- 作成日 : 2023年10月13日
心裡留保とは?民法上の定義や契約における有効性などを解説
「心裡留保」とは、真意とは異なる意思表示を自覚的に行うことです。心裡留保による意思表示は原則有効ですが、条件を満たせば無効となる場合もあります。
また、民法では心裡留保以外にも意思表示のルールが定められていますので、その内容も理解しておきましょう。
本記事では心裡留保を中心に、意思表示に関する民法のルールを解説します。
目次
心裡留保(しんりりゅうほ)とは?
「心裡留保」とは、真意とは異なる意思表示を自覚的に行うことです。冗談を言う場面をイメージするとわかりやすいでしょう。本当はそんなつもりがないにもかかわらず、「その商品を買うよ」などと発言する行為が心裡留保にあたります。
法律行為(契約の締結など)を行うにあたっては、当事者の「意思表示」が必要です。契約書の作成なども重要ですが、それは意思表示の内容を外部にわかりやすく示すためのツールであって、どのような意思表示をしたのかが重要です。
意思表示とは「一定の法律効果について、発生を求める意思を外部に表現する行為」を指します。契約の申込や承諾、契約の解除などが該当します。
通常は、内心考えていることに沿って意思の表示が行われるはずなのですが、「内心の意思を欠いた意思表示」もあり得ます。その一つが、民法で規定されている「心裡留保(しんりりゅうほ)」というわけです。
虚偽表示との違い
「内心の意思を欠いた意思表示」には、「虚偽表示(きょぎひょうじ)」と呼ばれるものもあります。
一般用語として受け取れば「嘘の表示をすること」という意味ですが、民法上は、「表意者と相手方が互いに嘘であることを認識して行う虚偽の意思表示」とされます。
※当事者間で通じてする表示であることから「通謀虚偽表示(つうぼうきょぎひょうじ)」とも呼ばれる。
心裡留保は単独による意思表示ですが、虚偽表示は相手方と通謀して行う意思表示であるという違いがあります。
心裡留保にあたる意思表示の具体例
心裡留保の具体例をいくつか挙げて説明します。
冗談で「100万円をあげるよ」と言う
「現金100万円を君にあげる」という発言に対して、「わかりました」と回答をする場面を考えてみましょう。これは、100万円を贈与する契約を交わしたと解釈することができます。
本気で100万円をあげるつもりがあるケースもあれば、冗談で発言するケースもあります。
後者の場合は心裡留保にあたります。心裡留保の意思表示は原則として有効であるため、冗談のつもりであっても100万円を贈与しなければなりません。ただし、贈与を受ける側が冗談であることを知っていた場合や、冗談だと知ることができたにもかかわらず過失により知らなかった場合は、贈与契約が無効になります。
どうせ買えないだろうと考え「100万円で売るよ」と言う
「これを100万円で売るよ」という発言が、心裡留保にあたることもあります。「どうせ、それだけのお金は持っていないから買えないだろうけど」と内心考えていて、買うわけがなく、売るつもりもないという場合に心裡留保となります。
この場合も同様に、心裡留保の意思表示は原則として有効なので、その物を100万円で売らなければなりません。ただし、買主が「買うわけがなく、売るつもりもない」と売主が考えていることを知っていたか、または知ることができたにもかかわらず過失により知らなかった場合は、売買契約が無効になります。
なお、「買えないだろうけど、もし買えるなら本当に売ってもいい」と考えているのであれば、心裡留保にはあたりません。
心裡留保で意思表示しても契約は有効か?
心裡留保による意思表示の法的効力については民法に規定が置かれており、次の条文にまとめられています。
(心裡留保)
第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
《心裡留保のルール》
- 原則:有効
- 例外:意思表示の相手方が真意でないことを知っていた、または知ることができたのなら無効
- 第三者がいるとき:意思表示が無効になる場合でも、意思表示が真意でないことを知らない第三者に対して「あれは嘘だから無効だ」と主張することはできない
心裡留保の意思表示は原則として有効なため、冗談で契約締結などの意思表示をしたとしても有効になるおそれがあります。当然のことながら、ビジネスにおいては安易に本意ではない意思表示をすべきではありません。
ただし、意思表示の相手方が悪意または有過失であれば無効になります。悪意とは、真意でないことを相手方が「知っていたこと」を意味します。有過失とは、真意でないことが「気をつければわかるはずであった」のに相手方に落ち度があり、認識することができなかったことを意味します。
なお、意思表示の相手方とは真意でないことを認識し合っており、当事者間では心裡留保が無効になる場合でも、第三者が登場する場面では注意が必要です。直接意思表示をした相手方ではないため、嘘であることを知らないまま「そのような契約を締結したのですね。では、私も……」と、心裡留保による意思表示を前提とした話が進むかもしれません。
後で「あれは冗談だから無効だよ」と主張しても、それを知らなかった当該第三者には対抗できません。第三者に過失がある場合も同様です。真意でないことを知らなかった第三者との関係では心裡留保の意思表示も有効となり、取り消すことができません。
心裡留保以外の意思表示の種類
心裡留保以外にも、民法では意思表示のルールがいくつか定められています。いずれも法律上重要な概念なので、理解しておきましょう。
虚偽表示(きょぎひょうじ)
「虚偽表示」とは、相手方と通じてする虚偽の意思表示です。虚偽表示の意思表示は無効とされています。
(虚偽表示)
第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
しかしながら、虚偽表示に基づく契約を信じた第三者については、損害から保護する必要があります。そこで、虚偽表示であることについて知らなかった第三者に対しては、意思表示の無効を対抗できないとしています。
例えば、次のような第三者が存在する場合に、その第三者が虚偽表示を知らなかったときは、意思表示が有効なものとして扱われる可能性があります。
- 虚偽表示に基づいて不動産が譲渡され、さらにその不動産を譲り受けた人物
- 虚偽表示の契約によって発生した債権を譲り受けた人物
- 虚偽表示によって譲渡された目的物について差し押さえた人物
錯誤(さくご)
「錯誤」とは、表意者が無意識に意思表示を誤ったために、表示に対応する意思が欠けていることを指します。勘違いをしたままする意思表示をイメージするとわかりやすいでしょう。
例えば、「10万円で売るよ」と言うつもりが「1万円で売るよ」と言い間違えた場合が、錯誤にあたります。
また、意思表示の動機となった認識が真実に反する場合も、錯誤にあたります(=動機の錯誤)。例えば、「スマホが壊れたから新しいスマホを買う」との意思表示した場合は、「スマホをなくしたから」という部分が動機です。実際にはスマホが壊れていなかった場合は、動機が真実に反するため錯誤となります。
錯誤にあたる意思表示は、以下の要件をすべて満たす場合に限って取り消すことができます。
- 錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること
- 動機の錯誤の場合は、その動機が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと
- 錯誤が表意者の重大な過失によるものでないこと
※ただし、相手方が表意者の錯誤を知りまたは重大な過失によって知らなかったとき、および相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたときは、錯誤取り消しが可能
ただし、錯誤による意思表示の取り消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができません。意思表示を正当に信頼して取引を行った第三者を保護するためです。
強迫(きょうはく)
心裡留保・虚偽表示・錯誤には、表示に対応する内心の意思がありません。
これに対し、意思の形成過程に瑕疵がある意思表示に「強迫(きょうはく)」と「詐欺(さぎ)」の2つがあります。意思は欠いておらず、確かにそうしたいと求める気持ちはあるものの、その形成過程に問題があるケースが「瑕疵ある意思表示」です。
強迫とは、「危害を加えることを示して恐怖の感情を生じさせる行為」のことです。
暴力を振るったり、「100万円支払わないと自宅を放火するぞ」などと脅したりすることが強迫に該当します。当該他人は不本意ながら「100万円支払おう」と考えて応じるかもしれませんが、その意思の形成過程に問題があります。
強迫を受けて行った意思表示は、取り消すことができます。
強迫による意思表示に関しては表意者の帰責性が小さいことから、善意無過失の第三者に対しても取り消しを対抗することができます。
心裡留保や虚偽表示では表意者がわざと問題ある意思表示をしていますし、錯誤については本人にも判断ミスなどの問題があったと考えられます。これに対して、強迫による意思表示は害意ある他人の影響を強く受けており、第三者に比べて表意者自身を保護する必要性が高いため、常に表意者を保護するものとされています。
詐欺(さぎ)
詐欺は「騙して他人を錯誤に陥れ、それにより意思表示をさせる行為」です。
強迫による意思表示と同様に、詐欺による意思表示も取り消すことができます。表意者に重過失があっても、取り消すことは可能です。
しかし、詐欺の被害者には騙されたことについて一定の責任があるため、強迫の被害者ほど手厚い法的保護の必要性はないと考えられます。そのため、詐欺による意思表示の取り消しは、取り消し前に取引等を行った善意無過失の第三者に対抗できません。
なお、意思表示を取り消した後に取引等を行った第三者には、詐欺による意思表示の取り消しを対抗できます。
冗談やそのつもりがない発言(心裡留保)も有効になり得る
冗談などの真意ではない意思表示は、法的には「心裡留保」にあたります。心裡留保は原則として有効であり、真意でなくても契約上の義務を負うおそれがあるので注意が必要です。
特にビジネスの場面では大きな金額が動くこともあるため、まぎらわしい発言をすべきではありません。契約締結等の意思表示は、慎重に検討した上で行いましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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