- 作成日 : 2025年3月25日
民法542条とは?催告によらない解除の要件や効果をわかりやすく解説
民法542条とは、債務者に催告せずに債権者が契約を一方的に解除できる要件を示した条文です。債務の履行が不可能なことが明らかなときや、特定の日時に契約実行が定められているにもかかわらず、債務者が履行しなかったときなどは、民法542条により債権者が無催告で契約を解除できます。適用されるケースや判例について解説します。
目次
民法542条とは
民法542条とは、債権者が債務者に催告せずに契約を解除できる要件を定めた条文です。「無催告解除の要件」とも呼ばれることがあります。
民法542条
第542条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。
一 債務の一部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
民法542条の概要
民法541条では、債務者が契約を履行しない場合は、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときに債権者は契約を解除できると定めています。
つまり、債務者が契約を履行しないからといって、債権者は直ちに一方的に契約解除を求めることはできません。契約を履行するように債権者を促し、ある程度の猶予期間を設け、それでも契約履行が見られないときのみ、債権者は契約を解除できます。
原則としては上記の通りに民法541条に則って契約解除を進めていくべきですが、催告が難しいときもあります。例えば、「成人式の日に自宅で写真撮影をする」という契約をフォトグラファーと締結した場合について考えてみましょう。単に自宅で写真を撮影すればよいのではなく、成人式の日に撮影しなくては意味がありません。
しかし、フォトグラファーが約束した日に自宅に来ないで、写真撮影ができなかったとします。この場合、債権者が「写真を撮影してほしい」とフォトグラファーに主張したところで成人式はすでに終わっているため、元々の契約を履行することは不可能です。債権者は一方的に契約を解除し、債務者にしかるべき対応を取るように求められます。
催告によらない解除の要件を規定する
民法542条は、催告せずに契約を解除するための要件を規定した条文です。「成人式の日に自宅で写真撮影をする」のように、特定の日時や期間に果たされなければ意味がない契約や、債務者が契約履行の意思を見せない場合などには、民法542条に従い債権者が一方的に契約を解除できます。
また、民法542条2項では、契約の一部を催告なしに解除する要件も規定しています。例えば「クリスマス当日にケーキAを配達する」という契約をしたものの、事前にケーキAの材料がないことが明白で、他のケーキに代替することを当事者間で同意を得ているとしましょう。事前に催告をしなくても、「ケーキAを配達する」という契約は解除し、残りの「クリスマス当日にケーキを配達する」という契約のみ履行を求めることが可能です。
しかし、契約の一部が不履行になることで契約すべてが意味をなさない場合は、一部のみの解除はできません。例えば、「成人式の日に自宅で写真撮影をする」という契約では、日時(成人式当日)や場所(自宅)、行為(写真撮影)のすべてが揃わなくては意味をなしません。そのため、契約の一部が不履行になることが明白なときは、契約すべてが不履行と判断され、債権者側から催告なしに解除できます。
民法542条が適用されるケース
民法542条は、以下のようなケースで適用されます。
- 債務の履行が不可能なとき
- 債務者が債務履行を拒絶する意思を明確に示したとき
- 債務の一部の履行が不可能、あるいは債務者が債務の一部履行を拒絶する意思を明確に示した場合で、残存部分では契約の目的を達成できないとき
- 特定の日時や一定期間内に履行しないと契約の目的を達成できないとき
- 催告をしても契約の目的を達成できないことが明確なとき
各ケースを具体例を挙げて解説します。
債務の履行が不可能なとき
契約の履行が不可能であることが明らかなときは、債権者は催告なしに契約を解除できます。例えば、ある画家に「〇月までにホールに飾る絵を描いてほしい」と依頼し、画家からも同意を得ていたとしましょう。
しかし、依頼した月に画家が事故で腕を失って絵が描けなくなり、絵がまだ完成していなかったとします。この契約においては単に絵が必要なのではなく、この画家が描いた絵が必要なため、契約の履行は不可能です。民法542条に則り、債権者は画家が腕を失って今後絵が描けないことと絵が未完であることを知った時点で、催告なしに契約を解除できると考えられます。
債務者が債務履行を拒絶する意思を明確に示したとき
債務者側から債務履行を拒絶する意思が示されるケースも想定されます。例えば、ある画家に「〇月までに絵を描いてほしい」と依頼し、画家からも同意を得ていたとしましょう。
その後、画家が精神的に弱ってしまい、「もう絵を描きたくない」という状態になったとします。画家が依頼主に「今後絵は描けない」と伝えたなら、依頼主は期限の変更も検討できますが、民法542条に則り、催告なしに契約を解除できると考えられます。
債務者が債務の一部履行を拒絶する意思を明確に示し、残存部分では契約の目的を達成できないとき
一部の不履行が契約全体の目的達成を損なうケースもあります。その場合、債権者は契約の一部解除ではなく契約全体の解除を催告なしに実施することが可能です。
例えば、ある画家に「玄関ホールに飾るための油絵を描いてほしい」と依頼し、画家から同意を得ていたとしましょう。来客用に玄関ホールに飾ることを予定しているもので、油絵でなければ意味がなく、契約内容においても油絵を納品すると明記されていたとします。
その後、画家が下書きで鉛筆書きの絵を作成した段階で精神的に弱ってしまって、「もう絵を描きたくない」という状態になってしまいます。画家が「下書きの鉛筆書きの絵でいいだろう」と依頼主に伝えてきた場合、依頼主としては、下書きの絵では不十分で油絵でなければだめだとして、債務の一部不履行が契約全体の目的達成を損なうと判断し、民法542条に則り、催告なしに契約を解除できると考えられます。
特定の日時や一定期間内に履行しないと契約の目的を達成できないとき
特定の日時や一定期間内の債務履行が、契約の目的到達の条件となるケースもあります。債務者が約束の期間内に債務を履行しないなら、民法542条に則り、依頼主は催告なしに契約を解除することが可能です。
例えば、飛行機に乗る時間から逆算して、〇日〇時までにハイヤーを1台自宅に手配したとしましょう。配車サービスから「遅れる」といった連絡もなく、約束の日時までにハイヤーが到着しない場合は、民法542条の四が適用されると考え、催告なしに契約を解除できる可能性があります。
催告をしても契約の目的を達成できないことが明確なとき
債務者が債務を履行しないばかりか、債権者が催告をしたとしても契約の目的を達成できないときも、民法542条に則り、依頼主は催告なしに契約解除が可能です。
例えば、「バレンタインデーの当日に花を届けてほしい」「〇日〇時に販売される商品を買ってほしい」など、特定の日時に特定の行動を依頼する場合は、契約が履行されるかどうかはその日時を過ぎないとわかりません。しかし、期日を過ぎてから催告をしても、契約の目的を達成できないため、催告なしの契約解除が可能と考えられます。
民法542条による契約の解除ができないケース
民法543条では、債務不履行の原因が債権者にあるときは、催告をするかどうかにかかわらず、契約を解除できないと定められています。
例えば、「〇日までにホールに飾る絵を描いてほしい」と画家に依頼し、契約が成立したとしましょう。しかし、契約後に依頼主が「新築お披露目パーティが早まったため、期日を10日繰り上げてほしい」と画家に伝えるならどうでしょうか。
画家が「10日間の繰り上げには対応できない」としても、原因は債権者にあるため、債権者は催告するかしないかにかかわらず一方的に契約を解除できません。民法543条に則り、画家が元々の期日までに依頼した絵を納品すれば、契約通りの報酬を支払う必要があると考えられます。
民法542条に基づき契約を解除したら、損害賠償の請求はできる?
民法545条では、当事者の一方が民法に則った契約解除を実施したときは、各当事者は相手を原状に復させる義務を負うことが定められています。また、4項では解除権の行使は損害賠償請求を妨げないとも規定されています。ただし、原状回復の際に第三者の権利を損なうことはできません。
例えば、期日までの納品を依頼し、期日を過ぎてしまうと契約の目的を達成できない場合について考えてみましょう。成人式の当日に写真を撮影する契約などが該当します。フォトグラファーが連絡なしに成人式当日に撮影を実施せず、依頼主が契約を解除したときは、依頼主は契約金を支払う必要がないだけでなく、フォトグラファーに次のような損害賠償を請求できる可能性があります。
- 成人式当日に写真を撮影できないことによる精神的苦痛
- 別日に写真を撮影するための着付けやヘアメイクにかかる費用
- 別日に写真を撮影するために仕事を休む場合、逸失する報酬
また、契約に関してすでに金銭の授受が発生している場合は、金銭返還だけでなく利息を付けることも必要です。金銭以外のものを返還する場合は、受領後に金銭以外のものから生じた果実の返還も求められます。
民法542条に関連する判例
家賃保証会社Bでは、滞納された賃料などの合計が賃料3ヶ月分以上になったときは、Bが賃貸借契約(原契約)を無催告解除できるという条項(条項C)と賃借人による明渡の擬制を認めるという条項(条項E)を原契約内で定めていました。しかし、消費者団体Aは条項C、Eを含むいくつかの契約内の条項は貸借人の不利益にあたると主張し、当該条項の使用差し止めを請求しました。
賃料を滞納したときに、Bから弁済を受けた賃貸人は原契約の解除の必要に迫られないため、Bは無制限に連帯保証債務を履行し続けなければならないという不利益を被る恐れがあります。このような不利益を回避する目的で定められたのが条項Cです。条項Cでは滞納賃料などが賃料3ヶ月分以上になったときのみ無催告解除が可能と定めていたため、規定額以上の滞納があったなら、賃借人の賃料債務が消滅してもBは原契約を無催告解除できます。
このケースでは、民法542条1項第5号の「債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき」に相当すると考えられるため、Bによる無催告解除が実施されました。しかし、そもそもBは賃貸借契約の契約当事者ではなく、また、原契約の条項は賃借人の不利益を十分に考慮されたものではないため、民法542条が適用されるケースではないと判断され、条項Cの差し止めが認められました。判断のポイントは以下の通りです。
- 原則として民法541条に則り、催告をしてから契約を解除する必要がある
- 民法542条の要件を満たす場合のみ、無催告での契約解除が可能
- そもそもBは賃貸借契約の当事者ではなく、本件のように当事者間で定められていたルール自体に問題があるときは、民法542条の要件を満たすかどうかにかかわらず、無催告での契約解除はできない
無催告解除の要件を確認しておこう
民法542条の要件を満たすときは、相手への催告なしに契約を解除できます。しかし、自分自身に債務不履行の責任があるときや、催告が必要とされる場合には、無催告での契約解除は認められていません。
民法540条から548条では、契約の解除についてのルールを定めています。損害賠償に発展するケースもあるため、正確に契約解除の要件を確認しておきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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