- 更新日 : 2025年3月25日
民法96条とは?取消しの要件や手続きをわかりやすく解説
民法96条は、だまされたり脅されたりして行った意思表示は取消すことができると定めた条文です。だまされて不当な契約をさせられた人などを保護するために設けられました。
本記事では、民法96条について解説します。取消し要件や手続きをわかりやすく解説しますので、日常生活や仕事上における不法行為への対抗手段として覚えておきましょう。
目次
民法96条とは
民法96条の条文は次の通りです。
- (1項)詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
- (2項)相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
- (3項)前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
参照:民法|e-GOV
最初に、民法96条の概要と目的について解説します。
民法96条の概要
民法96条は、詐欺や脅迫による意思表示の取り扱いについて定めた法律です。意思表示とは「法律効果の発生を欲する意思を外部に対して表示する行為」で、売買契約・雇用契約などの契約締結や契約解除などが該当します。
1項は、だまされたり、脅されたりして行った意思表示を取消しできることを規定しています。「取消しできる」とは、取消すこともできるし、取消さないこともできるということです。
詐欺や脅迫による意思表示は原則取消し可能ですが、2項と3項ではできないケースやできても実質的には損害を回復できないケースが規定されています。詳細は後述しますが、例外があることを覚えておきましょう。
詐欺や強迫による意思表示の取消しを可能にし、表意者を保護する
民法96条の目的は、詐欺や強迫によって意思表示した人(表意者)を保護することです。
契約は当事者間の自由な意思によって締結され権利・義務が発生するのが前提ですが、
だまされたり、脅されたりして行った意思表示は表意者の自由な意思とは言えません。取消しを認めることで、表意者に損害を回復する手段を提供しています。
たとえば、だまされて偽ブランド品をブランド品と信じて購入させられた被害者は、取消しを主張することで偽物に支払った購入代金を回収し保護されます。
詐欺の取消し要件
民法96条1項では、詐欺による意思表示が取消しできると定めています。加害者の詐欺を被害者が取消しできる要件は次の3つです。
- 加害者が詐欺行為をした
- 被害者が詐欺によって錯誤した
- 被害者が錯誤による意思表示を行った
各要件について解説します。
加害者が詐欺行為をした
1つ目の要件は、加害者が故意に詐欺行為(相手をだます行為)を行ったことです。相手をだまして本物と思わせ、偽物を販売しようとする行為などが該当します。ただし、勘違いや言い間違いの場合は故意とは言えません。また、仕入れ予定の商品が届かず、結果的に販売できない場合も対象外です。なお、真実を告げるべき義務があるのに告げなかった、いわゆる沈黙もケースによっては詐欺に該当します。
被害者が詐欺によって錯誤した
2つ目の要件は、被害者が加害者の詐欺行為によって錯誤(思い違いする、誤った認識を持つ)したことです。被害者が詐欺であることに気づいていたのに敢えて行った場合は、錯誤したとは言えません。
被害者が錯誤による意思表示を行った
3つ目の要件は、被害者が錯誤した状態で意思表示を行ったことです。詐欺行為によって偽ブランドを本物と錯誤した場合、被害者が「買う」と意思表示することなどが該当します。意思表示により契約が成立し、商品を受領する権利を得るとともに代金を支払う義務が生じます。
詐欺による意思表示の取消しが認められるのは、3つの要件をすべて満たすケースです。なお、刑法の詐欺罪が適用されるのは、上記3要件に加えて「財物又は財産上の利益の移転」という要件を満たす場合です。詐欺によって商品代金を支払った場合などが該当します。
強迫の取消し要件
加害者の強迫による意思表示を被害者が取消しできる要件は次の3つです。
- 加害者が強迫行為をした
- 被害者が強迫によって畏怖した
- 被害者が畏怖したために意思表示を行った
各要件について解説します。
加害者が強迫行為をした
1つ目の要件は、加害者が故意に強迫行為(違法な暴力、脅迫による無理な要求、無理強い)を行ったことです。受け入れなければ「生命や財産に危害を加える」などと言って、要求を受け入れるように脅すことなどが該当します。
被害者が強迫によって畏怖した
2つ目の要件は、被害者が加害者の強迫行為によって畏怖(怖がる、恐れる)したことです。被害者の方が強い立場で畏怖していたとは言えない場合や、自分で適切に判断した場合は該当しません。
被害者が畏怖したために意思表示を行った
3つ目の要件は、被害者が畏怖して本当の意思に反する意思表示を行ったことです。「同意しなければ、仕事をクビにする(家族を傷つける)」などと言われて不本意な契約にサインすることなどが該当します。
詐欺や強迫の取消し手続き
詐欺や強迫による意思表示は、相手方に取消しの意思表示をすれば無効となります。無効とは、最初から存在しなかったものとして扱うことです。意思表示した契約は存在しないため、意思表示による権利や義務は発生しません。
たとえば、詐欺や強迫によって土地を売却する契約を結んだ場合、相手方に契約の取消しを伝えれば契約自体がなかったことになります。当然ですが、土地を譲渡する義務もありません。売買が完了して土地を譲渡した後なら、受け取った代金を返却して土地を返してもらいます。
ただし、取消しする権利には次の時効があるので注意しましょう。
- 追認できるとき(詐欺に気づいたときや強迫から逃れたとき)から5年
- 意思表示したときから20年
上記内容は民法119条以降に記載されているので確認しておきましょう。
(取消しに関する規定・抜粋)
取消権者(120条) | 詐欺又は強迫によって取消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者・・・に限り、取り消すことができる。 |
---|---|
取消しの効果(121条) | 取消された行為は、初めから無効であったものとみなす。 |
原状回復の義務(121条の2) | 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。 |
取消し及び追認の方(123条) | 取消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。 |
取消権の期間の制限(126条) | 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。 |
民法96条における「第三者が詐欺を行った場合」とは
民法96条における「第三者が詐欺を行った場合」とは、表意者と相手方以外の第三者の詐欺によって表意者が錯誤し意思表示を行ったケースです。たとえば、AがBの土地購入を検討中に、不動産屋のCが仲介手数料を得るために土地の問題点を隠してAに土地購入を決断させるようなケースが該当します。
民法96条2項では、「相手方(B)がその事実を知り、又は知ることができたとき」に限り取消せると規定しています。Cが詐欺行為を行ったことをBが知らなかった、かつ知りえなかった場合は取り消せません。
詐欺による取消しに制限を設けるものですが、強迫については同様の制限はありません。脅迫と異なり、詐欺については表意者にも多少の責任があるとされるためです。
民法96条における「善意でかつ過失がない第三者」とは
民法96条における「善意でかつ過失がない第三者」とは、詐欺の事実を知らず、かつ知らないことについて過失がない当事者以外の人のことです。たとえば、BがAからだまし取った商品を、詐欺の事実を知らないCに売却したケースなどが該当します。
民法96条3項では「善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない」と定められていて、AはCに商品の返却を請求できません。AはBに対して詐欺による取消しを求められますが、Cが返してくれなければ実質的な損失の回復はできないため、損害賠償請求をするなど他の方法を考えなければなりません。
なお、民法96条2項と同様の理由で、強迫による意思表示については適用されません。
民法96条に関連する判例
民法96条3項の「善意でかつ過失がない第三者」の解釈について、最高裁判所判決(1974年9月26日・民事判例集28巻6号1213頁)を使って深堀してみましょう。裁判の概要は次の通りです。
- 詐欺によりAがBに農地を売却、Bは農地法5条の許可を条件とする所有権移転仮登記(許可が下りれば所有権が移転)を行う
- BはCに所有権移転の権利を譲渡する。Cは詐欺について善意・無過失である
- 農地法5条の許可がなく所有権移転が完了していないため、Cが民法96条3項の善意・無過失の第三者に該当するかどうかが争われた
判決は、民法96条の趣旨より「第三者の範囲を所有権その他の物権の転得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は見出し難い」として、Cを善意の第三者と認める判決を下しました。
民法96条は詐欺による被害者救済のために取消しを認めていますが、取消しの効果を「善意の第三者」に対しては制限し、第三者を保護しています。
民法96条を理解して詐欺や脅迫による被害の回復を
民法96条は、詐欺や強迫によって意思表示した人を保護するために設けられた法律です。表意者が詐欺や脅迫を行った相手に取消しの意思表示をすることで、契約は無効になります。
ただし、第三者による詐欺の場合は取消しできない、善意の第三者に対抗できない、など被害を回復できないケースもあります。民法96条の概要を理解するとともに、万一被害に遭った場合は専門家に相談して被害の回復を図りましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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