- 作成日 : 2025年5月1日
経営の責任は誰が負う?取締役の責任範囲や責任の取り方を解説
経営における責任を負うのは、原則として会社の取締役(役員等)です。本記事では会社法に基づき、経営判断や業務執行によって損害が生じた際に発生する法的責任の範囲や、個人事業主との違い、損害賠償請求の可否について詳しく解説します。
目次
法人の経営に損害が生じたら責任は誰が負う?
法人の経営における責任は、主として会社法によって定められています。会社という法人形態は、個人事業主とは異なり独立した法人格を有する点が特徴です。通常、法人の行為によって生じた損害は会社自体が負うものですが、役員が任務を怠ったと認められる場合には、その役員が個人として責任を追及されることがあります。
以下では、法人と個人事業主の責任範囲の違い、そして会社法において役員がどのような場合に責任を負うのかを解説します。
会社法により取締役(役員等)が責任を負う
会社法では、取締役・会計参与・監査役・執行役・会計監査人などの役員等が、その職務の執行において任務懈怠があった場合や、悪意・重大な過失により損害を生じさせた場合に責任を負うと定めています(会社法423条1項、429条1項)。
つまり、会社を代表・管理・監督する立場にある者は、自らの業務に対し善管注意義務や忠実義務を負い、それを怠ったときは会社や第三者に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
法人と個人事業主の責任範囲の違い
法人(株式会社や合同会社など)は有限責任を原則としており、株主や出資者は出資額を限度としてのみ責任を負います。仮に会社が大きな債務を負ったとしても、原則として株主が個人財産ですべてを弁済しなければならないわけではありません。
これに対し、個人事業主は無限責任を負うため、事業の損失や負債はすべて個人の財産で負担しなければなりません。ただし、中小企業において金融機関から融資を受ける際、代表取締役などが個人保証や連帯保証を求められるケースは一般的といえます。
そうした場合、会社としては有限責任であっても、保証人としては無限責任を負うリスクが生じます。現実には、法人形態であっても中小企業では経営者個人が資金調達の責任を負う場面が多いということになるでしょう。
取締役が負う責任
取締役は、会社の業務を実質的に指揮・監督する重要な役割を担っており、その分大きな権限を与えられています。権限の大きさに見合った責任として、取締役は会社に対する責任と第三者に対する責任の両方を負う可能性があります。以下で、それぞれの責任について具体的に見ていきましょう。
会社に対する責任
取締役は、会社に対して善管注意義務および忠実義務を負っています。これは、法律・定款や株主総会決議に従い、会社の利益のために最善の努力をする責任を意味します。会社法423条1項は、取締役が職務執行において任務を怠り、会社に損害を与えた場合、損害賠償責任を負う旨を定めています。
- 任務懈怠:善管注意義務や忠実義務を怠った場合、法令違反をした場合など
- 利益相反取引:取締役と会社の利益が相反する取引を行った場合
- 競業取引:株主総会(または取締役会)の承認を得ずに競業取引を行った場合
- 株主権の行使に関する利益供与:株主の権利行使に関して財産上の利益を供与した場合
- 違法な剰余金の配当:分配可能額を超えて剰余金分配を行った場合
任務懈怠責任が認められるためには、任務懈怠、帰責事由(故意・過失)、損害の発生とその額、因果関係の各要件を充足する必要があります。特に利益相反取引を行った場合は、取締役の任務懈怠が推定され、会社による承認があった場合でも責任を負うことがある点に注意しましょう。また、競業取引を行った場合、取締役が得た利益の額は会社に生じた損害の額と推定されます。
第三者に対する責任
取締役が会社外の第三者に対して損害を与えた場合についても、会社法429条1項に基づき賠償責任が発生する可能性があります。ただし、取締役の個人責任が認められるハードルは高く、以下のような悪意または重大な過失が求められる点に注意が必要です。
- 任務懈怠:取締役としての任務を怠ったこと
- 悪意または重大な過失:取締役が悪意や重大な過失で第三者に損害を与えた場合
- 損害の発生と因果関係:任務懈怠によって第三者に損害が生じていること
取締役は会社内部に対しても、外部の利害関係者に対しても、責任を負う可能性があるという点で、非常に重い立場にあるといえます。
取締役に責任が生じるケース
取締役に責任が生じるケースとしては、以下が挙げられます。
- 法令違反
- 不合理な経営判断や業務執行
- 他取締役の監視・監督義務違反
- 内部統制の構築義務違反
- 競業取引
- 利益相反取引
ここでは、それぞれのケースについて具体例を交えながら解説します。
法令違反
取締役は、会社法をはじめとする各種法令を遵守する義務を負います(会社法355条)。単に会社法上の義務のみならず、事業に関連する業法や消費者保護法令、財務諸表に関する規定など、あらゆる法令が遵守の対象となります。以下のような事例が典型的な例です。
食品衛生法違反
食品事業を行う会社が、認可されていない添加物を用いた製品を販売していた場合、取締役はその事実を認識していたか、または認識できる立場にあったのに十分な対策を行わなかったとすれば、任務懈怠として責任を問われる可能性があります。
損失補填の禁止規定違反
証券会社などにおいて顧客の損失を違法に補填した場合、取締役がその行為を指示または黙認していたようなケースでは、違法行為として任務懈怠責任を問われます。
法令違反は、そもそも適法性を欠いているため、経営判断原則の対象になりません。取締役としては、法令に違反しないための内部監査体制の整備やコンプライアンス教育などの措置を怠らないことが重要です。
不合理な経営判断や業務執行
取締役は経営判断において善管注意義務を負っており、不合理な経営判断や業務執行により会社に損害を与えた場合に責任が生じます。ただし、すべての経営判断が後から見て正しいとは限らないため、「経営判断原則」が適用されるのが一般的です。
経営判断原則では、当該行為のなされた当時の社会情勢や経済情勢、また本人の知見や経験を前提としての事実の認識に不注意な誤りがなかったか否か、その事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から評価されます。
例を挙げると、資産状況が危機的な会社への融資決定において、融資先の経営再建可能性や必要資金などを検討せずに融資を決定した場合には、責任が認められる可能性が否定できません。
他取締役の監視・監督義務違反
取締役は自分の業務だけでなく、他の取締役や代表取締役などが不正行為を行っていないかどうか、監視・監督する義務があります。大和銀行ニューヨーク支店損失事件の第一審判決では、ニューヨーク支店における不正取引による巨額損失が問題となり、当時の取締役らが適切に監視・監督していなかったとして任務懈怠責任を問われました。またダスキン事件でも、食品衛生法違反の事実を把握しながら適切な対応を怠った取締役全員に善管注意義務違反が認められています。
取締役としては、単に形式的に取締役会に出席して賛成・反対を表明するだけでなく、日常の業務執行や決裁プロセスを注視し、不正やリスクがあれば早期に是正策を提案・実行することが求められます。
内部統制の構築義務違反
会社法362条5項は、取締役会設置会社のうち大会社に対して、内部統制システムの構築を義務付けています。内部統制とは、会社の業務が法令や定款に適合し、適正かつ効率的に遂行されるための仕組みを指します。
- 取締役会設置情報の保存・管理体制:重要な会計資料や契約書などの文書・電子データを適切に保存する体制を整備する義務
- リスク管理体制:法令違反リスクや財務リスクなどを事前に把握し、対策を講じる体制の構築
- 職務執行の効率性確保:会社の組織体制や業務フローに無理がないかを検討し、適切な役割分担とチェック機能を整備
これらを怠り、不正や損害が発生した場合には、取締役が内部統制の構築義務を果たさなかったとして責任を問われる可能性があります。
競業取引
取締役が会社の承認を得ずに自己または第三者のために会社の事業と競合する取引を行い、会社に損害を発生させた場合には、会社に対して損害賠償責任を負います。競業取引の具体例としては、石鹸の販売を行う会社の取締役が自らの利益のために同じ用途の石鹸の販売を行う場合、などが挙げられるでしょう。
競業取引により会社に損害が生じた場合、当該取引によって取締役が得た利益の額が会社の損害額と推定されます。また、競業取引があった場合は取締役の任務懈怠が推定されるため、取締役本人に反証責任が生じるのが一般的です。
利益相反取引
取締役が自己または第三者のために会社と取引を行う場合(直接取引)や、会社が取締役の債務を保証するなど会社と取締役の利益が相反する取引(間接取引)を行う場合に、会社の承認を得ずに取引を行うと責任が生じます。
利益相反取引によって会社に損害が生じた場合、取引を行った取締役、取引を決定した取締役、取締役会の承認決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定されます。また、たとえ承認を受けて利益相反取引をした場合でも、会社に損害が生じたときは同様です。
ただし監査等委員会設置会社において監査役等委員会の承認を受けている場合はこの限りではありません。
相手の会社に財産が無い場合、取締役(役員)個人に損害賠償請求できる?
会社が倒産または財産不足により債務の履行が困難な場合、原則として法人格があるため取締役個人に対して直接損害賠償請求を行うことはできません。しかし、会社法429条1項に基づき、取締役が「職務を行うについて悪意または重大な過失」があった場合には、取締役個人に対して損害賠償請求を行うことが可能です。
裁判所は、単なる経営判断の誤りや経営不振による倒産だけでは取締役個人の責任を認めていません。これは、経営判断原則が適用されるため、通常期待される注意義務を果たしていれば責任は生じないとされるためです。
しかし以下のようなケースでは、裁判所は会社法429条1項に基づいて取締役個人の責任を認めています。
取締役(役員)に損賠賠償が認められた判例
実際に、取締役(役員)の個人責任が認められた裁判例としては、以下のようなものがあります。
株式会社の代表取締役に商法266条の3第1項前段にいう職務を行なうについて重大な過失があるとされた事例(最高裁昭和41年4月15日判決)
代表取締役が資金繰りの見込みもないのに商品を大量に仕入れ、手形を振り出して結果的に債権者に大きな損害を与えたケースです。裁判所は、取締役の重大な過失を認め、取締役個人に損害賠償責任があると判断しました。
ダスキン事件(大阪高裁平成18年6月9日判決)
食品に無認可の添加物が混入していた事実を把握しながら、適切に公表や対策を取らずに販売を継続し、関係業者に口止め料を支払って、隠蔽を図った事案です。裁判所は、取締役のコンプライアンス違反が重大であるとし、巨額の損害賠償責任を認めました。
蛇の目ミシン事件(最高裁平成18年4月10日判決)
仕手筋株主が取締役に就任し、他の取締役を脅迫して巨額の不当な金銭を取得させるなど、明らかに会社に損害を与えた事例です。最高裁は、取締役らが法令に基づく適切な対応を行わなかったとして責任を認め、取締役5人に対し支払いを命じました。
これらの判例を総合すると、これらの判例を総合すると、単なる経営失敗や予想外の不況による倒産ではなく、取締役が悪意または重大な過失をもって不正行為や違法行為を行った場合に、個人責任が追及される傾向です。
ただし単なる経営失敗というだけでは認められず、具体的な任務懈怠事実(悪意・重過失)の立証が必要であることもうかがえます。
業績悪化した場合の経営責任の取り方
業績が悪化した場合、取締役として法的責任を問われる場合もあれば、結果的に責任を問われない場合もあります。法的責任が認められないとしても、経営者が社会的・道義的な責任をどう取るかは、会社の信用や社員の士気に大きく影響します。
以下では、経営判断原則との関係を踏まえ、一般的に経営者が責任を取る方法について解説します。
経営判断原則
経営判断原則とは、取締役が行った経営判断について、事後的に結果のみを捉えてその責任を追及するのではなく、判断時点で適切な情報収集や意思決定のプロセスを経ていたかを重視する考え方です。取締役が十分な調査や専門家への相談などを行い、合理的な意思決定のプロセスを経て判断を下していれば、結果が悪化したとしても法的責任は原則として問われにくいとされています。
経営はリスクがともなうものであり、結果論で責任を問われると取締役の判断が萎縮してしまうためです。
ただし、あくまで適法性を前提としており、違法行為や利益相反取引など、会社法で明確に禁止されている行為についてはこの原則の対象外です。
一般的な責任の取り方
法的責任を負わない場合でも、業績の悪化は取締役の指揮・監督のもとで起こった事態であるため、社会通念上何らかの責任を明確にすることが一般的です。その場合、以下のような方法が考えられます。
- 辞任:経営トップが不祥事を起こした場合や、組織的な不正が発覚した場合には、辞任が一般的
- 報酬減額:業績悪化により経営状況が著しく悪化した場合、役員報酬を減額するケースもある
- 問題解決策の提示:経営者は業績悪化の原因を分析し、具体的な改善策を提示。将来的な業績回復に向けた努力を示す必要がある(報酬減額などと同時に実施されるケースが多い)
経営者が責任を取ることは、社内外の信頼を維持するために重要といえます。ただし、責任を取ることと法的責任を問われることは異なるため、経営者は法的責任を最小限に抑えつつ、社会的責任を果たすことが求められます。
経営判断原則や責任の範囲・取り方について正しい理解を
法人としての有限責任や経営判断原則が存在するとはいえ、取締役は任務懈怠や不正行為などがあれば会社および第三者に対して損害賠償責任を負う可能性がある重い立場です。
また、中小企業においては個人保証や連帯保証が求められることも多く、実質的に無限責任を負うリスクも否めません。事業を行ううえでは、責任の範囲やリスク管理の重要性を正しく理解し、適切な経営判断と社内体制の整備を行うことが不可欠といえるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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