- 更新日 : 2025年8月5日
事業承継士とは?資格取得の難易度や年収、事業承継アドバイザーなどとの違いを解説
事業承継士は、中小企業の事業承継を専門的にサポートする民間資格です。
昨今の事業承継の高まりとともに、経営者と後継者の橋渡し役として、税理士や弁護士とも連携しながら、総合的な支援を提供しています。
この記事では資格の定義や業務内容、取得方法、年収などについて詳しく説明していきます。
目次
事業承継士とは?
事業承継士は、企業の円滑な事業承継をサポートする専門家です。一般社団法人事業承継協会が認定する民間資格であり、中小企業の事業承継問題に特化しています。
主な役割は、企業の経営状況分析から、後継者の育成計画策定、株式移転や財産分配の助言まで多岐にわたるものです。
税理士や弁護士と連携しながら、事業承継士は承継プロセス全体を包括的に支援します。
資格取得には、講座受講と試験合格が必要で、中小企業診断士や税理士などの国家資格保有者が受講対象です。また、資格は更新制で、3年ごとに所定の研修受講と単位取得が求められます。
近年の後継者不足や事業承継の複雑化によって、事業承継士の需要は高まっており、中小企業の存続と発展に不可欠な存在となっています。
事業承継士の業務内容
事業承継士は、経営者から後継者への円滑な事業バトンタッチを実現するため、財務・税務の専門知識を活用し、承継計画の立案から実行までをサポートします。
さらに、後継者の経営力向上に向けた育成支援や、関係者間の調整など、包括的なコンサルティングを提供します。
事業承継の計画の策定
事業承継士の重要な業務の1つが、中長期的な事業承継計画の立案の支援です。
経営者の意向と企業の状況を踏まえ、具体的な戦略を策定します。財務、税務、法務などの観点からリスク分析を行い、潜在的な課題に対する対策を提案します。
また、後継者の選定や育成計画の策定、株式移転の方法など、具体的な実行計画も立案します。さらに、従業員や取引先などのステークホルダーとの合意形成をサポートし、円滑な事業承継の実現を図ります。
税務や法務のアドバイス
事業承継士は、税務や法務に関する基本的な知識を持ち、事業承継の全体的な構想を立てる際に必要な情報を提供する役割を担います。
ただし、税務や法務に関する具体的なアドバイスは税理士や弁護士の専門分野であるため、専門家への橋渡し役を必要に応じて行い、総合的な支援を可能にします。
また、事業承継税制の改正や民法改正などの最新動向を常に把握し、クライアントの状況に合わせ、円滑な事業承継をサポートすることも重要な役割です。
資金調達の支援
経営者が安定した資金環境で円滑な事業承継を実現することも、事業承継士の大きな役割の1つです。
株式買取資金や納税資金など、事業承継に必要な資金を企業の経営状況に基づき、試算します。資金調達が必要と判断された場合、融資や各種補助金、ファンド活用など多様な手段を比較し、企業の状況に最適な方法を提案します。
また、金融機関などとの交渉時に、事業の成長性と承継計画の実現可能性を明確に説明し、好条件での資金調達を実現することも重要な業務です。
後継者の育成を支援
後継者の信頼獲得と円滑な事業承継のサポートも事業承継士の大きな役割です。
まず、後継者に対して、経営戦略やリーダーシップなどの観点から分析し、必要に応じて、経営実務研修や外部セミナー参加、OJTなどを組み合わせた育成プログラムを策定・実施します。
経営者から後継者への権限移譲では、段階的な権限委譲計画の立案や、重要な意思決定プロセスへの参加などをサポートします。また、幹部社員や取引先、金融機関などの主要ステークホルダーとの関係構築も重要な業務です。
M&Aのサポート
昨今、増加しているM&Aを活用した事業承継の提案も業務の1つです。
企業の状況や経営者の意向に基づき、M&Aの可否や最適なタイミングを判断します。ここでは事業承継士が行う業務の概要を紹介します。
- 買収先や売却先の選定(候補企業の財務状況や事業シナジーの分析に基づく最適なマッチング支援)
- M&Aプロセスの実務支援(交渉戦略の立案から契約書作成、デューデリジェンスの実施)
- M&A後の統合(PMI)支援
これらの支援を通じて、円滑なM&A実現を目指します。
【参考:PMIについて】
PMI(Post Merger Integration:合併後の統合)は、一般的にM&A後の統合プロセスのことですが、事業承継においても、経営理念の共有、組織・人事の統合、企業文化の融合、ステークホルダーとの関係維持などを通じて、円滑な承継と更なる発展を実現する重要な取り組みです。
事業承継士の資格を取得するメリット
事業承継士の資格は、事業承継の専門家であることの証明でもあります。次に、事業承継士の資格を取得するメリットについて解説します。
専門的知識を習得できる
事業承継には税務や財務、法律など幅広い専門的知識が必要です。事業承継士の資格取得を通して、これらの専門的知識を身につけられます。事業承継士を受験するためには「中小企業診断士」「税理士」「司法書士」など国家資格を習得していることが要件ですが、資格取得の勉強にあわせてその他の国家資格を取得することも可能です。
キャリアの幅が広がる
事業承継の業務を行う過程では、弁護士、税理士、中小企業診断士など、他の専門職と連携して仕事をする機会が増えるため、業務を通じて実務的なキャリアの幅を広げられます。また、事業承継の顧客から直接依頼を受けるほかにも、他の専門職からの紹介などにより新たなビジネスチャンスが広がる可能性があります。
社会的に需要が高まっている
現在、日本の中小企業では、後継者不在によって事業を廃業せざるを得ないなど、事業承継問題が深刻化しています。そのため、事業承継に関する専門知識を持つ人材の需要は年々高まっているのが現状です。事業承継士の資格を持つことで、今後さらに高まるニーズに応えることができ、将来的にも安定した需要が見込まれます。
事業承継士の資格が「意味ない」と言われる理由
次に、事業承継士の資格取得が「意味ない」と言われる理由について解説します。
資格取得にかかる時間と費用
先にも述べましたが、事業承継士の資格には、税務、財務、法律など非常に幅広い知識の習得が求められます。これらの知識を習得するために膨大な時間を使って知識を習得しなければなりません。
また、資格取得のために要する学費や教材費、受講料、受験料なども習得する内容に比例して多額になるため、費用負担も無視できません。
実務経験が求められる
事業承継士の資格を取得しただけでは、実際の事業承継案件を担当できません。事業承継案件を担当するためには、実際に事業承継の実務を行ったときの経験値が不可欠です。実務経験を積むためには、最初に事業承継士のサポート的な業務から始め、経験を積み重ねていく必要があります。実際に独立して事業承継の案件を担当できるようになるまで、相当の時間を要します。
資格維持のための更新や研修が必要
事業承継士資格を取得した後も、資格維持のために定期的な更新や追加の研修が求められる場合があります。例えば、法律や税務の改正に対応するために継続的に勉強する必要があるため、受講料や教材費などの自己負担が続きます。
事業承継士の資格を取得する方法
事業承継士の資格を取得するには「一般社団法人 事業承継協会」の認定試験に合格する必要があります。次に、事業承継士の資格を取得する方法について解説します。
資格取得講座を受講する
事業承継士の資格を取得するためには、まず、協会の資格取得講座を受講する必要があります。講座は、東京・大阪・福岡などに加えて、常時開催される完全ビデオコースで受講することも可能です。
各コースとも受講期間は5日間で、講習自体はそれほどの時間を要しません。ただし、講座には出席率があり、資格取得講座の出席率が75%未満になると認定試験の受験資格がなくなるので注意してください。また、講座を受講するには税理士や公認会計士など、一定の資格を保有していることが条件です。これらの資格を持っていない場合は、まず受講条件を満たす資格を先に取得することが必須です。
認定試験を受験する
事業承継士の資格を取得するには、一般社団法人事業承継協会が実施する試験に合格し、認定を受ける必要があります。
事業承継協会へ入会する
資格取得後は3年ごとに更新が必要で、その期間内に30単位の継続研修の受講が必要です。資格は専門知識だけでなく、実務能力やコミュニケーション力も重視されます。
事業承継士の難易度
事業承継士の試験では、資料分析力、提案書作成能力、財務分析力などの実務的なスキルが求められ、特に面接試験では実務経験に基づく課題解決力が重視されます。
さらに、経営分析能力や文書作成能力も重要視され、事例研究やグループディスカッションを通じた実践的なスキルの習得が必要です。
中小企業診断士や税理士と比較すると、事業承継士は事業承継に特化した専門性が求められる点が特徴です。
事業承継士の資格を活かせる働き方
事業承継士の資格は、多様な働き方を可能にします。企業内でのコンサルタントとしての活動、金融機関や保険会社での業務、さらには独立して事業承継コンサルタントとして活躍することも可能です。
自分の専門性を活かしながら、業種に関係なく、さまざまな企業の事業承継をサポートできる点が特徴です。
コンサルティング会社
事業承継士は、大手コンサルティングファームや中小企業向けコンサルティング会社でも能力を発揮できます。
大手ファームでは、複雑な事業承継案件を扱い、戦略的なアドバイスを提供します。中小企業向けコンサルティングでは、よりきめ細かなサポートが求められ、オーナーとの密接な関係構築が重要です。
キャリアの選択肢が広がり、経験を積むにつれて、より高度な案件や管理職としての役割が期待できます。
金融機関・保険会社
金融機関や保険会社でも、事業承継士の専門知識が大いに活かされます。
例えば、事業承継に伴う資金調達や、相続税対策のための保険商品の提案など、事業承継関連の金融商品の開発が業務となります。
また、リスクマネジメントの観点から、事業承継に伴う財務リスクの分析や対策立案も重要な業務の1つです。
金融知識と事業承継の専門知識を融合させることで、顧客に高付加価値のサービスを提供できる点が大きな強みです。
会計事務所・税理士事務所
会計事務所や税理士事務所では、事業承継士の資格が税務面からの事業承継支援に大きく貢献します。
相続税や贈与税の計算、節税対策の立案、財務分析や事業価値評価の実施などが想定される業務で、経営相談から長期的な事業承継計画の策定まで、幅広いサポートを提供できます。
会計・税務の専門知識と事業承継支援のスキルを組み合わせることで、クライアントに対して多角的な支援を実現できることが大きな強みとなるでしょう。
法律事務所
法律事務所では、事業承継士の資格を持つ弁護士として法的側面から事業承継をサポートします。株式譲渡や事業譲渡に関する契約書の作成、株式移転の手続き支援、遺言書作成のアドバイスなどが想定される主な業務です。
また、事業承継に伴う紛争の予防や、紛争発生時の解決策の提案も重要な役割です。
事業承継士としての知識と弁護士としての法的スキルを融合させることで、クライアントに対してより包括的で実効性の高いアドバイスを提供できるでしょう。
事業承継士の年収の目安
事業承継士の年収は、経験年数や実績、所属する組織によって大きく変動します。
フリーランスの場合や企業に所属する事業承継士の違いだけでなく、地域や業界によっても、事業承継士の年収は異なります。
キャリアステージに応じて、事業承継士の年収は変化するため、経験を積み、実績を重ねることが必要です。
将来的には、独立開業や、コンサルティング会社での活躍など、キャリアの選択肢も広がるでしょう。
事業承継士以外でおすすめの資格
最後に、事業承継士以外でおすすめの資格をいくつかご紹介します。
事業承継アドバイザー
事業承継士が協会の認定資格であるのに対し、事業承継アドバイザーには特別な受講資格はありません。ただし、アドバイザーとして実務を行っていくなかで、税理士、弁護士など、関連する資格や経験が必要になるケースがあります。
事業承継アドバイザーの役割は、事業承継に関する専門家として、経営者や後継者に対しアドバイスを行っていくことです。実務的には支援業務全般を行いますが、そのなかでも経営戦略、M&A等に特化している方が多く見受けられます。
事業承継アドバイザーについて詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
事業承継プランナー
事業承継プランナーも事業承継アドバイザーと同様に、事業承継にかかる計画やその他立案をサポートするための資格です。事業承継の全体的なフレームワークを作成し、実行に向けて調整を行う役割を担っていて、計画の策定から始まり、その実行のために必要なリソースや人材、時間なども統括します。
具体的な業務としては、後継者教育、企業評価、税務対策、資産の承継方法(現金や不動産、株式の譲渡など)、企業の経営戦略の引き継ぎ、後継者候補者との関係構築などに携わります。
事業承継・M&Aエキスパート
事業承継・M&Aエキスパートは、経営者が引退や経営権を次世代に引き継ぐ際に、後継者選定、後継者育成、財務・税務戦略、企業評価などの計画を立案する資格です。また「M&A(企業の買収・合併)支援」として、企業の買収や合併を行いたい企業に対して、対象企業の選定から取引成立までの一連の流れをサポートします。これには、対象企業の評価、買収提案書の作成、交渉の支援、契約書作成などが含まれます。
事業承継・M&Aエキスパートについて詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
事業承継士は中小企業の未来を支える専門家
少子高齢化が進むなか、事業承継の需要は増加の一途をたどり、より高度な専門性が求められているのが事業承継士です。
さらに、AIやクラウドを活用した新たな支援形態が登場し、デジタルトランスフォーメーション(DX)やサステナビリティといった新しい経営課題への対応力も事業承継士には必要となっています。
従来の専門知識に加え、このような時代の変化に応じた柔軟な支援能力が求められる事業承継士は、中小企業の発展を支える重要な存在なのです。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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