- 更新日 : 2024年7月17日
企業経営に欠かせない経常運転資金とは?計算方法や不足時の対応方法などを解説
ニュースや新聞で「黒字倒産」という言葉を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
企業経営において、売上と利益は非常に大事ではありますが、それだけでは実際に健全なビジネスを行っていると言い切ることはできません。場合によっては、売上が拡大し利益を創出していても倒産の危機に晒されるケースが存在します。
そこでポイントになるのが、経常運転資金という指標です。本記事では、企業経営における最重要指標の1つともいえる経常運転資金について、計算方法や不足時の対応方法などを解説します。
目次
経常運転資金の概要
まずはじめに、経常運転資金の定義や計算方法を解説します。
経常運転資金とは
経常運転資金とはその名のとおり、企業が継続的に事業を運営していくために必要な資金のことを指し、一般的に運転資金と呼ばれます。
例えば、経常運転資金が500万円の場合は、その事業を運営していくために通常500万円の資金が必要になるということを意味します。言い換えれば、手元に400万円しかない場合は運営を継続することができない状態であることを示します。
経常運転資金の計算方法
経常運転資金は、主に次の計算式によって計算されます。
経常運転資金を構成する要素は、主に貸借対照表(BS)に記載されている項目であり、それぞれ下記の内容となります。
運転資金の種類
先ほど、経常運転資金は一般的に運転資金と呼ばれることを紹介しました。しかし、これと区別される別の運転資金も存在します。その他の運転資金としては、主に次の3点が挙げられるでしょう。
- 増加運転資金:事業の拡大に伴って追加で必要となる運転資金(仕入額、人件費など)
- 減少運転資金:事業の縮小に伴って追加で必要となる運転資金(廃棄費、引越代など)
- 季節性運転資金:時期によって大きく変動する運転資金(賞与、正月特需での仕入額など)
企業の経営状況を分析する際には、ビジネス特性に応じて通常の運転資金(経常運転資金)だけでなく、これらの指標を用いるケースも存在します。
経常運転資金の具体的な計算例
では、経常運転資金が具体的にどのようなもので、どのような意味を持つか、実際の企業の事例を参照して計算してみます。
業界の異なる3社の2022年における貸借対照表から経常運転資金を計算すると、次のとおりになります。
自動車業界:トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)
- 売掛債権:3.1兆円
- 棚卸資産:3.8兆円
- 買掛債務:4.3兆円
経常運転資金=3,1兆円+3.8兆円−4.3兆円=2.6兆円
また、トヨタの当期純利益は2.9兆円となるため、経常運転資金は利益とほぼ同程度の規模感であることが分かります。
参考記事:トヨタ自動車「2022年3月期 決算要旨(P7-9)」
消費財業界:株式会社資生堂(以下、資生堂)
- 売掛債権:1,821億円
- 棚卸資産:1,309億円
- 買掛債務:2,038億円
経常運転資金=1,821億円+1,309億円−2,038億円=1,092億円
資生堂の同年の当期純利益は376億円ですので、トヨタとは異なり、経常運転資金は利益の3倍程度の水準であることが読み取れます。
参考記事:資生堂「2022年12月期 決算短信(P10-12)」
建設業界:東急不動産ホールディングス株式会社(以下、東急不動産)
- 売掛債権:392億円
- 棚卸資産:7,590億円
- 買掛債務:439億円
経常運転資金=392億円+7,590億円−439億円=7,543億円
東急不動産の当期純利益は360億円であり、資生堂よりもさらに経常運転資金との差異が大きいことが分かります。
参考記事:東急不動産ホールディングス「連結貸借対照表」
3社比較
当期純利益と運転資金の規模を簡易的に比較すると、トヨタは運転資金を利益で安定的に賄えている一方、他の2社ではそれができていないといえます。
これは東急不動産が、不動産という資産の回転期間が長い商材を扱うためであり、棚卸資産が他の2社よりも圧倒的に大きいことがそれを裏付けています。
また資生堂は消費財という需要の変動や競争環境が激しい業態の中で、在庫を多く貯めておく必要があることや、多様な小売店に売掛金を発行していることなどによって、多くの運転資金を必要とします。
このように、業界によって運転資金の大きさなどは異なるため、業界構造やビジネスモデルをよく理解した上で経常運転資金を分析することが肝要です。
安定的な経営に向けた経常運転資金の管理
次に経常運転資金を減らすための方法や、不足した際の解決策について紹介します。
経常運転資金が変化するシナリオ
解決策を講じる前に、まずはどのような場合に経常運転資金が変化するか、いくつかのシナリオを整理しておく必要があるでしょう。そのシナリオは主に次の4パターンが挙げられます。
1. 売上減少:基本的に在庫が積み上がるため業種によらず資金不足になりやすい
2. 新規事業投資:売掛債権が溜まり、資金不足の可能性あり
3. 売上拡大:運転資金が大きくプラスになる建設業などの場合、資金不足の可能性あり
4. 売上維持・利益改善:在庫が圧縮されるため資金不足にはなりにくい
つまり、利益率の改善を行った場合は資金不足にはなりにくいものの、売上減少時や新規事業を開始した際には運転資金が不足する可能性が高くなります。また業界によっては売上が拡大した際にも、資金不足が生じる恐れがある点にも留意が必要です。
経常運転資金の削減方法
上記のようなシナリオが生じた際に経常運転資金を削減するための方法は、経常運転資金の計算式に基づき、主に次の2つが存在します。
1. 売掛債権や棚卸資産を減らす
2. 買掛債務を増やす
まず前者については、支払サイトの短縮による売掛債権の早期回収、在庫効率化による棚卸資産の圧縮などが具体的な施策として挙げられます。後者では、支払期間の延長による買掛債務の増加などが例となるでしょう。
経常運転資金の不足への対応方法
経常運転資金を削減することでも不足分をカバーしきれない場合は、資金を新たに調達するしか方法がありません。
その資金調達の方法としては、次のような手段が挙げられるでしょう。
- 銀行融資(プロパー融資)
- 日本政策金融公庫からの融資や制度融資の公的機関の活用
- 補助金・助成金の活用
- ビジネスローンの活用
- ファクタリングの活用
それぞれの手法の特徴については下記の記事などで詳しく解説しているため、併せてご一読ください。
関連記事:マネーフォワード トランザクションファイナンス「迅速な調達に向いている資金調達手法とそのメリット・デメリット」
また当然、経常運転資金の不足に陥らないために、キャッシュフローを適正に管理しておくことも忘れてはなりません。
まとめ
本記事では黒字倒産などを招きかねない経常運転資金について、計算式や特徴などを具体的な企業の事例も見ながらご紹介しました。また、経常運転資金がどのような場合に不足するかや、不足を防ぐための手段・実際に不足した際の対処方法についても解説しています。
3社の事例でも分かる通り、経常運転資金は業界やビジネスモデルによって大きくその特徴が異なります。したがって、自社の特性を正しく理解した上で、適切に経常運転資金を管理できるように意識しましょう。
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