- 更新日 : 2025年5月7日
民法176条とは?物権の設定及び移転の意思表示についてわかりやすく解説
民法176条は、物権の設定と移転について定めた条文です。物権とは財産を支配する権利のことで、譲渡する側と譲受する側が意思表示をすれば、書面による契約を交わさなくても物権を設定・移転できると規定されています。物権移動において注意すべきポイントや民法176条と177条の関係、判例や実務上の解釈などをわかりやすく解説します。
目次
民法176条(物権の設定及び移転)とは
民法176条「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」は、物権の設定および移転について定めた条文です。物権とは財産を支配する権利のことで、所有権や占有権、地上権などがあります。譲渡する側と譲受する側が合意すれば、契約書を作成しなくても売買や贈与といった権利の設定や移動が成立します。
物権が移転するタイミングは、譲渡する側と譲受する側の双方が意思を表示したときです。物権を移転するための契約を締結する場合なら契約締結時、他人が持つ権利を移転する場合なら譲渡する側が対象物に対する権利を取得したとき、物権の移転に障害がある場合なら障害がなくなったときに移転します。ただし、契約に特約を定めて当事者の合意でタイミングを変更することは可能です。
出典:e-Gov法令検索 民法
民法176条と177条の関係
民法176条は物権の設定と移転について定めた条文、177条は不動産に関する物権の変動の対抗要件について定めた条文です。民法176条では当事者(譲渡者・譲受者や売却者・購入者など)間における権利、177条では当事者以外の第三者が権利に関わる場合について定めている点が異なります。
なお、対抗要件とは権利関係を第三者に対して主張するための法的な要件のことです。不動産を売買したものの、当事者以外が当該不動産の所有権を主張することがあるかもしれません。
その際、対象不動産についての権利を示す決め手となるのが「登記」です。不動産の所有権が移動したときに登記をしておくなら、当該不動産を譲り受けたと主張する者が複数いても、正当な所有権を持つ者として法的に認められます。
民法176条は物権変動の成立要件に関する規定
民法176条は、物権変動が成立する要件を定める条文です。対象物の権利の移転は、次の要件を満たすときに発生します。
- 当事者が合意をする
当事者以外の意向は関係なく、譲渡する側と譲受する側が合意すれば、その場で権利は変動します。しかし、あくまでも原則のため、「代金を全額支払ったとき」や「売買契約を締結したとき」のような特約を設けることで、権利が移動するタイミングを個々に設定できます。
民法177条は物権変動の第三者への対抗要件に関する規定
民法177条では「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」と、第三者への対抗要件を定めています。
民法177条は176条と同様、対象物の権利について定めた法律です。しかし、次の点において異なります。
- 関わる者(民法176条は当事者、177条は当事者と第三者)
- 物権の対象(民法176条はすべて、民法177条は不動産のみ)
不動産の物権としては所有権や抵当権、貸借権、地上権などがあり、いずれも第三者に対抗する必要が生じたときは登記によって示すことが可能です。
なお、動産に関する第三者への対抗要件については、民法178条で規定されています。登記が対抗要件となる不動産とは異なり、動産は「引渡し」が対抗要件です。
出典:e-Gov法令検索 民法
民法176条に関する判例と実務上の解釈
対象物に対する権利を誰が有しているのか、また、いつ移動するかについて争点となることは珍しくありません。例えば、注文販売においては、注文して製作される対象物がどの時点で依頼主の所有物になるのかといった問題が生じることもあります。
民法176条が争点となった判例を紹介します。
建物の所有権が完成と同時に注文者のものとなった判例
請負人が材料すべてを提供し、注文者の所有する土地に分譲目的の建物を建築した場合、どの時点で注文者が所有権を有することになるのかについて最高裁判所で争われました。判決では、建物の完成と同時に注文者が所有したものとされています。裁判要旨は以下をご覧ください。
請負人が、材料全部を提供して、注文者の所有する土地に建物を建築した場合において、請負契約が分譲を目的とする建物六棟につき一括してされたものであり、請負人は、その内三棟については注文者ないしこれから分譲を受けた入居者らに異議なくその引渡を了し、注文者から、請負代金の全額につきその支払のための手形を受領し、その際、六棟全部についての建築確認通知書を注文者に交付したなど、判示の事実関係があるときは、右確認通知書交付にあたり、六棟の建物につき完成と同時に注文者に所有権を帰属させる旨の合意がなされ、いまだ引渡しのされていない建物も完成と同時に注文者の所有に帰したものと認めることができる。
出典:裁判所 最高裁判所判例集 事件番号 昭和45(オ)1117
売買の代金が完済されていない対象物の担保権についての判例
売主と買主の間では、金属スクラップなどの継続的な売買契約を締結していました。対象物の所有権は、契約内で売買代金を支払われるまでは売主側のものとされています。
買主が保管する製品の集合動産譲渡担保権を有する者が、代金が支払われていない対象物の担保権を主張できるかという点が最高裁判所で争われました。判決では、代金が支払われていない対象物に関しては、担保権を有する場合でも権利を主張できないとされています。裁判要旨は以下をご覧ください。
金属スクラップ等の継続的な売買契約において目的物の所有権が売買代金の完済まで売主に留保される旨が定められた場合に,上記契約では,毎月21日から翌月20日までを一つの期間として,期間ごとに納品された金属スクラップ等の売買代金の額が算定され,一つの期間に納品された金属スクラップ等の所有権は,当該期間の売買代金の完済まで売主に留保されることが定められ,これと異なる期間の売買代金の支払を確保するために売主に留保されるものではないこと,売主は買主に金属スクラップ等の転売を包括的に承諾していたが,これは売主が買主に上記契約の売買代金を支払うための資金を確保させる趣旨であると解されることなど判示の事情の下においては,買主が保管する金属スクラップ等を含む在庫製品等につき集合動産譲渡担保権の設定を受けた者は,売買代金が完済されていない金属スクラップ等につき売主に上記譲渡担保権を主張することができない。
出典:裁判所 最高裁判所判例集 事件番号 平成29(受)1124
民法176条に関して注意すべきポイント
民法176条を理解するうえで、次のポイントに注意が必要です。
- 物権変動は当事者の意思表示のみで成立する
- 登記や引渡しは物権変動の成立要件ではない
- 契約が無効・取消しの場合は物権変動も無効となる
各ポイントを解説します。
物権変動は当事者の意思表示のみで成立する
民法176条では、物権の変動は当事者の意思表示のみで成立すると規定されています。商品の売買なら、売主と買主が売買の意思を示せば成立します。
民法に従えば、意思表示をしたタイミングと実際の権利が移動するタイミングは同時ということになりますが、あくまでも民法176条は原則であり、個々の契約に応じて調整することは可能です。例えば、移動のタイミングを「買主が代金をすべて支払ったとき」と定めたり、特定の日を指定したりすれば、権利の移動がより明確になります。
登記や引渡しは物権変動の成立要件ではない
民法177条では「不動産の物権と登記」について、178条では「動産の物権と引渡し」について定められています。しかし、いずれも第三者への対抗要件を定める条文のため、物権変動の成立要件ではありません。
物権の設定や移動については、当事者の意思表示によって成立します。不動産登記や対象物の引渡しがなくても、当事者間で意思表示されていれば、譲渡や売却などの物権移動を伴う行為が可能です。
契約が無効・取消しの場合は物権変動も無効となる
当事者間で契約が成立していない場合や、契約で定めた要件が満たされずに無効になった場合、契約そのものが取消された場合は、物権変動も無効になります。契約成立前に当事者間で譲渡や売買などの物権に関わる意思表示が完了していたとしても、契約自体が有効でなければ効力を発揮しません。
物権が発生・移動する時期を確認しておこう
民法176条では、物権が発生・移動するタイミングについて、当事者間で意思表示されたときと定められています。所有権や抵当権といった物に対する権利は、裁判所などでも争点になることが少なくありません。民法176条への理解を深め、物権の発生・移動の時期を正確に把握しておきましょう。
また、民法177条と178条では、物権についての第三者対抗要件を定めています。物権を主張するのが常に当事者のみとは限りません。第三者に対抗するケースも想定し、関連する法律の理解を深めておくことも大切です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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