- 作成日 : 2025年7月18日
生成AI時代の法務対応ガイド:知財・個人情報・契約・ガバナンス対応について解説
AIの急速な発展に伴い、企業法務の現場ではこれまでにない新たな対応が求められています。生成AIの活用が広がる中で、著作権・商標・特許などの知的財産、個人情報保護法への適合、AI利用契約における責任の所在、さらには社内ガバナンス体制の構築といった複雑な課題が浮上しています。
本記事では、企業の法務担当者が押さえておくべきAI法務の主要論点と実務対応のポイントを、最新のガイドラインや動向を踏まえて解説します。
目次
AI×法務における知的財産の法的論点
AIの活用は知的財産分野にも影響を及ぼします。生成AIがコンテンツを自動生成する中で、著作権・商標・特許に関する新たな法的論点が生じています。
著作権
生成AIが既存著作物に依拠して類似のアウトプットを生む場合、著作権侵害が問題となります。2018年(平成30年)の著作権法改正によって規定された著作権法30条の4によって、学習段階の非享受目的での著作物の利用は許容されることとなりました。一方、表現の再現は例外とされます。類似性・依拠性が認められると差止請求の可能性も生じ、だれに著作権侵害の責任を負わせるかが論点となります。また、AI生成物の著作物性も重要です。現行法では人間による創作が必要とされ、AIのみの生成物は著作権保護の対象外となる可能性があります。
ただし、人間がプロンプト設計や選択など創作的に関与すれば著作物性が認められる場合もあり、保護を求めるなら人の関与や契約的措置が求められます。
商標権
2025年6月13日に開かれた産業構造審議会(経済産業相の諮問機関)の商標制度小委員会において、AIを利用して作成した商標の登録を現行制度で認める方針が確認されました。併せて、他人の商標をAIに学習させることも法律上問題ないとされています。
また、AIが生成した標章であっても、商品・役務との類似性により侵害とされる可能性があるので、商標権の調査にはなお、慎重を期さなければなりません。
特許権
ダバス事件の東京地方裁判所での判決にあるように、特許法上、発明者は人間とされており、AIは認められません。AIが関与しても創作的に寄与した人物が発明者となります。AIモデルの選定やプロンプト設計などが該当します。また、AIの出力はブラックボックス化しやすく、発明の実施可能性やサポート要件を満たすためには、動作原理や効果を明示する記載が必要です。
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AI×法務におけるプライバシー保護と個人情報保護法
生成AIの普及により、企業が取り扱う個人情報の量と種類は多様化しています。AI法務では、こうした情報の取り扱いに関する法的対応やリスク管理が重要なテーマとなっており、特に個人情報保護法との適合が問われます。
生成AI利用時の個人情報の第三者提供リスク
生成AIへの入力データに個人情報が含まれると、サービス提供者への「第三者提供」に該当する可能性があります。個人情報保護法第27条では、本人の同意を得ない第三者提供を原則禁止しており、社内の顧客データや機密情報を入力することは慎重に対応する必要があります。多くの企業ではガイドラインを策定し、ChatGPTなど外部生成AIサービスへの機微な情報の入力を禁じています。また、全社展開ではなく一部部門による安全性の検証段階にとどめるなど、段階的な運用が一般的です。
サービス提供者側の要配慮個人情報への対応
生成AI提供事業者にとっても、利用者が入力したデータを通じて要配慮個人情報(センシティブ情報)を取得するリスクがあります。これを受けて、個人情報保護委員会は2023年6月2日に「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」として注意喚起を行いました。個人情報取扱い事業者に対するものとしては次の2点が求められます。
① 個人情報取扱事業者が生成 AI サービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された当該個人情報の利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること。
② 個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ることなく生成 AI サービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、当該個人情報取扱事業者は個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある。そのため、このようなプロンプトの入力を行う場合には、当該生成 AI サービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること。
規制緩和と法制度の見直し
2025年2月には、要配慮個人情報について、AI開発などの統計分析を目的とする利用に限り、本人の同意を不要とする規制緩和の検討が報じられました。これは、分析目的に限定することで権利侵害の可能性が小さいと判断されたためで、AI事業者がデータを利活用しやすくする狙いがあります。今後もAI技術の進展に対応して個人情報保護制度の見直しが進むと予想され、企業の法務担当者は最新のガイドラインや法改正動向を継続的に把握しておくことが求められます。
AI×法務における契約・責任の問題
AI技術の導入に伴い、企業間の契約実務や万が一の事故・損害に関する責任分配は複雑さを増しています。AI法務においては、契約条項の設計やリスクの事前調整が重要であり、実務上の検討が欠かせません。
AI契約における責任限定とリスク分配の工夫
AIシステムの開発委託契約や利用契約では、開発者・提供者側の責任を契約で明確に限定する必要があります。一般的には、出力内容の正確性や適合性に関する保証を否定する条項、賠償責任の上限を定める条項などが設けられています。ただし、これらは契約当事者間での制約にとどまり、第三者に被害が及んだ場合には、不法行為として法的責任を問われることがあります。
また、消費者向けサービスでは消費者契約法の適用があるため、過度な免責条項は無効となる可能性もあり、法的な制約を踏まえた契約設計が求められます。
AIの出力や事故に関する責任の所在
AIが生み出した結果によって損害が発生した場合、その責任は最終的に人間、すなわち企業に帰属します。AIそのものは法主体ではないため、開発企業や利用企業が責任を負う構造となります。たとえば、知的財産侵害の訴訟が起きた場合や、AIの誤判断により損失が生じた場合、どちらの当事者が賠償責任を負うのかをあらかじめ契約で定めておくことが重要です。
想定されるシナリオに応じて、責任の所在と負担方法を具体的に取り決めることで、不測の損害への備えとなります。
第三者リスクと契約でカバーできない範囲への対応
第三者に対する被害については、契約だけでは対応しきれない部分もあります。そのため、AIの開発者・提供者・利用者が共通して安全性や信頼性を確保する責任を持つという認識が重要です。ガバナンスの観点からも、関係者が連携しながらリスクを低減させる体制が求められています。また、AI搭載製品が人身事故を起こした場合には、製造物責任や使用者責任の問題も生じ得ます。
たとえば自動運転車における事故では、メーカーやAI提供者が連帯して責任を負う可能性があるため、保険加入の義務や費用負担の定めを契約に盛り込むことも検討すべきです。
AI×法務における社内規程とガバナンス対応
企業がAIを導入する際には、技術的な活用だけでなく、社内での利用ルールやリスク管理体制を明確に整備する必要があります。AIの利活用を安全かつ合法的に進めるためには、全社的なポリシー策定と持続的なガバナンスが求められます。
社内ガイドラインによるリスク管理
多くの企業では、生成AIやチャットボットの利用に関する社内ガイドラインを策定しています。内容は業種や活用目的によって異なりますが、共通する基本項目として、①機密情報や個人データを外部AIに入力しない、②AIの出力をそのまま使わず人間が検証する、③第三者の著作権や商標を侵害しない、④利用履歴やプロンプト内容を記録するといった点が挙げられます。これらは知的財産やプライバシーリスクへの初期対応として重要です。中には、倫理的・社会的視点からさらに厳しいルールを導入する企業もあります。
ガイドライン策定後は全社員への教育・周知を徹底し、違反が起きないようモニタリング体制を整える必要があります。
ガバナンス体制の構築と運用
社内ルールだけでなく、AI活用に関するガバナンス体制の構築も不可欠です。令和 6年 4 月 19 日に総務省・経済産業省から発表された「AI事業者ガイドライン」でも、
「適切な AI ガバナンスを構築することが不可欠である」
引用:AI事業者ガイドライン|経済産業省ホームページ
とされています。
新たなAI導入時には、法務・情報セキュリティ・技術部門が連携し、事前にリスク評価を行う体制を整えます。個人情報の取り扱いやバイアスの有無など、技術面・法務面の両方からの検証が必要です。運用段階では、AIの判断が妥当か、差別的でないかを定期的に点検し、必要に応じてパラメータの調整やモデル更新を行います。
最近では「AI倫理委員会」や「AIガバナンス責任者」を設置し、経営層がリスク管理を主導する企業も増えています。
ポリシーの継続的な見直しとアップデート
AI技術や関連法制度は日々変化しており、社内規程も常に最新の状況に対応させる必要があります。前述のAIガイドラインでも「複雑で変化が速く、リスクの統制が困難であり、こうした社会の変化に応じて、AI ガバナンスが⽬指すゴールも常に変化していく。そのため、事前にルール⼜は⼿続が固定された AIガバナンスではなく、企業・法規制・インフラ・市場・社会規範といった様々なガバナンスシステムにおいて、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運⽤」「評価」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ⾼速に回転させていく、「アジャイル・ガバナンス」の実践が重要となる」とされています。
継続的な見直しと改善のサイクルによって、AI法務の体制は組織に根付き、企業がAIを安全かつ有効に活用できる環境が整います。法務担当者は技術部門と連携し、現場の実情に即した実効性のある仕組みづくりを進めていくことが重要です。
AI時代のリスクに備えるために、法務の対応ポイントを確認しよう
AIの導入が進む今、法務担当者の皆様には新たなリスクへの対応が求められています。著作権・商標権・特許権といった知的財産では、生成物の権利や侵害リスクの見極めが不可欠です。また、生成AIに個人情報を入力する行為は「第三者提供」と見なされる可能性があり、個人情報保護法への配慮が欠かせません。契約実務では、AIの誤作動や損害発生に備えた責任分担の明確化が重要です。
社内ガイドラインやガバナンス体制の整備によって、安全かつ適法なAI活用の基盤を構築していきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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