- 更新日 : 2024年7月17日
遡及監査(そきゅうかんさ)とは?実施の目的や条件、問題点などを徹底解説
多くのベンチャー企業が目標とするIPOには約3年の準備期間が必要だといわれています。
IPO申請には上場申請直前期から2期分の監査証明が必要ですが、さまざまな事情で監査対象期の期首を過ぎても監査人と監査契約を締結できない場合があります。
この時に実施するのが遡及監査ですが、遡及監査にはいくつかの注意点やリスクがあります。
本記事では、遡及監査の目的やリスク、実施できる条件、問題点などを解説します。IPOを目指す方はぜひ参考にしてみてください。
目次
遡及監査とは
この章では、遡及監査の意味や通常の監査との違い、実施できる条件について詳しく解説します。
遡及監査の意味
有限責任あずさ監査法人「上場準備会社に対する遡及的監査に関して」によれば、遡及監査とは「監査対象期の期首後に契約締結する監査」のことです。
通常、上場準備企業がIPOを申請する際には申請期の直前2期分の監査人による監査証明が必要です。
しかし、社内体制の不備や時間上の制約から監査人との契約が監査対象期の期首後にずれこみ、監査人が監査契約締結以前の期間に遡って監査を実施する場合があります。これが遡及監査に該当します。
遡及監査と通常の監査の違い
通常、上場準備企業に対する会計監査では、直前々々期(申請3期前)に監査人と上場準備企業が監査契約を締結します。
契約後の2期、つまり直前々期(申請2期前)と直前期(申請1期前)分の会計監査を実施し、その監査証明をIPO申請時に提出します。
一方で、遡及監査では通常時と順序が前後します。直前々期(申請2期前)、遅い時には直前期(申請1期前)に監査契約を締結し、監査人は監査契約締結前の直前々期の期首残高に遡って監査を実施するのです。
遡及監査を行うことで、結果的にIPOの準備時間を短くすることが可能です。
それ以外にも、社内の準備体制の遅れなどで監査契約の締結が直前々々期に実施できなかった場合などにやむを得ず遡及監査が選択されることがあります。
遡及監査の条件
では、どのような条件下で遡及監査が許されるのでしょうか。
IPO申請を受け付ける日本取引所グループでは、遡及監査の実施条件を公開していません。
しかし実務上では、上場準備企業の会計管理体制や監査受入体制の整備状況に大きく左右されることがわかっています。
日本公認会計士協会「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」によれば、日本公認会計士協会は遡及監査を推奨しないものの、一定の条件下で遡及監査が許容されうることを認めています。例として以下の条件が挙げられています。
- IPOの重要な課題が会計監査の導入前に解決されている
- 在庫の実地棚卸だけは監査法人が立会を実施済みである
- 上場会社の子会社や事業部門のスピンオフで以前から当該子会社や事業部門について監査法人が会計監査対象としていた
しかし、上記を満たせば必ず遡及監査が実施できるわけではないため、結局のところ、監査人の判断次第だといえます。
遡及監査の問題点
この章では、遡及監査で障害となり得る問題点について解説します。
①期首残高を検証できない可能性がある
通常の会計監査で実施する内容には「期首時点の現金残高の検証」、「有価証券の実査」、「期首在庫の立会手続き」などがあります。
しかし、期首後に行われる遡及監査では、期首時点の現金残高の検証を行うことができません。具体的には、期首在庫の妥当性が検証できず、売上原価の妥当性を十分に判断できない可能性があります。
②監査時間が不足する可能性がある
遡及監査では、監査に必要な時間を確保できず、IPO申請までに監査証明が得られない可能性もあります。
通常の会計監査では、直前々期前に監査人が時間に余裕のある監査計画を立て、監査を進めます。
一方で遡及監査では、期末近辺で監査人と契約した場合、監査人が無理やり作業を進めることになるでしょう。これでは計画に沿って作業を進めても監査が不十分なまま終わる可能性もあります。
また、通常の監査でも起こり得るように、予定外の作業が発生することで、結果的に監査時間が足りなくなることも想定されるでしょう。例えば、監査では次のような想定外の事態が起こり得ます。
- 一部の売掛金の計算根拠が確認できず追加検証が必要になる
- 固定資産台帳に記録されている資産の現物が確認できず追加検証が必要になる
時間的制約によって、監査が不十分なまま終わると、監査人は無限定適正意見(次項で解説します)を表明できません。
③監査法人に監査を断られる場合がある
「無限定適正意見を表明できない」ことを理由に、監査人に遡及監査を断られてしまう可能性もあります。
無限定適正意見とは、監査人が監査報告書で表明する意見であり、財務状況やキャッシュフロー情報など、企業の財務状況を適切に表示していることを証明しています。
上場審査では直前々期に限り、無限定適正意見だけでなく、限定付適正意見も許容されています。限定付適正意見は、一部を除き全ての重要な点において財務状況を適切に表示している旨を示す表明です。
しかし実際には、考えられるすべての障害を排除するためには無限定適正意見が望ましいため、最初から無限定適正意見が表明できそうな案件のみを引き受ける監査人もいます。
少しでも限定付適正意見の可能性があれば、監査人に断られてしまう可能性があるのです。
また監査以外の理由で、監査人から「IPO申請はできないだろう」と判断される場合もあります。
IPO申請には監査以外にも、資本政策の検討や利益管理制度の整備、J-SOXへの対応など、さまざまな準備が必要です。
遡及監査を依頼する企業はIPO申請まで時間がなく、焦っていることが多く、これらの準備が間に合わないことが想像されます。
会計監査が徒労に終わると判断されれば、監査人が監査依頼を断る理由になります。
④上場が認められない可能性がある
そもそも遡及監査は、通常想定される監査の流れから逸脱しています。
日本取引所グループ「上場審査基準」で挙げられている「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」や「企業内容等の開示の適正性」などの基準を満たさず、上場審査に通過しない可能性があります。
監査を受ける企業側の準備
遡及監査は、上場の要件として原則的には認められていません。そのため、遡及監査を依頼する場合には可能な限り早く監査受入の準備をしましょう。
この章では、上場準備企業が監査を受ける際に行う準備について解説します。
早期に監査法人に相談する
監査を依頼する時期が早ければ早いほど、監査人は余裕を持って会計監査を実施できます。
「業績に不安がありIPO申請できるか分からない」、「いつIPO申請できるか不明である」という状態でも早期に監査法人に相談しましょう。
監査人から会計管理やIPO申請準備に関する指導を受けることで、不安を解消したり、監査以外の準備が円滑に進むことがあります。
社内の管理体制を充実させる
監査人がすぐに会計監査に着手できる状況を作るため、監査証拠を揃えておきましょう。
上場準備企業ができる準備としては、以下が考えられます。
- 会計を担当する経理部門を整備する
- 固定資産台帳と現物資産の一致を確認する
- 在庫の実地検証結果を作成する
- 在庫の受払管理を閲覧可能な状態にする
- 売掛金の計算根拠など各種根拠資料の作成
- その他第三者が検証する際に役立つ補助簿などの作成
これらの準備を進めることで、監査人は円滑に監査を進めることができるでしょう。
まとめ
今回は、遡及監査のリスクや問題点、上場準備企業側の監査受入準備について解説しました。
遡及監査では、無限定適正意見が表明できず上場審査に通過しない恐れがあります。
原則として遡及監査は認められないため、遡及監査の依頼が発生しないよう、早期に監査受入体制を構築し、監査法人に相談することが大切です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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