• 作成日 : 2022年6月24日

損害賠償の範囲について解説!交渉時の注意点は?

損害賠償の範囲について解説!交渉時の注意点は?

取引先と契約を締結する際に、契約書に損害賠償に関する条項を盛り込むケースがあります。自社にとって不利な条件で契約を締結しないために、損害賠償の範囲や交渉時の注意点等を確認しておくことが大切です。

ここでは、企業の法務担当者が知っておきたい損害賠償の基本的な知識や交渉時の注意点について、具体的な事例を交えながらわかりやすく解説します。

民法における損害賠償の範囲

損害賠償の範囲とは、損害賠償請求が認められる際に「どのような損害が賠償の対象になるのか」を規定するもののことです。

損害賠償の範囲を深く理解するためには、「損害賠償とは何か」を理解する必要があります。ここでは、最初に損害賠償の概要を解説し、民法の条文や損害賠償に関連する言葉とともに損害賠償の範囲について解説します。

【損害賠償とは?】

損害賠償とは、自己の行為によって第三者が被った不利益を金銭等(※)で補うことです。

※通常の損害賠償は金銭によるものです(民法 第417条)。ただし、名誉棄損など個別の事例によっては、金銭に代わる処分を命じられることがあります(民法 第723条)。

【損害賠償の種類】

損害賠償は、主に以下の2つの行為によって発生します。

  • 債務不履行(民法 第415条・第1項)
  • 不法行為(民法 第709条)

前者は契約関係にある当事者間において、一方が契約に違反したことで他方に生じた不利益に対する損害賠償です。後者は契約関係の有無に関わらず、他人への権利侵害や与えた不利益に対する損害賠償です。

以上が損害賠償の概要です。

次に、損害賠償の範囲についてご理解いただくために、民法の条文の意味や債務不履行・不法行為による損害賠償の考え方を詳しく解説します。

損害賠償に関連する法律

前述のとおり、損害賠償は「債務不履行」または「不法行為」によって発生します。ここでは、債務不履行による損害賠償の範囲に関連する法律をご紹介します。

民法で定められている損害賠償の範囲は、以下のとおりです。

民法 第416条(損害賠償の範囲)
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

引用:民法|e-Gov法令検索

民法では、債務不履行による損害賠償の範囲を以下の2つの観点から定義しています。

  1. 契約違反(債務不履行)によって通常生ずべき損害
  2. 特別の事情によって生じた損害のうち、当事者(債務者)が予見すべきであったときに生じた損害

【民法第416条・第1項の意味】

民法第416条・第1項にある「通常生ずべき損害」とは、契約が守られなかったことで一般的に生じると考えられる損害のことです。「通常生ずべき損害」の具体的な事例については、後ほど解説します。

「契約違反(債務不履行)によって通常生ずべき損害」が認められるかどうかは、以下の3点がポイントになります。

  1. 契約違反があったこと
  2. 契約違反と損害の発生に因果関係があること
  3. 債務者に帰責事由(※)があること

※契約の責任が果たされないことについて、債務者側に責任があること

債権者が1と2を立証できれば、「通常生ずべき損害」の範囲として認められる可能性があります。3については債務者が損害賠償責任を否定する場合、帰責事由がない旨を債務者側が立証しなければなりません。

【民法第416条・第2項の意味】

民法による損害賠償の範囲は、「特別な事情によって生じた損害」でも、「債務者が予見すべきであった」なら損害賠償の範囲として認められる場合があります。

「特別な事情によって生じた損害」とは、通常よりも高額な商品の転売益や債務不履行後の不動産の価格高騰など「特別な事情」による損害のことです。こちらも具体的な事例については後述します。

「通常生ずべき損害」とは異なり、損害が生じた旨を主張・立証するだけでなく、「債務者が予見できたか否か」の立証が損害の範囲として認められるかどうかのポイントになります。

債務不履行とは

債務不履行とは、契約の当事者が契約時に約束した義務を果たさないことです。

債務不履行には「履行遅滞」「履行不能」「不完全履行」があります。

【債務不履行の種類】

  • 履行遅滞:契約時に指定した期限までに債務を履行しないこと(=債務の履行が遅れること)
    例:〇月〇日までに商品を引き渡すという条件で契約したが、期限を過ぎても商品の引き渡しが行われない
  • 履行不能:債務の履行が不可能になったこと
    例:不動産売買契約を締結し、建物の引き渡しが行われる予定だった。しかし、債務者の不注意によって建物が滅失してしまった。
  • 不完全履行:債務が履行されたが、契約時に定めた条件を満たしていないこと
    例:商品100個が引き渡される約束だったが、債務者の手違いで50個しか引き渡されなかった

民法第415条第1項、2項では債務不履行による損害賠償について定められているため、契約書に損害賠償に関する規定がなくても民法に基づいて損害賠償を請求することができます。民法の内容で問題なければ、契約書に損害賠償条項を盛り込まないのも選択肢の1つです。

ただし、損害賠償の範囲には明確な基準がありません。「どのような損害が損害賠償の範囲となるのか」は契約の種類や取引内容など、個別の事情によって異なります。

契約書に損害賠償の条項を記載しないと、当事者双方に以下のようなリスクが生じることがあります。

  • 債権者が損害賠償を請求できる範囲が限定される
    例:自社が納得できる損害賠償額を請求できない
  • 債務者が損害を賠償する範囲が拡大する
    例:自社が想定する以上の損害賠償額を請求される

万が一のトラブルに備えて、必要に応じて損害賠償に関する規定を設けておくことが大切です。

不法行為とは

不法行為とは、故意または過失によって他人の権利を侵害する行為のことです。不法行為による損害賠償請求は、契約関係にない間柄においても認められます。

不法行為による損害賠償請求が認められる要件として、以下のものが挙げられます。

  • 加害者の違法行為によって権利や利益が侵害された
  • 加害者に故意過失があった
  • 損害が発生している
  • 加害者による違法行為と損害発生の間に因果関係がある

契約関係にある当事者間において債務不履行に該当しない場合でも、民法第709条の規定に基づき、不法行為を根拠として損害賠償を請求できるケースがあります。

ただし、不法行為による損害賠償が認められるためには、被害者が加害者の故意過失を立証する必要があります。

通常損害と特別損害の違い

民法では「損害の範囲」について「通常損害」「特別損害」という考え方が基本になっていますが、実務上ではこれらの考え方以外にも「損害」に対する複数の概念があります。

ここでは、契約書で用いられることがある「損害の概念」について解説します。

通常損害とは

通常損害とは、民法第416条・第1項が定める「通常生ずべき損害」のことです。債務不履行が生じた場合に、通常生じると考えられる損害です。

少々わかりにくいため、具体的な事例をご紹介します。

【通常損害の具体例】

A社(債務者)がB社(債権者)に対して部品を納入する契約において、履行遅滞が発生。B社はC社(B社の得意先)への履行遅滞を解消するために、通常よりも単価の高い部品の納入を強いられました。

上記の例では、A社による履行遅滞がなければ、B社は通常よりも高額な部品を仕入れる必要はありませんでした。このケースでは、B社が代替部品を購入するためにかかった費用が通常損害として認められる可能性が高いです。

特別損害とは

特別損害とは、民法第416条・第2項が定める「特別な事情によって生じた損害」のことです。債務不履行によって通常起こると考えられる範囲外の損害です。

こちらも具体的な事例をご紹介しましょう。

【特別損害の具体例】

Aさん(買主)は将来価値が上昇する可能性が高い不動産を対象として、Bさん(売主)と不動産売買契約を締結しました。しかし、Bさんの二重譲渡(※)によって、Aさんは不動産の所有者になることができませんでした。
その後Aさんの予想どおり、不動産の価値が大きく上昇しました。

※二重譲渡:1つの不動産を複数人に譲渡すること。不動産は、所有権の登記によって第三者へ権利を主張できる仕組みになっています。買い手が複数いる場合、売買契約を締結した順番に関わらず、所有権移転登記を先に行った人が所有者になります。二重譲渡をすると、先に登記できなかったほうの買主に対する債務不履行となります。

上記の例では、Bさんの債務不履行がなければ、Aさんは将来価格が上昇する不動産を自分のものにできました。この例では、Aさんが得られたであろう利益(価格の上昇分)を喪失したことになります。

また「債務不履行後に不動産価格が上昇し続けた」という「特別な事情」があることから、転売機会の損失による損害は特別損害となります。

ただし、特別損害の範囲として認められるには「不動産価格が上昇する」ことに対するBさんの予見可能性が必要です。

「不動産価格が上昇することをBさんが予見できた」のであれば、特別損害が認められる可能性があります。

財産的損害・精神的損害

「損害」には通常損害・特別損害という区別の他に、財産的損害・精神的損害という区別もあります。

【財産的損害】

財産的損害とは、財産に関して生じた損害のことです。財産的損害は、その特徴によって積極損害・消極損害に分かれます。

  • 積極損害:被害者が直接支払った費用、実損(将来支払う費用を含む)
  • 消極損害:被害を受けなければ得られたであろう利益(収入など)を得られなかったことによる損害

契約書の損害賠償条項では「逸失利益(いっしつりえき)」という言葉が使われることがあります。逸失利益とは契約違反や不法行為がなければ得られたであろう利益のことで、消極損害の一種です。

<財産的損害の具体例>
交通事故で被害者がケガをして入院。ケガの後遺症で業務に支障をきたし、事故後の収入が減少した。

→この場合は治療費や入院費、退院後の通院費など実際に生じた費用が積極損害となり、事故後の収入減少分が消極障害(逸失利益)となります。

【精神的損害】

精神的損害とは精神的損害に対する賠償のことで、一般的に慰謝料と呼ばれます。

慰謝料は個人間で発生するケースが多いのですが、企業間においても企業の名誉毀損に対して損害賠償請求が認められることがあります。
契約書では直接損害・間接損害といった言葉が用いられることもあるため、併せて確認しておきましょう。

【直接損害・間接損害】

  • 直接損害:直接かつ実際に生じた損害、直接的な因果関係によって生じた損害など
  • 間接損害:上記以外で生じた間接的な損害

直接損害や間接損害については民法上の定義がなく、複数の解釈があり得ます。

契約書に定義を明記していないと議論になりやすい内容なので、これらの言葉を用いる場合は双方で定義を確認するようにしましょう。

契約書の損害賠償条項

民法の規定よりも損害賠償の範囲を制限したい場合や損害賠償責任を厳格化したい場合は、必要に応じて契約書に条項を設けておくとよいでしょう。

ここでは、契約書の損害賠償条項について具体例を3つご紹介します。

【例文1:損害賠償の範囲を制限するケース】

甲又は乙が、本契約に違反して相手方に損害を与えたときは、相手方に対して直接かつ現実に生じた通常の損害(逸失利益を含まない)に限り賠償する責任を負う。

→損害賠償の範囲を「通常の損害」に限定することで、制限しています。

【例文2:損害賠償額の上限を明確にするケース】

甲が本契約に違反して乙に損害を与えた場合、その損害(第〇条に定める本製品の価格相当額を上限とする)を賠償する責任を負う。

→損害賠償額について「本製品の価格相当額」と明記することで、賠償額に上限を設けています。

【例文3:損害賠償責任を厳格化するケース】

甲又は乙は、本契約の不履行に関して相手方又は第三者に損害を与えたときは、当該損害(紛争解決に要した弁護士費用及び人件費を含む)を賠償する責任を負う。

→損害が生じた際の弁護士費用は損害として認められないケースが多いため、契約時に定めておくことで損害賠償責任を厳格化しています。

損害賠償条項でチェックしておきたいポイント

契約書に損害賠償条項を明記する際、特に注意しておきたいポイントについて解説します。

損害賠償の範囲を明確にする

「損害賠償の範囲を明確にする」とは、どのような損害が損害賠償の対象となるかを決めることです。

民法上、損害賠償の範囲は「通常損害」「特別損害」ですが、当事者間での解釈のずれが問題になるケースがあります。そのため、「通常損害」「特別損害」がそれぞれ何を指しているのかを契約書で明確にしておくことが大切です。

損害賠償の範囲を明確にしておかないと、自社が損害賠償をする側である場合に多額の損害賠償額を請求されるリスクがあります。また、自社が債権者である場合は、損害を十分に補填してもらえないリスクがあります。

当事者間において解釈のずれやリスクに偏りがないかを確認するためにも、契約書で損害賠償の範囲を明確にすることが大切です。

賠償額の上限を明確にする

契約書に損害賠償条項を明記する際、損害賠償の範囲とは別に「賠償額の上限を明確にするかどうか」もポイントです。賠償額の上限を明記するか否かは、自社または契約の相手方に損害が生じた際、どちらにどのような損害額が生じるリスクがあるかを検討すると良いでしょう。

たとえば、業務委託契約において「損害賠償額は業務委託料を上限とする」という規定を設けるとします。

業務委託契約で委託者から受託者に対して生じる主たる義務は「業務委託料を支払うこと」であるケースが多いです。業務委託料の金額を大幅に超える損害が生じることは、多いとはいえないでしょう。

一方、受託者が委託した業務によって委託者または第三者への損害が生じた場合、受託者の想定を超える損害賠償額を請求されるリスクがあります。

つまり、損害賠償額の上限について「業務委託料を上限とする」という規定を設けることは、受託者が「多額の損害賠償額を請求されること」へのリスク対策になります。

多額の損害賠償額を請求されるリスクが自社にある場合、賠償額の上限を設定しておいた方が望ましいでしょう。

弁護士費用の負担を明確にする

過去の判例を見ると、弁護士費用は損害賠償における損害の範囲として認められにくいといえます。弁護士費用を請求できないことは、損害を賠償する側にとって有利な内容です。したがって、自社が損害賠償を請求する側となる場合は「弁護士費用を相手方へ請求できる」旨を定めておくべきです。

条文については、第3章の「契約書の損害賠償条項」例文3を参考にしてください。

損害賠償を正しく理解しましょう

契約書に損害賠償条項を記載する際、適切な定めを置かないとどちらか一方が大きなリスクを背負う内容となる場合があります。

例えば自社の責任で債務不履行が生じた際に、想定外の損害賠償額を請求されるおそれがあります。
また、相手方によって債務不履行が生じた際に、十分な賠償額を請求できないリスクもあります。

企業の法務担当者はリスクを抑えるために損害賠償について正しく理解することが大切です。

よくある質問

損害賠償の範囲は契約書でどう定めるべきですか?

民法で定められている損害賠償の範囲に対して、責任の範囲を制限する(または厳格化する)、損害賠償額の上限規定を置くなど、「どのような範囲を損害の対象とするのか」について明確にすることが大切です。詳しくはこちらをご覧ください。

契約書の損害賠償条項で特に注意すべきポイントはどこですか?

損害」を一義的に解釈することは難しいので、損害の範囲を明確にすることが大切です。特に自社が損害を賠償する立場になる可能性が高い場合には、損害賠償の範囲だけでなく、賠償額の上限などを明記することもポイントといえます。詳しくはこちらをご覧ください。


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