• 作成日 : 2025年5月7日

民法644条の善管注意義務とは?違反した場合や判例、改正点などわかりやすく解説

民法644条の善管注意義務は、委任契約の受任者に課せられた義務です。委任契約以外にも民法644条が準用されています。また2020年民法改正後、従来の文言のまま規定が残っているため、善管注意義務の理解を深めておかなくてはなりません。本記事では、民法644条の善管注意義務とは、どのようなものなのか、違反した場合や判例、改正点なども含め、わかりやすく解説します。

民法644条(善管注意義務)とは

善管注意義務とは、委任を受けた受任者が委任者のために行わなければならない義務です。委任契約は、委任者と受任者との信頼関係によって成り立っています。契約の目的に沿って委任者の信頼に応えるため、契約条項に定めがなくとも行わなければならない事項があります。ここでは、民法644条の条文と改正内容を確認しておきましょう。

民法644条の条文

民法644条では「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」と規定されています。この義務が「善管注意義務」と称され、委任契約のみならず他の条文でも準用されている法律上の重要な単語の1つです。

民法644条の改正内容

2020年民法改正に際して、民法644条の善管注意義務も具体化して「指図遵守義務」と明記する議論もされましたが、指図の遵守の合理性などの観点から敢えて条文化はせず、従前どおり条文の解釈に委ねられることになりました。

民法644条の善管注意義務の具体例

民法644条の善管注意義務とは、どのようなものが該当するのでしょうか。ここでは、善管注意義務の具体例を紹介します。

医師の善管注意義務

医師の医療行為は、契約事務ではないため委任契約ではありません。(民法643条)ただし、準委任契約として委任契約の規定が準用されるため、善管注意義務が課されています。(民法656条)

すべての医師が、あらゆる怪我や病気を治せるわけではありません。また、どの医療機関も最新鋭の機器を有しているわけでもありません。そこで、怪我や病気を治せたかどうかであったり、見落としの有無であったりという結果による判断は困難です。

そのため、医師に課されている善管注意義務は、その医療機関で求められる医療水準の診察、診療等の医療行為を行うこととされています。

判例においても、最新の治療法を用いるべきであったかの議論に関して「新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。」と判示しています(最高裁平成7年6月9日判決)。

弁護士の善管注意義務

弁護士への依頼は、訴訟の代理も債務整理も委任契約に該当しますが、医師と同様にすべての訴訟に勝訴できません。そのため、弁護士に求められる善管注意義務は、依頼者のために専門家としての知見をもって行うべき事項を果たすことです。

債務整理の委任契約に関する判例では、善管注意義務の一環として、依頼者に対し、採用する債務整理の方針にともなう不利益やリスクを説明するととともに、他の選択肢があることも説明する義務を負うとしています(最高裁平成25年4月16日判決)。

不動産管理会社の善管注意義務

不動産賃貸を管理会社が委託された場合も、委任契約や準委任契約に該当するため、善管注意義務を負います。

具体的な例を挙げると、委任契約で受任者は委任者の請求に従って報告する義務がありますが(民法645条)、管理会社が建物の破損や不具合などを発見した場合、オーナーからの請求がなくともこれを報告しないと善管注意義務違反になる可能性が高いでしょう。管理会社へ委託するということは、オーナーが気づかないような内容の把握、その内容の報告や対応が求められるため、契約の趣旨をよく理解して管理業務を行う必要があります。

民法644条の善管注意義務に違反した場合

善管注意義務違反は債務不履行となります。善管注意義務は、委任契約の契約上の責任です。したがって、契約書に書かれていなくても債務が発生します。

債務不履行の効果は契約書に書かれている債務の不履行と同様ですが、以下で解説します。

損害賠償

善管注意義務違反により、やるべき義務を履行していない場合、民法415条1項の「債務の本旨に従った履行をしないとき」に該当します。これによって受任者は、生じた損害の賠償責任を負わなくてはなりません。

不完全履行にともなう履行責任

上記のように損害賠償ができるときでも、善管注意義務を受任者が追完可能であれば履行の責任は残ります。ただし「履行が不能であるとき」や、受任者がやるべき義務の「履行を拒絶する意思を明確に表示したとき」は、委任者は履行に代わる損害賠償を請求することが可能です(民法415条2項)。

契約解除

善管注意義務違反が生じた後、相当の期間を定めて催告をしても履行がされない場合、委任契約そのものを解除できます(民法541条)。また、既に履行が不能であるときには、催告をすることなく解除が可能です(民法542条)。

民法644条の善管注意義務の判例

契約類型ごとの善管注意義務の程度や内容を理解するため、以下いくつか判例を紹介します。

銀行の善管注意義務

最初に紹介するのは、銀行が印影の違いに気づかず偽造手形を振り出してしまった事案です。判例は銀行の手形の振り出しについて「当座勘定取引契約によって委託されたところに従い、取引先の振り出した手形の支払事務を行うに当たっては、委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもってこれを処理する義務を負うことは明らかである」として、善管注意義務があるとしました。

そのうえで、銀行が「届出印鑑の印影と当該手形上の印影とを照合するにあたっては、(中略)金融機関としての銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当な注意をもって慎重に事を行うことを要」すると述べています(最高裁昭和46年6月10日判決)。

司法書士の善管注意義務

次は、不動産の登記権利者(買主)と登記義務者(売主)の双方から登記手続の依頼を受けた司法書士が、登記義務者の求めに応じて、登記に必要な書類を返還した事案についての判例です。

司法書士と登記義務者、登記権利者いずれとの委任契約も「売買契約に起因し、相互に関連付けられ」ており、登記義務者との契約は「登記義務者の利益をも目的としている」ことから、「司法書士が受任に際し、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、同時に登記権利者のためにも保管すべきもの」として、登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められても拒むべき義務があると判断しました(最高裁昭和53年7月10日判決)。

民法644条の善管注意義務を果たすためのポイント

民法644条の善管注意義務を果たすためには、以下のポイントに留意しましょう。

  • 契約内容を明確にする
  • 履行状況を記録してトラブルに備える
  • 専門家としてのリスク管理を怠らない

ここから、各ポイントの内容を解説します。

契約内容を明確にする

善管注意義務は、委任の本旨に従って生じる義務です。委任契約の内容や、受任者の立場や特性から期待されていることを明確にすることで、契約目的に適した行動を理解しましょう。

履行状況を記録してトラブルに備える

善管義務違反の有無の前提となる事実に、後から食い違いが生じると、本来やるべきであったことが見落とされたり、聞かされていない事実をもとに言い掛かりをつけられたりすることがあり得ます。

すべてのトラブルを防ぐことは困難です。しかし、日頃から契約に基づく履行状況や方針決定の際の説明内容などを記録化して、トラブルに備える仕組みづくりが効果的です。

専門家としてのリスク管理を怠らない

受任者が委任された分野に熟練した立場にある場合、期待される水準が自ずと高くなります。そのため、法改正や技術技法の変化など業界の最新情報の把握を怠ると、善管注意義務を果たせなくなり危険です。業界団体から発信される情報やセミナーなどは、常にチェックしておきましょう。

また、契約締結の段階でできるだけ双方の義務を明確にしておくことで、不測の自体を極力生じさせない契約書を作成することもリスク管理の1つです。

類型ごとに善管注意義務対策を

善管注意義務は、改正によっても具体化されず、依然として抽象的な文言のままです。契約の目的や趣旨、双方の立場などから「委任の本旨」をよく理解するとともに、業界のルールや常識、新しい制度などをきちんと把握しておくことで、課されている善管注意義務を把握して対策をしておきましょう。


※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。

※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。

関連記事