• 作成日 : 2025年11月11日

責任限定契約の締結に取締役会決議は必須?手続きから議事録の書き方、リスク管理まで徹底解説

役員の経営責任が増大し、大胆な経営判断をためらわせる要因となる中、そのリスクを軽減する「責任限定契約」が重要です。しかし、契約を有効にするには「取締役会決議」など会社法上の厳格な手続きが不可欠となります。

本記事では責任限定契約の基礎知識から、具体的な締結手続き、取締役会決議のポイント、さらには実務で直面しがちなケース別の対応やリスク管理まで網羅的に解説します。

目次

責任限定契約の締結には取締役会決議が必要?

定款に定めがあることを前提として、取締役会設置会社が責任限定契約を締結する際には、取締役会の承認を得るのが実務上の原則です。

会社法に「責任限定契約の締結には取締役会決議が必要」との直接の明文規定はありませんが、役員の責任を限定する重要な契約は「重要な業務執行」(会社法362条4項)にあたると解されており取締役会の承認が必要とされています。

これは、役員の責任を限定するという行為が、会社の財産や株主の利益に影響を与えうる重要な意思決定であるためです。取締役会設置会社においては、会社法に基づき、取締役会がこの契約締結の承認機関となります。

ただし、後述するように、取締役会を設置していない会社では承認のプロセスが異なるなど、会社の形態によって手続きが変わります。

出典:会社法|e-Gov法令検索

定款の定めが前提となる理由

責任限定契約を締結する大前提として、まず会社の最高規範である定款にその根拠を明記し、株主総会の特別決議によって株主から包括的な同意を得ておく必要があります。

なぜなら、役員の責任を限定する行為は、会社が受け取るべき賠償額を減らし、株主の利益に直接影響を与えうる極めて重要な事項だからです。

会社法上の根拠

責任限定契約の締結に関する主な根拠条文は、会社法第427条です。

この第427条では、株式会社が定款の定めによって、社外取締役等の非業務執行役員等との間で責任限定契約を締結できることを規定しており、取締役会設置会社がこの契約を締結する際の承認機関は「取締役会」であるとされています。

なお、契約で定める責任の最低限度額の算出については、会社法第425条がその根拠となります。

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そもそも責任限定契約とは?

責任限定契約とは、取締役や監査役などの役員が任務を怠った(任務懈怠)ことで会社に損害を与えた場合でも、その損害賠償責任をあらかじめ定めた一定の範囲に限定できる、会社と役員との間の契約です。

この制度は、役員が過度な賠償リスクを恐れることなく、その能力を最大限に発揮できる経営環境を整備することを目的としています。ただし、責任が限定されるのは、役員がその職務を行うにつき「善意」でかつ「重大な過失がない」場合に限られます。

責任限定契約が必要な理由

責任限定契約が必要とされる主な理由は、優秀な経営人材を確保し、企業の持続的な成長に必要な健全なリスクテイクを促すためです。

特に、業務執行から独立した立場で経営を監督する社外取締役や社外監査役にとって、社内の情報を網羅的に把握できない中で無限定の責任を負うことは、就任への大きな障壁となり得ます。

責任限定契約は、こうした外部の有能な人材にとってのリスクを軽減し、客観的な視点からの監督・監査機能を十分に発揮してもらうための重要なインセンティブとなるのです。

責任限定契約を締結できる対象の役員

責任限定契約を締結できる対象者は、会社の業務執行に直接関与しない役員等に限定されています(会社法第427条第1項)。

  • 取締役(社外取締役、その他業務執行取締役等でない取締役)
  • 会計参与
  • 監査役
  • 会計監査

会社の経営判断に大きな影響力を持つ代表取締役や業務執行取締役は、責任が重いため、この契約の対象とはなりません。

責任限定契約の導入でコーポレートガバナンスはどう強化される?

責任限定契約は、取締役会の監督機能を実質的に強化し、企業統治の質を高める上で重要な役割を果たします。

健全な企業統治の要は、経営陣から独立した社外取締役などが、客観的な視点で経営を監督することにあります。しかし、個人的に過大な賠償リスクを負う状況では、役員は失敗を恐れてしまい、取締役会で自由に発言したり、経営陣に対して厳しい指摘をしたりすることが難しくなります。

責任限定契約は、こうしたリスクを合理的な範囲に抑える「セーフティネット」として機能します。これにより、社外取締役などが萎縮することなく、その専門知識を活かして積極的に議論に参加できる環境が整い、取締役会全体の機能向上に繋がるのです。

責任限定契約を導入しない場合の3つのリスク

責任限定契約を導入しないことは、単に役員の個人的な問題にとどまらず、会社の経営基盤そのものを揺るがしかねない具体的なリスクを内包しています。

優秀な経営人材、特に社外役員の確保が困難になる

責任限定契約がない場合、役員は無限の賠償責任を負うリスクに直面します。

特に、会社の日常業務に直接関与していない社外取締役や監査役の候補者にとって、これは就任をためらう非常に大きな要因となります。

彼らは、内部情報へのアクセスが限られているにもかかわらず、業務執行取締役と同じレベルの責任を問われる可能性があります。役員個人が訴訟リスクに直面する可能性も依然として存在することから、自身の専門知識や経験を活かしたいと考えていても、個人の資産を危険に晒してまで役員に就任しようと考える有能な人材は多くありません。

結果として、企業はガバナンスの要となる独立した視点を持つ社外役員を見つけることができず、人材獲得競争において著しく不利な立場に置かれてしまいます。

経営判断が萎縮し、企業の成長機会を損失する

責任限定契約がない場合、経営陣が過度に保守的になり、企業が長期的な成長機会を逃してしまうリスクがあります。

なぜなら、役員が常に「失敗した場合の個人的な賠償リスク」を意識し続ける環境では、企業の成長に不可欠な、M&Aや新規事業への投資といった健全なリスクテイクができなくなるからです。責任限定契約というセーフティネットがないと、役員は自身を守るために前例踏襲の無難な選択に傾きがちになり、その経営の萎縮が、結果として企業の競争力を少しずつ蝕んでいくのです。

取締役会の監督機能が低下し、ガバナンスが形骸化する

責任限定契約がない場合、取締役会の重要な監督機能が低下し、ガバナンスが形骸化してしまうリスクがあります。

なぜなら、経営のチェック機能を担うべき社外取締役が、個人的な賠償リスクを恐れて自由に発言できなくなるからです。彼らの役割は経営陣に厳しい質問や提言を行うことですが、「反対が弱かった」と将来的に責任を問われることを懸念し、経営陣の提案に異を唱えにくくなります。その結果、取締役会は活発な議論の場ではなく、提案を追認するだけの形式的な場となり、経営の誤りを見過ごす危険性が高まるのです。

責任限定契約を締結する5つの法的ステップ

責任限定契約を有効に締結するためには、単に当事者間で契約書を交わすだけでは全く不十分です。会社の根本規則である定款の変更に始まり、取締役会による個別の承認、そして株主への情報開示に至るまで、会社法に定められた一連の厳格な手続きを、正しい順序で着実に実行することが法的な有効性の絶対条件となります。

ステップ1. 定款に定めを設ける(株主総会の特別決議)

全ての手続きの前提として、会社の根本規則である定款に「責任限定契約を締結できる」旨の規定を設ける必要があります。

これは、役員の責任を限定するという株主の利益に影響しうる重要事項について、株主から包括的な同意を得るためです。この定款変更は、株主総会の「特別決議」(議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成)によって承認される必要があります。

ステップ2. 契約内容を具体的に決定する【重要条項も解説】

次に、個別の役員と締結する契約書の具体的な内容を策定します。特に以下の条項は重要です。

  • 責任の限度額:法令で定める「最低責任限度額」を下回らない金額を設定します。この金額は、会社法第425条の規定に基づき、役員の区分(代表取締役か否か等)や報酬額に応じて算出されます。
  • 対象となる行為:どのような任務懈怠行為が責任限定の対象となるかを定めます。
  • 善意無重過失の要件: 責任限定が適用されるためには、役員が善意かつ無重過失であることが必要である旨を明記します。
  • 契約の有効期間: 法律上の定めはありませんが、実務上は役員の任期に合わせる例が多く見られます。
  • 解除・終了事由: 役員の退任や、法令違反があった場合などの契約終了事由を定めます。

ステップ3. 取締役会決議で責任限定契約の締結を承認する

策定した契約内容に基づき、個別の役員と責任限定契約を締結することについて、会社の機関決定を経ます。

  • 取締役会設置会社の場合:取締役会で承認決議を行います。
  • 取締役会非設置会社の場合:取締役の過半数の決定によって承認を得るのが一般的です。

ステップ4. 個別の役員と契約を締結する

取締役会等での承認後、会社と対象役員との間で正式に「責任限定契約書」を取り交わし、両者が署名または記名押印します。

ステップ5. 株主への情報開示を行う

責任限定契約を締結した場合、その内容の概要等を事業報告に記載し、株主に情報提供する義務があります(会社法施行規則121条3号)。これにより、株主は会社の役員責任に関する重要な情報を確認できます。

責任限定契約における取締役会決議の重要ポイントと注意点

責任限定契約の取締役会決議で最も重要なのは、手続きを一つでも誤ると、決議自体が無効となり契約の効力も失われるリスクがあるという点です。

なぜなら、契約の相手方が自社の取締役であるため、決議の公正性を担保し利益相反を避けるための厳格な法的ルールが定められているからです。なかでも「特別利害関係人」の扱いは、このプロセスの成否を分ける最大のポイントとなります。

決議要件と「特別利害関係人」の正しい理解

取締役会決議を有効に成立させるためには、決議要件を遵守することが大前提です。

最も重要な注意点が「特別利害関係人」の扱いです。責任限定契約の締結に関する決議では、契約の当事者となる取締役自身が特別利害関係人に該当します。特別利害関係を有する取締役は、決議の公正性を担保するため、その議案の採決に加わることはできません(会社法第369条第2項)。さらに、決議の定足数を計算する上でも、その取締役は頭数から除外されます。

みなし決議(書面決議)は活用できる?

「みなし決議」(書面決議)は、議決権の行使が制限される特別利害関係取締役も含めた、取締役全員が議案に書面または電磁的記録で同意の意思表示をした場合に可能です(会社法第370条)。

ただし、監査役設置会社においては、その監査役に決議内容を通知し、監査役が所定の期間内に異議を述べないことが追加の要件となります。 これにより、取締役が多忙で一堂に会するのが難しい場合でも、機動的に決議を行えます。

取締役会議事録の具体的な記載例と保管義務

決議の正当性を証明するため、取締役会議事録には正確な記録を残す必要があります。特に、特別利害関係人の扱いについては明確に記載しましょう。

【記載例】

第〇号議案 取締役〇〇〇〇との責任限定契約締結の件 (中略) 議長が本議案について一同に諮ったところ、全員一致をもってこれを承認可決した。 なお、本契約の当事者である取締役〇〇〇〇は、本議案につき特別の利害関係を有するため、議決に加わらなかった。

作成した議事録は、会社法に基づき10年間本店に備え置く義務があります。

もし決議に不備があったらどうなる?

もし特別利害関係人が議決に加わるなど決議の方法に法令違反があった場合、その取締役会決議は「無効」と判断される可能性があります。

決議が無効となれば、それに基づいて締結された責任限定契約も効力を失うリスクがあり、後日、役員が多額の賠償責任を負う事態になりかねません。手続きの瑕疵は、制度そのものを無意味にしてしまうため、細心の注意が必要です。

【会社・役員の状況別】責任限定契約の3つの特別ルール

責任限定契約を締結する基本的な流れは共通していますが、全ての会社で手続きが画一的なわけではありません。ここでは、会社の状況や役員の地位によって適用される「3つの特別ルール」を解説します。これらのルールを正しく理解し、手続きに反映させることが、契約を法的に有効なものにする上で不可欠です。

取締役会を設置していない会社の場合の手続き

取締役会非設置会社では、業務執行の決定は各取締役が行い、重要な事項は取締役の過半数の決定によって行われるのが原則です(会社法348条2項)。そのため、責任限定契約の締結も、必ずしも株主総会の決議は必須ではなく、取締役の過半数の決定によるのが一般的です。

監査役と契約を締結する場合の特有の注意点

監査役と責任限定契約を締結する議案を取締役会に提出する場合、監査役(監査役が複数いる場合はその過半数)の同意を得なければなりません(会社法第427条第3項)。これは、監査役の地位の独立性を確保するための手続きです。

役員交代・再任時の責任限定契約と取締役会決議

責任限定契約は、会社と役員個人との間の契約です。したがって、役員が任期満了で退任すれば契約は効力を失います。

  • 新任の場合:新たに就任する役員とは、改めて契約を締結し、そのための取締役会決議が必要です。
  • 再任の場合:契約書に「再任された場合も有効」といった規定がない限り、再任時に改めて契約を締結し直すのが安全です。その際も、再度取締役会決議を行うのが実務上望ましいでしょう。

責任限定契約の有効性は、適切な取締役会決議から

責任限定契約は、企業の攻めのガバナンスを支える重要な制度です。しかし、そのメリットを最大限に享受するためには、定款変更から取締役会決議、契約書作成、情報開示に至るまで、会社法に定められた手続きを一つひとつ正確に履践することが絶対条件となります。

本記事で解説したポイントを押さえ、適切なプロセスで契約を締結・運用することが、変化の激しい時代において企業と役員の双方を守り、持続的な成長を実現するための礎となるでしょう。


※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。

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