- 作成日 : 2025年9月22日
医療DXを推進するには?電子カルテからオンライン診療、AI活用までの課題と政府の政策、成功事例を解説
医療業界で急速に関心が高まっている「医療DX」。これは、デジタル技術を用いて医療の質と効率を根本から変革する取り組みです。この記事では、医療のデジタルトランスフォーメーションがなぜ今必要なのか、その定義と目的を基本から解説します。
電子カルテの標準化、オンライン診療の普及、AIやビッグデータの活用といった具体的なテーマから、導入における課題、政府の推進政策、そして医療現場の成功事例まで、網羅的に掘り下げていきます。未来の医療を形作るDXの全体像を掴み、次の一歩を踏み出すための知識を提供します。
目次
そもそも医療DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?
医療DXとは、デジタル技術を活用して医療サービスや業務プロセス、組織文化を根本的に変革し、患者への提供価値を最大化する取り組みのことです。単なるIT化ではなく、データとデジタル技術を駆使して、医療の質向上、業務効率化、そして新たな医療サービスの創出を目指します。
医療分野におけるDXの定義
医療分野におけるDXは、「保健・医療・介護の各段階で発生する情報やデータを、全体として最適化された形で活用し、国民自身の予防を促進し、より質の高い医療やケアを実現すること」と定義されます。 これは、デジタルツールを導入するだけの「デジタイゼーション(電子化)」や、特定の業務プロセスをデジタル化する「デジタライゼーション(デジタル化)」とは一線を画します。医療DXは、これらの段階を経て、最終的にビジネスモデルや組織そのものを変革し、患者中心の医療を実現することをゴールとしています。
医療DXが求められる背景:超高齢社会と医療課題
医療DXが急務とされる背景には、日本の深刻な社会課題があります。 超高齢社会の進展による医療需要の増大、生産年齢人口の減少に伴う医療従事者の不足、増え続ける医療費、そして地域間の医療格差など、従来の仕組みでは対応が困難な問題が山積しています。これらの課題を解決し、持続可能な医療提供体制を維持するために、デジタル技術による抜本的な改革、すなわち医療DXが不可欠となっているのです。
医療DXが目指す3つの目的
医療DXは、主に以下の3つの目的を達成するために推進されています。
- 国民の健康増進と予防医療の促進
- 個人の健康診断データや診療情報を連携・活用し、個々の健康状態に合わせた予防医療や健康管理サービスを提供する。
- 質の高い医療の効率的な提供
- 医療機関間で患者情報をスムーズに共有し、重複検査や投薬を削減。AIによる診断支援やオンライン診療の活用で、医師の負担を軽減し、より質の高い医療を効率的に提供する。
- 医療現場の業務効率化
- 電子カルテやWeb問診、自動受付システムなどを導入し、事務作業や情報共有の時間を大幅に削減。医療従事者が本来の専門業務に集中できる環境を整備する。
電子カルテや診療情報のデジタル化はどのように進んでいる?
電子カルテや診療情報のデジタル化は、全国医療情報プラットフォームの創設を核として、情報の標準化と共有を目指して進められています。これにより、患者はどこでも質の高い医療を受けられ、医療機関はより効率的な診療が可能になります。
電子カルテの普及状況と標準化の重要性
電子カルテの普及は進んでいますが、各メーカーで仕様が異なるため、医療機関同士での情報連携が難しいという課題があります。
厚生労働省の最新の調査(令和5年医療施設調査)によると、2023年(令和5年)10月時点での電子カルテ普及率は以下の通りです。
最新の電子カルテ普及率(2023年10月時点)
- 55.0% – 2020年の49.9%から5.1ポイント上昇
- 65.6% – 2020年の57.2%から8.4ポイント上昇
- 400床以上の大規模病院:93.7%
- 200床未満の病院:59.0%
出典:令和5(2023)年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況|厚生労働省
政府は、医療情報を円滑に共有するために、電子カルテの記載方式やデータ形式を統一する「標準化」を推進しています。標準化された電子カルテは、異なる医療機関間でも患者情報をスムーズに確認できるため、医療の質と安全性の向上に直結します。
全国医療情報プラットフォームによる医療データ共有の未来
政府は、「全国医療情報プラットフォーム」の創設を進めています。
全国医療情報プラットフォームは、単一の時期に一斉スタートするのではなく、複数のサービスが段階的に導入されています。
- 電子処方箋(既に運用中)
- 2023年1月に運用開始。政府は「オンライン資格確認を導入した“概ね”すべての医療機関・薬局へ2025年3月までに普及」を目標としていましたが未達で、2025年夏時点で“概ね全ての薬局”は導入見込みとされる一方、医療機関の導入は引き続き課題です。
- 電子カルテ情報共有サービス(2025年度中に本稼働)
- 運用開始は2025年度中を予定しています
- 2025年1月からモデル事業を開始
- 2025年度中(2025年4月~2026年3月)に本格稼働予定
これは、全国の医療機関や薬局が、標準化された電子カルテ情報や電子処方箋情報などを共有・交換できるネットワーク基盤です。このプラットフォームが実現すると、患者の同意のもと、救急時や転院時でも迅速に正確な診療情報を確認できるようになり、重複投薬の防止やアレルギー情報の確実な伝達など、医療安全が大幅に向上することが期待されています。
電子処方箋のメリットと今後の展望
電子処方箋は、処方箋をデジタルデータでやり取りする仕組みであり、2023年1月から本格運用が開始されました。
患者はマイナンバーカードを健康保険証(マイナ保険証)として利用することで、複数の医療機関や薬局で処方・調剤された情報を医師や薬剤師と共有できます。
メリット | 具体的な内容 |
---|---|
医療の質の向上 | 過去の薬剤情報を正確に把握でき、重複投薬や危険な飲み合わせを防止できる。 |
患者の利便性向上 | 薬局での待ち時間短縮や、オンライン服薬指導の利用が容易になる。 |
業務効率化 | 医療機関・薬局での処方箋の入力作業や保管・管理コストが削減される。 |
今後は、電子処方箋の普及率を高め、全国医療情報プラットフォームとの連携を深めることで、よりシームレスな医療データ連携の実現が期待されます。
遠隔医療・オンライン診療で何が変わる?
遠隔医療・オンライン診療は、時間や場所の制約を超えて医療へのアクセスを可能にし、特に過疎地や離島における地域医療格差の解消に貢献します。これにより、患者は通院の負担なく、かかりつけ医や専門医の診察を受けられるようになります。
オンライン診療の仕組みとメリット・デメリット
オンライン診療とは、スマートフォンやPCのビデオ通話機能などを利用して、医師の診察を受けることができるサービスです。
新型コロナウイルス感染症の流行を機に規制が緩和され、急速に普及しました。
- メリット
- 通院時間や交通費の削減
- 待合室での待ち時間がない
- 院内感染のリスク低減
- 慢性疾患などで状態が安定している患者の継続的なフォローアップが容易
- デメリット
- 触診や聴診など、直接的な身体診察ができない
- 通信環境によっては、映像や音声が不安定になることがある
- 緊急性の高い疾患や初診には向かない場合がある
- 情報セキュリティのリスク
リモート医療サービスが解決する地域医療格差
医師不足や医療機関の偏在に悩む過疎地域や離島において、リモート医療サービスは非常に有効な解決策となります。
都市部の専門医が、現地の看護師や診療所の医師と連携しながら、遠隔で専門的な診断や治療方針の助言を行うことが可能です。これにより、住民は住み慣れた地域で質の高い医療を受け続けることができ、地域全体の医療水準の維持・向上につながります。
DtoP with N(オンライン診療における看護師の役割)とは
DtoP with Nとは、「Doctor to Patient with Nurse」の略で、医師と患者のオンライン診療に看護師が介在・同席する形態のことです。
患者の自宅や近隣の施設に看護師が訪問し、バイタルサインの測定や医師の指示に基づく処置の補助を行います。これにより、オンライン診療のデメリットである「直接的な身体情報が得られない」点を補い、診察の質と安全性を高めることができます。特に、高齢者やデジタル機器の操作に不慣れな患者にとって、心強いサポートとなります。
AIやビッグデータの活用は医療をどう進化させる?
AI(人工知能)やビッグデータの活用は、診断の精度向上、個別化された予防医療の実現、そして創薬プロセスの加速を通じて、医療を飛躍的に進化させます。これにより、これまで見過ごされてきた病気の兆候を早期に発見したり、一人ひとりに最適な治療法を提供したりすることが可能になります。
医療AIによる診断支援の具体例
医療AIは、医師の診断をサポートし、その精度と速度を向上させるツールとして期待されています。
例えば、CTやMRIなどの画像診断の分野では、AIが人間の目では見つけるのが難しい微小な病変(がんの初期段階など)を検出するのに役立ちます。また、内視鏡検査中にリアルタイムでポリープの候補を指摘するシステムも実用化されており、医師の見落としを防ぎ、診断の質の均てん化に貢献しています。
医療ビッグデータ解析が拓く予防医療の可能性
医療ビッグデータとは、電子カルテ情報、健診データ、レセプト(診療報酬明細書)情報など、膨大な医療関連データのことです。
これらのデータを解析することで、特定の疾患になりやすい人の特徴や、生活習慣と病気の関係性などを明らかにできます。この知見に基づき、個人に対して「将来この病気になるリスクが高いので、今のうちから生活習慣を改善しましょう」といった具体的なアドバイスが可能になり、発症そのものを防ぐ「予防医療」の実現につながります。
創薬・研究開発におけるAI活用の最前線
新薬の開発には、通常10年以上の長い年月と莫大なコストがかかります。AIを創薬プロセスに活用することで、この期間とコストを大幅に削減できると期待されています。
AIは、膨大な数の化合物の中から薬の候補となる物質を高速で探索したり、臨床試験(治験)の最適な対象者を予測したりするのに利用されます。これにより、開発の成功確率が高まり、より早く、より安く、革新的な新薬を患者のもとに届けることが可能になります。
政府・厚生労働省は医療DXをどう推進している?
政府・厚生労働省は、「医療DX令和ビジョン2030」を掲げ、全国医療情報プラットフォームの整備や電子カルテの標準化などを柱とする政策を強力に推進しています。国策として医療DXを位置づけ、ガイドラインの整備や予算措置を通じて、医療現場のデジタル化を後押ししています。
骨太方針にみる医療DX推進計画の全体像
政府が毎年発表する「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」では、医療DXが重点課題として継続的に盛り込まれています。
主な推進計画としては、以下の3つが挙げられます。
- 「全国医療情報プラットフォーム」の創設:全国の医療機関で必要な医療情報を共有する基盤を整備。
- 電子カルテ情報の標準化:どこでも正確な医療情報が確認できるよう、電子カルテの仕様を統一。
- 診療報酬改定DX:診療報酬改定の仕組みを効率化し、医療機関の事務負担を軽減。
これらの施策を一体的に進めることで、質の高い医療サービスを効率的に提供できる体制の構築を目指しています。
厚生労働省が示すガイドラインのポイント
厚生労働省は、医療機関が安全にDXを進められるよう、各種ガイドラインを策定・公開しています。
代表的なものに「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」があります。このガイドラインでは、医療情報を取り扱う上で遵守すべきセキュリティ対策の基準が具体的に示されており、例えば以下のような内容が含まれます。
- 情報の機密性、完全性、可用性を確保するための技術的対策
- 職員への教育・研修といった組織的対策
- 不正アクセスや情報漏洩が発生した際の対応手順
医療機関は、これらのガイドラインに準拠してシステムを構築・運用することが求められます。
マイナンバーカード活用と「マイナ保険証」への一本化
政府は、医療DXの基盤としてマイナンバーカードの活用を強力に推進しています。
マイナンバーカードを健康保険証として利用する「マイナ保険証」により、患者本人の同意があれば、医療機関や薬局が過去の薬剤情報や特定健診情報をオンラインで正確に確認できます。
この流れを加速させるため、2024年12月2日をもって現行の健康保険証の新規発行は終了し、マイナ保険証へ一本化される方針です。
なお、発行停止後も、お手元にある有効な保険証は最長1年間(2025年12月1日まで)は経過措置として使用可能です。また、マイナ保険証を持たない方には、保険診療を受けるための「資格確認書」が交付されるため、保険証が廃止された後もこれまで通り医療を受けられます。
医療現場のDX成功事例から学べることは?
医療現場のDX成功事例からは、明確な目的意識を持って段階的に導入を進めること、そして職員のITリテラシー向上と組織全体の協力体制の構築が不可欠であることが学べます。技術の導入だけでなく、それを使いこなすための組織的な取り組みが成功の鍵となります。
【大学病院の事例】データ活用基盤の構築と研究への応用
ある大学病院では、院内に散在していた電子カルテデータや検査データなどを一元的に集約・管理する「データウェアハウス」を構築しました。
これにより、医師は特定の疾患を持つ患者のデータを横断的に検索・分析できるようになり、臨床研究や治療法の開発が大幅に効率化されました。また、経営層は診療データを分析することで、病院経営の改善や新たな医療サービスの企画に役立てています。この事例は、データを「資産」として捉え、活用基盤を整備することの重要性を示しています。
【地域医療機関の事例】オンライン診療と地域連携による患者満足度向上
過疎地域にあるあるクリニックでは、高齢で通院が困難な患者向けにオンライン診療を導入しました。
地域の訪問看護ステーションと連携し、看護師が患者宅を訪問してオンライン診療をサポートする体制(DtoP with N)を構築。これにより、患者は自宅にいながら質の高い診療を受けられるようになり、満足度が大幅に向上しました。さらに、地域の介護施設とも情報を連携し、患者の健康状態を多職種で見守る体制を整え、地域包括ケアシステムの強化にも貢献しています。
導入成功に共通するポイントとは
これらの成功事例に共通しているのは、以下の3つのポイントです。
- 明確な課題と目的の設定:「何のためにDXを行うのか」という目的を明確にし、解決したい課題を具体的に設定している。
- スモールスタートと段階的な拡大:最初から大規模なシステムを導入するのではなく、特定の部署や業務から小さく始め、効果を検証しながら段階的に範囲を広げている。
- トップのリーダーシップと全職員の巻き込み:経営層が強いリーダーシップを発揮し、DXの重要性を全職員に伝え、研修などを通じてITリテラシーの向上を図り、組織全体で取り組む文化を醸成している。
医療DXで切り拓く、より良い医療の未来へ
本記事では、医療DXの基本概念から、電子カルテ、オンライン診療、AI活用といった具体的な取り組み、そしてそれを阻む課題や政府の推進政策、現場の成功事例までを網羅的に解説しました。
医療のデジタルトランスフォーメーションは、単なる業務効率化にとどまらず、医療の質を高め、地域格差を是正し、国民一人ひとりの健康を守るための重要な鍵です。セキュリティやコストなど乗り越えるべき課題は少なくありませんが、国を挙げた推進により、日本のデジタルヘルスは確実に未来へ向かって進んでいます。自院の課題解決と持続可能な医療提供体制の構築に向け、医療DXの第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
工場の効率化を進めるには?進まない原因や効率化の事例、補助金を解説
「工場の生産効率が悪く、どうすれば改善できるのか分からない…」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。近年、少子高齢化に伴う労働人口の減少や人手不足、グローバル競争の激化により、工場の業務効率化は製造業全体の大きな課題となっています。 こ…
詳しくみるムリ・ムダ・ムラとは?発生原因や削減の手順を解説
「ムリ・ムダ・ムラ」は、生産管理や業務フローにおいて重要な概念です。 「ムリ・ムダ・ムラ」を理解して、非効率な業務を改善することで企業の競争力は向上します。 この記事では、「ムリ・ムダ・ムラ」の発生原因や削除する方法についてご紹介します。 …
詳しくみるマニュアル作成のコツとは?失敗しない手順や書き方、運用をわかりやすく解説
マニュアル作成をする際には、フォーマットの統一や目次の設定、作業手順の時系列表示などが重要です。この記事では、マニュアル作成の目的やコツなどについて解説しています。また、マニュアル作成で役立つおすすめのツールも取り上げているため、ぜひ参考に…
詳しくみるインサイドセールスとは何かを解説!役割や業務内容、向いている人の特徴がわかる
インサイドセールスは、従来のやり方を脱却し、成約につながる見込み客を的確に選定する営業手法です。インサイドセールスチームでは、効率的な営業プロセスを構築し、企業全体の営業成績に寄与します。 この記事では、インサイドセールスの役割や、既存の営…
詳しくみるDXによる働き方改革とは?厚生労働省の動向や成功事例まで徹底解説
働き方改革の重要性は認識されている一方で、具体的な成果につながっていないという悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。その停滞感を打破するカギとなるのが、「働き方DX」、すなわちDXによる働き方改革です。 本記事では、働き方DXとは何…
詳しくみるポカミスとは?意味や例文、職種別のポカヨケ対策10選、企業事例を解説
ポカミスは、誰もが経験する「うっかりミス」のことです。例えば、書類のサインを忘れたり、メールの添付を忘れるなど、仕事や日常生活でついつい起こしてしまうミスを指します。このようなミスは注意不足や疲労、作業環境の影響が原因で発生しやすいです。 …
詳しくみる