- 作成日 : 2024年10月3日
戦略法務とは?予防法務、臨床法務との違いや具体的な業務を解説
戦略法務とは、企業法務が担う業務活動の1つです。企業法務にはそのほか、予防法務と臨床法務があります。この記事では戦略法務の概要および具体例、予防法務や臨床法務との違い、戦略法務に取り組む際のリスクと注意点を解説します。企業法務に従事する方や企業のマネジメントに携わる方は、ぜひ参考にしてください。
目次
戦略法務とは?
戦略法務とは、経営戦略において法律に反することがないかといった法的判断をする法務のことです。そもそも法務では、契約書のリーガルチェックや社内の法律相談、訴訟対応など法律に関する幅広い業務を行います。
法務の中でも、法的紛争やトラブルへの対応および予防に関する業務は行わず、会社が望む経営戦略を法的に問題ない形で実現させるサポートをするのが、戦略法務の大きな特徴です。
戦略法務の具体例
ここでは、戦略法務が取り組む主な4つの業務内容を解説します。
新規事業における法務
戦略法務としてまず挙げられるのが、新規事業における法務です。新規事業では、以下の事項を法的に精査する必要があります。
- 事業内容に違法性がないか
- 事業開始に必要な申請準備ができているか
- どのようなトラブルが発生する可能性があるか
新規事業のスタートを検討しているのであれば、まずはその事業が適法かをチェックする必要があります。事業が途中でストップすることがないよう、違法性がないことを事前に確認しましょう。
新事業の準備がスタートしたら、事業開始に必要な申請準備が進んでいるかを確認します。事業開始に必要な申請とは、たとえば飲食店における保健所からの営業許可証や、建設業における知事もしくは大臣からの建設業許可などです。必要な許可を取らずに業務を行うと、懲役や罰金といった重いペナルティが課せられるケースもあります。
また新事業をスタートするにあたっては、トラブルの発生も想定しておく必要があります。あらかじめ対処法を考えておくことで、実際に問題が発生したときに慌てずに対処できるでしょう。
知的財産の活用
知的財産の活用も、戦略法務における業務の1つです。知的財産の活用とは、企業が持つブランドやサービス、技術などを適正に判断し保護したうえで、ビジネスに効果的に活用することをいいます。
特許権や商標権等の出願登録により自社の知的財産を守るだけであれば、後述する予防法務にあたります。一方、戦略法務では保護した知的財産を自社の強みとして活かし、競争力の向上や業績アップにつなげる戦略の提案をします。
M&A(企業の合併買収)
M&A(企業の合併買収)も戦略法務の業務であり、主に以下が行われます。
- 買収スキームの作成・決定
- デューデリジェンス
- 契約書作成
デューデリジェンスでは、買収予定の企業における財務や法務、労務等に関するリスクの有無や、適正な価格を判断します。デューデリジェンスは、自社にとって利益のある買収を実施するために欠かせない業務といえるでしょう。
M&Aに関する契約書の作成においても、法的な確認が非常に重要です。契約書の内容は一度合意してしまうと、原則として撤回できません。自社に不利な条件でM&Aが成立しないよう、契約締結前に法的観点からしっかりとチェックする必要があります。
海外展開
海外展開において、戦略法務は以下の重要な役割を担います。
- 現地の法令調査
- 現地の競合他社の調査
- 英語による契約書類の作成
- トラブル発生時の現地での対応
上記に加え海外で事業を展開するには、現地法人の設立や社員の雇用等も必要です。トラブルを抑えスムーズに海外での事業をスタートできるよう、戦略法務では国内外の弁護士といった専門家と連携をとりながら手続きを進めます。
戦略法務と予防法務の違い
企業の法務には、戦略法務のほかに予防法務があります。戦略法務と予防法務の違いは、以下のとおりです。
- 戦略法務:企業の経営戦略を法的にサポートする
- 予防法務:法的なトラブルの発生を防ぐ
ここではまず、予防法務の概要と具体的な業務内容を確認しましょう。
予防法務の概要
予防法務は法務業務の大半を占めるもので、法的なトラブルが発生するのを未然に防ぐ役割を持ちます。またトラブルの発生を防ぐだけでなく、万が一問題が発生しても影響を最小限に止める効果も期待できます。
法的なトラブルが発生すると、その解決には多くのコストと手間がかかるでしょう。発生した問題によっては顧問弁護士への依頼も必要となり、報酬の支払いが発生するケースもあります。トラブルを未然に防ぎ、問題解決にかかる人的金銭的コストを抑えることが、予防法務の大きな目的です。
予防法務における具体的な業務
予防法務における具体的な業務内容は、以下のとおりです。
- 契約締結前の契約書案を精査
- 契約書の作成
- 社内規定の整備
- 株主総会対策
- 知的財産権の管理
予防法務では契約書の精査や作成はもちろん、自社の利益を守りつつ相手企業との妥協点を探るといった業務も行います。また、社内におけるトラブルの発生を防ぐために、社内規定の整備もします。そのほか株主総会の準備や対策、知的財産権の管理も予防法務の重要な業務です。
戦略法務と臨床法務の違い
企業法務には戦略法務および予防法務のほか、臨床法務もあります。戦略法務と臨床法務の違いは、以下のとおりです。
- 戦略法務:企業の経営戦略を法的にサポートする
- 臨床法務:発生したトラブルを解決する
ここでは、臨床法務の概要と具体的な業務内容を解説します。
臨床法務の概要
臨床法務は、実際に起きてしまったトラブルを解決に導く法務です。単に紛争の解決を目指すだけでなく、発生する損害をできるだけ抑え、自社にとってどれだけ有利な条件で和解できるかを目指します。
トラブルの大きさや内容によっては、外部の弁護士や公認会計士といった専門家と連携をとりながら対応にあたることもあります。
臨床法務における具体的な業務
臨床法務における具体的な業務は、以下のとおりです。
- 損害賠償の請求や和解交渉
- 訴訟への対応
- 債権回収や財産の保全
- クレームやトラブルへの対応
- 社員や役員の不祥事への対応
トラブルへの対応が遅れると被害の拡大やコストの増加、社会的信用力の低下につながる恐れがあります。臨床法務ではできるだけ迅速に上記の対応をすることで、トラブル発生による影響を最小限に抑えることを目指します。
戦略法務におけるリスク
戦略法務を行うにあたっては、いくつかのリスクに気を付けなければなりません。ここでは、法的戦略で考えられる2つのリスクを見ていきましょう。
海外展開時のリスク
海外展開をサポートする際は、国内における新事業のサポートよりも法的リスクが高くなる可能性があります。海外展開で考えられる法的リスクは、以下のとおりです。
- 裁判制度の違い
- 現地スタッフの雇用条件
- 知的財産権の管理
海外と日本では、裁判制度が大きく異なります。そのため、万が一訴訟が発生したときには、解決に時間がかかったり、予定外の損失を被ったりする可能性があることは押さえておきましょう。
また、労働に対する意識の違いによりトラブルが発生するケースも少なくありません。トラブルを防ぐには、現地の働き方等を考慮した就業規定を作成することが肝心です。
また知的財産に関する意識も、海外と日本では大きく異なる可能性があります。自社の財産の1つである知的財産を守るためには、より厳格に管理することも必要になるでしょう。
知的財産の活用時のリスク
知的財産を活用する際には、まずは自社の財産をしっかりと保護することが肝心です。知的財産の保護に不備があると、以下のトラブルが発生するリスクがあります。
- 自社の技術やブランドの喪失
- 先取り出願
- 類似品の販売
特許権や商標権の登録が不備なく行われていれば、上記のトラブルが発生しても対抗できます。しかし万が一登録に不備があると、自社の技術やブランドを他企業に取られ失うことになるかもしれません。
知的財産を活用したビジネスを展開するにあたっては、弁理士や弁護士といった専門家と連携し、しっかりと権利を管理・保護したうえで行うことが重要です。
戦略法務を効率化するには?
戦略法務には契約書の作成や相手企業とのやりとりなど、多くの業務があります。スタッフの負担を抑え利益をあげるには、業務を効率化することが重要です。ここでは、戦略法務を効率化するための3つの施策を解説します。
業務フローの整備とひな形の作成
業務フローを整備することで、不要な業務の可視化と削減が可能です。フローを明確にすることで、業務の進捗状況や進め方を社員全員が共有できるようにもなるでしょう。
また、ひな形を作成すれば書類の作成時間を抑えられるだけでなく、誰でも一定水準以上の書類を作成できるようになるでしょう。これにより業務の効率化はもちろん、業務水準の向上も図れます。
窓口を一本化する
戦略法務では取引する相手方や社内他部署の社員など、多くの方とのやり取りが必要です。窓口が分かれていると、重要な連絡を見落とし業務がストップする可能性もあります。連絡の不備によるトラブルを防ぎスムーズに進めるには、窓口を一本化すると良いでしょう。
また窓口を一本化することで、法務部のスタッフ全員でやり取りの内容を共有できるといったメリットもあります。
電子契約を活用する
電子契約の活用も、戦略法務の効率化に効果的です。戦略法務では、多くの契約を締結する必要があります。また場合によっては、国内遠方や海外の方と契約を結ばなければなりません。そのためすべての契約を対面で行うと、コストと時間がかかります。
電子契約を利用すれば、インターネット上で契約の締結が可能です。契約にかかる手間を削減できれば、本業である戦略法務に注力できます。契約にかかる手間やコストを抑え効率化を目指したいと考えているのであれば、電子契約の導入は選択肢の1つとなるでしょう。
中小企業が戦略法務に取り組む際の注意点
中小企業の中には、そもそも法務部がない会社も少なくありません。また法務部があったとしても戦略法務や予防法務、臨床法務と役割をわけている会社は少ないでしょう。しかし近年は企業の法令順守が重視されていることから、中小企業が法務部を持ち活用する必要性が高まっています。
ここでは、中小企業が戦略法務に取り組む際の注意点を解説します。
経営者の意識改革をする
中小企業で戦略法務に取り組むには、まずは経営者の意識改革が必要です。中小企業の中には、契約書の作成や管理をしていることがあります。また営業担当者が書類を作成し、法的チェックを受けないまま契約を締結するケースも少なくありません。
このような状況下では、戦略法務に取り組むことは不可能です。まずは経営者が法務の重要性をしっかりと認識し、法的リスクを抑え積極的なビジネス展開をするべきであると考えることが肝心です。
専門家による定期的な確認をする
中小企業ではたとえ法務部があったとしても少人数で対応しているケースが多く、社内でのダブルチェックが難しいケースも少なくありません。そのため、たとえば法律の改定に気付かず契約を締結してしまうなど、不備によるトラブルが発生する可能性があります。
このようなトラブルの発生を防ぐためにも、法務担当者が少ない場合は定期的に弁護士など専門家のチェックを受けると安心です。そのためには、信頼できる顧問弁護士をあらかじめ見つけておきましょう。
戦略法務の概要や活用方法を押さえ、法的リスクが少ない積極的な業務展開を目指そう
戦略法務とは、会社が望む経営戦略を法的に問題ない形で実現させるサポートをすることです。具体的には新規事業や海外事業、知的財産の活用、M&Aなどを法律の範囲内で自社に有利に進める役割を持ちます。
戦略法務は法的トラブルを未然に防ぐ役目を持つ予防法務や、発生したトラブルに対応する臨床法務とは、大きく性質が異なります。概要や必要性、リスクをしっかりと押さえたうえでビジネスに活用し、法的リスクが少ない積極的な事業展開を目指してください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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