- 作成日 : 2025年5月7日
民法117条(無権代理人の責任)とは?無過失責任についてもわかりやすく解説
民法117条は、無権代理人の責任についての要件と効果を定めた条文です。無権代理人とは代理人としての権利を有さないで代理人行為を行った者を指し、代理行為を実施できないため、代理人が自分自身のために行った行為とみなされ、すべての責任を負います。民法117条の規定内容や改正点、判例についてわかりやすく解説します。
目次
民法117条(無権代理人の責任)とは
民法117条は、無権代理人の責任についての条文です。代理とは「他人の行為の結果が本人に帰属する」という法律上の制度で、この場合の「他人」を「代理人」と呼びます。
代理制度を活用するには、本人と他人の間で代理権についての合意がなければいけません。もし合意がなく、代理権が存在していない場合や、代理権として与えられていた権利の範囲を超えた行為をした場合は、他人は代理人として認められないことになります。このような「代理人として認められない他人」が「無権代理人」です。
民法117条では、他人が無権代理人であるときに実施した行為については、他人自身が責任を負うことと規定しています。損害賠償を求められたときは、本人ではなく他人(=無権代理人)が賠償の責任を負わなくてはいけません。
民法117条1項
民法117条1項では「他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う」と規定されています。
まず無権代理人とは誰かについて規定されています。以下のいずれかの条件を満たすときは、無権代理人ではなく代理人です。
- 代理権があることを証明した
- 本人の追認を得た
上記に当てはまらないときは、無権代理人とみなされます。無権代理人は無権代理人自身の行為の結果に対して履行や損害賠償の責任を負います。
出典:e-Gov法令検索 民法
民法117条2項
民法117条2項では、「前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない」と記されています。
法律上は、代理権を証明できず本人の追認を得られない場合は、その行為を行う者は代理人ではありません。そのため、本人を代理するような周囲に誤認を与える行為を行ったとしても、代理人としての権利を持たないため、本人を代理したとはみなされません。代理人ではない者、つまり他人(無権代理人)が実施した行為については、行為者である他人が責任を負います。
しかし、民法117条2項の状況に当てはまる場合は、他人による代理行為の責任は、他人自身は負いません。万が一、損害賠償が請求されることがあっても、原則として他人自身が賠償する必要はないとみなされます。
出典:e-Gov法令検索 民法
民法117条2項1号
無権代理人自身が責任を負わない条件の1つとして、民法117条2項1号では、「他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき」と規定しています。
例えば、AがBの代理人として、CにBが有する土地を譲渡すると約束したとしましょう。しかし、AはBから代理権を与えられておらず、CもAがBの代理権を有していないことを知っていたとします。
この場合、Aの「Cに土地を譲渡する」という約束は履行されず、また、履行しない場合もAは損害賠償の責任を負いません。万が一、土地譲渡が実現したとしても、Aには代理権がないため、元々の所有者であるBが土地の所有権を主張できます。
出典:e-Gov法令検索|民法
民法117条2項2号
無権代理人自身が責任を負わない他の条件として、民法117条2項2号では、「他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない」と規定しています。
例えば、AがBの代理人として、CにBが所有する土地の譲渡を約束した場合について考えてみましょう。その際、CはAがBの代理人であることを示す委任状をもらっておらず、また、Bに直接尋ねることもできたのにまったく確認しなかったという過失があったとします。
この場合、AのCへの土地譲渡の約束は履行されず、履行しないとしてもAは損害賠償の責任を負いません。また、万が一土地譲渡が実現した場合も、Aには代理権がないため、原則としてBの所有権を脅かすことはありません。
ただし、Aが自分自身はBの代理人でないことを知りつつ、CにBの土地を譲渡するという約束をした場合は異なります。Cは損害賠償を受ける可能性があり、原則として損害賠償の責任を負うことになります。
出典:e-Gov法令検索 民法
民法117条2項3号
無権代理人自身が責任を負わない条件として、民法117条2項3号では、「他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき」と規定されています。
例えば、Bから代理権を与えられたAが、Cに対してBが所有する土地の譲渡を約束したとしましょう。しかし、Aは未成年者で、法律行為能力に制限を受けているとします。この場合は、CにBの土地が譲渡されなくても、原則としてAは損害賠償の責任を負いません。
出典:e-Gov法令検索 民法
民法117条の改正内容
2017年5月26日、民法の一部を改正する法律が成立し、主に債権関係の規定が変更されました。債権関係の規定は民法が制定された1896年以降、約120年の長きにわたって、改正はほとんど実施されていませんでした。今回の改正により、より実務に即した内容となり、取引の基盤でもある契約がわかりやすいものとなったと考えられます。
なお、改正民法は、2020年4月1日からの施行です。代理権を有しない代理行為が実施された場合も、その行為が2020年4月1日よりも前であれば改正前の民法が適用されます。
民法117条1項の改正内容
改正前の民法117条1項では、「他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったときは、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う」と定められていました。
無権代理人が責任を負う条件として「自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったとき」であったところ、改正後は「自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き」とされています。
実務においては「代理権を証明できないこと」や「追認を得られないこと」といった消極的な事実を示すことは困難です。改正により、消極的事実ではなく、「代理権を証明」もしくは「本人の追認を得る」といった積極的事実を除くことになったため、より代理権の有無を示しやすくなりました。
民法117条2項の改正内容
また、民法117条2項も基本的には改正前のものを引き継いでいますが、2号で「ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない」と付け加えられた点に注目が必要です。
改正前はこのただし書きがなかったため、相手に過失があるとき無権代理人は責任を負わないとされていましたが、改正後は代理権を有さないことを知りながら代理行為をした無権代理人については、悪質と考えられるため損害賠償の責任を負うことになりました。
民法117条に関する判例と実務上の解釈
代理行為は契約に関わる行為のため、無権代理人の責任について定める民法117条が争点となるケースも少なくありません。民法117条に関する判例を紹介します。
本人が追認拒絶後に相続が発生した場合の判例
代理権を付与されておらず、なおかつ無権代理行為について本人から追認を得られなかった場合は、代理人としての行為ができず、行為の結果は本人の責任とはなりません。また、その後、無権代理人が本人の相続人となった場合であっても、さかのぼって無権で実施した代理行為が有効になるものではないと判決されました。実際の裁判要旨は以下をご覧ください。
本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではない。
出典:裁判所 最高裁判所判例集 事件番号 平成6(オ)1379
登記を完了していない会社と契約した場合の判例
まだ会社設立の登記をしていない株式会社の代表取締役が、代表取締役の立場で第三者と契約を締結した場合、契約は有効かどうかについての裁判が実施されました。
代表取締役は会社設立の発起人であり、設立登記が未済であることを知っていたため、自身の行為は法人を代理するものではないことも理解していたと考えられます。そのため、代表取締役には、行為の結果について責任を取ることが求められます。裁判要旨は以下をご覧ください。
「株式会社の設立を計画発起した者が、未だ設立登記をしないうちに、右会社の代表取締役として、第三者との間に、会社設立に関する行為に属しない契約を締結した場合、その者は、右第三者に対し、民法第一一七条の類推適用によつて責に任ずべきである。」
出典:裁判所 最高裁判所判例集 事件番号 昭和32(オ)483
民法117条に関して注意すべきポイント
民法117条を理解することで、代理権を持たない者の行為の結果に対する責任について、法に則った判断ができるようになります。民法117条の解釈においては、次のポイントに注意が必要です。
- 無権代理人の責任の要件
- 無権代理人の責任は無過失責任
各ポイントを解説します。
無権代理人の責任の要件
代理権を持たない者が代理行為をするときは、代理される本人ではなく、無権代理人自身が原則として責任を負います。ただし、以下のいずれかに該当する場合は、必ずしも無権代理人が責任を負うとは限りません。
- 代理する権利を付与されていることを証明したとき
- 本人により代理する権利を追認されたとき
- 行為者に代理する権利がないと相手が知っていたとき
- 行為者に代理する権利がないと相手が過失により知らなかったとき
- 代理行為をした者が代理能力の制限を受けているとき
なお、代理する権利を持たないことを相手が過失により知らなかったときでも、代理行為をした者自身が代理権のないことを知っていたときは、行為者自身に責任が発生することがあります。
事実誤認であっても、賠償責任を求められる可能性があるため注意が必要です。トラブルを回避するためにも、代理行為をする前に、行為者自身が本人から権利を付与されているのか確認しておくようにしましょう。また、代理する権利を付与されていることを相手に提示できるように準備しておくことも大切です。
無権代理人の責任は無過失責任
代理する権利を持たずに代理行為をした者に対しては、重い責任が課せられています。代理権がないと行為者自身が知っていたときだけでなく、代理する権利を与えられていないのに代理権を持つと事実を誤認していた場合や、代理権があると思うことに過失がなかった場合も責任を負わなくてはいけません。
なお、代理権があると思うことに過失がなかった場合でも責任を負うことを「無過失責任」と呼びます。損害賠償を求められたときは、代理行為をした者がその責を果たさなくてはいけません。
代理人の条件と無権代理人の責任を確認しておこう
代理行為を依頼するときや依頼されるときは、行為が無効にならないためにも、行為者自身が代理人の条件を満たしているのか確認する必要があります。また、行為の相手から、代理人としての条件を満たしているのか確認されることもあるため、書面などで提示できるようにしておきましょう。
代理行為をした場合でも、代理人としての条件を満たさない場合は、無権代理人とみなされます。行為が無効になるだけでなく、賠償責任を求められることもあるかもしれません。代理行為をする前に、本当に代理人としての権利を付与しているのか確認しておくことが必要です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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