- 作成日 : 2025年5月7日
民法536条(債務者の危険負担)とは?休業手当などの具体例もわかりやすく解説
民法536条は、売買などの双務契約において、債務者の責任以外の理由で履行不能になったときの危険負担について定める条文です。2020年4月以降、民法536条が改正されて、かつては債権者が責任を負う債権者主義であったケースについても、債務者が責任を負う債務者主義に変わりました。改正のポイントや具体例について解説します。
目次
民法536条(債務者の危険負担)とは
民法536条は、双務契約において債務者の危険負担などを定めた条文です。売買などの双務契約では、当事者のいずれもが相手に対して債務を負います。例えば、売買契約なら、売却者は購入者に「当該商品を引き渡す」という債務を負い、購入者は売却者に「対価を支払う」という債務を負います。
双務契約を締結するときは、何らかの事情で債務履行が不可能になった場合に備えて、当事者のうち誰が責任を負うのか(=誰が危険負担を負うのか)決めておくことが必要です。例えば、中古住宅を購入する場合について考えてみましょう。売買契約を締結し、ハウスクリーニングをしてから購入者に引き渡すことを取り決めたものの、引き渡す前に隣家から出火し、当該住宅が全焼して引き渡しができなくなるかもしれません。
危険負担が購入者にあると仮定するならば、すでに契約は締結されているため、購入者は取り決め通りに代金を支払う義務を負います。反対に危険負担が売却者にあるとすれば、契約締結後であっても購入者には代金を支払う義務はありません。また、売却者が当該住宅を引き渡すという責務を果たせないため、購入者は契約解除を請求できます。
あらかじめ当事者のうちの誰に危険負担があるかを決めておくなら、債務を履行できなくなった場合にも、速やかな対応が可能です。民法536条についての理解を深め、万が一に備えておきましょう。
民法536条1項
民法536条を理解する前に、以下の用語について確認しておきましょう。
- 債権者・債務者
- 債権者主義
- 債務者主義
債権者とは債務を果たすように債務者に請求できる人を指す言葉です。一方、債務者とは債権者に債務を果たす人を指します。
双方がお互いに債務を持つ双務契約では、当事者のいずれもが債務者かつ債権者です。ただし危険負担に関しては、便宜上、売却者を債務者、購入者を債権者とする点に注意しましょう。
債権者主義とは、債権者が万が一のリスクを負うことです。債権者主義に基づいた契約では、売却者が果たすべき債務(商品の引き渡し)が消滅しても、購入者の債務(代金の支払い)は消滅しません。
一方、債務者主義とは、債務者が万が一のリスクを負うことです。債務者主義に基づいた契約では、何らかの事情で商品の引き渡しができず、売却者が債務を果たせなくなった場合には、購入者から代金を受け取れません。
民法536条1項では、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる」と定められています。つまり、双務契約においてどちらの責任でもない理由により債務履行が不可能になった場合には、購入者は支払いを拒否できます。
民法536条2項
民法536条2項では、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない」と定められています。
1項では、どちらの責任でもない理由により債務履行が不可能になった場合についてのルールが規定されていました。一方、2項では、債務を履行できない原因が購入者にある場合のルールが規定されています。購入者に原因があれば、購入者は売却者から債務を果たしてもらっていなくても、自分自身の債務を放棄できません。
また、債務者が債務不履行により何らかの利益を得た場合には、その利益を債権者に引き渡すことも規定されました。状況によっても異なりますが、損害保険をかけていたことで受け取る保険金などが「利益」に相当します。購入者が然るべき代金を支払った場合には、売却者は受け取った利益を速やかに渡さなくてはいけません。
民法536条の改正内容
2020年4月から施行された改正民法では、危険負担のルールを定めた民法536条も大きく変更されました。主な変更点は以下の通りです。
- 債権者主義の撤廃
- 契約解除要件の見直し
各変更点について解説します。
債権者主義の撤廃
以前の民法では特定物に関する物件の設定・移転については債権者主義の立場で危険負担のルールを定めていたため、売買契約で購入者が一方的に不利になるケースも見られました。
改正民法では、危険負担における債権者主義が廃止され、関連する民法534条と535条が削除されています。また、536条の変更により、例外的に債権者主義が適用されていた特定物(不動産や中古車のように代替ができないもの)に対しても、債務者主義が原則として採用されました。
契約解除要件の見直し
債権者・債務者の双方に起因しない理由で債務履行が不可能なケースについて、改正前は「反対給付が消滅する」と規定されてましたが、「債権者は反対給付の履行を拒むことができる」と改正されました。つまり、不可抗力により債務履行が不可能な場合には、購入者に支払いを請求できないのではなく、支払いを求められた購入者が拒絶できるようになった点にも注意が必要です。
例えば、中古車の売買契約を締結した場合について考えてみましょう。引き渡しの当日までに大雨が降り、床上浸水が発生して当該自動車が水没したと仮定します。契約時とは状況が異なるため購入者(債権者)への引き渡しは履行できなくなる可能性があります。
もし引き渡しを実施できない場合でも、売却者(債務者)は購入者に代金の支払いを求めることは可能です。しかし、536条1項によって購入者は支払いを拒否でき、また、541条や542条による契約解除も請求できます。そのため、必ずしも契約通りに代金が支払われるとは限りません。
民法536条1項の「当事者双方の責めに帰することができない事由」の具体例
民法536条1項の「当事者双方の責めに帰することができない事由」とは、債務者・債権者に起因しない理由を指します。例えば、次のようなケースでは、当事者双方の責めに帰することができないと考えることができます。
- 地震や台風などの天災
- 感染症などの流行や疾病罹患
- 戦争やテロなどの社会的事変
- 法令の改正、制定、廃止
- 当事者の過失によらない火災
- 第三者の管理中に発生した事故
上記のように当事者に起因しない理由で債務を果たせないときは、債権者は反対給付の履行を拒否できます。売買契約締結後に約束した商品を受け取れない場合、あるいは約束とは異なる商品を受け取った場合は、当事者双方の責めに帰することができない事由に相当しないか確認してみましょう。万が一、上記のような事由に相当する場合は、購入者は代金の支払いを拒否することが可能です。
民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」の具体例
民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」とは、債権者に起因する理由のことです。売買契約なら、購入者が招いた次のような原因により、債務が果たせなくなることを指します。
- 購入を約束した後、商品に傷がないか確認しようとして、落として割った
- 購入を約束したものの、代金をすぐに支払わずに時間が経過し、当該商品が腐った
例えば、住宅の売買契約を締結したとしましょう。引き渡し前に債権者(買主)がタバコを吸いながら内覧し、そのタバコが原因で住宅が全焼したとします。債務者(売主)は元通りの状態で住宅を引き渡すことはできませんが、債権者は代金を支払う義務を果たさなくてはいけません。
ただし、2項では「債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない」とも定められています。そのため、例えば債務者が当該物件に火災保険をかけており、保険金を受け取った場合は、受け取った保険金を債権者に渡す義務があると考えることができます。
会社都合の休業の場合、休業手当が支給される?
誰が危険を負担するのかといった問題は、売買契約以外においても発生することがあります。例えば、会社都合で休業を余儀なくされた場合について考えてみましょう。休業手当が支給されるかどうかを判断するにあたり、次の2つの法律が関わります。
- 労働基準法26条
- 民法536条2項
各法律が適用される場合の休業手当の支給有無や金額を解説します。
労働基準法26条が適用される場合、民法536条2項が排除される
労働基準法26条は、会社都合によって従業員が休業を余儀なくされた場合の休業手当のルールを定めた条文です。「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない」とあり、会社都合の休業期間中は従業員は相応の手当を受け取れます。
なお、会社側は常に会社都合の休業に対して、平均賃金の60%の休業手当を支給すればよいのではありません。雇用契約もお互いに債務を負う双務契約のひとつのため、民法536条2項が適用されるなら、賃金の100%を休業手当として支払う必要が発生します。
しかし、労働基準法26条が適用される場合は民法536条2項が排除されるため、必ずしも賃金の100%を支払う必要があるとは限りません。例えば、労働組合により、休業手当として平均賃金の60%を支払う義務しか認めない労働協約が締結されているならば、民法536条2項の適用を受けません。
民法536条2項が排除される場合の休業手当の金額
労働基準法26条は、以下のすべての条件を満たす場合に適用されます。
- 会社都合の休業である
- 休業日が休日ではない
- 従業員本人に労働意欲があり、業務を遂行する労働能力がある
会社都合の休業とは、行政勧告を受けたことに起因する操業停止や経営悪化で引き起こされた業務量減少、資材不足による作業中断など、従業員とは関係なく会社に起因する理由で休業状態にあることです。休業期間は時間単位で数え、1日の業務全体が休業扱いにならないときは平均賃金を時給換算して休業手当を算出します。
元々従業員が働く予定ではなかった日については、休業日に含めません。例えば、土日祝日が休日と定められた会社ならば、会社都合の休業が1週間続いても、休業手当が発生するのはその間に含まれた平日の日数分のみです。
また、労働意欲があり、なおかつ労働能力がある状態とは、仕事さえあれば即働ける状態のことです。ストライキを実施しているときや休暇中、病気やケガにより入院中などの状態の従業員は、労働意欲や労働能力がない状態と判断できるため、たとえ会社都合の休業であった場合でも、会社側は休業手当の支給義務を負いません。
すべての条件を満たしたときは、平均賃金の60%以上の休業手当が支給されます。労働基準法では平均賃金を以下の計算式で求めます。
「フルタイムの場合の平均賃金=直前3ヶ月の賃金の合計額÷期間内の総暦日数
日給や時給で計算する場合の平均賃金=直前3ヶ月の賃金の合計額÷期間内の労働日数×60%」
例えば、フルタイムで働くある従業員が、会社都合による休業が始まる前の3ヶ月間(90日間)に受け取った賃金が135万円だった場合、平均賃金は135万円÷90日=1.5万円です。会社都合の休業日数(本来の休日を除く)が10日間なら、1.5万円×60%×10日=9万円以上の休業手当が支払われなくてはいけません。
民法536条に関して注意すべきポイント
民法536条が適用されるときや適用を免れるときは、以下のポイントに注意が必要です。
- 債務不履行の原因を明確にする
- 契約書に不可抗力条項を盛り込む
各ポイントについて解説します。
債務不履行の原因を明確にする
民法536条1項では債権者と債務者の双方に債務不履行の原因がない場合、2項では債権者に原因がない場合について規定しています。債務不履行の原因が誰にあるかによって適用されるルールが異なるため、どこに原因があるかを明確にすることが大切です。
契約書に不可抗力条項を盛り込む
改正民法は債務者主義の原則に立っていますが、状況によっては債権者が不利になるケースや、債務者が過度に危険負担を負わなくてはいけないケースも想定されます。公平かつ満足度の高い契約を実現するためにも、想定される例外となるケースについてあらかじめ契約書に盛り込んでおくことが大切です。
危険負担のルールについて確認しておこう
お互いが相手に対して債務を負う双務契約では、どちらがリスクを負うかという点は重要な問題です。売買契約や賃貸契約、雇用契約などの双務契約を締結するときは、危険負担のルールについて明確に決めておきましょう。
民法536条では債務者主義をベースとしたルールが取り決められていますが、状況によっては適切とはいえない可能性があります。想定されるケースを網羅した契約書を作成し、トラブルを未然に防ぐことが大切です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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