資や、地方自治体・金融機関・信用保証協会が連携して提供する制度融資があります。

これらの融資は、実績の乏しい創業者にとって、事業を軌道に乗せるための貴重な資金源となります。融資を受けるためには、しっかりとした事業計画書や資金計画書の提出が求められ、その内容が審査の重要なポイントとなります。

役員報酬とは

役員報酬とは、取締役、監査役、執行役といった会社の役員に対して、その職務執行の対価として支払われる報酬のことです。従業員へ支払う給与とは異なり、税務上の取り扱いに厳格なルールが定められている点が大きな特徴です。

具体的には、以下の3つのいずれかに該当しないと、原則として損金(経費)として認められません。

  1. 定期同額給与:毎月決まった時期に、同額を支給する給与
  2. 事前確定届出給与:所定の時期に確定額を支給する旨を事前に税務署へ届け出た給与
  3. 業績連動給与:利益の状況を示す指標を基礎として算定される給与

創業期の会社では、主に「定期同額給与」の形式で役員報酬を設定することになります。

役員報酬が創業融資に関係する理由

創業融資の審査では、提出された事業計画の実現可能性や、借りた資金をきちんと返済できる能力があるか(返済能力)が厳しくチェックされます。役員報酬は、以下の2つの側面から融資審査に大きな影響を与えます。

  • 経営者の生活費:役員報酬は経営者自身の生活を支える源泉です。
  • 会社の経費(損金):税務上、役員報酬は会社の経費として計上されます。

役員報酬が高すぎれば、会社の利益を圧迫し返済能力を疑われる可能性があります。逆に低すぎれば、経営者の生活が成り立たないと判断されたり、事業へのコミットメントを疑われたりする可能性も否定できません。このため、役員報酬の金額は、事業計画における収支計画や資金繰り計画を大きく左右します。

創業融資を成功させる役員報酬の決め方

創業融資の審査では、役員報酬が事業計画全体の整合性と照らし合わせて、妥当な水準かどうかが重視されます。具体的には、以下の点がチェックされます。

  • 売上計画・利益計画とのバランス:売上や利益の見込みに対して、役員報酬が高すぎないか
  • 経営者の生活の持続可能性:経営者の生活が困窮するほど低すぎないか
  • 事業への影響:役員報酬が会社のキャッシュフローを圧迫していないか

創業初期は売上が不安定なことが多いため、役員報酬をあえて低めに設定し、事業が軌道に乗ってから増額する計画を示すことも、堅実な経営姿勢として評価される場合があります。創業者の生活費をきちんと考慮しつつ、事業の持続可能性を示すバランス感覚が求められます。

役員報酬の適切な金額

役員報酬の適切な金額に絶対的な正解はありませんが、いくつかの目安があります。

  • 創業者の最低限の生活費を賄える額であること
  • 同業種・同規模の企業の役員報酬水準を参考にすること
  • 事業計画における収支計画と整合性が取れていること

創業当初は、利益が十分に確保できないことを見越して、役員報酬を低めに設定し、融資返済や事業投資に資金を優先的に回す姿勢が評価される傾向にあります。あまりに低すぎると、経営者のモチベーション維持や生活の安定性に懸念が生じるため、バランスが重要です。

生活費と役員報酬のバランス

創業者の生活費は、役員報酬を設定する上での重要な基準の一つです。まずは、ご自身の毎月の最低限必要な生活費を正確に把握しましょう。その上で、事業計画上の利益見込みと照らし合わせ、無理のない範囲で役員報酬額を検討します。

創業初期は自己資金で生活費を補填することも視野に入れ、役員報酬を低めに設定する創業者も少なくありません。ただし、融資審査では経営者の生活基盤の安定性も考慮されるため、極端に低い設定は避けるべきです。

役員報酬の損金算入ルール

役員報酬は、税務上、損金(経費)として認められるためのルールが厳格に定められています。代表的なものが「定期同額給与」で、これは毎月一定の時期に同額を支給するものです。事業年度開始から3ヶ月以内に金額を決定し、原則としてその事業年度中は変更できません。

この規定に違反すると、損金算入が認められず、結果として法人税の負担が増えるおそれがあります。創業融資を検討する際には、融資実行後の資金繰りだけでなく、この税務ルールも考慮して役員報酬額と支給方法を決定する必要があります。

創業融資の種類別|役員報酬の設定ポイントと注意点

創業融資の種類によって、審査のポイントや役員報酬に対する考え方が若干異なる場合もあります。ここでは、主要な創業融資の種類別に、役員報酬をどのように考え、事業計画に落とし込んでいくべきかを解説します。

日本政策金融公庫の創業融資

日本政策金融公庫の「新規開業資金」(※以前の「新創業融資制度」の内容を引き継ぎ拡充された制度)や「中小企業経営力強化資金」といった融資制度は、多くの創業者にとって主要な資金調達の選択肢です。

日本政策金融公庫の審査では、事業の将来性や計画の妥当性が重視され、役員報酬はその計画の一部として評価されます。特に、創業計画書における収支見通しの中で、役員報酬が経費として現実的な範囲に収まっているか、そして創業者の生活費とのバランスが考慮されているかがチェックされます。無理のない返済計画を立てるためにも、役員報酬は慎重に設定する必要があります。

地方自治体・金融機関・信用保証協会の制度融資

制度融資は、地方自治体、金融機関、信用保証協会が連携して提供する融資制度です。多くの場合、信用保証協会の保証が付くため、金融機関からの融資が受けやすくなるメリットがあります。審査は金融機関と信用保証協会の双方で行われます。

役員報酬については、日本政策金融公庫と同様に、事業計画との整合性や経営者の生活費が考慮されます。特に信用保証協会は、貸し倒れリスクを避ける観点から、企業の財務状況や返済能力を厳しく見る傾向があるため、堅実な役員報酬設定が求められるでしょう。

役員報酬の決定から届出までのステップ

役員報酬を決定するプロセスは、単に金額を決めるだけでなく、事業計画全体との整合性や将来の見通し、さらには法的な手続きまで含みます。ここでは、創業融資を視野に入れた役員報酬決定の具体的なステップと、その際に注意すべき点を解説します。

事業計画書への記載

事業計画書は、創業融資の審査において最も重要な書類の一つです。役員報酬については、収支計画(損益計算書の見込み)の「販売費及び一般管理費」の内訳として「役員報酬」の項目を設けて明記します。

単に金額を記載するだけでなく、以下の点を補足説明として加えると、審査担当者の理解を助け、計画の妥当性をアピールできます。

  • その金額に至った根拠
  • 創業者の生活費との関連性
  • 今後の増減額の見通し

特に創業初期は、役員報酬を低めに設定し、事業が成長した段階で引き上げる計画を示すことも有効です。

会社設立から役員報酬決定までの流れ

  1. 定款作成・認証(株式会社の場合)
  2. 資本金の払込
  3. 会社設立登記申請
  4. 税務署等への各種届出
  5. 株主総会(社員総会)の開催・役員報酬の決議
  6. 議事録の作成・保存

創業融資の申し込みタイミングと法人設立のタイミングを考慮し、適切な時期に役員報酬を決定・手続きすることが重要です。

事前確定届出給与や年払いの活用

役員に対して賞与(ボーナス)や一時金を支給したい場合は、「事前確定届出給与」の手続きが必要です。これは、支給時期と支給額を事前に株主総会等で定め、その内容を税務署長へ「事前確定届出給与に関する届出書」を提出することで、その賞与を損金として認めてもらう制度です。届出には期限(通常は株主総会決議から1ヶ月以内か、会計期間開始の日から4ヶ月を経過する日のいずれか早い日)があるので注意が必要です。なお、新規設立した会社の場合は、設立日から2ヶ月以内に提出する必要があります。

役員報酬の年払いという考え方もありますが、これは実質的に事前確定届出給与の仕組みを利用することになります。毎月の定期同額給与をゼロまたは低額にしておき、年に1回または数回、事前に届け出た金額を支給するという方法です。ただし、資金繰りの観点や、定期的な収入がないことによる経営者の生活の不安定さから、創業初期にはあまり一般的ではありません。

創業融資を実行した後の役員報酬の取り扱い

無事に創業融資が実行された後も、役員報酬に関する検討は終わりではありません。事業の進捗や業績の変化に応じて、役員報酬の見直しが必要になる場面も出てきます。しかし、役員報酬の変更には税務上のルールがあり、タイミングや手続きを誤ると予期せぬ税負担増につながる可能性もあります。

融資実行後に役員報酬を変更する場合

役員報酬(定期同額給与)を事業年度の期中に変更する場合、原則として事業年度の期首から3ヶ月以内であれば変更できます。

ただし、それ以上の場合、その変更部分(増額分など)は損金として認められません。つまり、変更前の金額までしか経費にできず、増額した分は経費として認められないため、法人税の負担が増えてしまいます。

安易な期中変更は避け、税理士に相談の上、慎重に判断しましょう。

業績に応じた役員報酬の見直し

事業が軌道に乗り、当初の計画以上に業績が好調な場合は、次期事業年度から役員報酬の増額を検討できます。

役員報酬を上げるメリットとしては、経営者のモチベーション向上、生活水準の向上、個人の信用力向上などが挙げられます。ただし、税金や社会保険料の負担増というデメリットも考慮し、資金繰りとのバランスを見極める必要があります。逆に業績不調時は、融資返済を優先し、役員報酬の減額も視野に入れなければなりません。

役員報酬と創業融資に関してよくある質問

創業融資と役員報酬に関しては、多くの経営者が様々な疑問を抱えています。ここでは、特によく寄せられる質問とその回答をまとめました。

創業当初、役員報酬はゼロでも問題ない?

問題ありません。特に創業初期で十分な収益が見込めない場合や、経営者が自己資金で生活費を賄える場合は現実的な選択肢です。ただし、融資審査では、経営者の生活基盤が不安定と見なされたり、事業へのコミットメントを疑われたりする可能性も考慮すべきです。また、社会保険の加入義務が原則として生じる点も注意が必要です。税務署から直接的な指摘が入ることは稀ですが、事業計画でその理由を明確に説明することが重要です。

融資審査で有利になる役員報酬の相場は?

明確な基準はありませんが、創業初期の利益が少ない段階では、月額20万円〜30万円程度に設定するケースが比較的多く見られます。金額が妥当かどうかは、事業規模、業種、地域、経営者の生活費、そして事業計画との整合性によって判断されます。この金額であれば社会保険料負担や個人の税負担も比較的抑えられますが、あくまで生活費を賄える範囲での最低限という見方もできます。重要なのは、金額そのものより、その設定に至った根拠と事業計画との一貫性を説明できることです。

役員報酬の支払いを遅らせることは可能?

役員報酬(定期同額給与)は、原則として毎月決まった時期に支払う必要があります。支払いを遅らせる状態が続くと、税務上、その未払分が「役員貸付金」として扱われたり、場合によっては定期同額給与の要件を満たさないと判断されたりするリスクがあります。また、資金繰りが厳しいことの現れと見なされ、今後の融資審査でマイナス評価を受ける可能性も考えられます。どうしても支払いが遅れる場合は、その理由と解消の見込みを明確にしておく必要がありますが、基本的には避けるべきです。

戦略的な役員報酬の設定で、創業融資を成功さましょう

創業融資の獲得と事業の持続的成長を目指す上で、役員報酬の戦略的な設定は避けて通れない経営課題です。単に経営者の生活費を確保するだけでなく、融資審査における事業の信頼性を示し、税務上の最適化を図るための重要な鍵となります。慎重かつ戦略的に役員報酬を決定することが、円滑な資金調達を実現し、会社を成長軌道に乗せるための確かな一歩となるでしょう。本記事が、その一助となる具体的な指針となれば幸いです。


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