• 作成日 : 2025年11月11日

取締役会の承認が必要な利益相反取引とは?不要なケースや決議の手続き、注意点など解説

取締役が関与する「利益相反取引」は、会社の利益を不当に害する可能性があるため、会社法で厳格な手続きが定められています。この手続きの核心となるのが取締役会による承認です。しかし「どのような取引が対象になるのか」「取締役会でどういった手続きを踏めばよいのか」など、実務上の疑問は尽きません。

本記事では、利益相反取引を適法に行うために必要な知識を網羅的に解説します。取引の定義や承認が不要なケースから、具体的な決議の方法、承認がない場合のリスク、実務上の注意点まで、企業の担当者の方がすぐに使えるよう分かりやすく説明します。

取締役会の承認が必要な利益相反取引とは?

取締役会の承認が必要な利益相反取引とは、取締役が自己または第三者の利益のために会社の利益を害するおそれのある取引のことです。

この承認の対象となる「利益相反取引」とは、そもそも、取締役がその地位を利用して、会社の利益を犠牲にする形で自己または第三者の利益を図る可能性のある取引全般を指します。取締役は会社に対して、常に会社の利益を最大化するために行動する「忠実義務」を負っていますが、個人の利益と会社の利益が衝突する場面ではその義務に反するリスクがあるため、会社法によって取締役会の監督のもと厳しく規制されているのです。

この規制の核心は、取引の「公正さ」をどう担保するかにあり、そのために取締役会という客観的な機関によるチェック機能が求められます。利益相反取引は、その構造から主に「直接取引」と「間接取引」の2つに大別されます。

直接取引

直接取引とは、取締役が契約当事者の一方として、会社と直接契約を結ぶ取引です。これには、取締役が自分自身のために取引する場合と、第三者を代理・代表して取引する場合の双方が含まれます。

取締役が自己のために行う取引

最も典型的な直接取引です。取締役個人の資産と会社の資産が直接行き来するため、取引条件が取締役に有利に傾きやすいという特徴があります。

  • 例1(資産の購入):取締役が、会社が所有する不動産や有価証券、自動車などを個人的に購入する。
  • 例2(資産の売却):取締役が、個人で所有する土地や美術品などを会社に売却する。
  • 例3(金銭の貸借):取締役が会社から金銭を借り入れたり、逆に会社に金銭を貸し付けたりする。

【特に注意】代表取締役が同一である会社間の取引

A社の取締役Bが、関連会社であるC社の代表取締役も兼務している場合、A社とC社が取引を行うケースは直接取引の典型例です。

この場合、BはC社の代表者として、A社と契約を締結することになります。A社から見れば、自社の取締役Bが「第三者(C社)のために」会社と契約を結んでいる構図となり、会社法が定める直接取引に該当します。グループ会社間の資金移動や業務委託などで頻繁に見られるため、特に注意が必要です。

間接取引

間接取引とは、会社と第三者との間の取引でありながら、その取引によって実質的に取締役個人が利益を得る、または不利益を免れるなど、会社の利益と相反する結果が生じる取引を指します。取締役は契約の当事者ではありませんが、その取引に強い利害関係を持っています。

  • 例1(債務保証):取締役個人の銀行からの借入金に対し、会社がその連帯保証人となる契約を銀行と結ぶ。もし取締役が返済できなければ会社が肩代わりすることになり、会社が一方的にリスクを負う。
  • 例2(債務引受):取締役が第三者に対して負っている債務を、会社がその第三者との契約によって代わりに引き受ける。
  • 例3(担保提供):取締役の個人的な借金のために、会社が所有する不動産を担保として提供する。

これらの取引は、一見すると会社と第三者の間の契約ですが、実質的には取締役の利益のために会社の財産や信用が利用されるため、直接取引と同様に取締役会の厳格な監視が必要とされます。

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なぜ利益相反取引に取締役会の承認が必要不可欠なのか?

取締役会による承認が不可欠な理由は、会社の利益を不当な侵害から守るためです。

取締役は、会社の経営を任された者として、常に会社の利益を最大化するよう行動する忠実義務(会社法第355条)を負っています。しかし、利益相反取引では、取締役が自己の利益を優先し、会社にとって不利な条件で取引を進めてしまう危険性があります。

そこで会社法(第356条第1項)は、取引の当事者ではない他の取締役で構成される取締役会に、取引内容を客観的に審査させ、会社にとって不利益でないかを判断させる仕組みを設けました。これは、特定の取締役による恣意的な経営判断を防ぎ、株主をはじめとするステークホルダー全体の利益を守るための重要なガバナンス機能なのです。

出典:会社法 | e-Gov 法令検索

承認が不要なケースとは?利益相反取引に該当しない取引

取締役と会社の取引であっても、実質的に会社の利益を害するおそれがないと考えられる特定のケースは、利益相反取引には該当せず、取締役会の承認は不要です。その判断の根底にあるのは、「取締役の裁量によって会社に不利益が生じるリスクがない」という考え方です。

定型的・画一的な取引

不特定多数の顧客を相手に行われる、約款や公開された価格表に基づく定型的な取引は、利益相反取引に該当しません。これは、価格や条件がすべて公開・固定されており、取締役がその地位を利用して自分に有利な条件を引き出す裁量の余地が一切ないため、利益相反のリスクがないと判断されるからです。

具体例
  • 取締役が自社の店舗で、他の一般客と全く同じ定価で商品を購入する。
  • 取締役が自社の鉄道やバスなどの公共交通機関を、定められた運賃で利用する。
  • 取締役が自社(銀行)の窓口で、他の顧客と同じ金利・条件で預金口座を開設する。

全従業員に一律で適用される制度

福利厚生制度など、会社の規定に基づいて全従業員に等しく適用されるものを取締役が利用する場合も、承認は不要です。これは、取締役個人への特別な利益供与ではなく、全従業員を対象とした公平な制度の一環であり、利益相反関係が生じないためです。

具体例
  • 全従業員を対象としたストックオプション制度を取締役が利用する。
  • 社内規定で一律に定められた基準に基づき、取締役が出張手当や経費の精算を受ける。
  • 全社員が利用できる割引価格での自社製品購入制度を利用する。

会社にとって利益しかない取引

形式的には取締役と会社の関係者が関わる取引でも、その性質上、会社の不利益につながる可能性が考えられない取引は該当しません。このような取引は、会社の利益と取締役の利益が相反する構造になっていないためです。

具体例
  • 会社が銀行から融資を受ける際に、代表取締役が個人としてその融資の連帯保証人になるケース。これは会社のために取締役が個人的なリスクを負う行為であり、会社の利益を害するおそれはありません。

利益相反取引における取締役会の承認決議手続き

利益相反取引を適法に行うには、取締役会の承認決議が不可欠です。その承認は、主に以下のステップで進められます。

ステップ1:取引を行う取締役による重要事実の開示

まず、取引を行おうとする取締役は、取締役会に対して取引の相手方、内容、金額、自身が得る利益など、判断に必要となる以下の「重要な事実」をすべて開示しなければなりません。

  • 取引の相手方と、その種類および内容
  • 取引の金額、価格
  • 取引の期間
  • 取引によって自身または第三者が得る利益
  • その他、取締役会が判断する上で重要なあらゆる事項

これらの情報が不十分な場合、たとえ承認決議を経ても、その決議の有効性が問われる可能性があります。

ステップ2:取締役会での審議

開示された情報に基づき、取締役会は取引条件の妥当性や、会社に不利益が生じないかを慎重に審議します。この際、取引の客観性を担保するために、第三者の専門家(不動産鑑定士や弁護士など)の意見を求めることもあります。

ステップ3:承認決議

審議を経て、承認の可否を議決します。この決議では、取引の当事者である「特別利害関係取締役」は、公正さを保つため議決権を行使できません。

決議が成立するには、まず取締役の過半数の出席(定足数)が必要です。その上で、出席した取締役の中から特別利害関係取締役を除いたメンバーの、過半数の賛成をもって承認決議が成立します。

なお、特別利害関係取締役は議決権がありませんが、定足数を計算する上での頭数には含まれます。

【具体例】

取締役5名のうち1名が特別利害関係取締役の場合、まず3名以上が出席すれば定足数を満たします。もし5名全員が出席したなら、議決権を持つ4名のうち過半数である3名が賛成すれば決議は可決されます。

承認がない利益相反取引の効力とリスク

取締役会の承認を得ずに行われた利益相反取引は、原則として会社に対して無効となります。 それに加えて、関与した取締役が損害賠償責任を問われるなど、会社と取締役双方に大きなリスクをもたらします。

取引の効力:原則として有効だが、会社は無効を主張できる

取締役会の承認がない利益相反取引は、相手方がその事実を知らない(善意である)限り、原則として有効です。これは、判例によれば、取引の安全性を確保し、善意の相手方を保護するためであるとされています。

ただし、相手方が「承認がないことを知っていた(悪意)」または「知らなかったことに重大な過失があった」場合に限り、会社はその取引の無効を主張することができます。なお、会社は事後的に取引を追認することで、有効な取引として確定させることも可能です。

取締役が負う損害賠償責任

承認の有無にかかわらず、利益相反取引によって会社に損害が生じた場合、関係した取締役は会社に対して任務懈怠責任(損害賠償責任)を負います。特に、利益相反取引については、会社法でさらに厳しい責任が定められています。

  • 任務懈怠の推定:利益相反取引で会社に損害が生じた場合、その取引を承認または実行した取締役は、任務を怠ったものと推定されます。これは会社法第423条第3項に定められた規定で、取締役側が「自分に一切過失がなかった」ことを証明しない限り、責任を免れられません。
  • 自己取引の加重責任:取締役が「自己のために」直接取引を行った場合はさらに責任が重くなります。これは会社法第428条に定められた特別な責任で、過失がなくても損害賠償責任を負う可能性があります。
  • 承認決議に賛成した取締役の責任:利益相反取引の承認決議に賛成した取締役も、その承認に過失があった場合などは、任務懈怠責任を問われる可能性があります。

利益相反取引で取締役会が注意すべき実務ポイント

将来の紛争リスクを回避するため、取締役会が押さえるべき実務ポイントは「取引内容の妥当性」「議事録の正確性」「取引後の監督」「承認内容と契約書内容の整合性」の4つです。

利益相反取引の承認手続きを適正に行い、将来の紛争リスクを回避するために、それぞれのポイントを理解しておきましょう。

1. 取引条件の妥当性の確保と客観的資料の準備

取締役会が利益相反取引を承認する際の最も重要な責務は、その取引が会社にとって不当に不利なものではないかを見極めることです。これを怠ると、たとえ承認決議を経たとしても、善管注意義務違反として取締役が責任を問われる可能性があります。

そのために、取引を提案する取締役に対して、取引条件が妥当であることを証明する客観的な資料の提出を強く求めるべきです。例えば、以下のような資料が考えられます。

  • 不動産取引の場合:複数の不動産会社による査定書や、不動産鑑定士による鑑定評価書。
  • 物品やサービスの購入の場合:複数の独立した業者からの相見積もり。
  • 金銭貸借の場合:市場の金利や、金融機関の融資条件と比較した資料。

これらの客観的資料をもとに、「取締役との取引だからといって特別な条件になっていないか」「第三者と取引する場合と比較して妥当か」を慎重に審議することが求められます。

2. 取締役会議事録の適切な作成と保管

承認決議を行った際の取締役会議事録は、手続きの適法性と決議の有効性を証明する唯一無二の公的証拠となります。万が一、将来的に株主や第三者から取引の有効性が争われた場合、この議事録の記載内容が決定的な意味を持つため、その作成と保管は極めて重要です。

会社法で定められた記載事項に加え、利益相反取引の承認議事録では特に以下の点を詳細に記録しておく必要があります。

  • 開示された重要事実の具体的な内容
  • 取引条件の妥当性について、どのような審議が行われたか
  • 質疑応答の概要
  • 採決の方法と、賛成・反対した取締役の氏名およびその結果

これらの詳細な記録は、取締役会がその監督責任を適切に果たしたことを示す強力な証拠となり、取締役自身を守ることにもつながります。

3. 取引後の報告義務の監督

利益相反取引は、取締役会で承認すれば終わりではありません。会社法では、取引を行った取締役は、取引後遅滞なく、その取引についての重要な事実を取締役会に報告する義務が定められています(会社法第365条第2項)。

これは、承認された内容どおりに取引が実行されたか、承認時には予見できなかった問題が生じていないかなどを取締役会が事後的に監督するための重要な制度です。取締役会は、この報告を確実に受け、必要に応じて追加の説明を求めるなど、取引の完了まで監督する責務があります。この事後報告と監督を怠ると、それ自体が取締役会の任務懈怠と評価されるリスクがあります。

4. 承認内容と契約書内容の整合性を確保する

取締役会で承認された内容は、実際に締結される契約書の内容と完全に一致していなければなりません。もし契約書の金額や条件が、承認決議の内容よりも少しでも取締役に有利なものになっていた場合、その承認の効力が否定されるリスクがあります。

契約書を作成・確認する際は、承認の証拠となる取締役会議事録と照らし合わせ、内容に齟齬がないか細心の注意を払ってください。必須ではありませんが、契約書に「本取引はX年X月X日開催の取締役会で承認済みである」といった一文を加えておくと、より丁寧です。

利益相反取引を理解し、取締役会で適切な手続きを進めよう

本記事では、利益相反取引の定義と承認が不要なケース、取締役会での具体的な承認手続き、そして承認がない場合のリスクまでを網羅的に解説しました。

利益相反取引は、手続きを一つでも誤ると、取引の無効や取締役個人への重い責任追及につながりかねません。会社の利益を守り、健全な経営を維持するためには、取締役会がその監督責任を正しく果たし、定められたルールに沿って透明性の高い手続きを徹底することが、コーポレート・ガバナンスの根幹をなすと言えるでしょう。


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