- 作成日 : 2025年10月24日
相続税を節税できる?配偶者居住権の仕組みや使い方を解説
相続税対策として注目される「配偶者居住権」は、高齢の配偶者が自宅に住み続けながら老後資金を確保できる制度です。
本記事では、配偶者居住権の活用方法から税額シミュレーション、設定手続きや他の特例との併用可否などを解説します。
目次
配偶者居住権とは?
2020年4月の民法改正により創設された配偶者居住権は、相続時に自宅を失うリスクから配偶者を守るための新制度です。住まいを守りつつ現金資産も取得できる柔軟な相続が可能になります。
高齢の配偶者が自宅に住み続けられる法的権利
配偶者居住権とは、被相続人の死亡時にその配偶者が住んでいた家屋に対し、引き続き無償で住み続けることを法律上認める権利です。従来の制度では、自宅の取得を優先すると現金をほとんど受け取れず、老後資金に不安が残る状況がありました。また、代償金の負担により自宅を手放さざるを得ないケースも多く、高齢者の生活不安が問題となっていました。そうした背景のもと、住み慣れた自宅を維持しながら他の財産も相続できるよう、この制度が導入されました。
建物の居住権と所有権を分離する新たな相続形式
この制度では、建物に関する権利を「居住権(配偶者)」と「所有権(他の相続人)」に分けて相続します。たとえば、配偶者は建物を使用する権利だけを持ち、子などがその所有権を持つという形式です。敷地部分については、建物の使用に必要な範囲で配偶者に「敷地利用権」が認められます。また、居住権は基本的に配偶者が生存する限り有効な「終身型」とされますが、合意があれば一定期間の設定も可能です。
自宅と現金をバランスよく分ける柔軟な相続が可能に
配偶者居住権を使うことで、遺産が不動産に偏っていても、自宅と現金を配分する柔軟な相続が実現します。たとえば遺産が自宅6,000万円と現金4,000万円だった場合、従来は自宅を配偶者が取得すると現金が不足し、子に1,000万円の代償金を支払う必要がありました。しかし居住権を活用すれば、自宅の居住権を3,000万円と評価し、配偶者がその権利と現金2,000万円を取得、子が残る所有権と現金を相続する形が可能になります。これにより、配偶者は住居と老後資金を両立でき、相続人間の公平性も保たれます。
配偶者居住権と配偶者短期居住権の違いは?
配偶者の居住を保護する制度には、配偶者居住権と配偶者短期居住権の2つがあります。目的は似ていますが、内容・期間・手続きなどに明確な違いがあるため、状況に応じた使い分けが必要です。
短期居住権は自動的に発生し、期間も限定的
配偶者短期居住権は、相続開始時に配偶者が被相続人の家に住んでいた場合、原則として無条件・無償で一定期間その家に住み続けられる権利です。(ただし例外規定があります。)この権利は特別な合意や登記を必要とせず、自動的に発生します。
存続期間は、「遺産分割が成立するまで」または「相続開始から6か月間」のいずれか長い方と定められており、比較的短期間の居住を想定した制度です。急な相続により配偶者の居場所が不安定になることを防ぐための暫定的な保護措置といえます。
居住権は終身で住み続ける権利、設定には合意が必要
一方の配偶者居住権は、遺産分割協議や遺言などによって明示的に設定される権利で、通常は配偶者が亡くなるまで終身で自宅に住み続けることが可能です。短期居住権と異なり、相続人全員の合意や遺言の明記が必要となり、登記をしておかないと第三者に権利を主張できません。制度上、長期にわたる安定した居住を保障するものです。
配偶者居住権を利用すると相続税はどう節税できるか?
配偶者居住権を利用することで、相続税の総額を抑えられる可能性があります。「一次相続」と「二次相続」を通じたトータルの税負担を軽減できる点が注目されています。
居住権は二次相続の課税対象にならず相続税を抑えられる
配偶者居住権の大きな特徴は、配偶者の死亡によってこの権利が消滅するため、「二次相続」の対象財産にならないという点にあります。これにより、配偶者が相続する財産総額が抑えられ、配偶者控除の枠内で相続税が非課税となる可能性が高まります。
一方で、子など他の相続人が「所有権部分」を一次相続の段階で取得するため、一定の相続税が先に発生しますが、その分、将来の二次相続での課税を大きく軽減できます。これにより、二回の相続全体を通じた税負担の総額を抑えることができるのです。
シュミレーション例
たとえば、80歳の配偶者と45歳の子がいて、自宅(評価額8,000万円)しか遺産がないケースを考えます。配偶者が建物全体を取得すると、一次相続では配偶者控除によって相続税はかかりません。しかし、その後の二次相続で子が自宅を取得する際には約680万円の相続税が発生します。
一方で、配偶者が配偶者居住権(評価額4,800万円)を取得し、子が所有権部分(3,200万円)を一次相続で取得した場合、一次相続で子に188万円の相続税が発生するものの、二次相続では課税がなく、結果的に492万円もの節税効果が得られる試算になります。これは、配偶者居住権の評価が配偶者の年齢や建物の耐用年数に応じて低くなるためです。
節税効果はケースによって異なり注意が必要
ただし、すべてのケースで節税効果が得られるとは限りません。配偶者が高齢であるほど居住権の評価額が低くなり、一次相続で配偶者が取得する財産額が小さくなるため、節税効果も薄まります。
逆に、相続税の発生時期が早まったり、配偶者がほぼ現金資産を相続できない事態になれば、生活資金の確保に支障が出るおそれもあります。また、不動産以外に多くの金融資産がある家庭や、他の相続税軽減策(小規模宅地の特例など)との組み合わせによっては、配偶者居住権を設定しない方が税額を抑えられる場合もあります。
配偶者居住権が必ずしもすべての相続に有利とは限らず、家族構成や財産の種類、配偶者の年齢などを総合的に検討した上で、専門家とともに制度の利用可否を判断することが重要です。
配偶者居住権を設定するには?
配偶者居住権は自動的に与えられるものではなく、条件の確認と正式な手続きを経て初めて成立します。
居住実態と相続手続きの明示が必要
配偶者居住権を取得するには、まず配偶者が相続開始時にその家屋に実際に住んでいたことが前提です。形式的な住民票だけでなく、実際に生活の本拠であったことが求められます。
さらに、遺産分割協議、遺言、または死因贈与契約などの中で、配偶者に配偶者居住権を与える旨が明記されていなければなりません。これらの手続きがなければ、制度上の保護を受けることはできません。なお、相続放棄をした配偶者はこの権利を得ることはできないため注意が必要です。
遺言または相続人全員の合意が不可欠
被相続人の遺言により配偶者居住権が明記されていれば、その内容に基づいて権利が発生します。遺言がない場合でも、相続人全員が協議し、その合意を遺産分割協議書に明記することで設定できます。
ただし、他の相続人にとっては所有権の制限となるため、協議が難航するケースもあります。制度の活用を前提にする場合は、事前に遺言書で明確にしておくことが有効です。
登記により権利を外部に主張できるようにする
配偶者居住権は登記を行わなくても成立しますが、登記がなければ第三者にその権利を主張することができません。たとえば、相続された家屋が売却された場合、登記がなければ新所有者に対し住み続ける権利を主張できなくなる可能性があります。
このため、権利を確実に保護するためには、法務局での登記を行うことが推奨されます。登記には遺産分割協議書や遺言書の写し、登録免許税が必要となるため、司法書士など専門家の支援を受けるのが安心です。
配偶者居住権と小規模宅地等の特例は併用できる?
配偶者居住権を設定した場合でも、自宅の敷地に対しては小規模宅地等の特例を併用することが可能です。条件を満たせば、土地の評価額を最大80%まで減額できます。
同居していた子が土地を相続すれば併用できる
被相続人と同居していた子が宅地の所有権を相続し、配偶者がその自宅に居住し続けるために配偶者居住権を取得する場合、この両者の権利に対して小規模宅地等の特例が適用されます。
つまり、子が相続する宅地については、330㎡を限度に土地評価額を80%減額できると同時に、配偶者の敷地利用権にも評価減が認められる可能性があります。これにより、配偶者の住まいを確保しつつ、子の相続税負担も大きく軽減することが可能となります。不動産が大きな資産を占める場合、節税効果は大きくなります。
別居の子でも条件を満たせば適用可能
一方で、子が被相続人と別居していた場合でも、小規模宅地等の特例を利用できる可能性はあります。この場合、配偶者が配偶者居住権を取得し、その住宅に引き続き居住することが要件となります。
また、別居していた子については、「家なき子特例」が活用できる場面もあります。これは、自身が持ち家を所有しておらず、かつ相続直前の3年以内に一定の居住要件を満たしていれば適用できるもので、この特例に該当すれば宅地の評価を大きく下げることができます。
遺言書で配偶者居住権を指定する方法と文例は?
配偶者居住権は遺言書でも設定が可能です。遺言による指定は、相続人間のトラブル防止にもつながるため、制度の活用を前提とする場合は事前の準備が有効です。
自筆証書・公正証書いずれも指定可能
遺言による配偶者居住権の設定は、自筆証書遺言でも公正証書遺言でも可能です。ただし、法的効果を確実にし、登記や実務の際にトラブルを避けるためには、公正証書での作成が推奨されます。
遺言書では、どの建物にどの配偶者がどの期間居住するかを明確に記載する必要があります。また、敷地利用権に関する記述や、居住権以外の財産とのバランスについても触れておくと安心です。
遺言書の記載例(文例)
私の所有する○○市△△町の家屋(地番:○○番地)について、妻○○子に配偶者居住権を与える。
居住権は私の死亡のときから発生し、○○子の死亡時まで有効とする。
また、当該家屋の所有権は長男○○に相続させる。
このように記載しておくことで、配偶者が居住権を主張できる法的根拠が明確になり、登記もスムーズに進められます。
配偶者居住権を利用する際の注意点は?
配偶者居住権は節税や生活の安定という大きなメリットがありますが、その一方で利用にあたっての制約や税務上の注意点もあります。
配偶者居住権は処分や活用に制限がある
配偶者居住権は「居住のためだけに使える権利」であり、他人に売却したり貸し出したりすることはできません。譲渡性がなく、配偶者本人しか利用できないため、現金化して生活資金に充てるといった柔軟な使い方はできません。
また、居住中の建物について大規模修繕や建て替えを行うには、所有権を持つ相続人(たとえば子)の同意が必要になります。配偶者単独で自由に建物を変更することはできず、不動産としての活用の自由度は制限されます。結果として、将来的なライフプラン変更への対応が難しくなる可能性がある点に注意が必要です。
放棄や消滅の際に課税リスクがある
配偶者居住権は、配偶者が亡くなるまで存続するのが原則ですが、途中で放棄する場合には注意が必要です。配偶者が老人ホームなどに移るため自宅を離れた場合、居住権を放棄すると、それが「無償で権利を移した」と見なされ、贈与税課税のリスクが指摘されることがあります。
さらに、この権利は配偶者本人限りで、亡くなった後に子や第三者に引き継ぐことはできません。相続による承継や遺言による移転も不可能であり、配偶者の死亡と同時に完全に消滅します。このように、権利の性質上、資産としての価値は限定的であり、税務上の取り扱いについても十分な理解が求められます。
配偶者居住権の活用は状況に応じた慎重な判断を
配偶者居住権による節税効果は、相続の状況によって大きく異なります。配偶者居住権は相続税対策として有力な手段になり得ますが、適用すべきかは配偶者の年齢や資産規模、他の控除制度との兼ね合いを踏まえて慎重に判断することが大切です。制度を正しく理解し、必要に応じて専門家に相談しながら、自身の家族にとって最適な相続対策を検討しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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