- 更新日 : 2024年7月17日
監査難民とは?監査難民の増加理由や影響、監査法人の選定ポイントを解説
監査難民とは、IPOを目指す企業がIPO申請に必要な監査サービスを提供してくれる監査法人を見つけられない状況を指します。監査難民の発生は監査法人のリソース不足などが原因です。
企業は監査難民に陥ってしまうとIPOを達成できず、資金調達に深刻な影響を与える可能性があります。
本記事では、監査難民に陥る理由や監査難民にならないための対策、監査法人を選ぶポイントについて解説します。
目次
監査難民とは?
はじめに、監査難民の定義や、IPOで監査法人が必要である理由を解説します。
監査難民の定義
監査難民とは、IPO(新規公開株式)を目指す企業がIPOに必要な監査を受けるための監査法人を見つけることに苦労している状況を指します。監査難民に陥る理由としては、監査法人の人手不足や監査業務の需要増加が挙げられます。
監査法人が見つからないと、IPOに必要な審査を受けられず、上場スケジュールが遅れる恐れがあります。結果的に企業の成長戦略や資金調達に悪影響を及ぼすかもしれません。
なぜIPOで監査法人が必要なのか
IPOを目指す企業は上場申請の直前期より前の2年間分の監査証明を受ける必要があります。監査証明とは、監査法人がIPO申請企業の財務諸表や決算書が適正に作成されていることを監査、証明することです。
監査法人の選定や監査法人による監査作業には時間がかかるので、IPOを目指す企業は早期に監査法人を選定し、適切な監査を受ける準備を整える必要があります。
なぜ監査難民が増加しているのか
本章では、監査難民が増加している背景について解説します。
1. IPOを目指す企業が増えている
2. 監査基準の厳格化
3. 監査法人の人員不足
背景1.IPOを目指す企業が増えている
スタートアップ企業がIPOによって資金調達を目指すケースが増えています。IPOを目指す場合、監査法人による監査証明を受ける必要がありますが、監査業務の需要増加が監査法人のリソースを圧迫しているのです。
2022年4月の東証再編によって誕生したグロース市場のIPO基準は最も緩和されているので、IPOを目指すスタートアップ企業は今後も増加するかもしれません。
背景2.監査基準の厳格化
近年、大企業を中心に不正会計事件が発生したことで、企業活動の際にコンプライアンスや投資家保護が重視される風潮が強まりました。このような中で監督官庁によって監査の厳格化・強化が推進されました。
これによって、監査法人が実施する監査業務の負荷が増大してしまいました。監査にかかる時間は過去10年間で2割増えたともいわれています。結果として、監査法人が引き受けられる監査証明の供給が需要に追いつかないという事態が引き起こされました。
背景3.監査法人の人員不足
監査証明を担う監査法人において、監査業務を行う公認会計士不足が深刻化しています。
主な要因として次のようなものが挙げられます。
- 監査業務の需要増加に新規の公認会計士の供給が追いついていない
- 長時間労働や高いストレスが原因で公認会計士の離職率が高い
- 監査基準の厳格化によって監査業務に求められる質が上がった
監査法人の人的リソースが不足しており、監査証明を希望するすべての企業に監査業務を提供することが難しくなってしまいました。
監査難民になるとどうなる?
監査難民に陥ってしまった場合、IPO準備やその後の戦略にはどのような影響があるのでしょうか。
1. IPO準備が遅れる
2. 資金調達が困難になる
3. 内部統制が弱体化する
影響1.IPO準備が遅れる
IPO申請には監査証明が必須条件です。しかし、監査難民に陥ると、この条件を満たすことができません。
IPO申請の準備が整わないので、IPO申請のプロセスが遅れてしまったり、最悪の場合にはIPO申請ができないかもしれません。IPOを前提とした企業の成長戦略に狂いが生じてしまう恐れがあります。
影響2.資金調達が困難になる
IPO実現による資金調達ができないのはいうまでもありません。それに加えて、監査証明を受けていない企業の財務諸表は信頼性に乏しく、銀行や投資家からの資金調達が困難になる恐れもあります。
資金に余裕のないスタートアップ企業にとって、資金調達が困難になることは、事業の継続や自社の成長の深刻な障害となり得ます。
影響3.内部統制が弱体化する
監査証明を受けるためには内部統制を強化できている必要があります。監査証明を受けない場合、内部統制に潜む不備や問題が放置され、会計上の誤りや不正行為が発生しやすくなります。
これによって、内部統制力が弱体化し、企業の長期的な健全性が損なわれ、不正会計事件など将来にわたってリスクを抱えることにつながります。
監査難民にならないために
本章では監査難民に陥らないための対策を解説します。
1. 早期に監査法人を選定する
2. 内部管理体制を整備する
対策1.早期に監査法人を選定する
IPO申請には上場申請の直前期より前の2年間分の監査証明を受けていることが条件です。これを踏まえて、IPOを検討し始めたら、早い段階で監査法人を選定し、監査法人のスケジュールを押さえましょう。
また、監査法人の繁忙期を避けて早期に選定することも大切です。4月、5月は決算チェックが集中する繁忙期となるため、この時期を避けるか、重なる場合には早期に監査法人に連絡しておくことが大切です。
対策2.内部管理体制を整備する
内部管理体制の整備には以下のものが含まれます。
- 適切な会計管理
- 人事、職務制度の整理
- 事業計画の策定
- 月次決算報告体制の整備 など
監査法人に相談する前に内部管理体制を整備しておくことで、監査法人に「手間のかからない監査」という印象を与えることができます。
監査法人の選定ポイント
監査難民に陥らないためには、適切な監査法人を選ぶことも大切です。本章では、監査法人を選ぶ時のポイントを解説します。
ポイント1.実績や専門性を検討する
監査法人の実績や専門性を慎重に検討します。
以下が検討すべき実績です。
- 過去に担当したIPO監査の数
- 特定の業界における実績
- SDGsなど非財務情報の監査実績
- IPOを達成した企業による満足度
以下が検討すべき専門性です。
- 特定の業界における知識
- 最新の監査基準や規制変更に関する知識
- 国際基準への対応
実績が豊富で、自社や業界に知見のある監査法人を選びましょう。
ポイント2.大手監査法人にこだわりすぎない
いわゆるBig4と呼ばれる4つの大手監査法人に監査証明を依頼したいと考える企業は少なくありません。しかし、Big4は日本の監査報酬の低さや人的リソース不足によってIPOの監査証明業務を縮小しています。
したがって、大手監査法人にこだわると監査法人が見つからない恐れがあるのです。選択肢を広げ、中小の監査法人を選ぶことで、スムーズなIPO準備とコスト削減を両立できる場合があります。
まとめ
監査難民とは、適切な監査法人が見つからず、IPO申請に必要な監査証明を受けられない状態を指します。背景には監査法人の人的リソース不足や監査業務の需要増加などがあります。
しかし、監査難民の問題を解決するための取組みが官民それぞれで実施されています。
監査法人の数は2023年3月末で280法人であり、増加傾向にあります。大手監査法人は人的リソース解決のために業務の省人化に取り組んでいます。また、金融庁は中小監査法人のデジタル化支援などの支援策を議論しています。
これらの取り組みによって監査法人の供給がIPO申請の需要に追い付けば、監査難民の問題は大幅に緩和されるかもしれません。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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