- 作成日 : 2025年8月5日
工事請負契約書のリーガルチェックのポイントは?確認事項や注意点を解説
工事請負契約書は、建設工事に関する取引内容を明文化し、法的・実務的な根拠を与える契約書です。工期や報酬、瑕疵担保責任、解除条件など多くの条項が含まれ、内容に不備があると紛争や損害に発展するおそれがあります。
本記事では、リーガルチェックすべきタイミングや項目、担当者や注意点などを解説します。
目次
工事請負契約書とは
工事請負契約書とは、発注者と請負業者が交わす正式な契約書であり、工事の内容・方法・工期・報酬などを明記したものです。この契約書は、工事内容を明文化することで後日の認識違いや支払いトラブルを防止し、法的な証拠としても機能します。建設業法第19条により、請負契約は書面で締結することが義務付けられており、契約書なしで工事を開始することは法令違反となるおそれがあります。加えて、国土交通省のガイドラインでも、工事の着工前に契約書を双方に交付することが原則とされています。したがって、工事請負契約書は単なる形式的な文書ではなく、法的にも実務的にも重要な役割を担っています。
リーガルチェックを行う目的
リーガルチェックとは、契約書の記載内容が法的に妥当かどうか、また自社にとって不利益な条件が含まれていないかを確認する作業です。これを怠ると、契約内容に不備があった場合に責任の所在が曖昧となり、支払い遅延や瑕疵対応、工期延長などの紛争に発展するリスクがあります。リーガルチェックを通じて、曖昧な条文や抜け漏れを早期に発見し、必要に応じて契約相手と修正交渉を行うことで、実際の業務を円滑に進めることができます。
また、不明点を確認する過程で社内の関係者間の認識共有が進み、契約内容の理解が深まるというメリットもあります。リーガルチェックは法的トラブルの予防と、契約内容の正確な運用の双方を支える役割があります。
工事請負契約書のリーガルチェックを行うタイミング
工事請負契約書は一度締結すると、工期中の契約関係に大きな影響を及ぼすため、内容の確認は事前に丁寧に行う必要があります。チェックすべきタイミングは、契約締結前はもちろん、テンプレートの使用時や法改正があった際にも見直しが必要です。
契約締結前には必ず確認する
リーガルチェックは契約の署名前に実施するのが基本です。一度契約を結んでしまうと、内容の変更は容易でなく、法的拘束力が生じるため、不利な条項をそのまま受け入れるリスクがあります。とくに、相手方から提示された契約書をそのまま承諾する場合は、自社に不利な条件が含まれていないか慎重に見極めましょう。不明瞭な条文や受け入れがたい内容がある場合は、締結前に修正を申し入れることが必要です。また、関連する既存契約書との整合性を確認し、内容が矛盾しないようにすることも欠かせません。
テンプレートや法改正時にも見直す
自社で用意した契約書のひな型を使う場合でも、法改正などがあれば定期的に見直すことが大切です。たとえば2020年の民法改正により「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」へと変更されました。これに伴い、既存の契約書の条項も新しい民法に適合するよう見直すことが推奨されます。古い契約書をそのまま使用しても直ちに無効となるわけではありませんが、新しい民法の解釈が適用される可能性があるため、予期せぬトラブルを避けるためにも、最新の法令に合わせた修正を検討しましょう。
工事請負契約書のリーガルチェックで確認すべき項目
工事請負契約書には多くの条項が盛り込まれています。基本的な契約条件はもちろん、工期変更、損害賠償、契約不適合責任、契約解除、違約金などを丁寧に確認することが求められます。以下に主要なチェック項目を紹介します。
基本事項(契約当事者・工事内容・工期・代金)
契約書に記載される当事者名や住所、工事名・工事場所、請負金額、工期(着工・完成日)が正確かを確認します。内容が曖昧なままだと紛争時に契約書の効力が問われかねません。工事の詳細は、仕様書や見積書を添付することで明確化することが望まれます。支払条件についても、着手金・中間金・残金の金額や支払日、分割払いの条件が明記されているか確認します。建設業法では、こうした基本情報の記載は契約書の法定項目です。
工期変更・遅延・損害賠償などのリスク条項
建設工事は、天候や設計変更などの影響で予定通りに進まないことがあります。こうした場合に備え、工期変更や遅延時の対応条項があるか確認します。不可抗力による遅延への対応や、追加工事が発生した際の手続きも明記しておくと安心です。また、第三者(近隣住民など)への損害賠償の範囲、責任分担、近隣トラブルによる工期延長の可否についても条文で定めておきます。発注者支給材や仮設資材の扱いに関する取り決めがあるかも要チェックです。
瑕疵担保責任・契約解除・違約金の条項
工事の完成後に不具合が発生した場合、施工業者がどのような責任を負うかが契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)です。保証期間や補修対象の範囲、免責条件を契約で明確にしておくことで、トラブルを防ぐことができます。たとえば「引渡しから5年間の補修義務」「軽微な不具合は対象外」など、責任の限度を設定しておくのが一般的です。
また、契約解除条項の整備も不可欠です。代金未払い、工期遅延、倒産などの事由に応じた解除の可否や、解除時の精算方法が明確に定められているかを確認しましょう。違約金や遅延損害金については、金額や利率が妥当であるかをチェックします。標準的な工事契約では年14.6%の遅延利率が採用されることもありますが、経済合理性を欠く水準でないか注意が必要です。
紛争解決の方法
契約書には、万一紛争が起きた場合の解決方法についても定めておくことが推奨されます。裁判所の合意管轄を明記するのが一般的で、「東京地方裁判所を専属の管轄裁判所とする」といった条項が該当します。また、建設業界では仲裁制度を用いることもあり、事前に合意しておくとスムーズな解決が可能です。加えて、「本契約に定めのない事項は誠意をもって協議のうえ解決する」旨の条文を補足的に記載しておくと、柔軟な対応がしやすくなります。
工事請負契約書のリーガルチェックにおける注意点
工事請負契約書のリーガルチェックでは、条文の内容確認に加えて、法令遵守や契約の締結手続きそのものにも注意が必要です。以下では、法規制と手続き面から、注意すべき事項を解説します。
関連法規の遵守と実務の最新動向を押さえる
契約書の内容が建設業法をはじめとする各種法令に準拠しているかは、最初に確認すべきポイントです。建設業法では、契約書の作成・交付義務や必須記載項目(工期、金額、工事内容など)が明記されています。これに違反すれば、行政指導や処分の対象となるおそれがあります。
また、発注者が個人の場合には消費者契約法の規制も適用され、過剰な免責や高額な違約金の条項は無効となる可能性があります。訪問営業による契約であれば、特定商取引法によるクーリングオフが認められることもあります。さらに、元請け・下請けの関係であれば、下請法に基づく支払サイトや代金減額の禁止なども考慮が必要です。こうした法律の適用範囲を踏まえ、契約書が法令違反にならないよう確認します。
加えて、契約のデジタル化も進んでいます。建設業法上、相手方の同意があれば電子契約でも有効であり、正しい方法であれば書面交付に代替可能です。電子署名やタイムスタンプによる改ざん防止措置を講じたうえで、電子契約が適切に運用されているかもチェックポイントになります。電子契約を導入すれば、印紙税の節約や保管業務の効率化にもつながりますが、法令に則った運用が前提です。
契約書の締結手続きと印紙税の処理を確認する
条文の中身と同様に、契約書そのものの締結手続きにも目を向ける必要があります。工事請負契約書は、発注者・受注者の双方が署名または記名押印し、それぞれ1通ずつ保管するのが基本です。押印には代表者印(実印)を使うのが一般的で、電子契約の場合も、法的効力が認められる電子署名であるかを確認しておきます。
さらに、紙の契約書であれば、印紙税の処理も忘れてはなりません。工事請負契約書は印紙税の課税対象となり、契約金額に応じた収入印紙を貼付・消印する義務があります。印紙を貼らなければ過怠税の対象となる可能性があるため、契約書原本には所定の印紙が確実に貼付されているかを確認します。印紙税の負担については、当事者間であらかじめ合意をしておくと、後のトラブルを防ぎやすくなります。
なお、電子契約の場合は文書ではないため印紙税は非課税となり、コスト面でも有利です。ただし、電子契約であっても契約内容のリーガルチェックは必要ですし、電子署名の正当性やデータの保存形式についても配慮が求められます。
工事請負契約書のリーガルチェックは誰が行う?AIを活用できる?
工事請負契約書のリーガルチェックは、契約内容の正確性と法的リスクの回避に直結するため、社内外を問わず専門的な視点から行うことが求められます。法務体制や契約の複雑さに応じて、社内担当者か弁護士かを適切に使い分けることが理想的です。
社内の法務担当者がチェックするケースが多い
多くの企業では、法務部門や契約管理担当者が中心となってリーガルチェックを行います。社内でチェックすることで、コストを抑えながら迅速に対応できる点が大きなメリットです。社内の事情や業務の背景を把握しているため、契約内容の調整や他部門との連携もスムーズに行えます。
一方で、建設業界特有の契約実務に不慣れである場合や、法改正の把握が不十分な場合には、条文の見落としや判断ミスにつながる恐れもあります。また、第三者的な視点が欠けやすいため、偏りのある契約内容を見逃すリスクも否定できません。必要に応じて外部専門家の意見を補完的に取り入れる姿勢が望ましいでしょう。
弁護士など外部専門家への依頼も有効
契約金額が大きい場合や法的判断が難しい内容を含む場合は、弁護士などの外部専門家にチェックを依頼する選択肢があります。弁護士であれば、法律の専門知識に基づき契約書全体を精密にレビューでき、リスク回避の助言も得られます。また、契約交渉の代理や紛争時の対応まで一貫して任せられる点も大きな利点です。
ただし、費用がかかることや、社内対応に比べて時間を要するケースがあることも考慮する必要があります。顧問弁護士との連携や、AIツールと弁護士の併用による効率化も検討して、コストと精度のバランスを取りましょう。
AIによる契約書チェックは補助ツールとして活用する
近年は、AIを用いた契約書レビュー支援ツールの導入も広がっています。AIは大量の契約書を短時間でチェックし、条項の抜け漏れやリスク箇所を自動で抽出することが可能です。社内の知識が十分でない場合でも、一定水準の契約チェックができるようになるため、業務の標準化と効率化に貢献します。
ただし、AIだけでリーガルチェックを完結させるのは適切ではありません。非弁行為に該当する可能性があること、文脈理解や柔軟な判断に弱いこと、機密情報の取扱いにリスクがあることなど、いくつかの課題も存在します。AIはあくまで補助的な存在と位置づけ、最終的な判断は社内法務や弁護士が行う必要があります。
結論として、工事請負契約書のリーガルチェックは、契約の重要度や自社体制に応じて、社内外の専門知識を適切に活用しながら行うことが肝要です。AIツールの導入も視野に入れつつ、法的な精度と業務効率の両立を図る体制を整えましょう。
工事請負契約書のリーガルチェックでリスクを見抜こう
工事請負契約書のリーガルチェックで重要なのは、運用と法的要件の双方に照らしてリスクを的確に把握し、回避策を講じることです。契約当事者の基本情報や工期・報酬の条件、遅延・損害賠償・契約不適合責任などの責任範囲はもちろん、契約解除や紛争解決手段の規定まで、条文ごとに明確性とバランスを確認する必要があります。
法務部門や専門家の関与に加え、AIツールを補助的に活用することで、見落としや属人化を防ぎながら、より安全かつ効率的な契約運用を実現しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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