- 作成日 : 2025年4月8日
民法90条とは?公序良俗違反となる暴利行為や判例をわかりやすく解説
民法90条は、公序良俗に反する法律行為を無効とする民法の条文です。公序良俗とは「公の秩序」と「善良の風俗」をまとめた総称であり、社会的な妥当性を欠く法律行為は民法90条をもとにその効力を否定することができます。
本記事では民法90条に定める公序良俗違反となる行為や違反例、過去の法改正、関連する判例などについてわかりやすく解説します。
目次
民法90条とは
民法90条とは、公序良俗に反する法律行為の効力を否定する条文です。公の秩序や善良の風俗に反する法律行為は無効とすることができます。これは、社会的に妥当性を欠く行為をした者が、法による利益を過剰に享受しないようにするためです。
企業間の契約においても、公序良俗に反すると認められた場合には、契約締結前にさかのぼって契約の効力を否定することができるため、契約条件の設定時には該当する条項が含まれないか確認が必要です。
民法90条は一般条項の1つ
公序良俗について定めた民法90条の規定は、一般条項の1つです。
一般条項とは、法律概念全般として広く適用される基本的理念のことをいい、具体的な要件の設定がありません。公序良俗規定に並んで、民法1条の信義則や権利濫用などが、代表的な一般条項といえます。
一般条項は解釈の余地が広く抽象的であるため、要件の成否に関わらず、社会通念上ふさわしくない法律行為の発効を否定することも可能です。そのため、法的に妥当な解決を目指す際には、これらの一般条項をもとに、取引などにおける個別具体的な事情を加味して結論へと持ち込むことがあります。
その反面、一般条項が訴訟などにおいて濫用された場合には、当事者が予測できる範囲を越えて契約が無効化されてしまう恐れがあります。そのため、でき得る限り具体的な規定による解決をすることを前提として、それでは社会的妥当性が確保できない場合に、公序良俗などの一般条項による解決を行うこととされています。
民法90条の改正内容
民法90条は以下の通り改正が行われました。
- 改正前「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とする」
- 改正後「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」
上記の通り、法改正により、条文から「事項を目的とする」の部分が削除されました。
改正前の条文では、法律行為の目的となる事項を公序良俗に照らし合わせて妥当性を判断することと解釈されます。
一方改正後の条文であれば、目的だけではなく、法律行為が行われる過程やその他諸々の事情を考慮して判断することと解釈ができるようになっています。例えば、契約の目的に犯罪行為が含まれる場合だけではなく、契約の要件を満たすために犯罪行為を必要とし、それが明文化されていない場合であっても、公序良俗違反を適用できます。このように「事項を目的とする」の部分を削除する改正を行ったことで、法律行為の目的となる事項以外も公序良俗違反の考慮対象となることが明確にされました。
民法90条の公序良俗違反に該当する行為
具体的に「公序良俗に違反する」とはどのような法律行為を指すか、以下7点に区別してわかりやすく解説します。
暴利行為
暴利行為とは、相手の知識不足や困窮に乗じて不当な利益を得る行為です。相手方がその法律行為について、実施の是非を合理的に判断することができない事情があることを利用して利益を獲得する行為は、公序良俗に反するとされます。
暴利行為は、専門的な分野への知見をもつ業者とその知識を得ることが難しい消費者や、元請業者と下請業者など、不均等な関係性において問題となるケースが多くあります。
具体的な例として、利息制限法の上限を大きく超える金利を設定した金銭の貸し付けなどが挙げられます。
暴利行為は、公序良俗違反の代表例ともいえる類型であり、判例も多く存在します。
著しく不公平な契約
一方にとって著しく不公平な内容を含む契約は、公序良俗違反に該当する恐れがあります。
具体的な違反例としては、一方の損害賠償額の上限を著しく低く設定した条項や、不相当に高すぎる違約金を設定する条項を含む契約が挙げられます。契約当事者の片方に不当な不利益や負担を負わせる条項を設定すると、その契約自体が公序良俗違反として無効となる恐れが生じます。
犯罪行為に関する契約
犯罪行為に関する契約は公序良俗違反とされる恐れがあります。これには契約の条件に犯罪行為が含まれるものなどが含まれます。
具体的な違反例としては、振り込め詐欺の「受け子」として働くことを条件に、詐欺による利益の一部を対価として支払う内容の契約が挙げられます。
反対に、犯罪行為をしないことを条件に報酬が支払われる内容の契約も、公序良俗に違反して無効であると解釈されます。これは、金銭の支払いが契約条件の通りに行われなかった場合には犯罪行為を認めると解釈される可能性があるからです。
こちらの違反例としては、暴力を振るわないことを条件として金銭を支払う内容の契約などが挙げられます。
人権を侵害する契約
人権を侵害する契約とは、憲法14条で定められている「法の下の平等」の趣旨に反する内容の契約のことを指します。
なお、憲法自体は国家権力を制約する法規範であり、民法とは違って個別の契約など私人間の法律関係に直接は適用されません。しかし、憲法による人権保障を実現する観点で、私法の一般規定を解釈することにより、私人間の法律関係においても憲法を間接的に適用できると解釈されています。
民法90条の公序良俗規定も私法における一般規定であり、人権を侵害する内容の契約を無効化することで、憲法による人権保障の実効化に寄与します。
人権を侵害する契約の具体例としては、女性であることを理由に定年退職年齢を男性よりも低く設定する契約などが挙げられます。
倫理や道徳に反する契約
倫理や道徳に反する契約は、婚姻秩序や性道徳に反する契約のことを指します。
具体的な違反例としては、売春契約や妾(めかけ)契約が挙げられます。この他、妻である女性との婚姻関係がある中で、不倫相手である女性に対して将来の婚姻を約束した場合も、これは公序良俗に反するとされます。不倫相手と交わした婚姻の約束の不履行を理由とした慰謝料の請求はできないと解釈されることがあります。
不正行為を助長する契約
不正行為を助長する契約は、契約自体には不正がなくても契約の成立により他人の不正行為を誘発、助長する契約を指します。
具体的な違反例としては、個人情報を提供する契約において、提供先が個人情報を不正に利用することを認識しながら提供を行うケースが挙げられます。この場合に、債務の不履行を理由とした損害賠償請求をしても、公序良俗違反で契約自体が無効とされ、請求が棄却されることがあります。
取締規定に違反する契約
取締規定とは、行政上の目的から一定の行為を禁止または制限する法律の規定をいいます。なお、取締規定自体には、私法上の行為の法的効力を否定する効果はないとされていますが、取締規定に反する行為が社会的妥当性を欠く場合には、公序良俗違反とみなされて無効とされる可能性があります。
例えば、投資取引において証券会社が顧客の損失を補填することは、金融商品取引法により禁止されているものの、同法では契約の有効性を否定することはなく罰則が定められるに留まります。しかし公序良俗規定を用いることで、契約を無効とすることもできます。
民法90条の公序良俗違反に関する判例
民法90条の公序良俗違反に関する判例は多くあります。以下ではその中から3つの判例を紹介します。
賭博債権|最高裁平成9年11月11日判決
この判例では、賭博によって発生した債権が譲渡され、この賭博債権譲渡の契約が成立した後で、債務者が公序良俗違反を理由に債務の履行を拒むことが認められました。
本件で債務者は賭博債権譲渡の契約時には異議をとどめることなく承諾しました。しかし、賭博債権の譲受人から支払いを要求されると、債権が発生する元となった賭博契約が公序良俗違反により無効であることを主張し、支払いを拒否しました。
最高裁はこれを認め、債務者は賭博契約の公序良俗違反による無効を主張して、その履行を拒むことができるとしています。
デート商法|名古屋高裁平成21年2月19日判決
この判例では、いわゆるデート商法により結んだ売買契約は公序良俗違反であり、無効とされました。
本件では、男性が女性から市場価格と比較して高価な宝飾品の購入を執拗に勧められ、宝飾品の訪問販売を行う会社と売買契約を結びました。この契約時に、男性には若い女性の販売員があてがわれ、個人的な関係の継続を示唆する、長時間拘束し購入を迫るなどの不適切な手法が用いられました。
名古屋高裁はこれらが相手の無知や窮迫につけ込む不公正な方法の取引であるとして、公序良俗違反を認めました。
男女別定年制度|最高裁昭和56年3月24日判決
この判例では、 就業規則において女性であることを理由に定年年齢を低く設定したことが公序良俗に違反するとして、該当部分を無効とする主張が認められました。
本件では、会社の就業規則にて定年年齢を男性は60歳、女性は55歳と定めていました。最高裁はこの年齢差の根拠に担当職務の範囲や能力面などの合理的な理由がなく、性別のみによる不合理な差別であると認め、公序良俗違反により無効としました。
民法90条の公序良俗違反を避けるためのポイント
契約において民法90条の公序良俗違反があった場合、該当する部分だけでなく契約そのものを無効とされる恐れがあります。このようなリスクを避けるために押さえるべきポイントを2つ紹介します。
自社が強い立場でも、相手方を不当に搾取しない
契約上の立場を利用して、相手方を不当に搾取する内容の契約を結ぶことは、暴利行為にあたります。暴利行為を含む取引は、公序良俗に違反するものとして無効と判断される恐れがあるため注意が必要です。
企業間の取引では、利潤を追求することは当然であり、相手方の利益を一切害さないことは難しいことです。
しかし、公正な取引の範囲を超えて、不当に相手方を搾取すると、公序良俗違反による契約無効のリスクが高まります。特に、下請事業者への発注など、契約上の立場や力関係に差がある取引においては、取引相手を不当に搾取することのないよう注意が必要です。
具体的な対応策としては、独占禁止法における優越的地位の濫用に関する規定や、下請法の規定が参考になります。
契約条件の交渉を行う際には、適正な取引条件の設定に努めましょう。
取引に適用される法令のルールを確認する
取引に適用される法令およびルールの確認が不十分だと、公序良俗違反のリスクが高まります。契約内に行政上の取締規定に違反する内容が含まれている場合、公序良俗違反によって契約が無効となる恐れがあるからです。
法令などの確認は、コンプライアンスの観点と合わせて重要なポイントです。日頃から情報収集に努めることや、関連部署を対象とした従業員研修を定期的に行うことで、公序良俗の違反を防ぐことにつながります。
民法90条を正しく理解し適切な事業運営を
民法90条の公序良俗規定は企業活動におけるあらゆる契約に関わる規定です。
しかし、その内容は抽象的で、明確な定義付けが難しいものです。正しく理解をしていなければ、思わぬきっかけで契約無効や損害賠償などのトラブルにつながりかねません。
そのため、日々の契約行為や、新規事業への進出など、さまざまな場面で注意を払う必要があります。
民法90条の公序良俗規定について正しく理解し、リスクを抑えて適切な事業運営を行いましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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