- 作成日 : 2025年7月18日
電子署名法第3条とは?条文や解釈を解説
デジタル化が進む現代において、契約や申請などの様々な手続きがオンライン上で行われるようになりました。それに伴い、書面での押印に代わる「電子署名」の重要性が高まっています。電子署名は、そのデータが確かに本人によって作成され、改ざんされていないことを証明する技術であり、日本の法的基盤をなすのが「電子署名法」です。
この記事では、電子署名法の根幹をなす第3条に焦点を当て、その条文の内容から、電子署名が法的に有効と認められるための要件、さらには実務における解釈までを詳しく解説します。
目次
電子署名法第3条とは?
電子署名法の中でも、特に契約実務において極めて重要なのが第3条です。この条文は、電子文書が法的に有効なものとして扱われるための「推定効」について定めており、電子契約の信頼性の根幹をなす規定と言えます。
まず、電子署名法第3条の条文そのものを確認しましょう。
(電磁的記録の真正な成立の推定) 第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
この条文のポイントを分解してみましょう。
- 「電磁的記録」: PDFファイルなどの電子文書や電子データを指します。
- 「本人による電子署名」: 電子署名が、文書の作成名義人とされる本人によって行われたことを意味します。これは第2条の本人性要件と関連します。
- 「本人だけが行うことができることとなるものに限る」: これが第3条の推定効を得るための非常に重要な限定です。「固有性」の要件とも呼ばれ、署名行為が署名者本人に一意に紐づくような高いレベルのセキュリティと管理が求められることを意味します。これは第2条の一般的な電子署名の定義よりも厳格な要件です。
- 「真正に成立したものと推定する」: これが第3条の法的効果である「推定効」です。つまり、上記の条件を満たす電子署名がなされた電子文書は、その文書が正当な手続きで作成された真正なものであると法律上推定されます。
条文中の「本人だけが行うことができることとなるものに限る」という記述は、後に議論となるクラウド型電子署名サービスの法的整理において中心的な論点となりました。第2条で定義される電子署名が全て、自動的に第3条の推定効を得られるわけではなく、この「固有性」の要件を満たす必要がある点が重要です。
また、「公務員が職務上作成したものを除く」との記述から、第3条が主に対象としているのは民間における取引や文書であり、公文書には別途認証の仕組み(例:政府認証基盤GPKI)が存在することが示唆されます。
第3条が定める「推定効」とは?
電子署名法第3条が定める「推定効」とは、具体的にどのような意味を持つのでしょうか。これは、民事訴訟における証拠の取り扱いと深く関連しています。
日本の民事訴訟法では、書面(紙の契約書など)に本人の署名または押印がある場合、その文書は真正に成立したものと推定されるというルールがあります(民事訴訟法第228条第4項)。これを「二段の推定」と呼びます。
- 第一段の推定(事実上の推定): 文書にある印影が本人の印章と一致する場合(電子署名の場合は、本人の秘密鍵で署名されたことが検証された場合)、その押印(署名)は本人の意思に基づいて行われたものと事実上推定されます 。
- 第二段の推定(法律上の推定): 本人の意思に基づき押印(署名)されたと推定される場合、その文書全体が真正に成立したものと法律上推定されます(電子署名法第3条がこれに該当)。
電子署名の第一段の推定は、本人以外が利用することが技術的に難しい場合に働くと考えられています。電子署名法第3条は、本人による電子署名があれば電磁的記録の成立の申請が推定される(「第二段の推定」)ことを定めており、電子署名においても二段の推定が働くことがあります。「二段の推定」の実質的な意味は、訴訟において立証責任の転換が生じる点にあります。つまり、通常は文書の有効性を主張する側がその真正性を証明しなければなりませんが、第3条の推定効が働く電子署名付き文書の場合、その文書の有効性を争う側(相手方)が「その署名は本人のものではない」「改ざんされている」といった反証をしない限り、文書は真正なものとして扱われます。
ただし、この推定効は絶対的なものではなく、反証によって覆される可能性はあります 。例えば、秘密鍵が盗まれて不正に使用されたことが証明された場合などです。したがって、推定効は強力な法的メリットをもたらしますが、その前提となる電子署名の作成プロセスや鍵管理のセキュリティが依然として重要であることは言うまでもありません。
電子署名法第3条の解釈
電子署名法が制定された当初は想定されていなかったクラウド型の電子署名サービスが普及するにつれ、これらのサービスが電子署名法、特に第3条の要件をどのように満たすのかという点が重要な法的論点となりました。政府による解釈の明確化は、これらのサービスを安心して利用するための大きな一歩となっています。
クラウド型電子署名とは?
クラウド型電子署名とは、利用者がICカードなどで自ら署名鍵を管理するのではなく、サービス提供事業者のクラウドサーバー上で署名鍵の管理や暗号化処理などが行われる電子署名サービスを指します 。
一般的に以下の呼称で分類されます。
- 立会人型(事業者署名型): 利用者の指示に基づき、サービス提供事業者が自身の署名鍵を用いて電子署名を行うタイプです。署名者は特別な機器(ICカードリーダーなど)や事前の電子証明書取得が不要な場合が多く、メールアドレス認証などで手軽に利用できるため広く普及しています。
- 当事者型: 利用者自身が、認証局から発行された個人の電子証明書とそれに対応する秘密鍵(ICカード等に格納)を用いて署名を行う従来からの方式です。より厳格な本人確認が伴うことが多いとされます。
以下の表は、これらの主な違いをまとめたものです。
特徴 | 当事者型 | 立会人型/事業者署名型 |
---|---|---|
署名鍵の管理 | 利用者自身 (ICカード等) | サービス提供事業者 (クラウド) |
電子証明書 | 利用者個人のもの | 主にサービス提供事業者のもの (サービスによる) |
利用者の準備 | 電子証明書取得、ICカードリーダー等が必要な場合が多い | メールアドレス等、比較的容易 |
主な認証方法 | 電子証明書に基づく認証 | メール認証、SMS認証、知識認証(パスワード等)の組み合わせなど |
クラウド型電子署名の利便性とアクセシビリティの高さが、電子契約の普及を大きく後押ししましたが、同時に「サービス提供事業者の鍵で署名することが、電子署名法第3条の『本人による電子署名』『本人だけが行うことができる』という要件に合致するのか」という法的な疑問も生じさせました。
クラウド型電子署名サービスは第3条の要件を満たす?
この疑問に対し、総務省、法務省、経済産業省(現在はデジタル庁も関与)はQ&A形式で公式見解を示し、一定の条件下でクラウド型電子署名サービスも電子署名法第2条および第3条の要件を満たしうるとの立場を明らかにしました。
クラウド型サービスが第2条の電子署名に該当し、さらに第3条の推定効を得るための主な条件は以下の通りです。
- 利用者の意思のみに基づく措置であること: サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の指示のみに基づいて機械的に署名処理が行われることが技術的・機能的に担保されている必要があります。つまり、署名行為はあくまで利用者のコントロール下にあると評価できることが求められます。
- 固有性(本人だけが行うことができること)の確保: 署名行為が利用者本人に一意に紐づけられる「固有性」が十分に確保されている必要があります。これには、以下の2つの側面からの評価が重要とされています。
- 利用者とサービス提供事業者間のプロセス: 利用者認証の強固さ。例えば、ID・パスワードに加えてSMS等で送信されるワンタイムパスワードを組み合わせる二要素認証(2FA)などが挙げられます。
- サービス提供事業者内部のプロセス: 事業者による署名鍵の適切な管理、十分な暗号強度、利用者ごとの指示を個別に処理する仕組みの担保、改ざん不可能な操作ログの正確な記録・保存などが求められます。
これらの条件が満たされる場合、電子署名法第2条第1項第1号の「当該措置を行った者」はサービス提供事業者ではなく利用者であると評価でき、さらに固有性の要件も高度に満たされれば、第3条の「本人だけが行うことができる」電子署名として推定効が認められる可能性がある、というのが政府見解です。
この政府見解は、法律制定時には予見されていなかった新しい技術(クラウドサービス)を既存の法的枠組みの中で実用的に位置づけるものであり、デジタル化を推進する上で非常に重要な意義を持ちます。ただし、最終的な判断は個別の事案ごとに裁判所が下すことになります。
電子署名法でありがちな誤解
電子署名法、特に第3条の解釈には誤解が生じやすい点があります。
誤解1:電子署名法第2条の電子署名には「署名者の特定機能」が必須?
第2条第1項第1号は「当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること」を要件としますが 、これは署名自体に署名者を直接特定する情報(例:電子証明書記載の氏名等)が暗号技術的に埋め込まれていることを必須とするものではありません。措置全体として「誰が作成したかを示す」機能があればよく、クラウド型では署名と付随情報(ログ等)を組み合わせることでこの要件を満たしうるとされています。
誤解2:電子署名法第3条の推定効を得るには「認定認証業務」による認証が必須?
国が認定する「認定認証業務」の制度がありますが(第4条~第16条)、第3条の推定効を得るためにこの認定認証業務の利用が必須というわけではありません 。第3条が求めるのは「本人による電子署名」であり、かつそれが「本人だけが行うことができる」ことです。これらは認定認証業務を利用しないサービスでも満たせます。
誤解3:電子署名法第3条の推定効を得るには「署名者の身元確認」が必須?
「署名者の身元確認」が第3条の推定効を得るための法律上の必須要件というのも誤りです。政府Q&Aでは、事業者の身元確認は第3条推定効の絶対的要件ではないとされています。第3条の核心は署名行為の「固有性」と「本人によって」なされたことです。身元確認記録や強固な認証記録は、訴訟で本人の意思に基づく署名であることを立証する有効な証拠となり得ますが、推定効発生の前提条件ではありません。
誤解4:第3条の推定効がないと電子契約は無効?
第3条は電子文書の「真正な成立の推定」という証拠法則を定めたもので、これがないからといって直ちに電子契約が無効になるわけではありません 。契約成立は民法上の申込みと承諾の意思表示の合致で決まります。第3条の推定効が得られない電子署名や署名がない電子的やり取りでも、他の証拠(メール履歴、アクセスログ等)で契約の成立と真正性を立証できれば契約は有効と認められ得ます。
電子署名法第3条は、電子契約の信頼性を支える条項です
電子署名法第3条は、電子文書に法的推定力を与え、電子契約の信頼性を支える柱です。本記事では条文内容、推定効のメカニズム、クラウド型電子署名との関連性、そしてありがちな誤解について解説しました。
法律の正しい理解に基づき、ニーズに合った信頼できるサービスを選定し、契約相手と適切なコミュニケーションを取りながら運用することが、安全な電子契約活用の鍵となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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