- 作成日 : 2024年11月18日
IPO準備企業に求められる財務会計とは?財務・経理部門の役割について解説
上場企業が作成する決算書は、非上場企業のそれとは異なり、一般の投資家などに公開されます。そのため、投資家の視点を考慮した内容にする必要があることから、財務会計に基づいて作成されるケースが多数です。
一方、非上場企業の決算書は税務当局を意識し、税務会計に基づいて作成されることが一般的です。そのためIPOを進めるにあたっては、外部への公開を前提とした財務会計に移行する必要があります。
そこでこの記事では、IPOを目指す企業に求められる会計上の変更点や、IPOにおける財務・経理部門の重要な役割などについて説明していきます。
目次
財務会計について
はじめに、財務会計の概要や税務会計との違いについて解説します。
財務会計とは
財務会計とは外部のステークホルダーに対して、企業の経営状況を正確に開示するための会計手法のことです。企業は経営成績や財政状態などを報告するために、「損益計算書」や「貸借対照表」などの財務諸表を作成することが求められます。
財務会計と税務会計の違い
財務会計と税務会計の大きな違いは、「目的」と「会計処理の根拠」にあります。
財務会計は「企業の財産や利益を正確に開示すること」を目的としているのに対し、税務会計は「課税所得の正確な算出」を目的としています。
また、財務会計は「会計基準」に準拠するのに対し、税務会計は「法人税法」をもとにしている点も、両者の大きな違いです。
なお、IPO準備企業に求められる税務会計については以下の記事で詳しく解説しているので、ご参照ください。
IPOにおける財務・経理部門の重要な役割
IPOに向けた準備では、単に投資家に株式を提供するだけでなく、企業の財務状況を明瞭かつ正確に報告することが重要です。会計基準の遵守などが、企業の成長と市場での成功に直結します。
上場基準に準拠した財務会計の導入
上場審査申請の直前2期については、上場基準に準拠した会計処理を行わなければなりません。
それに伴い、以前と比べ計上項目が複雑化したり、書類の管理が求められたりするため、経理部門の負担が増大する可能性があります。
コーポレートガバナンスに基づく運営体制の強化
企業は赤字になると金融機関からの融資を受けることが難しくなるため、企業全体で不正な決算操作、いわゆる粉飾決算に手を染めるケースがあります。しかし、粉飾決算が発覚すると、企業の信用は大きく失われ、株価が急落して投資家に多大な損害を与えることになります。
そのため経理担当者は、上場基準に沿った正確な会計処理を行う必要があります。そしてその会計の正確性は、監査法人や監査役による監査で確認されることになります。
財務デューデリジェンス(財務DD)への対応
IPOの準備には約3年の期間が必要です。まず、直前々々期にデューデリジェンスを実施し、上場に向けた課題を洗い出すとともに、上場準備に対応する社内体制を整備します。
その後の2期間にわたり、上場企業と同様の会計基準に基づいて財務処理を行い、監査法人による監査を受けます。この過程で問題がなければ、上場審査の申請を行います。
なお、財務DDについては以下の記事で詳しく解説しているので、ご参照ください。
財務会計への対応のポイント
税務会計から財務会計へ移行する際、企業は経理処理における大きな転換を迎えます。会計基準の違いを理解し、財務諸表の作成や内部統制の強化に対応する準備を進めることが重要です。本章では、財務会計における主要なポイントについて解説します。
収益認識額
- 返品権付き販売
財務会計における収益認識基準では、返品権が付いた販売の際、返品が予測される金額は収益として認識せず、「返金負債」として処理します。また、返品に伴う商品の回収権利は「返品資産」として計上します。これらの金額は毎期見直し、変動額を認識する必要があります。
一方税務会計では、返品の可能性があるとしても、販売した商品の買戻しが見込まれる金額を収益から差し引くことはありません。
- 工事契約
法人税法および法人税基本通達では、工事契約に関する収益は原則として工事が完成し、引き渡しが行われた日の属する事業年度の益金に含めます。しかし、収益認識基準の適用により、「一定期間にわたり充足される履行義務」に該当する場合は、進捗状況に応じて収益を計上することが認められています。また、原価回収基準などについても税務上同様に扱われるため、基本的に申告時の調整は不要です。
ただし、収益認識基準で一時点で履行義務が満たされると判定された工事契約であっても、工事期間が1年以上かつ請負金額が10億円以上などの税務上の「長期大規模工事」の要件を満たす場合には、税務上、工事進行基準が強制的に適用されます。この場合は、工事収益や原価に関する申告調整が必要です。
金融商品会計
金融商品会計とは、売掛金や買掛金といった金銭債権・債務、有価証券、デリバティブの会計処理に関する基準のことです。今回は、その中でも多くの企業に影響する「有価証券の期末評価」について解説します。
有価証券は、保有目的に応じて以下の4つに分類され、それぞれ異なる会計処理が行われます。
- 売買目的有価証券
- 満期保有目的の債券
- 子会社および関連会社株式
- その他有価証券
例えば、満期保有目的の債券については、償還期限まで保有する意思と能力があることが条件となり、途中で売却の可能性がある場合はこの分類に該当しません。
実務上、株式は子会社および関連会社株式やその他有価証券に分類されるケースが多いとされています。そして有価証券の保有目的は、特別な理由がない限り変更することはできません。保有目的の変更が容易だと、会計処理も簡単に変更できてしまうためです。
なお、一般的に時価が50%以上下落し、満期保有目的の債券や子会社関連会社株式、その他有価証券による回復可能性がない場合は、評価損を損益計算書に計上しなければなりません。これを減損処理と呼びます。ただし、30%~50%の下落でも、状況に応じて減損処理が行われることがあります。
引当金
財務会計では以下の4つの条件を満たした場合、引当金を計上する必要があります。
- 将来発生が見込まれる特定の費用または損失であること
- その発生が当期以前の出来事に起因していること
- 発生の可能性が高いこと
- 金額を合理的に見積もることができること
この4つの条件を満たした場合、引当金を計上しなければ適切な期間損益計算ができないため、財務会計上の問題となります。
一方、税法上では債務確定主義に基づいて損金が確定されます。まだ確定していない費用である引当金は、貸倒引当金などの一部の例外を除き、税務上認められません。
関連当事者取引
関連当事者取引とは、企業とその関連当事者との間で行われる取引を指します。一般的な事例としては、不動産の賃貸借、資金の貸借、債務保証などが挙げられます。
関連当事者取引が存在する場合、会計基準では取引の重要性に応じて開示の要否が決定されます。
一方IPO審査においてはすべての関連当事者取引が審査対象となり、これらの取引に事業上の合理性が認められる場合などを除いて、上場前の適切な時期において解消することが求められます。
まとめ
IPOを目指している段階の企業の多くが税務会計を採用しているため、財務会計への移行は不可欠です。この移行により税務会計との違いが生じ、結果として税務申告書の作成が複雑化することになります。さらにIPO準備企業では、管理部門の人員が不足していることが多く、これらの業務に十分なリソースを割くことが難しい場合も想定されます。
IPOを目指す企業は、外部専門家などのサポートを受けながら、上場に向けた財務会計への対応を進めていくことが理想的でしょう。
今回の記事でIPOに関する理解を深め、IPO成功への足掛かりにしてください。
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