- 更新日 : 2024年7月17日
株式交付信託とは?導入の流れ、メリット・デメリット、会計・税務処理、事例を解説
株式交付信託は、インセンティブ報酬の一つです。
株式の形で報酬が提供される仕組みにはさまざまな形式があります。
そこで本記事では、株式交付信託に初めて興味を持つ方でも理解しやすく、株式交付信託の概要やそのメリットなどについて解説します。会計処理や税務処理についても分かりやすくご紹介するので、ぜひ最後までお読みください。
目次
株式交付信託とは
企業が従業員や役員の財産形成やインセンティブを促進するために普及しているのが、自社の株式を従業員や役員に提供する制度であり、株式交付信託はこの制度のうちの一つです。
従業員向け株式交付信託
従業員が自社の株を取得し、その株価の上昇による利益を得ることができる信託です。これにはさらに以下の2つのタイプがあります。
- 株式給付型:社内の規程に基づき、信託を通じて導入企業の自社株を従業員に給付する形式
- 従業員持株型:自社の株を購入するために、「従業員持株会」を設立し、そこから従業員が自社株を取得する形式
役員向け株式交付信託
役員に対して、業績目標の達成度などに応じて自社株を在職時もしくは退職時に交付する信託です。
株式交付信託の流れ
この章では、株式交付信託の手続きの流れについて解説します。
決議の取得
株式交付信託の導入に関する取締役会および株主総会での決議を取得します。
規程の制定
取締役会で株式交付規程を制定します。これには株式交付信託の運用に関する具体的な規定を含みます。
信託契約の締結
信託会社と契約を結び、株式を取得するために必要な資金を信託会社に支払います。
株式の取得
信託会社は、その企業の株式を株式市場またはその企業から取得します。
剰余金の配当
企業は株式交付信託に対して、信託が保有する株式に関連する剰余金の配当を行います。
権利行使の指図
信託管理人が株主としての権利行使を指示します。ただし、役員を対象とする株式交付信託の場合は、通常権利行使しない旨についての合意が設けてあります。
ポイント付与
企業は信託期間中、従業員と役員の地位・役職・在任期間・業績達成度に応じてポイントを付与します。
株式交付信託のメリットとデメリット
この章では株式交付信託のメリットとデメリットについて解説します。
メリット1. 比較的自由な設計が可能
制度の設計において、全社・部門業績との連動・非連動、個人評価との連動などさまざまな設計が可能です。
メリット2. 会社側の事務負担軽減
株式取得やポイント管理など株式交付にあたる事務手続きは信託会社が行います。
また、一度信託を設定すれば、交付のたびに都度契約書を締結したり、取締役会決議を行ったりする手続きは発生しないため、会社の事務負担が軽減されます。
メリット3. 納税資金確保の柔軟性
事前に株式交付規定に定めておくことで、信託を通じて株式の一部を売却し、得られた金銭を納税資金に利用できます。
デメリット1. 手数料の負担
他の株式報酬制度とは違い、信託契約の開始から信託の終了までに信託報酬や信託管理人報酬が発生します。
デメリット2. 仕組み上のリスク
株式交付信託契約において元本および利息は保証されません。預金保険や投資家保護基金の対象外となり、信託銀行は元本や利息の補填を行いません。
また、通常途中解約が難しいため、導入前に契約条件をよく確認する必要があります。
さらに信託銀行は市場価格の変動に応じて証券に投資し、これにより信託財産の価格も変動し、損失が発生する可能性があります。保有する証券価格は発行元の財政状況に左右され、信託財産に損失が生じる可能性があります。また取引が小規模な場合、望ましい時期や価格での売買が難しく、信託財産に損失が生じる可能性があります。
これらの注意点を踏まえて、企業は適切な株式報酬制度を選択すべきです。
株式交付信託の会計処理と税務処理
この章では株式交付信託の会計処理と税務処理について解説します。
会計処理
<前提条件/単位は千円>
- 役務提供期間はX1期〜X3期です。
- 信託拠出時:会社は信託に1,500の金銭を拠出します。
- 自己株式処分時:会社は簿価1,300の自己株式を1,500で処分します。
- ポイント付与時(X1期〜X3期):各期末に、信託は毎期同数のポイントを付与します。
- 株式交付時(X3期終了時):信託はX3期終了時に、ポイントに基づき退任役員に株式を交付します。
(信託拠出時)
信託口 1,500/現預金 1,500
(自己株式処分時)
現預金 1,500/ 自己株式 1,300
自己株式処分差益 200
なお信託が期末に上記の自己株式を保有している場合の仕訳は以下のとおりです。
自己株式 1,500/信託口 1,500
(ポイント付与時(X1期~X3期))
X1期:株式報酬費用 500/引当金 500
X2期:株式報酬費用 500/引当金 500
X3期:株式報酬費用 500/引当金 500
(株式交付時)
引当金 1,500/自己株式 1,500
なお信託期間が延長されるか、または終了期日が未定の場合、対象期間中は引当金への繰入れが継続され、交付時に取り崩すことになります。
税務処理
<受益者の有無による税務処理>
株式交付信託は、受益者の存在有無によって税務処理が決まります。
1)受益者が存在する場合
受益者等課税信託に該当し、信託財産に関する資産や負債は受益者のものとみなされ課税対象となります。また信託の変更権限を持ちかつ信託財産の給付を受けることができる者は受益者とみなされ、これも課税対象です。
2)受益者が存在しない場合
法人課税信託に該当し、受託者(信託を管理する者)が法人税の納税義務を負います。
<株式交付信託の取り扱い>
株式交付信託は、役員・従業員が受益権を取得する前後で取り扱いが決まります。
1)役員・従業員が受益権を取得するまで
受益者が存在しません。しかし委託者である会社は、信託変更の権限を持つため受益者とみなされ、課税対象となります。
2)役員・従業員が受益権を取得後
受益者となる役員・従業員が課税対象です。
<関係者別の税務処理>
1)役員・従業員側の取扱い
役員・従業員は、株式の交付権の確定日(受益権確定日)に給与所得もしくは退職所得として認識し、その日の株式時価に交付株式数を乗じた金額が収入金額となります。
退任・退職時交付型の場合、通常は退職による給与として認識され、退職所得として扱われます。
このケースでは、支給日の株価を利用して収入金額を計算し、その金額に基づいて源泉徴収が必要です。
2)会社側の取扱い
企業は役員や従業員に対して株式を提供する際に、その提供日の株価と提供される株式の数量から計算される金額を、その事業年度の損金として計上できます。
ただし、役員に対する株式交付時には、事前に事前確定届出給与、業績連動給与の要件などが満たされているかどうかを確認する必要があることに注意が必要です。
株式交付信託と他の株式報酬制度との違い
株式交付信託は、企業が従業員に対して株式を直接配布するRS(譲渡制限付き株式)、PS(パフォーマンス・シェア)、PSU(パフォーマンス・シェア・ユニット)、RSU(譲渡制限付き株式ユニット)などとは異なり、信託銀行などを介して間接的に株式を提供するシステムです。
株式交付信託の事例
MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社の事例
株式交付信託導入の目的は、グループ国内保険会社各社の社員がグループへの帰属意識と、会社の業績や株価の向上に向けた意識を高めることでの企業価値向上です。
株式交付基準に基づき、社員区分や業績に応じて、各社の社員に対してポイントを付与しました。
取得する株式の種類は普通株式とし、会社が信託する金額は4,165,000,000円、取得する株式の総数は990,000株を上限としました。
まとめ
本記事では、株式交付信託が持つメリットや会計処理・税務処理などについて詳しく説明してきました。
失敗せずに導入するためには、専門家に相談するのが良いでしょう。
会社の現状を客観的かつ冷静に評価し、自社の成長と発展に寄与する適切なインセンティブ報酬の形態を見つけるよう心がけましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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