- 更新日 : 2025年1月15日
事業譲渡契約とは?テンプレをもとに契約書の書き方も解説
契約はどれも大切なものですが、会社の経営を他者に託す自社の今後を左右する事業譲渡契約は経営者のみならず、従業員の行く末にも大きく関わる重要事項です。それだけに、事業譲渡契約書に記載する内容は慎重に検討しなければなりません。
ここでは事業譲渡契約書の意義や記載内容、作成時の注意点などについて詳しく解説します。
目次
事業譲渡とは
事業譲渡契約とは事業譲渡の際に、譲渡側(譲渡する側)と譲受側(譲渡される側)が締結する契約のことを指します。事業譲渡に至った理由や事情はさまざまであり、契約書も譲渡に至る経緯を考慮して作成する必要があります。まずは事業譲渡に関する基本的な事柄を押さえておきましょう。
事業譲渡とは?
事業譲渡とは、その名のとおり自社の事業を第三者に譲り渡すことです。会社が所有する有形・無形の財産や負債、契約上の地位などをまとめて第三者に譲り渡します。
会社が行っているすべての事業を譲渡することも、一部の事業を切り分けて譲渡することも可能で、当事者間の協議によって決定します。
親族同士など旧知の間柄で事業譲渡を行うケースも多いですが、近年では専門業者が仲介して全く接点がなかった第三者に譲渡するM&Aも盛んに行われています。
事業譲渡を行う目的
事業譲渡を行う目的の典型例は、採算部門を生き残らせることです。採算の取れている部門を切り離して事業譲渡し、残った不採算部門を清算することで、他社の下で採算部門を生き残らせることができます。それとは反対に、不採算部門だけを事業譲渡して、会社全体の収支改善を目指すケースもあります(ただし、不採算部門の買い手を見つけなければなりません)。
近年では事業承継の一手法として事業譲渡が行われることも多いです。これまで経営者は自分の親族や従業員に会社を継がせるケースが多かったのですが、後継者がいない場合は第三者に事業譲渡することで、経営を引き継ぐことができます。
事業譲渡を行うケース
事業自体は継続させて顧客へのサービスや従業員の雇用などは継続させたいけど、会社がその事業を抱えられない状況にあるというケースが挙げられます。この場合、採算が取れている部門だけを譲渡して残った不採算部門を清算するか、または採算性が低い事業のみを切り離して譲渡します。
近年は後継者不足に悩んでいる経営者も少なくありません。子どもがいない、あるいは事業を受け継いでくれる子どもや親族、従業員がいないといった事情を抱えていて事業譲渡を選択するケースも増えてきています。会社の事業をすべて譲渡することで、会社経営自体を第三者に引き継ぐことが可能です。
事業譲渡と株式譲渡の違い
株式譲渡とは、自身が所有する会社の株式を第三者に譲り渡すことです。経営者が100%を所有している自社発行株式をすべて譲渡すれば、会社の経営権は譲受側に移転します。また、一部の株式を譲渡することもできます。
一方で事業譲渡は、譲受人が取得するのは会社の事業(の一部)であり、経営権ではありません。株式譲渡は経営者が自社株を保有している場合個人として行いますが、事業譲渡は会社が主体となって行う取引です。
なお事業譲渡の場合、譲渡される事業にかかる負債や契約上の地位も譲渡されますが、その際には債権者や契約相手の承諾が必要となります。これに対して株式譲渡の場合、株式譲渡に関する債権者や契約相手の承諾は不要です。
事業譲渡契約を締結する必要性
事業譲渡契約とは、事業譲渡を行う際には譲渡側と譲受側が結ぶ契約のことです。事業譲渡契約書という書面を用いて契約を締結しますが、なぜ事業を譲渡する際には契約書の締結が必要なのでしょうか。ここからは事業譲渡契約を締結する必要性について見ていきましょう。
契約を締結する目的
前述のとおり、事業譲渡を行う目的や背景、経営者が抱えている事情は会社それぞれです。「赤字を出し続けている事業のみを譲渡したい」というケースと、「事業自体は順調だが後継者がいないため事業を譲渡したい」というケースでは、当事者間の立場も含め、大きく事情が異なってきます。会社の事業の一部のみを譲渡するのか、それとも全部の事業を譲渡するかによっても話が変わってきます。
事業譲渡の条件は、上記のような事情を踏まえて詳細に合意しなければなりません。会社の事業のどの部分を譲渡するか、譲渡の金額、譲渡前後の遵守事項など、決めるべき事柄はたくさんあります。後のトラブルを防ぐため、これらの多岐にわたる当事者間の合意内容を明確化したものが事業譲渡契約書です。
事業譲渡契約で承継されるものとされないもの
事業譲渡では、合併とは異なり個々の権利義務を個別に承継します。承継には相手方の同意が求められ、その手続きは項目によって異なります。
ここでは、承継されるものとされないものを見ていきましょう。
承継されるもの
同意が得られれば、譲渡される事業に関する多くの契約が承継可能です。
契約上の地位
契約上の地位とは、売買契約や賃貸借契約などにおける権利義務を保有する立場のことです。事業譲渡でも契約上の地位は原則承継されますが、地位の移転手続きが必要です。
債務
債務の承継には「免責的債務引受」と「併存的債務引受」の2種類があります。免責的債務引受は、債務が譲渡会社から完全に切り離され、譲受会社のみが債務を負担する方式で、債権者の同意が必要です。併存的債務引受は、譲渡会社と譲受会社の双方が債務を負担する方式で、債権者の同意は必要ありません。
売掛金
売掛金の承継には、債権譲渡の手続きが必要です。第三者への対抗要件として、確定日付のある内容証明郵便による通知や、公証役場での確定日付の取得が求められます。また、債務者への通知または債務者からの承諾が必要です。
雇用契約
雇用契約の承継には、従業員本人からの個別の同意が必要です。従業員は一度譲渡会社を退職し、譲受会社と新たな雇用契約を締結することになります。その際、労働条件の変更がある場合は、承継予定労働者との事前協議と同意取得が必須です。
不動産契約
不動産契約も承継が可能ではありますが、賃借をしている場合は賃貸人からの同意を得て契約を引き継ぐ手続きが必要です。また、賃貸借契約では保証金の取り扱いについても明確にしておきましょう。
取引先
取引先との契約承継には、各取引先からの個別の承諾が必要です。これらの契約は、契約先である取引先の同意を得た後に、改めて契約書を提示しなければなりません。
許認可
許認可は原則として、譲受会社が新たに取得する必要があります。ただし、2023年12月の法改正により、旅館業法、食品衛生法、理容師法、美容師法、クリーニング業法、興行場法、公衆浴場法などの一部の業種については、事前に知事からの事業承継承認を得ることで、新規の許認可取得が不要になりました。
それ以外の業種については、譲受会社が営業開始前に新たに許認可を取得しなければなりません。
承継されないもの
事業譲渡において、契約の相手方から同意が得られなかった契約関係は承継されません。これは契約の相手方が不利益を被る可能性があるためで、民法第539条の2に基づきます。
事業譲渡契約で明示的に対象外とされた資産や権利も、承継されません。特に不採算部門や特定の知的財産権などは、譲渡範囲から除外されることがあります。このため、契約書作成時には譲渡対象を明確化することが求められます。
以上のように、事業譲渡では個別の条件や手続きによって承継されるものとされないものが明確に分かれるため、慎重な準備と対応が必要です。
事業譲渡契約書の雛形・テンプレート
今回、株式会社同士で事業の一部を譲渡する場合の事業譲渡契約書のテンプレートをご用意しました。
このテンプレートを参考に、事業譲渡契約書を作成してみましょう。
事業譲渡契約書のテンプレートは下記のページからダウンロードできます。
事業譲渡契約書に記載すべき項目
ここからは事業譲渡契約書に記載すべき項目について詳しく見ていきましょう。上記の事業譲渡契約書の雛形・テンプレートをもとに解説しますので、理解を深めるという意味でも、ダウンロードしていただくことをおすすめします。
契約者
まずは誰と誰が契約を締結するのかを明記します。この項目で「以下「甲」という」「以下「乙」という」というように、譲渡側を甲、譲受側を乙に置き換えて、これ以降は両者の名称の代わりに甲乙を記載するのが一般的です。
目的
事業譲渡契約書の目的について記載します。譲渡する事業の内容や、事業譲渡に至った背景などを明確にしておきましょう。
取引内容
譲渡する資産の内訳、譲渡対価の金額や支払い期限、支払い方法、その他取引に関する取り決めを記載します。
租税公課の精算
国や自治体によって賦課徴収される税金や保険料の精算方法について記載します。租税公課の例としては法人税等や固定資産税などの税金、従業員の社会保険料などが挙げられます。
従業員の引き継ぎ
従業員を雇用している場合は、その処遇について規定します。事業の一部のみを譲渡する場合は、譲受側が新しく雇用する従業員と、譲渡側で雇用を継続する従業員に分かれるのが一般的です。雇用先の判断基準などを明記しましょう。
誓約事項
事業譲渡の前後において、譲渡側・譲受側のそれぞれが行うべきこと、および行ってはならないことについて明記します。
競業避止義務
競業避止義務とは、譲渡する事業と競合する行為をしてはならない義務です。例えば譲渡側が、譲渡した事業と同種の事業を近隣地域で展開するなどの行為が挙げられます。
損害賠償請求
いずれかの当事者の契約違反により、相手方に損害が生じた場合の賠償ルールを定めます。損害賠償の範囲を明確化することが重要です。
合意管轄
裁判を起こして相手方とのトラブルの解決を図る場合に、訴えを起こす裁判所名を具体的に明記します。
事業譲渡契約書を作成する際の注意点
事業譲渡契約書を作成する際の具体的な注意点を、項目ごとに見ていきましょう。
譲渡対象の範囲
前述のとおり、当事者は譲渡する事業を自由に決められるため、譲渡対象となる事業の範囲を明確に特定しなければなりません。事業をすべて譲渡する場合でも、負債も譲り渡すのか、契約時までに発生した利益はどう処理するかといった付随事項が多くあるため、疑義のない記載を心がけましょう。
従業員の転籍
譲渡する事業とともに従業員も譲受側に承継させるのか、従業員は譲渡側に残るのかについても定めなければなりません。従業員の雇用先は、事業譲渡の当事者のみで決めることはできません。譲渡側の従業員が譲受側に移る場合、その従業員の承諾を得る必要があります(民法第625条第1項)。したがって、従業員を転籍させる際は、対象となる従業員の決め方や転籍の手続きなどを明らかにしましょう。
商号続用時の免責登記
例えば、ある会社が自社の飲食店チェーン事業のみを他社に譲渡し、譲受会社が従前の飲食店の商号を継続して使用する場合は、
「その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う」
と規定されています(会社法(以下同)第22条第1項)。飲食店事業の債権者は、譲渡側、譲受側のどちらが債務の弁済責任を負うかを知らないケースが多いため、債権者保護のため譲渡会社だけでなく譲受会社も責任を負うとしているのです。
ただし、「譲受会社は譲渡会社の債務の弁済責任を負わない」という契約であれば、その旨を登記することで免責されます(同第22条第2項)。
登記をしておけば、従前の債権者は登記簿を見て債務者を正確に把握できるからです。
免責登記には譲渡会社の承諾が必要になるため、その旨を契約書に必ず記載しましょう。
公租公課の負担
譲渡する事業に関連する税金や保険料等の公租公課の支払い義務について、いつの時期から譲受会社が負担するかを記載します。
競業避止義務に関する記載
譲渡会社は、譲受会社と同一の区域内(市町村及びその隣接地)において、譲渡日から20年間、譲渡事業と同一の市町村および隣接市町村の区域内において、同一の事業を行うことはできません(同第21条)。これを競業避止義務といいます。ただし、競業避止義務の区域の範囲は当事者間の協議で自由に決められます。また、当事者の合意があれば禁止期間を最長30年まで延長することもできます(同第21条第2項)。禁止期間の短縮・免除も可能です。したがって、法律の規定と違う条件で競業禁止義務を定める場合はその内容を記載します。
収入印紙
事業譲渡契約書には、譲渡額に応じてかかる印紙税分の収入印紙を貼付します。例えば、譲渡額が1,000万円を超え5,000万円以下なら2万円、1億円を超え5億円以下なら10万円分の収入印紙が必要です。
海外の企業と事業譲渡契約を締結する場合の注意点
日本では、契約書作成や交渉において「持ち帰って検討する」という商習慣が一般的ですが、海外ではその場で即決することが求められるケースが少なくありません。また、日本では株主総会決議が必要な事業譲渡も、海外では不要とされる場合があるなど、法制度にも大きな違いがあります。
さらに、契約書の内容についても、日本では曖昧な表現や包括的な条項を用いることが多いのに対し、海外では詳細で具体的な条項を明記することが重視されます。このような商習慣や法律の違いを把握せずに事業譲渡を進めると、契約後に想定外の問題が発生するリスクが否定できません。
そのため海外企業との事業譲渡契約を締結する際は、専門家へ相談することをおすすめします。
事業譲渡にあたりリース契約は引き継げる?
事業譲渡において、リース契約を引き継げるかどうかは、契約内容やリース会社との調整しだいです。リース契約は通常、リース会社が所有権を持つ物件を利用するための契約であり、自動的に譲受企業へ移転されるわけではありません。
リース物件を引き継ぐには、リース会社の承諾が必要です。これは、リース物件の所有権がリース会社にあるためであり、与信審査を経て譲受企業が新たな契約者として認められる必要があります。承諾が得られない場合、契約の引き継ぎはできません。
事業譲渡契約書の作成について専門家に相談するなら?
事業譲渡に関する相談は商工会議所や事業承継・引継ぎ支援センターなどさまざまな場所がありますが、契約書の作成についての相談は弁護士や税理士といった専門家への依頼が基本です。
弁護士
弁護士は法律の専門家であり、契約書の作成代行やリーガルチェックを依頼する際に適した相談先です。特に事業譲渡契約では、譲渡対象や対価、解除条件など複雑な条項が含まれるため、不備や法的リスクを回避するためにも弁護士の助言は不可欠といえます。
また、弁護士は契約交渉やトラブル発生時の代理人としても対応可能です。
税理士
税理士は税務の専門家であり、事業譲渡に伴う税務リスクの評価や節税対策をサポートします。税理士が法的に有効な契約書の作成代行ができるわけではありませんが、税務や会計に関する専門知識を活かし、契約書の内容について助言することが可能です。
税務リスクや財務デューデリジェンスについての相談先として、心強い存在といえるでしょう。
事業譲渡契約書の内容が円滑な事業の引き継ぎを左右する
事業譲渡は会社の将来を左右する大きな節目です。細部にまで取り決めをしておかないと譲渡側と譲受側の間で揉めて事業譲渡が破談になる、顧客に迷惑がかかる、従業員の雇用や待遇が守られないなど、さまざまなトラブルが発生するリスクがあります。
事業を円滑に引き継ぐためには、お互いに納得がいくまでしっかりと協議を重ね、事業譲渡契約書にその内容をもれなく盛り込み、書面で契約を締結しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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