- 作成日 : 2025年8月5日
雇用契約書のリーガルチェックのポイントは?確認項目や注意点を解説
雇用契約書は、企業と従業員の間で取り交わす労働条件の基礎となる契約書です。契約内容に不備や不明確な表現があると、労使間の認識のズレや法的トラブルに発展する可能性があります。契約締結前や更新時には法令や就業実態に照らして内容を確認する「リーガルチェック」が欠かせません。
本記事では、雇用契約書の基本からリーガルチェックの主な項目、注意点や担当者について解説します。
目次
雇用契約書とは
雇用契約書は、企業と従業員が合意した労働条件を明文化する契約書です。正確に作成された雇用契約書は、労使間の認識を一致させ、法的トラブルの予防に役立ちます。
雇用契約書の定義・役割
雇用契約書は、民法第623条に定める雇用契約の内容を明文化した文書であり、労使が合意した労働条件を明確にする役割を担います。法的には口頭合意でも契約は成立しますが、労働基準法第15条により、使用者は労働条件を明示する義務があり、書面交付が望ましいため、雇用契約書または労働条件通知書がその役割を果たすことが一般的です。
内容には雇用期間、勤務地、職務内容、労働時間、賃金、退職に関する事項などが含まれます。法律上の作成義務はありませんが、労働基準法第15条では、労働条件の明示が義務付けられており、雇用契約書を用いることでその要件を満たすことができます。
労働条件通知書との違い
雇用契約書と混同されやすい書面に労働条件通知書があります。
労働条件通知書は、労働基準法第15条に基づき、使用者が労働者に対し雇用時に交付を義務付けられている文書で、労働条件の明示としての役割を果たします。一方、雇用契約書は、法的義務はありませんが、労使双方が内容に合意した上で署名・押印する契約文書であり、相互の権利義務を明確にする点で法的拘束力を持ちます。労働条件通知書も労働契約の一部を構成するため、その内容には法的拘束力があります。
なお、雇用契約書は労働条件通知書の要件を兼ねることも可能です。その場合は雇用契約書に必要事項をすべて盛り込み、「労働条件通知書兼雇用契約書」と明記する形式が採られます。
雇用契約書をリーガルチェックするタイミング
雇用契約書のリーガルチェックは、法的リスクの回避と実務トラブルの予防に直結する作業です。新たに契約を締結する際だけでなく、契約更新や法改正に応じた見直しの機会も大切です。以下では、チェックすべき適切なタイミングを解説します。
契約締結前(採用時)
新たに従業員を採用する際には、契約書を提示・締結する前にリーガルチェックを行うことが基本です。内定後から入社までの間に契約書を準備する流れが一般的ですが、この段階で法務部門などが内容を確認しておくと、契約条項が自社の内規や労働関連法に準拠しているかを把握できます。とくに、ひな型を流用した契約書では法令適合性や文言の曖昧さが見落とされやすいため、締結前の丁寧な確認が重要です。入社後に契約内容をめぐって誤解が生じれば、労使間の信頼関係に影響を及ぼす可能性もあるため、契約前のチェックがリスク管理の第一歩となります。
契約更新・定期見直し時
契約書は一度作成したら終わりではありません。労働法制や社会情勢は常に変化しており、内容が現状に合わなくなることもあります。残業規制、ハラスメント防止、副業容認などが進む近年では、契約条項の見直しは不可欠です。有期契約の更新時や、労働条件に変更がある際にもチェックを実施し、就業実態との整合が取れているかを確認しましょう。トラブル発生時に契約条項が根拠となるケースも多いため、問題が起きた場合には、契約書の内容も振り返り、次回の改訂に活かす意識を持つことが望まれます。定期的なリーガルチェックを制度化しておくと安心です。
雇用契約書のリーガルチェックの主な項目
雇用契約書を作成する際には、内容が法令に適合しているか、社内ルールや実態と整合しているかを丁寧に確認することが不可欠です。ここでは、雇用契約書をリーガルチェックする際に特に注意すべき項目を解説します。
法定必須事項
労働基準法第15条とその施行規則では、労働契約の締結時に必ず明示しなければならない項目が定められています。契約期間、就業場所、業務内容、労働時間、賃金、退職に関する事項などが該当します。有期契約であれば更新の可能性や上限、残業の有無、給与計算の方法や支払日も含めて、書面での明示が必要です。これらの項目に漏れがあると、従業員との認識違いや労基法違反とみなされるリスクがあります。さらに、賞与や退職手当、休職制度など会社独自に定めている制度についても、必要に応じて契約書内で触れるか、就業規則への準拠を明記するなどの工夫が求められます。
労働条件の明確化と就業規則との整合性
契約書に記載する内容は、誰が読んでも誤解のない明確な表現にすることが大切です。「必要に応じて指示する業務」などの曖昧な文言は避け、できるだけ具体的に業務内容や勤務体系を記載しましょう。また、就業規則と雇用契約書の整合性も確認すべきポイントです。個別の契約内容が就業規則と異なる場合、不利な条件は無効となる可能性があります。したがって、契約書には「本契約に定めのない事項は就業規則に従う」といった文言を加えることで、全体の整合をとることが可能です。
給与や手当の設定においても注意が必要です。固定残業代制度を導入する場合には、みなし時間や対象金額、追加支払いの有無などを明記しなければなりません。曖昧な設定は後の未払い残業代請求につながるおそれがあるため、計算根拠を明確にし、場合によっては別紙に例示を添付するなどの配慮が求められます。
解雇・守秘義務・競業避止などの特約
雇用契約書には、解雇に関する条項や、在職中および退職後の守秘義務、競業避止義務などを特約として盛り込むことがあります。これらの条項については、法令に適合し、かつ合理性のある範囲で設計されているかを慎重に見直すことが必要です。
たとえば、解雇条項では「契約違反があれば解雇できる」といった広すぎる表現は、労働契約法や判例上、無効と判断される可能性があります。明確で合理的な内容に絞り、あくまで最終手段として位置付けるのが妥当です。
守秘義務については、対象とする情報を明確にし、期間や範囲を適切に設定します。違約金条項については、労働基準法第16条により原則禁止されているため、罰金的な記載は避ける必要があります。
また、競業避止義務については、期間・地域・業種を限定し、合理的な範囲内での設定が前提となります。対価の設定がない場合は無効とされる可能性が高いため、条件とバランスを取ることが求められます。
近年では、在宅勤務や副業・兼業をめぐる条項も注目されています。たとえば「在宅勤務を命じる場合がある」「副業は事前届出制とする」などの条文を加える企業も増えており、最新の働き方に応じた柔軟な対応が求められています。
雇用契約書のリーガルチェックの注意点
雇用契約書のリーガルチェックを行う際には、法定項目が記載されているかだけでなく、運用やトラブルの可能性まで見据えた確認が求められます。ここでは、見落としがちな注意点を解説します。
曖昧な表現や矛盾を避ける
雇用契約書で使われる文言が不明確な場合、労働者と会社で契約内容の認識が食い違い、後のトラブルにつながるおそれがあります。たとえば「必要に応じて業務を命じる」「就業場所は会社が指定する」といった表現は、一見便利ですが、その解釈が広すぎると従業員からの反発や紛争の原因となります。また、就業規則や労使協定と内容が異なっている場合は整合性にも注意が必要です。契約書の文言は、誰が見ても意味がはっきり伝わるように記載し、就業規則との整合を事前に確認しておくことが大切です。
従業員に不利すぎる内容はトラブルのもと
雇用契約書には、就業規則よりも労働者に不利な条件を書いてはならないという原則があります。たとえば、解雇事由や休職期間、残業代の不支給条件などが就業規則と異なり、不利な内容になっていると、その部分は無効とされる可能性があります。また、明示されていない条件が後から「知らなかった」と問題化されることもあります。雇用契約書に記載する内容は、労働基準法に適合しているかだけでなく、合理的であるか、労働者の理解と納得が得られるかを基準に検討しましょう。
契約内容と実際の運用を一致させる
リーガルチェックでは、記載された内容が実際の運用と合っているかどうかの確認も欠かせません。たとえば、雇用契約書には「週休2日」と記載されているのに、現場ではシフト制で週1日しか休めないようなケースでは、実態との不一致がトラブルの種になります。また、固定残業代を採用しているにもかかわらず、契約書にその内容が明示されていない場合には、残業代未払いと判断されるリスクもあります。契約書の内容はあくまで現場運用と一致していなければ意味を成さないため、法務と人事が連携し、実態と齟齬がないかの確認が必要です。
強行法規への抵触に留意する
雇用契約書に記載された条項が労働基準法などの強行規定に反している場合、その部分は無効となり、会社が不利益を被る可能性があります。たとえば、労働基準法では「賠償予定の禁止(第16条)」が定められており、従業員に違約金や損害賠償額をあらかじめ定める契約をすることはできません。したがって、例えば「退職時に○円を支払う」といった条文が、実質的に違約金や損害賠償の予定と解釈される場合は無効となります。このような条文は、労働者との信頼関係にも悪影響を及ぼす可能性があります。
リーガルチェックでは、こうした強行規定に違反していないかを法的観点から必ず確認しましょう。
雇用契約書のリーガルチェックは誰が行う?AIを活用できる?
雇用契約書のリーガルチェックには専門的な法知識が求められます。適切な人が内容を確認し、必要に応じて外部の支援を活用することで、契約トラブルの予防と実務の効率化が可能になります。ここでは、チェックを担うべき人やAIツールの活用について解説します。
社内の法務担当者または弁護士による確認が基本
法務部門がある企業では、人事部門が作成した契約書案を法務がリーガルチェックするのが基本です。法務は最新の労働法や判例に精通しており、曖昧な表現や法令抵触のリスクを適切に指摘できます。社内に法務の専門家がいない場合は、外部の弁護士や社会保険労務士に依頼する方法もあります。
とくに労働法務を得意とする弁護士に相談すれば、契約内容の適法性はもちろん、運用面での実務助言も受けられます。顧問弁護士による定期チェックや、スポットでのレビュー依頼など、企業の実情に合わせた形での活用が現実的です。
人事部門と法務部門の連携がのぞましい
雇用契約書の作成実務は人事部門が担うことが多いため、法務との連携が重要です。たとえば、人事が法定記載事項や社内制度との整合を確認し、法務が法令適合性や文言の精査を担当するといった役割分担が効果的です。社内に法務部がない場合でも、社労士や弁護士にひな型を一度チェックしてもらい、以降はそれを基に運用するといった方法も考えられます。人事と法務が共同でチェックリストを作成し、定期的に内容を見直す体制を整えることで、雇用契約書の質を継続的に保つことが可能になります。
AIツールの活用と限界
近年はAIによる契約書チェックツールも登場しており、雇用契約書にも活用が進んでいます。AIは記載漏れやリスクある文言を素早く抽出し、チェック作業を効率化できる点で有用です。大量の契約書を扱う場合や、初期レビューとしての導入には効果が期待できます。しかし、AIは条文の法的意味や文脈を判断する力には限界があります。たとえば、文言が合法でも運用実態と合っていないケースや、公序良俗との整合性が問われる場合には人間の判断が不可欠です。
また、法的制約としては、弁護士以外の者が報酬を得て法律事務を取り扱うことを禁じる弁護士法第72条(非弁活動の禁止)があるため、非弁護士が主体となってAIで法的な判断を伴う契約チェックサービスを提供する場合、同条に抵触する可能性があります。
現状では、弁護士が監修のもとでAIを活用する形が主流となっており、企業が自社利用する範囲であれば弁護士法上の問題は生じにくいとされています。最終判断はあくまで法務担当者や弁護士が担い、AIはあくまで補助ツールとして位置づけるのが現実的です。
雇用契約書は「適法性・明確性・整合性」の3点をチェックしよう
雇用契約書は、企業と従業員の間で合意された労働条件を明確にする契約書です。リーガルチェックでは、まず労働基準法などで定められた法定記載事項がすべて盛り込まれているかを確認します。次に、契約内容が就業規則と矛盾していないか、業務内容や賃金条件が曖昧でないかを点検し、実態との整合性を保つ必要があります。
担当者は法務部門が基本ですが、外部の弁護士や社労士との連携、AIの補助活用も効率化に役立ちます。最終的な判断は人間が行う前提で、効率と精度を両立したチェック体制を構築しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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