- 作成日 : 2024年11月19日
IPOにおける労務DD(デューデリジェンス)とは?重要性、調査項目、プロセスを解説
労務DD(デューデリジェンス)とは、IPOを目指す企業が自社の人事・労務に関する状況を詳細に調査する業務です。IPOにおいては、主に上場審査をクリアする可能性を高めたり、労務面での課題を発見することを目的に実施されます。本記事では、IPOにおける労務DDの目的や調査項目、プロセスを解説します。
目次
IPOにおける労務DD(労務デューデリジェンス)とは
はじめに、労務DDの概要とIPOにおいて労務DDを実施するタイミングについて解説します。
労務DDの概要
労務DDとは、対象企業の人事および労務状況を調査する業務であり、主にM&AやIPOなどの場面で実施されます。人事・労務におけるリスクを洗い出し、M&AやIPOの実施可否判断を下したり、リスクへの対策案を検討するために行われることが多数です。
IPOにおいて労務DDを行うタイミング
IPOにおいては、一般的に上場準備を開始した直後(n-3期)に労務DDを実施します。
公認会計士や監査法人による予備調査(ショートレビュー)が実施された直後に、労務DDによって労務の課題を洗い出します。早期に労務DDを行い、早急に課題を解決しておくことで、その後のプロセスに停滞や手戻りが生じるリスクを軽減できるでしょう。
IPOにおける労務DDの重要性・目的
本章では、IPOにおいて労務DDを行う3つの目的を解説します。
上場審査をクリアする可能性を高める
IPOを実現するには、取引所が行う上場審査をクリアする必要があります。上場審査における「実質基準」の1つに「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」があり、この有効性を確認する要素の1つとして「労務管理が適切に行われているか」がチェックされます。
未払賃金や過度な時間外労働などの問題点があると、適切に労務管理が行われていないと判断され、審査で不利となる恐れがあります。労務DDによって事前にリスクを発見・対処しておくことで、上記の事態を回避し、上場審査にクリアしやすくなります。
解決すべき課題を把握する
労務DDは、事業を運営する上で解決すべき課題を把握する目的でも実施されます。
安全性が低い労働環境や未払賃金の存在といった問題は、上場審査の場面だけでなく、IPO準備期間および上場後の事業運営にも悪影響を及ぼす恐れがあります。
例えば労働環境が劣悪な場合、従業員の離職や対外的な評判低下などによって、事業の収益性や継続に支障を来すリスクが高まります。また、投資家からの評価が低下し、IPO後の資金調達に苦戦する事態も想定されます。
こうした事態を防ぐためにも、労働DDによって課題を把握し、解決しておくことが重要です。
企業価値や社会的評価の向上につなげる
長期的な視点で見ると、労働DDによって発見された課題を解決することは企業価値や社会的評価の向上にもつながります。具体的には、労働環境が改善されることで、従業員の離職率低下やモチベーション向上につながり、結果的に企業価値を底上げする可能性があるのです。
また、クリーンな労働環境が投資家や消費者から評価されることによる企業イメージ向上も見込めるでしょう。
IPOにおける労務DDの調査項目
IPOにおける労働DDでは、具体的にどのような項目を調査するのでしょうか。本章では、一般的な労働DDの調査項目を解説します。
雇用契約
労務DDでは、従業員との雇用契約書が法的に適正か、また全従業員に交付されているかをチェックします。契約内容に不備があると、労使トラブルや訴訟リスクが高まるため、契約書の内容や更新状況を徹底的に精査する必要があります。
就業規則・労使協定
就業規則や労使協定が法令に適合しているかを確認します。これには、企業独自の規則だけでなく、36協定などの労使協定も含まれます。未整備や法令違反があると、上場審査や事業運営に支障を来すリスクがあるため、注意が必要です。
労働・休憩時間、休日・休暇
従業員の労働時間や休憩時間、休日・休暇の管理が適正かどうかを確認します。残業時間の把握が不適切な場合や労働時間管理が徹底されていない場合は、長時間労働による健康問題や労使トラブルのリスクが高まるうえ、上場審査で不利になり得ます。こうしたリスクを軽減するためにも、適切な管理体制の整備が必要です。
賃金
従業員に対する賃金が法令に基づき適切に支払われているかをチェックします。未払賃金がないことはもちろん、最低賃金の基準をクリアしていることや、割増賃金を適切に支払っているかどうかも入念にチェックすることが求められます。
上場審査では、「タイムカード上の記録と労働の実態に乖離がないかどうか」がチェックされるため、勤怠管理システムなどを活用し、客観的かつ正確に管理することがポイントです。
人事考課
従業員の評価・昇進制度が公平かつ透明性があるかどうかも確認します。評価制度が不透明だったり、昇進・昇給の基準が不明瞭な場合は、従業員のモチベーション低下につながるリスクがあるため、制度の整備が求められます。
解雇・退職・懲戒
解雇や退職、懲戒処分に関する規定・運用が法的に適正であるかを確認します。不当解雇や懲戒処分の手続きに問題がある場合、労使紛争や法的トラブルが発生するリスクが高まるため、関連文書の整備と適正な運用が重要です。
社会保険
従業員に対する社会保険の加入状況や、適切に保険料が支払われているかどうかも確認します。未加入や保険料の支払い漏れがあると、後に大きな罰則を受ける可能性があるため、全従業員について加入状況の確認が必須です。
その他
労務リスクに関する重要な要素として、ハラスメント対策や安全衛生管理の状況、教育訓練の制度なども確認します。特に昨今はハラスメントの訴訟リスクが高まっているため、現状や対応策の有無などを入念にチェックしましょう。
IPOにおける労務DDのプロセス
企業の労務管理に関する潜在的なリスクを洗い出して解決策を提示するために、労務DDは以下の5つのステップに沿って進められます。
ステップ1:必要書類等の準備
最初に、労務DDに必要な書類を揃えます。主な書類として、就業規則や雇用契約書、労使協定の資料、賃金台帳、組織図、勤怠表などが挙げられます。これらの書類は、法令遵守の状況を確認する目的で使用されます。
ステップ2:資料調査およびヒアリング(現状把握)
次に、収集した書類をもとに、人事や労務の実態を調査します。このプロセスでは、労務管理の実態や問題点を洗い出します。
具体的には、雇用形態や人事制度、労働時間の実態などが調査されます。また、経営陣や従業員、人事担当者などへのヒアリングによって、データには表れない実情を把握していくケースも多いです。
ステップ3:課題の整理
調査によって明らかになった問題点やリスクを整理します。例えば、労働時間の管理不備や未払賃金の発生といったリスクに関して、分類や対処の優先順位付けを行います。その後、優先度の高いリスクから順番に対応策を検討します。
ステップ4:レポート作成および報告
労務DDの結果をレポートにまとめます。このレポートには、調査結果の詳細や、発見されたリスクおよび対策が盛り込まれます。
専門家の手によってレポートが作成されたら、経営陣を中心とした関係者への報告を行います。その報告会において、レポートの内容に関する議論が行われます。
ステップ5:改善策の実施と継続的な改善
最後に、レポートの内容を踏まえた改善策が実施されます。ただし、改善策は一度実施すれば終わりというものではありません。実施した改善策の効果を測定し、必要に応じてさらなる改善策を実施することが求められます。
また、IPOが完了した後も、労務リスクを回避するために、定期的な見直しと改善を続けることが重要です。
まとめ
IPOに向けた労務DDを行うことで、現時点における人事や労務の課題を発見し、対策を講じることができます。その結果、上場審査でマイナス評価を受けにくくなる上に、長期的には企業価値や企業イメージの向上も期待できます。本記事を参考に、IPO準備に際する労務DDの実施を検討してみてください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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