- 作成日 : 2025年9月16日
下請代金支払遅延等防止法とは?適用範囲や禁止行為をわかりやすく解説
親事業者と下請事業者の間で行われる取引は、しばしば立場の非対称性によるトラブルの温床となります。下請代金支払遅延等防止法(下請法)は、こうした構造的な不公正を是正し、中小企業の利益保護と取引の透明性を確保するために制定された法律です。
本記事では、下請法の適用範囲や基本ルール、禁止行為、違反時の措置などについて解説します。
なお、2026年1月の改正下請法施行により法令上の用語が「親事業者」は「委託事業者」に「下請事業者」は「中小受託事業者」に変更されます。記事内では、施行後の名称を利用しています。
目次
下請代金支払遅延等防止法とは
下請代金支払遅延等防止法(下請法)は、中小企業を取り巻く不公正な取引慣行を是正し、取引の公正化を図るために制定されました。発注側と受注側との間にある力関係の差に起因する問題に対応するため、法的なルールを整備し、中小受託事業者の利益保護を図っています。
優越的地位による不利益を防ぐために制定された
下請法は、委託事業者と中小受託事業者の間に存在する力関係の非対称性を是正する目的で導入されました。中小受託事業者は、発注者である委託事業者の要求に対して弱い立場に置かれがちで、支払遅延や一方的な価格変更、無償での仕様変更などの不公正な取引を受けることがありました。こうした行為は中小企業の経営基盤を脅かし、取引の持続性を損なう要因となります。
独占禁止法ではこうした優越的地位の濫用を規制していますが、対応に時間がかかるという課題がありました。これを補完し、より迅速な是正を実現する手段として、下請法が制定されました。
公正な取引ルールを確立し利益を守ることが目的
下請法は第1条において、下請取引の公正化および中小受託事業者の利益保護を目的として掲げています。これは、委託事業者による発注から代金支払に至るまでの一連のプロセスにおいて、透明で一貫性のある取引ルールを定め、中小受託事業者の立場を保護するための制度です。
具体的には、発注内容の書面交付、適切な支払期日の設定、記録の保存、さらには代金減額や買いたたきといった行為の禁止などが定められています。これらの規定により、法的保護のもとで安定した取引関係を築く基盤が整えられています。
下請代金支払遅延等防止法の適用範囲と定義
下請代金支払遅延等防止法(下請法)は、すべての取引に一律で適用されるものではありません。適用されるのは、一定の資本金関係にある事業者間で行われる特定の委託取引です。ここでは、法律が適用される取引関係を明確に判断するために必要な2つの視点「資本金規模」と「取引内容」について整理します。
資本金の大小によって委託事業者と中小受託事業者が定義される
下請法では、発注者と受注者の資本金規模に差がある場合、発注者を「委託事業者」、受注者を「中小受託事業者」と定めます。資本金の基準は、取引の内容によって異なります。たとえば、製造委託や修理委託、ソフトウェア開発など情報処理に関する取引では、委託事業者の資本金が1,000万円を超え3億円以下の場合、中小受託事業者の資本金が1,000万円以下であれば対象となります。委託事業者の資本金が3億円を超える場合は、中小受託事業者の資本金が3億円以下であることが条件です。
一方で、プログラム以外の情報成果物の作成(たとえばデザイン制作、広告制作、取扱説明書や設計図の作成など)や、運送・倉庫保管・情報処理以外の役務提供(たとえばコールセンター業務やビルメンテナンスなど)の場合には、資本金の基準が異なります。この場合、委託事業者の資本金が1,000万円を超え5,000万円以下であれば、中小受託事業者の資本金は1,000万円以下、委託事業者の資本金が5,000万円を超える場合は、中小受託事業者の資本金が5,000万円以下であることが必要です。
このように、取引内容によって段階的に資本金基準が設定されており、どちらの立場にあるかは数値で客観的に判断できます。
下請法が適用される委託取引の4類型
資本金基準を満たしていても、取引の内容が下請法で定める対象に該当しなければ、適用されません。下請法が対象とするのは以下の4種類の委託取引です。
1つ目は「製造委託」です。これは、委託事業者が自社製品の部品などを中小受託事業者に製造させる取引です。たとえば、電機メーカーが外部企業に部品を製造させるようなケースが該当します。
2つ目は「修理委託」です。販売済み製品のアフターサービスやメンテナンス作業を外部に依頼する場合がこれに該当します。修理の全部または一部を再委託する取引が対象です。
3つ目は「情報成果物作成委託」です。これには、ソフトウェアなどのプログラム、映像コンテンツ、Webサイトのデザイン、設計図の作成などが含まれます。
4つ目は「役務提供委託」です。これは委託事業者が行っている業務の一部を中小受託事業者に委託する形態で、たとえばコールセンター業務やメンテナンス業務など、サービス提供の一部を外部に任せるケースが当てはまります。
この4つの類型のいずれかに該当し、かつ資本金基準を満たす場合、その取引は下請法の規制対象となります。
該当するかどうかは資本金と取引内容の両面で判断する
法務担当者が下請法の対象かどうかを判断するには、まず自社と相手方の資本金関係を確認した上で、取引内容が4類型のいずれかに該当するかを検討する必要があります。いずれか一方だけでは判断できず、両方の条件がそろったときに初めて「下請取引」とみなされ、下請法の保護と規制が適用されます。資本金規模が近い場合や、取引内容が曖昧な場合は、事前に公正取引委員会のガイドラインや相談窓口を利用することで誤った運用を防ぐことが可能です。
下請代金支払遅延等防止法の禁止行為
下請法は、委託事業者が優越的地位を利用して中小受託事業者に不利益を与える行為を防ぐため、11項目の禁止行為を定めています。ここでは、それぞれの禁止行為を解説します。
受領拒否
委託事業者が、中小受託事業者から納品された物品や提供された役務の受領を正当な理由なく拒否する行為です。仕様どおりに完成しているにもかかわらず、発注側の都合で受取を拒否するようなケースが該当します。納品後の受領は契約上の義務であり、これを怠ることは下請法違反となります。
下請代金の支払遅延
物品や成果物の受領後、定められた期日(原則60日以内)までに下請代金を支払わない行為です。支払期日の未設定や、経理上の都合による支払の後ろ倒しも該当します。資金繰りに大きな影響を与える行為であり、最も頻繁に指摘される違反の一つです。
下請代金の減額
中小受託事業者と合意した代金を、納品後に委託事業者が一方的に減額する行為です。たとえば「当月のコスト削減方針により、請求額を調整する」といった主張による減額は、正当な理由がない限り禁止されています。
返品
委託事業者が、一度受領した物品を正当な理由なく中小受託事業者に返品する行為です。販売先からのキャンセルや需要減を理由に、納品済み商品を中小受託事業者へ押し戻すケースはこれに該当します。中小受託事業者側の瑕疵がない限り、返品は許容されません。
買いたたき
市場価格や適正な取引価格を大幅に下回る代金での発注を強いる行為です。取引継続や関係悪化を恐れて価格引下げに応じざるを得ない状況では、委託事業者の優越的地位の濫用と見なされる可能性が高くなります。
購入・利用強制
委託事業者が、自社指定の物品や役務を中小受託事業者に購入・利用させる行為です。たとえば「この原材料は当社指定のものを使ってください」と強制する行為は、競争を制限し、中小受託事業者の自由を不当に拘束するものとされます。
報復措置
中小受託事業者が公正取引委員会等に相談・申告したことに対し、委託事業者が取引停止や数量減などの不利益な対応をとる行為です。内部告発や協議に対して報復的な行動をとることは、通報制度の信頼性を損なう重大な違反です。
有償支給原材料等の対価の早期決済
委託事業者が、原材料や型などを中小受託事業者に支給し、これらの代金を下請代金から控除したうえで、控除部分を中小受託事業者に支払う期日を実際の支払い期日よりも早く設定する行為です。資金の先払いを強いるような取引構造が問題視されます。
割引困難な手形の交付
現金化が困難な長期手形や、資金繰りに支障をきたす支払手段で下請代金を支払う行為です。特に、支払期日から満期までの期間が90日(繊維業では120日)を超える長期の手形は、割引が困難と見なされ、違反となる可能性があります。
原則として、迅速な現金支払いが推奨されます。
不当な経済上の利益提供要請
委託事業者が、金銭、労務、その他の経済的利益を中小受託事業者に無償で提供させる行為です。たとえば「イベント協賛金として負担をお願いしたい」といった要請が、対等な合意に基づかず行われる場合は違反に該当します。
不当なやり直し・変更
成果物に瑕疵がないにもかかわらず、委託事業者が中小受託事業者に対して一方的に作業のやり直しや仕様変更を求める行為です。発注時に明確でなかった内容を後から追加・修正し、それを中小受託事業者に無償で対応させるケースが典型です。
下請代金支払遅延等防止法違反に対する措置と罰則
下請法に違反した場合、委託事業者は行政指導や罰則、社会的信用の失墜といった重大な影響を受けることになります。主な対応措置と罰則について整理します。
行政指導と勧告による是正措置
下請法に基づく監督は、公正取引委員会または中小企業庁によって実施されます。これらの機関は、委託事業者に対し定期的な書面調査や立入検査を通じて下請取引の実態を把握しています。違反の疑いが見つかれば、まず「指導」が行われ、これは口頭または書面によって是正を促すものです。
指導を受けた委託事業者は、速やかに問題点を改善し、再発防止策を明記した改善報告書を提出する必要があります。さらに、違反の内容が悪質または重大と判断された場合は「勧告」が出されます。勧告は法的根拠に基づく正式な是正要求であり、その内容と企業名が公正取引委員会のウェブサイト上で公表されるため、リスクも大きなものとなります。
50万円以下の罰金が科されるケース
下請法に違反したからといって直ちに刑事罰が科されるわけではありませんが、法令で定められた一定の違反行為については、50万円以下の罰金が科されることがあります。調査に対して虚偽の報告を行った場合や、立入検査を拒否・妨害した場合がこれに該当します。
また、委託事業者に義務付けられている「発注時の書面交付」や「取引記録の作成・保存」を怠った場合も罰金対象となる可能性があります。これは法人・個人を問わず適用されるため、企業としての責任を明確にし、法務・総務・現場部門が連携して対応することが求められます。
中小受託事業者による損害賠償の可能性
行政措置とは別に、中小受託事業者が損害を被った場合には、民事上の手段によって損害賠償を求めることが可能です。たとえば、不当に減額された代金の差額や、支払遅延による資金損失について、委託事業者に対して裁判での請求が行われることがあります。
また、裁判に至る前の段階で、弁護士を通じた内容証明や和解交渉、ADR(裁判外紛争解決手続)によって解決を図ることも可能です。企業にとっては、法的リスクだけでなく社会的評価やビジネス関係への影響も大きいため、日常的なコンプライアンス体制の整備と早期対応が肝心です。
よくある下請法違反事例と委託事業者の対応策
下請代金支払遅延等防止法(下請法)に違反した場合、公正取引委員会や中小企業庁から指導・勧告を受けるリスクがあります。ここでは、起きやすい違反事例と、それに対する企業の対応策を取り上げ、再発防止のためのポイントを整理します。
支払遅延(期日を過ぎた振込処理)
製造業の委託事業者が、納品を受けた製品に対して、60日以内の支払期日を設けず、経理処理の都合で支払を2カ月以上遅らせた事例があります。これは典型的な「支払遅延」の違反です。行政指導を受けた企業は、期日設定の社内ルールを見直し、システム上で自動的に60日以内の支払スケジュールを反映させる対応を取りました。改善報告書の提出も義務づけられています。
代金減額(一方的な仕入単価の引下げ)
委託事業者が、契約後に「利益確保のため」として仕入価格を一律で5%減額し、事後的に中小受託事業者へ通知した事例があります。これは、合意された価格を理由なく下げる「代金減額」に該当します。このケースでは、公取委の勧告を受けて公表対象となり、委託事業者は社内の発注プロセスに第三者レビューを導入し、価格変更には事前合意を必須とするルールを整備しました。
返品(発注済み製品の在庫過多による返品)
アパレル業界では、販売動向を理由に発注済みの製品を納品後に返品する例があります。これは「正当な理由のない返品」として違反行為に該当します。該当企業は返品ルールを明文化し、返品は契約書に記載された品質不良時のみに限定し、取引先への通知文面のテンプレートも作成しました。
やり直し要求(仕様変更への無償対応)
IT業界において、納品済みシステムに対して、委託事業者が追加機能を求めたにもかかわらず、追加費用を認めず再開発を要求した事例があります。これは「不当なやり直し・変更」に該当します。企業はその後、契約段階で要件変更時の価格改定ルールを明記し、再発を防ぐ体制を構築しました。
下請法を遵守し、公正に取引しましょう
下請代金支払遅延等防止法は、中小受託事業者との公正な取引を維持するための重要な法律です。対象取引の判断基準や11の禁止行為は明確に定められており、知らずに違反することのないよう、正確な理解が求められます。違反によって生じる行政指導や社会的信用の低下は企業にとって大きなリスクとなるため、法務部門は契約や発注の実務に法令遵守の視点を取り入れましょう。下請法の考え方を社内に浸透させ、取引先との信頼を築くことで、持続的で健全な事業運営につなげていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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